火災警報 Fire Alarm Goes Off
甲高い金属音に貴美はふと目を覚ました。
けたたましい音は火災報知器だった。AI全盛の二十二世紀だが、警報音の類は一向に変わりばえしない。と言うより、混乱を招くため敢えて変えないというのが正しい。
「火災警報。火災警報。非常階段を使ってすみやかに退去してください。煙が出ている場合は、備え付けの防煙マスクとゴーグルを着用してください」
AIが流暢な日英両語で繰り返す。イヤーモジュールを着けていれば、無線のイヤフォン専用回路から、自動的に本人の母国語に翻訳され、多言語自動通訳でも伝わる。
貴美は、カウンセリング用の寝椅子から跳び起きた。
人間工学と臨床心理技術の粋を尽くした寝椅子は、マッサージ振動にBGMにバーチャル浮遊など、催眠を誘導する多彩な機能が内臓している。横になるだけで、つい眠りこんでしまうほど心地が良い。
だが、貴美はクライアント用寝椅子で居眠りをしていたわけではなかった。なぜ横になっていたのか、咄嗟に思い出せなかったが、油断なく視線を巡らせて大滝の姿を探した。
カウンセリングルームはもぬけの殻だった。
いない!あいつはどこッ?・・・いけない、三日月刀は?
あわてふためいて上着の内ポケットを探った。
ないわ!もしや、大滝に奪われたの?・・・何が起きたの?
貴美はひとしきり三日月刀を探したが、部屋のどこにも見当たらない。その間もアナウンスはひっきりなしに続いた。
「警備会社のAIは火災を検知していませんが、念のためいったん避難してください」
とるもの取りあえず、いったん部屋を飛び出した。
冷静に人々を誘導する北上有希と警備員とは対照的に、非常階段を降りる貴美は気もそぞろに、大滝の記憶を探っていた最中に、何が起きたのか思い返していた。
「貴美、待って!」
最後の見回りは警備員に任せ、有希が階段を駆け下りて追いついた。
「あなたのクライアントさんは?」
「・・・先に出たわ。わたし、手間取ってしまって・・・」
嘘をつくのは気が咎めたが、事実を言うわけにもいかない。貴美はバツが悪い思いを密かに押し殺した。
「そう?素早いわね~。気づかなかったわ」
身長二メートル近いアフロオリエンタルの大男は人目につく。なぜ見過ごしたのかしらと、有希は不思議に思った。
一階まで降り外に出ると、ビルの他のテナントも避難して、人だかりができていた。
有希が言った。
「誤報かしら?フロアーの温度調整器も故障したわ。ビル全体の点検が必要ね」
「トラブルが重なったのね・・・」
貴美は上の空で答えたが、瞬間、頭に閃いた。
突然の大滝の登場に、故障と誤報が重なるのは不自然過ぎる!
わたしを覚醒させた謎の人物が絡んでいるに違いない、と確信したのだ。けれども、あの人物が大滝とのコンタクトに干渉した理由は、皆目見当がつかない。プライバシーに関わるカウンセリングセッションは、録画も録音もできない。自分が失神した後、部屋で何が起きたか知る術はなかった。
貴美が眉をひそめ、目を覚ますまでの記憶を辿っていると、有希が見かねて声をかけた。
「貴美、どうしたの~、難しい顔をして?それに、あなたのクライアントさんもここにいないわ。帰ったのかしら?」
「大丈夫よ、有希・・・ちょっと頭痛がするの。湿度が高かったせいね・・・あのクライアントさんなら、シティ政府の委託職員だから、たぶん訳ありだと思うわ」
「それもそうね!公安関係者なら急に姿を消しても、ちっともおかしくないわね~」
と言いつつ、有希は気づいた。
コンプレッサーの交換に来た作業員も姿が見えないわ。作業車は路駐しているのに・・・変ね~、ランチに出たのかしら?
辺りを見回したが、大通りの反対側でミニパトが駐車違反の車を検分しているだけで、大滝の姿も作業員の姿も見当たらない。
有希は有希で首を傾げていたが、かたわらの貴美も、大滝とのコンタクトで頭がいっぱいだった。
少年時代のサウロンの過去生を探り当て、村娘拉致につながる謎を追った・・・その後の出来事の記憶をたどって、貴美は不意に唇をかんで目を見張った。
あの人工物・・・それに、あの光は確かにオーブだったわ!
今の貴美は、先天的な第三世代にして超常能力者マヤの意識を合わせ持つ。それ故、汚染地帯で大滝を蘇生させたコンタクトの際も、サウロンの人生を走馬灯のように早送りで目にしていた。
でも、その途中でどうしたことか意識を失った・・・今日は三日月刀の力を借り、首尾よくオーブをコントロールできた。大滝と同時にサウロンの過去生を再体験できていたのに・・・予想外に早く大滝が目覚めた!それどころか、あの男は突然変異をきたして異様な行動に出た・・・
今、考えるのはよそう。頭が混乱するだけだもの!
貴美は軽く頭を振って、衝撃的な事実を心からいったん振り払った。ふと思いついたのである。
アロンダに今日の出来事を打ち明けて相談しよう。あの謎の人物の正体を明かすよう頼んでみよう!
自分でも意外な心境の変化だった。またしても三日月刀が消え、これ以上蚊帳の外に置かれるのは我慢ならない、と怒りがこみ上げたりもしない。
むしろ、アロンダに尋ねたい、相談に乗ってもらおうと自然に思えたのだ。第二世代のナラニに相談するのは憚られる出来事となれば、千年前の当事者であるアロンダが真っ先に頭に浮かんだ。
あの当時、養母から得られなかった愛情を、素直に求める気になれたのである。
マヤの意識が目覚めて以来、ニムエとの過去の葛藤を引きずって激しい情動に駆られていたのが噓のようだわ・・・
アロンダが貴美と向き合い、過去生のニムエがマヤと和解した結果、ついにマヤの意識に平安が戻って来たと、あらためて実感していた。
「損なわれた過去生での関係を、現世で取り返したい!」
自分の気持ちとようやく向き合うことができたのである。
マヤが心底求めていたのは、愛し愛される人間関係だった・・・そんなこと、別にカウンセラーでなくても誰もが頭ではわかっている。でも、本当に求めているものが何か心で気づくのは、時としてとてつもなく難しいもの・・・
消えた大滝や三日月刀のことも忘れ、貴美はホッとくつろいだため息をついて、明るい笑みを浮かべた。




