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事の顛末 Thing Goes Well, Or Goes South?

 職場で派手な乱闘騒ぎを起こした日には、新人類の存在が世間に露呈してしまう。やむなくリープと衝撃波を使って大滝を倒したものの、異能力を悟られてしまった。行きがかり上、闘いは避けられなかったが貴美は焦った。

 目覚める前に手を打たなければ!


 だが、考えようによっては天の恵みとも思える。サウロンにまつわる謎を探り出す絶好の機会が、目の前に転がっているのだ。たとえ探り出せなくとも、ここでの出来事の記憶だけは消し去らなければならない。

 それには厄介な問題が!汚染地帯ではオーブがこの男の全身に広がり、エネルギーを吸い取られるようにわたしも意識を失った・・・


 変ね?

 貴美は首を傾げた。三日月刀を取り出した瞬間、鋭敏な大滝は恐るべき早業で、貴美の手首を捉えた。力で圧倒されないよう咄嗟にオーブを纏ったが、大滝の身体には広がらなかった。

 汚染地帯とどこが違うの?

 天啓のようにある仮説が頭に閃いた。アロンダの言葉が脳裏を(よぎ)ったのである。

「肌身離さず身に着けておいて。何か意味があるはずだから」


 貴美はすぐさま壁際へ走り、観葉植物の葉陰を探った。三日月刀を拾い上げて(ため)すがめつ眺める。見た目は何の変哲もないシャムシールで、宝飾品の類はことごとく取り外されている。骨董品としてもさしたる価値はなさそうだが、この短刀には何か深い謎が秘められているはずだった。

 浅傷(あさで)だったのに、機動歩兵を一撃で屠り去ったもの・・・答えはこれね!迷っている場合じゃない。やるしかない!


 貴美は覚悟を決め、三日月刀を右手に握りしめた。目を閉じて意識を高次元に集中する。すると、オーブの虹色の輝きが光の繭と化して貴美の全身をおし包んだ。

 トランス状態に入った貴美は、寝椅子の脇に(ひざまず)き、おもむろに左手で大滝の額に微かに触れた。

 および腰でこわごわ手を伸ばしたのだが、次の瞬間、ほっと胸をなで下ろした。左手は際立って明るいオーブに彩られていたが、大滝の身体に広がる気配はなかったのだ。

 理由はわからないけれど、この短刀を握ってさえいればコンタクトできそう!


 再び目を閉じて、意識を針のように絞りこむ。大滝の頭の中を探り、記憶中枢に焦点を移した。

 言葉では他に言い表しようがない新人類の異能力である。

 人間の大脳皮質には、高次元の意識を投影する機能が備わっている。人間が魂と呼ぶこの意識こそが生命の正体、と新人類は考えているが、果たしてそれが真実かと言うと、(いま)だ誰ひとり答えを知り得ないでいる。

 だが、この超意識とつながることによって、新人類が異能力を発揮するのは紛れもない事実だった。

 三次元の生活では、超意識と脳のリンクは遮断されている。臨死体験や解脱でもしない限り、人間が高次の意識と繋がるのは難しいが、新人類たちはこのリンクを自在にオンオフできるのである。

 リンクをオンにすると瞬時にオーブが起動する。何が起きているか、新人類にも科学的な説明がつかないが、感覚的に言い表すなら「超意識体」に変化(へんげ)する。臨死体験とは異なり、三次元の世界に干渉できるのである。(*)


 超意識と一体化して虹色のオーブに包まれた貴美は、大滝の意識を誘導して過去生へといざなった。



 数時間後。


 合衆国東部時間午後十一時を回っていたが、ダレスはペンタゴンの執務室に留まっていた。


「盗聴に失敗した!?なぜだッ?」

 北京語で応答したダレスはムッとして声を荒げた。

 丸いセルフォンを耳に当てている。イヤーモジュールに無線転送しないのは、傍受されないための用心である。

 エリート官僚と軍人がしのぎを削る国防総省の出世争いは激しい。出世頭のダレスの足を引っ張る手合いには事欠かない。

 盗聴ドローンや盗聴器は、毎日捜索をかけているが、先端技術は日々進歩している。有線のホログラム通信であれば周囲に盗聴防止バリアを張れるが、セルフォンはそうはいかなない。用心するに越したことはなかった。


 とは言っても、実のところ、合衆国政府内の権力争いにはこれっぽっちも関心はない。

 ダレスの野望の前には、政治権力や金など弱者が追い求める快楽に過ぎない。盗聴防止に努めるのも、出世競争ではなく政府の目をくらませるためだ。

 「組織」は五百機のステルス通信衛星を打ち上げ、独自の暗号化通信網を構築している。むろん、官民の衛星プロジェクトを偽装、怪しまれないよう秘密裏に行った。

 おめおめ盗聴を許して、その努力を無にするつもりはなかった。


「音声を傍受できませんでした。妨害工作かどうかまだ不明です」

「オータキはどうした?」

 また、失敗か!

 苛ついたダレスの表情は、雷雲のように険しく曇っている。

「クリニックから出る姿を確認できませんでした。バックアップのガーディアンが、張りこみ中にちょっとした事故に遭ったようです」

「ようですとは、なんだ!状況を把握できないとは、お前は何をやっているんだ!」

「はッ、申し訳ありません!」

 電話の向こうでタオは平身低頭した。額が汗で濡れている。

 ダレス相手にちまちまと言い訳をするのは逆効果だ。ことに最近のダレスは、ともすれば持ち前の冷静さを失い勝ちで、言い訳したところで火に油を注ぐだけとわきまえていた。


「ですが、シティ自治政府の記録にアクセスできました。大滝は午後の列車でシティを発っています。首都経由でイワクニ基地へ戻るようです。後を追っています」

「そうか・・・わかった。フェノストル」

 ダレスはそっけなく通話を切った。

 肩透かしを食ったタオは、果たして汚名を返上できたのか計りかねて、「フェノストル」と虚しくつぶやいた。


 ダレスは組織きってのパワーエリートである。かたやタオは、虎部隊に潜入するため選ばれた戦闘要員に過ぎない。

 元もと白人社会のエリート同士の覇権争いから生まれた秘密結社が源流とあって、当然のように白人優位主義者が幅を利かせる。長い歴史の中で必要に応じて異人種の血統を取り入れたが、東洋系は圧倒的に少数派なのだ。


「ダレスの奴、いいように人をこき使いやがって!」

 ハワイから静岡へ飛ばされたタオは、心中穏やかではなかった。王兄弟はロケット砲攻撃の後、ほとぼりが冷めるまで日本には派遣しないと、ダレスは決めたようだ。つまりは、人手不足ってやつか・・・

 グレーのスーツを着たタオは、僧侶のように黒髪を坊主刈りにしている。人好きのするひょうきんな顔立ちの若者だが、見た目ほど人を欺くものはない。

 組織でも指折りの暗殺者にして、ランク3の「コマンダー」である。


 「組織」におけるダレスの真の地位は、俺たち側近しか知らない。同志とは言っても、ヤツは恐ろしい・・・

 タオは精悍な黒い目を焦りで光らせた。

 配下のチームがハワイで標的を取り逃がし、ダレスの機嫌を損ねたばかりだ。

 無能の烙印を押された日には、組織内のランクが下がってしまう。それどころか、下手すれば命取りだ・・・


 愚痴と怒りがないまぜになって、頭の中を駆け巡った。

 シティの監視網は異常だ!観光客の出入りまで厳重に審査されては、俺も配下のエージェントも潜りこめない。地元のガーディアンを使うしかなかったが、警備員に見咎められた挙句、駐車違反で警察沙汰とは・・・盗聴器もまともに扱えず、張りこみでもドジ踏みやがって!

 それに引きかえ、前任のナカムラは優秀だった。なぜか雲隠れしたが・・・おそらく、口封じで消されるのを恐れて逃亡したに違いない。マグレブの一件で、オータキが機動歩兵と気づいたか?

 ダレスは機密保持には念を入れているからな。ガーディアンの抹殺ぐらい平然と命じたところで何の不思議もない。俺が中村を暗殺する羽目になっていたかも知れん・・・


 だが、どうしてこうも失敗が続く?過去の実績からしてあり得ない!

 タオは組織の仲間から不穏な噂を耳にしていた。あのプライムが敵に(くみ)したと聞いた。

 もし噂が事実だったら?・・・俺はコマンダーで「スペシャリスト」じゃないんだ。相手が人間なら戦う(すべ)はいくらでもあるが、世界最高の人工知能とどう渡り合えと言うんだ?


 マグレブの車窓越しに延々と続く暗いトンネルに、タオは恨めし気な視線を投げた。



*「五次元界モデルと超意識体」 人体科学14−(1):41− 49、2005(評論)


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