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カミ任せ Leave Him To Cami

 貴美が大滝のセッションに入ったちょうどその頃、カウンセリングルームの外で、ちょっとした騒ぎが勃発した。

 セッション中に化粧室に向かったクライアントが、作業員が担いでいた折り畳み式ラダーに頭をぶつけたのである。小柄な女作業員はオロオロして、頭を押さえてうずくまった中年男性に声をかけた。

「あーッ、ごめんなさい!大丈夫ですか?」

「痛ててッ・・・気をつけろ、バカ者ッ!」

 男は口汚く罵った。

 バリっとしたスーツを着こんで身なりはきちんとしているが、口振りは荒っぽく作業員を睨みつける目は狂暴な光を湛えている。


「動かないでください。横になって!頭を打ったらまず安静にって習いました」

 作業員は立ち上がろうとする男の肩を、両手で押さえて口早に言った。

「うるさい、俺なら平気だ!とっとと失せろ!」

「そんなこと言われたって・・・必要なら救急車を呼びますから、少し安静にしてください!」

 困惑した作業員は、立ち上がる男を制止しようとしてうっかり床にけつまづいた。男に覆いかぶさるように倒れて、二人はもつれるように床に転がった。


「痛てて~、こ、このバカがッ!なにやってんだッ?」

 今度は床に腰を打ちつけた男は、頭と腰に手を当てて作業員を睨みつけた。

「ああ、ごめんなさい。わたしってドジで・・・」

 作業員が立ち上がり、ペコペコお辞儀を繰り返し男に謝っているところへ、受付の北上有希が走ってやって来た。ビルの警備員も一緒に駆けつけた。フロアーに設置した監視カメラで騒ぎを知ったのである。


 有希が男のそばに膝をついて、気づかわし気に尋ねた。

「どうしました?お客様、大丈夫ですか?」

「俺にかまうな!まったく、この間抜けがッ!もういい、カウンセリングは止めだ。こんなところ、二度と来るか!」

 起き上がった男は両手でスーツを払いながら、作業員と有希に当たり散らすと、「けッ!」と言い捨ててそそくさと出口に向かった。有希と警備員は唖然と男の姿を見送った。

 作業員は申し訳なさそうに今一度お辞儀をしてから、有希に向かって謝った。

「すみません。あの人、このラダーで頭を打ったんです。怒らせてしまって・・・」

 有希は苦笑いしながら言った。

「しかたないわ、気難しいクライアントもいるの・・・あなた、湿度調整器の修理に来た人ね?」

「そうです。応急修理でとりあえず動いています。各部屋を回って換気口もチェックしました」


 折しも室内に涼しい風が対流し始めた。芳しい樹々の緑の匂いがフロアー全体に広がってゆく。

 う~ん、いい香り!

 有希は新鮮な空気を胸いっぱいに吸いこんだ。

「助かるわ~。今朝から急に蒸し暑くなって困ってたの」

 有希が礼を言うと、作業員は()()()()答えた。

「コンプレッサーを交換しなければなりません。いったん社に戻ってから出直します!」

「お願いするわ。それから、さっきの人のことはあまり気にしないでね」

「わかりました!」

 年若い作業員はニッと笑顔を見せて、お辞儀をすると作業用タブレットと折りたたみ式ラダーを抱えて出口に向かった。


 ホログラスのせいで顔は確認できなかったが、有希は「聞き覚えがある声ね?」と思いつつ後ろ姿を見送った。

 あの横暴なクライアント、今日が初めてだったのに・・・二度と来ないでしょうね。そう言えば、貴美の新しいクライアントと同じシティ政府の紹介状を持っていたわ。

「妙な偶然ね~」と、有希は首を傾げていた。

 


 ビルを出た作業員は路肩に駐車したタイヤ式バンに乗りこんで、トランシーバーを作業服から取り出した。

「盗聴器の電池は消耗品に換えたわ。昨夜、何者かが忍びこんで仕掛けたのね」

「ガーディアンはどうしたの?」

 ワンブロックほど離れた歩道に宅配スクーターを停め、スタンバイしていたアロンダが尋ねた。

「警備員の姿を見て逃げたわ。大滝の支援か監視役ね。追尾装置を靴に仕こんだから、動向を確認して頂戴」

 伽耶が言った。

「了解。ところで、今回の計画をどうやって知ったの?」

 どうせ答えないだろうと思いつつも、アロンダが退屈しのぎに尋ねると、意外にも伽耶はすらすら話し出した。

「国務省の補佐官を通じて、メトカーフ大佐はホワイトハウスの警備主任がダレスの一味と割り出したの。その男の首に盗聴シールを貼り着けたら、大統領とミッチェル中佐の面談がつぶさに聞こえた」

「ミッチェルって、あのセクハラ親父のジョンミチェル!?わざわざ中東からワシントンに来てたの?」

 アロンダは目を丸くした。

 手に負えないブラック上司だから、忘れっこない!

「軍人職のかたわら反ミュータント運動の先頭に立って、名声と予算を手にする気でいるわ。計画通りね」

 伽耶が言った。この話ばかりは、アロンダの耳に入れておかなければ、と考えたのである。

「じゃあ、あの暗号に気づいたのね!でも、計画を実行するのは、まだずっと先になりそうだけど・・・」

「そうね。餌に食いついたから、しばらく泳がせるわ・・・で、警備主任がダレスと通話した時に大滝の話が出たの。どうやらダレスの仲間は、特殊な暗号セルフォンを使っているようね。フェノストルという奇妙な合言葉も使っていた。もちろん、ダレスの言葉までは聞き取れなかったわ。でも、大滝をシティに向かわせるとわかった。それで、カミの仕事先の情報を探ったら、シティの管理官が大滝のカウンセリングを依頼していたの。ガーディアンの件も同じルートよ」

「さすがね!でも、ホワイトハウスの警備主任に、どうやって盗聴シールを貼ったの?」

 アロンダは好奇心に駆られて尋ねた。

 シャワーや入浴で溶解するシールを使ったはずだ。ホワイトハウスに忍びこむのは、伽耶でも難しいから、たぶん外で貼ったんだわ。

「今にわかるわ」

 伽耶は笑っていなした。アロンダもつられて笑った。伽耶には「マジシャン」という言葉がピッタリだ、と今さらながら思うのだった。

 全体像を把握する異能力もさることながら、身につけたスキルセットが超人的だもの。ハワイの海軍病院にも行っていた。カミに三日月刀を渡すためだけじゃないわね。

「伽耶、危ない橋を渡ったわね。今日もそうだわ。カミと大滝には顔を会わせるのも避けているのに」

「今日は私しかいない。キャットは大滝と面識があるし、ダレス一味は血眼であなたを探している。シティと(*)汚染地帯で接触したから、大滝はあなたに感づくかも知れないでしょう?」


 アロンダはうなずいた。

 今のわたしの外見は、地味な軍人のビアンカより、(あで)やかな女王ニムエにずっと近い。目立つ方がかえって疑われないから。ただし、大滝は普通じゃないから、用心するに越したことはない。

「そうね。二度とも意識不明だったけど、あいつは油断ならない・・・カミは大滝をどうするつもりなのかしら?面談はまだ一時間以上あるわ。あなた、言ってたわね。カミが動けば、本当に大滝を味方につけられるの?」

 アロンダが尋ねると、伽耶は曖昧に言葉を濁した。

「わからない・・・カウンセリングはダレスの計画で、私は盗聴を防いだだけだから。ただ、カミがあなたに打ち明けた通り、サウロンがオパルの村娘たちを殺害していないとしたら・・・」

「わたしも、あの事件の真相を知りたいわッ!」

 アロンダが勢いこんで言った。


 伽耶にはアロンダの気持ちが痛いほど理解できた。

 けれども、あの男には私しか知らない大きな謎がある・・・解明するまでは、誰にもも打ち明けられない・・・

「私も同じよ・・・ともかく、今はカミに任せるしかないの。三十分以内に様子を見に戻るわ」

「わかった。わたしはガーディアンを追う」


 トランシーバーを切ったアロンダは、ミッチェル中佐の動向に一抹の不安を覚えていた。

 偵察機の爆発を仕組んだ夜 (**)、084と誤って交信するよう伽耶に指示された。その時、壮大な未来の計画の一端を聞いたのだが、今の状況では、中佐の行動は新人類を危地に追いこむとしか思えなかったのだ。

 プライムのノヴァ騒ぎを後押ししたり、反ミュータント運動を煽ったり、あの子のやっていることときたら、新人類を無用な危険に晒しているように見える。それなのに、後々になればどういうわけか良い結果につながるんだわ・・・あの子の慧眼には驚かされっぱなし。それも昨日今日のことじゃない!


「考えたってわかりっこないわ!これまで数百年、何度もあの子の考えを知ろうとしても、わからなかったんだもの」

 アロンダは(かぶり)を振って、とりとめのない思考を振り払った。

 それにしても、いつになく妙に口数が多かったわ。あの子でも緊張することがあるの?

 アロンダは漠然と思った。



 バンを走らせながら、伽耶はもの思わし気に吊り上がった目を細めた。

 新人類のメンターとて、決して悩ましい問題と無縁ではない。卓越した異能力を駆使してミレニアム計画を成功に導くには、時として人並みの情念が絡んだ苦渋の決断を下さなければならない。

 ニムエとして過去生のマヤとついに向き合い、アロンダは貴美との関係を修復した。私も()()()()といつの日か面と向き合い、過去を清算して最大の謎を解き明かさなければ・・・

 伽耶は自問自答した。

 それは、いったい何時になるのだろう?

 それこそ、神に任せるしかなさそうに思えた。



* 「青い月の王宮」第30話「束の間の休息」

** 「青い月の王宮」第2話「月の輝く夜に」


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