似た者同士 Two Of A Kind
「ドレフュスは、先週末もシティを離れていない。ハワイの海軍病院に現れたのは別人だ」
フーバーがミユキから入手した情報を伝えると、ダレスが言った。
「すると、侵入者はスワンとも考えられる」
「しかし、ミヤザキの病室から出てきた侵入者は、カメレオン迷彩を使っていたのだろう?背格好も分からないのでは何とも言えまい。ニセ看護師の消息は掴めたのか?」
「駄目だ。海軍憲兵隊を送りこんで調査したが、侵入者も看護師も逃走経路がまったく掴めない。病院は人の出入りが激しい。DNAサンプルから人物を特定するのは無理だ」
ダレスは不機嫌な表情を隠さなかった。
冷静そのものだった仮面が次第に剥がれてきているようだ・・・仮面の下の素顔は何者なのか?
フーバーは漠然と考えた。海軍憲兵隊を即座に動かせるのは当然としても、この若さで各界に人脈を築き上げるとは驚くほかない。
「だが、ミヤザキがノヴァと繋がっていると再確認できたのは収穫だ。あのモデルが介入したのも偶然ではないだろう。マスコミに騒がれては手が出せないが、二人の動向を追えばいずれノヴァにたどり着く。その間に、大統領にさらに圧力をかける」
ダレスは努めて明るい展望を強調したが、現実主義者のフーバーは楽観論には与しなかった。
「あの二人が簡単に尻尾を掴ませるとは思えんな。しかも、国務長官は我われの共謀を疑っている。今、性急に事を運ぶのは拙いだろう」
「そこで、代理人を使うことにした」
代理人だと?フーバーは眉間にしわを寄せ、物問いたげにダレスを見やった。
「中央統合軍のミッチェル中佐だ。反ミュータント連盟なる組織を立ち上げ、大統領に支援を求めている」
ジョン・ミッチェル中佐は、アメリカ中央統合軍の司令塔、空母リチャード・ローズの情報統括官である。ブラック・イーグル作戦の叙勲で会って以来、現大統領のローズ三世は中佐と懇意にしている。
フーバーも二人の仲を知らぬではないが、陰謀論者のたわ言など馬鹿馬鹿しい、と一笑に付した。
「反ミュータント連盟?これまた陳腐な名だな!真っ当な軍人のやることとは思えん。中国の虎部隊とプライムのノヴァ騒動以来、似たような組織が次々に湧いて出た。政府がミュータントを育成して市民を支配する道具に使うと本気で信じこむ連中だ!」
フーバーは陰謀の現場を知るエキスパートである。
多重多層に絡み合った利権と支配の構造は、一枚岩の組織とは到底言い難い、陰謀論者は「軍産複合体」や「ディープステイト」などと、ラベルを貼って一括りにしがちだが、現実の利権力学とはかけ離れたイメージでしかない。
権力者たちは利害が共通すれば手を組むが、一方で勝者たらんとして互いに競い合ってもいる。配下の企業重役も政治家たちも、それぞれの思惑を胸に秘めて動く。軍隊のように統制が取れているはずもなく、一枚岩とは程遠いのである。
血統や姻戚関係や法律事務所までが絡んだ支配構造の網の目は、政府諜報機関でさえとうてい把握できない。言ってみれば、国内外の多国籍企業が暗躍する広大な海洋のようなものだ。
深海魚のように暗闇に潜む大物たちの存在を、おぼろげに感じ取るだけで精一杯だ・・・
フーバーは心のなかで小さくため息をついた。
しかし、ダレスは例によって目的本位に徹した戦略に焦点を合わせていた。
「陰謀論者かどうかはこの際問題ではない。ミッチェルはビアンカスワン直属の上司で、例の地下要塞攻撃に彼女を推薦した人物だ(*)。 スワンがノヴァの存在を知り、その結果、謀殺されたと主張している」
「なんだと?中佐は何を根拠にそう言っているのだ?」
ますます陰謀論めいてきたな、とフーバーは鼻で笑った。
「爆発事故の直前、スワンがSSRDの暗号コード084を交信してきたらしい。084は狭義には秘密兵器を意味するが、中佐はノヴァが人間兵器として開発されたと信じている」
「なるほど。中央軍の中佐が言い出せば、大統領も耳を傾けるだろうな。我われにとっても渡りに舟というわけだ?」
フーバーはダレスの魂胆をすぐさま見抜いた。もう慣れっこである。要は相手を利用できさえすれば、ダレスにはそれが陰謀論者だろうが偏執狂だろうが構わないのだ。
「その通りだ。君がプライムのサイボーグ製造説を持ち出して、大統領以下政府高官を揺すぶったばかりだ。追い討ちをかけるには持ってこいのタイミングだ」
フーバーは納得できないと不信感を露わにした。
「中佐はスワンがノヴァと気づいてないのだろう?そもそも、なぜスワンがノヴァの存在を知らせるような真似をするのだ?中佐の思いこみではないのか?しかも、ノヴァの正体は我われもまだ把握していないんだぞ。君にも渡したが、マグレブの女の遺伝子は人類のものだった。少なくとも、虎部隊のように人為的に遺伝子操作を施した人間ではない」
「もっともだ。だがこの際、ノヴァの正体は後回しだ。大統領にノヴァの脅威を印象づけるには、中佐の活動を利用しない手はないだろう?」
ダレスの言い分は短期戦略としては理に適っていた。フーバーが不承不承「そうだな」とうなずくと、ダレスは言った。
「大統領と中佐は似た者同士だ。類は友を呼ぶと言うが、二人は知り合ってすぐに意気投合した。二人して押しが強いだけの度し難い自惚れ屋だが・・・我われが中佐を後押しすれば、大統領はますますその気になる。ノヴァ撲滅の機運は一気に高まるはずだ」
ブラック・イーグル作戦の際、空母ローズの船上でミッチェル中佐と会ったダレスは、的確にその人となりを把握していた。
フーバーは苦笑いせずにはいられなかった。
「大統領と瓜二つの性格なら、確かに君の言う通りになるだろう。大統領は中国に執拗な恨みを抱いている。虎部隊ミュータントも毛嫌いしている。そこにつけこんでノヴァへの敵対心を煽るシナリオか・・・いいだろう。私からも大統領にミッチェル中佐への支援を打診する」
「アレン、そうしてもらえると助かる。ところでオータキだが、装備品の保守管理担当者から、今しばらく休養が必要と報告があった。近くシティでカウンセリングも受けさせる」
まさか、ドレフュスに会わせるつもりじゃあるまいな?汚染地帯での出来事の詳細も分からぬまま、なぜ火に油を注ぐような真似をするのか?
フーバーは顔色を変えて息巻いた
「君の見方ではプライムの策略だったらしいが、オータキはシティでヒダノを襲撃したんだぞ!当然、ドレフュスはとっくに犯人の情報を探り、恐らくオータキが機動歩兵と感づいている。CIAの分析官だからな。今、二人が相対したら何が起こるかわからん!ヒダノの替え玉がドレフュスだと、オータキは知っているのか?」
ダレスに頼まれ、事もあろうに部下であるカミーユ・ドレフュスこと深山貴美を、飛騨乃匠の替え玉に仕立てる羽目に陥った。しかし、ダレスの見立て通りドレフュスが新人類と判明すれば、部下を罠にかけた罪悪感も感じずに済むはずだった。
ところが、どうしたことか取り逃がした・・・
結論は先延ばしになり、フーバーはどうにも気持ちの収まりがつかない。
「懸念はもっともだが、オータキがプライムの手駒か何としても確認したいのだ。オータキには標的の正体がドレフュスとは教えてはいない。カウンセリングをモニターして、オータキの反応を探るにはその方が好都合だろう?」
フーバーの反発は計算済みだ。ダレスは淡々と言った。
「盗聴か?それも手だが、今の状況で不確定要素を増やすのは賛成できん!・・・ところで、どうしてオータキに休養が必要なのだ?ましてカウンセリングとは、何か心理的ダメージを受けたのか?」
フーバーは納得できないと腕組みをして首を横に振った。
汚染地帯での事件から二週間しか経っていないが、ダレスが秘密主義を止め、情報を明かすようになったのはつい数日前である。その間に潜水艦のハッキングとミヤザキ大尉の失踪が重なった。フーバーは情報を整理し切れず、少なからずイラついていた。
「知っての通り、オータキは偶然確保したノヴァの若い女を独断で解放している。汚染地帯では、オータキがドレフュスともう一人のノヴァを拘束する寸前、プライムが介入して偵察衛星が爆破された。その後の経緯を隠蔽されたのだ!オータキは結局二人を取り逃がしたが、体調不良を理由に報告を先延ばしにしている。エネルギー兵器の電撃で体調を崩したらしい」
ダレスは意味ありげな視線を向けたが、フーバーは即座に反論した。
「エドワード、オータキを疑う理由は理解できるが、報告を待つか内部調査チームを派遣して本人を聴取すれば済むことだ。キャットという娘の件も含め、事情は自ずから明らかになるだろう。理解できんな。オータキをドレフュスに会わせたら、事情が明らかになるのか?シティでオータキが騒動を起こしたら厄介なことになるぞ。何しろ当のプライムが監視しているのだからな」
「アレン、問題はまさしくそこだ。繰り返すが、オータキは信用できない。オータキを日本に送りこんだのは、他ならぬプライムだ。しかも、衛星の時計を遅らせるという手のこんだ真似をしてまで、我われの監視を妨害した。考えられる理由は二つだ。何らかの方法でノヴァかプライムが大滝を倒したか、さもなければオータキとドレフュスが密かに手を組んでいるかだ」
フーバーはあっけにとられた。
「君は・・・オータキとドレフュスが共謀していると疑っているのか?」
ダレスはフーバーを見つめてポツリと言った。その目から持ち前の傲慢な自信は消えて、不安げな色さえ漂っていた。
「それを知りたいのだ・・・だから二人を会わせる」
* 「ブラック・スワン~黒鳥の要塞~」第12話「貿易商の正体」




