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和解 Bygones Be Bygones

 アロンダの手を借りて自宅へテレポートした貴美は、さっそくIDブレスレットを自室のスタッシュから取り出した。

 電話やメールの履歴に目を通したが、幸いCIAが接触した形跡はない。IDにはGPSが付いているため。居所を特定されないよう、当然ながらサンクチュアリには持って行かなかったのである。


「CIAから連絡は入ってなかったわ。とりあえず一安心よ」

 居間で待っていたアロンダにそう伝えた後、貴美は唐突に切り出した。

「アロンダ、さっきの続きを聞かせて!短刀を盗んだのも返したのも、わたしを覚醒させた人物でしょう?なぜ、あの病院にいたのかしら。わたしに短刀を渡すため?でも、どうやってわたしの居場所を知ったの?」

 かつての貴美には考えられない強圧的な口調だった。

 謎の人物は海軍病院にまで追って来た。短刀の件をうやむやにしたままでは、どうにも気持ちが収まらない!

 問い詰められたアロンダは、狼狽して口早に言った。

「さっきも言ったでしょう、わたしは知らないの!知らない方がうまくいくからよ。あなたに会おうとしないのも、考えがあってのことだと思う」

 マヤに対する負い目のせいで、言い訳めいてしまうのは避けられない。その上、短刀を渡すためだけなら、伽耶がハワイまで跳ぶ必要はまったくない。アロンダは自分の言葉に確信が持てずに困惑した。海軍病院に伽耶が居たと聞いても、その理由は見当がつかなかった。


 貴美は有能なカウンセラーである。アロンダの気持ちのぶれを見透かしていたし、はなからアロンダが話すとも期待していなかった。狙いは別にあった。

「タクも話してくれないところを見ると、よほど深いわけがあるのね・・・いいわ、わかった。もう尋ねない・・・その代わり、サウロンのことを教えて!マヤが養女に来る前、王家で何があったの?サウロンはマヤの父親でしょう?」

 CIAで尋問テクニックもひと通り学んでいる。心理的な駆け引きに長けた貴美は、いったん譲歩してから交換条件を持ち出して迫った。人は好意を受けると恩を返さなければと感じる。その心理を利用するのは常套手段で、何も恩に限らず罪悪感でも構わない。

 そつなく両方とも利用した。


 アロンダは貴美を見据えて沈黙した。ギリシャ彫刻の女神のように端正な顔が苦悩に歪んだ。過去の陰惨な出来事は、思い出すのも耐え難い。それ故、心の奥深く封印して来たが、罪悪感にも突き動かされて気持ちが激しく揺らいだ。

 サウロンの心の闇への嫌悪と恐怖、それが故に遠ざけたマヤへの負い目・・・抑圧した感情が、現世へ持ち越されたカルマのようにアロンダを苦しめていた。

 二重の苦悩にはもう耐えられない!

 アロンダは思った。

 ここで貴美に追いこまれたと逆恨みして怒りに転化してしまえば、二人の仲は決定的こじれるだろう。何よりも、わたしが目を背け続ける限り、貴美の中のマヤは癒されない・・・過去を手放さなければ!

 ついに、ぎゅっと唇を引き締めて重い口を開いた。


「わかったわ・・・言うまでもないけれど、当時のタクはアトレイア公爵だった。あれは、王家の狩猟小屋で彼がサウロンと一緒に居た時の出来事よ。あなたが王室に引き取られる三年前だった。その三日月刀で・・・兄は自決したの!あっと言う間の出来事で、タクには止められなかった。あなたも感づいていたでしょう?サウロンは・・・村の娘たちを手にかけていた・・・そして罪悪感に耐えきれず、自ら命を絶ったの・・・」(*)


 当時のニムエの記憶に残る最も忌まわしい秘密を、言葉を選んで訥々《とつとつ》と語った。嗚咽をもらすまいと無意識に握った両手が、コンバットスーツが引きつるほど強く太腿を掴んでいたが、その痛みにも気づかない。

「わたし、あなたが・・・マヤが怖かった・・・マヤが村人から疎んじられたのとは別の理由で」

 唇を震わせて言葉を紡いだ。


「サウロンの心の闇を受け継いでいると思ったのね?」

 貴美の声は不気味なほど静かで、気圧されたアロンダはハシバミ色の目を伏せて黙りこんだ。

 ややあって貴美を見詰め返すその目に涙が光った。慟哭したいほど強い情念を必死に抑えながら、言葉を振り絞った。

「どうしても恐怖に勝てなかった・・・兄の・・・サウロンの闇があなたに受け継がれていたら、そう思うと怖くてたまらなかったの・・・あなたを見るとサウロンを思い出してしまう。それが辛くて怖くて、あなたと向き合えなかった・・・勇気がなくて、幼いあなたを突き放してしまったわ・・・謝ってすむことじゃないけれど、本当にごめんなさいッ!!わたしを許して・・・」

 アロンダの目から、唐突に涙が溢れ出した。


 貴美は我知らず止めていた息を、ふぅーっと吐き出した。不意に、その顔に諦念とも共感ともつかないかすかな、しかし、暖かい笑みが浮かんだ。

 マヤはこの言葉を待ち望んでいたんだわ!!

 張りつめていた肩の力が抜けるのを感じる。それは、過去と現在の意識が交錯した無意識の深い深いカタルシスだった・・・


 昂る想いを噛みしめるように貴美は言った。

「・・・もう過去のことよ・・・あなたは女王として国を率いていた。もしサウロンのようになったら、オパルは統率者を失う。それが怖かったのね?・・・でも、代わりにアトレイア公爵とダニエルがマヤを受け入れ愛してくれた。キャットもそばにいてくれたわ・・・こうしてまた、あなたたち四人と再会できたんだもの・・・」


 アルビオラの懐妊をきっかけに、ニムエは第二世代に変異した。(**)

 後天的に第二世代に進化した最初の人類だもの。右も左もわからなかったはず。卓越した異能力者のマヤに触れたら、我が身に何が起こるかわからない、と恐れたとしても不思議はないわ・・・

 貴美はアロンダの心中を思いはかった。相手の立場を理解しようと想像を巡らせる余裕が生まれていた。過去のトラウマから解放されて、生来の慈愛と思いやりが蘇った。

 マヤはサウロンが自決したと当時から察していたのである。目新しい情報は何もないと知りながらも、敢えてアロンダに語らせたのは、当時のニムエの本心をじかにその口から聞きたかったからだ。


 謝罪を心から受け入れることができた。だったら、わたしも秘密を打ち明けよう。今は自然にそう思える。

 貴美の潤んだ碧い瞳に優しい光が宿った。アロンダを真っすぐ見つめて言った。

「・・・それに、サウロンは村娘に暴行してないとわたしは考えているの。当時、マヤが信じていた通り」

「えッ、それはどういう意味!?どうしてそう思うのッ?」

 サウロンは自決した。だから、当時ニムエだったわたしは、兄が無実とはただの一度たりとも考えなかった!

 興奮したアロンダは早口で言った。驚きに涙ぐんだハシバミ色の目を大きく見張っている。


 貴美は遠くを見つめるように視線を彷徨わせて、わずかに言葉を濁した。

「今はまだ言えないの・・・もっと調べなければ・・・ただ、探知できた限りでは、サウロンの当時の記憶に、女たちを暴行したり殺害した光景はなかったわ!」

 アロンダは両手を口に当てて息を呑んだ。サウロンは事件の記憶を失っていたの?それとも、カミは何か別の光景を見たの?

「わたし、あの場所で倒れているあなたのオーブを見たわ。機動歩兵にコンタクトしたわね?二人の間に何があったの?」

 アロンダが尋ねると、貴美はきっぱりと言った。

「この短刀で刺したの!眠りこむ前にキャットがテレパシーで方法を教えてくれた。キャットを攻撃したから、殺すつもりだった。でも、態勢が不十分で骨に当たって切っ先が逸れたの。だから、死ぬはずはないのに・・・」

 殺意を持って反撃したと淡々と打ち明けていた。以前の貴美であればおよそ考えられない。だが、今はそれが当然と感じる自分がいる。


「死んだの?」

 伽耶が大滝の生存を確認しているのは知っていたが、アロンダは敢えて尋ねた。伽耶の存在を隠し通すには、知らない振りをして押し通すしかなかった。

「死ぬ一歩手前だったわ。死んだら蘇生はできない・・・」

「マヤの力を使って蘇生させたのね?サウロンの生まれ変わりだから救ったの?」

 貴美は「いいえ」と頭を振った。

「刺した時は、サウロンの生まれ変わりとはこれっぽっちも思っていなかった。倒れた後で、あの男があなたとタクの名を口にしたの・・・サマエルとニムエと。だから、何か知っていると思った。どうしても知りたかったの!マヤの出生の秘密を」

「それで、何が見えたの?」

 サウロンが娘たちを手にかけていない、と貴美が思う根拠を知りたい!

 アロンダが勢いこんで尋ねた直後、貴美が手首に戻したIDが着信音を奏でた。目をやった貴美は首を傾げて、シーっと唇に指を当てた。イヤーモジュールに触れて「もしもし」と応答した後、相手の話に耳を傾けながら、手話に切り替え「CIA」とアロンダに合図を送った。

 アロンダはうなずいた。面識のない相手からの連絡と察していた。


 そのまま自室に向かった貴美は、十分ほど経って急ぎ足で戻って来た。

「待たせてごめんなさい。新しい極東支部長がシティ入りしてここに向かっているの。汚染地帯の記憶が戻ってないか確認して、静養中の行動も探るつもりだわ」

 不意を突いて面談に備えて準備する時間を与えず、わたしの反応を見る気ね!

 CIAが支給した携帯通話アセンブリへの連絡だ。IDのGPSで現在地を特定しての訪問だった。急いで戻って来てよかった、と貴美は胸をなでおろした。それはアロンダも同じだ。

「間一髪だったわね。それなら話の続きは後で!」

 激しい感情の起伏は収まってきたが、余韻でまだ頭がぼうっとしている。同時に肩の荷を下ろして、心底安堵してもいた。

「そうね。実はCIAの後に職場からも連絡があったの。新しいクライアントも来るし、わたし、明日からカウンセリングの仕事に戻るわ!」

 貴美の声も限りなく明るく弾む。CIA支部長が自らシティに足を運ぶ事態にも、これっぽっちも緊張していない。過去生のダニエルとの再会に続いて、ニムエとの確執からも解放された今、かつてないほど気分が高揚していた。


 貴美の言葉にうなずいて、テレポートするため化粧室に向かいかけたアロンダは、ふと立ち止まって(きびす)を返した。感極まって貴美をギュッと抱きしめて、耳元でささやいた。

「カミ、聞いて。さっきも言ったように、三日月刀は肌身離さず身に着けておいて。何か意味があるはずだから。いい?」

 貴美はふっと暖かい笑みを浮かべた。

「わかったわ・・・ママ上」

 尽きせぬ想いを表す言葉はとても見つかりそうにない。

 アロンダは泣き笑いしながら辛うじて言った。

「・・・早く普段着に着替えて。コンタクトもつけるのよ。暗号メールで連絡してね」


 貴美の青い瞳にも涙が溢れて、白い頬を伝って落ちた。



*「青い月の王宮」第50話「真実の行方」

** 「青い月の王宮」第55話「ペペ・デラ・ルナ・ブルー」


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