帰還 Back To Sanctuary
「海軍病院で静養中の宮崎明海軍大尉は、間もなくモデルの桐嶋ナラニさんと感激の対面を果たす予定です。その後、桐嶋さんの記者会見が行われますが、日本人初のトップガンパイロットと有名ファッションモデルの面会とあって注目度は高く、日本のマスコミ各社もハワイ入りして、現場はごらんの通り人だかりができています・・・」
ハワイ州のシンボルに合わせたのか、女性レポーターは色鮮やかな七色の全天候スーツ姿で、民放局のワイドショー番組とひと目でわかった。
シティ公営放送のケーブルTVネットワークは、日本全国の民放チャンネルをすべてカバーしているのである。
「どうやってバレないように受信しているんだろう?」
オアフ島真珠湾から実況中継か・・・サンクチュアリにテレビケーブルが繋がっていること自体が驚きだ。
モニターを見つめていた匠が、尋ねるともなしに口にすると、すかさずアスカが言った
「植民した時に回線を復旧したの。その前にシティの中継基地にも細工したわ」
「細工をしたって、まさか君もいたの?」
キトンを纏い黒髪を優雅に結い上げたアスカは。神秘的な黒い瞳をキラキラさせて思わせぶりな笑みを浮かべた。
そう言えば、アスカはオールドソウルだ・・・
匠は腑に落ちた。フェロモン現象の影響を受けなかったのを思い出したのである。
「第二世代はその気になれば、冬眠で若返って延々と生きられるっちゃ。サンクチュアリに移るまで、たいていの第二世代は大切な人たちから離れないで、普通に生きて普通に死んだけど」
匠の心を見透かしたように、キャットが口を挟んだ。
このところ共に過ごす時間が増えたおかげで、二人はすっかり千年前の父娘の気の置けない仲に戻っている。
「じゃあ、アスカは百年以上生きているのか?」
アスカは優しくうなずいた。
想像もしなかった世界なんだな、ここは・・・
匠は改めて感じ入った。
驚くことばかりだ!
アスカが声をかけた。
「わたしたちは収穫の儀式の準備にかかるわ。見物したければここから眺めてね。近づくと危険なの。キャット、あなたも用意して」
曇天で衛星の視界は遮られるものの、赤外線捜索を完全に回避できるほど今日の雲は厚くなかった。衛星が汚染地帯を捉える前に「収穫」を終えなければならない。ナラニの姿は録画で見れば済むことだった。
キャットは「わかったっちゃ!」と勢いよく立ち上がった。アスカは第二世代を引き連れて居間から立ち去り、キャットも後に続いた。
「変だな~、ナラニはメディアと距離を置いているのに。いくらアキラさんを発見したからって、こんな売名行為みたいな真似なんかするはずない」
アロンダは匠の言葉にうなずいた。カヤ・コープの諜報網はいち早く事故を把握していたが、むろんメディアに情報を流したりはしない。伽耶の予知能力には今さら驚きもしないが、シティ公営放送がどうやって事故を知ったのかは謎だった。
「そうね。それにシティ公営放送がアキラの失踪をすっぱぬくだろうと、伽耶は予見していたわ。まだ、アメリカ政府も軍も一切情報を出していなかったのに。シティの報道ですっぱ抜かれて、しぶしぶ記者会見を開いたんだもの」
ナラニのメディア登場には、たぶん伽耶とメトカーフ大佐が絡んでいるはず、とアロンダは推察していたが、その理由は皆目見当がつかない。そうとは知らず、匠は首を傾げた。
「じゃあ、この面会も偶然じゃないんだね。いったい誰が・・・」
とその時、降って湧いた人の気配に、二人は反射的に振り向いた。
来客用の居間の右手に、突如として人影が現れたのだ。広々とした居間には、出入口は一か所しかない。窓のない地下に外部から侵入するのは不可能だ。
人影はテレポーテーションで戻った貴美だった。
「カミ!」
匠は駆け寄ってよろめいた貴美を支えた。
「大丈夫よ。テレポーテーションの距離が長いと、跳んだ後のめまいもひどいの」
アロンダが二人に歩み寄って言った。
「ええ、そうね。フラワーハウスに跳んだ後もこうなったわ」
貴美は匠とアロンダを交互に抱きしめて「ただいま」と言うと、背筋を伸ばして安堵のため息をついたが、「変ね」と首を傾げた。
わたし、シティに跳ぶつもりだったのに・・・なぜここに来たのかしら?
「あなた、アキラに会いに行ったのね?」
アロンダが出し抜けに尋ねたため、貴美はドキッとして黒のカラーコンタクトを着けた瞳を瞬かせた。アキラに会った後、コンタクトを再装着していた。
「・・・どうしてそう思うの?」
「マヤなら当然そうするもの。その服だってナラニのパパラッチ対策でしょう?それに、あなたの顔ったら!見え見えよ、アキラに会えたのね!」
アロンダは朗らかに言った。
なるほど、と匠は一人合点した。
アロンダの言う通りだ。胸ポケットに黒縁メガネまで挿して、お堅いキャリアウーマンそのものに見えるが、姉の表情は輝いている。
貴美が言った。
「会えたわ!その後、病室を出た途端に警備兵に追われたの。カメレオン迷彩を使っていたのに感づかれた。あの二人はただの警備兵じゃない」
「何だって!カミを待ち伏せしてたってこと?」
本人も予想外のハワイへのテレポートなのに、感づかれたのか?
驚いた匠が尋ねると、アロンダが肩をすくめた。
「狙いはカミじゃない、わたしよ。ダレス子飼いの工作員ね」
「たぶんそうね・・・ただ、敵がナラニとわたしの関係を知っているのは間違いないわ。だからCIAに所在を確認される前に、シティに戻りたかったの!それで、タクをイメージして跳んだら、なぜかここに来てしまった・・・」
貴美はうっかり口を滑らせた。
なぜ、CIAがカミを調べるんだろう?
匠はおかしいなと思ったが、ネイビーシールズを送り込んで来たぐらいだから、諜報機関が絡むのは当然か、と素人考えであっさり聞き流してしまった。
この人ときたら、とことんお人好しで人を疑わないところは昔と同じね・・・
匠の反応を注視していたアロンダは、ふと愛おしく感じて匠を抱きしめたくなった。
カミがアキラと再会した今、わたしのアキラへの想いも、ようやくきれいに吹っ切れた、と実感したのである。千年の時を経て、サマエルと再び結ばれる時が来たわ、と感無量だったが、その想いを表現するのは後回しだ。
アロンダは言った。
「火事場の馬鹿力で跳んだのが初体験じゃ仕方ないわ。一緒に練習すれば安定するから任せて。それより、早くシティに戻った方がいいわ。わたしが連れて跳ぶから」
貴美はうなずいた。
「ありがとう。タク、あなたはどうするの?」
「僕は残るよ。戻ったら二人は僕の警護をしなきゃならないだろう?ここなら安全だし、キャットも居る。大学も期末試験前で休みだからちょうどいい」
「わかった。ところで、わたしの銃はどこ?」
貴美が尋ねた。殺傷能力のある武器はサンクチュアリではご法度だ。うっかり身につけたままアロンダの手でここに跳んだ後、レーザー銃をアスカに預けていた。
「ああ、あの銃なら保管庫だ。取って来るよ」
武器の類いはとんと疎い匠は、銃がCIAの備品とは露知らず、アロンダが持ちこんだものとばかり思いこんでいた。
匠が居間を出て行くと、アロンダが貴美をたしなめた。
「カミ、タクにいつ話すの?CIAのオフィサーだって」
「今学期が終わり次第、話すつもりよ・・・ところで、あなたこそわたしに隠していることがあるでしょう?この短刀のことで!」
アロンダは目を疑った。貴美がビジネススーツから取り出したのは、あの三日月刀だったのである。
「・・・どこでそれを?」
「海軍病院の化粧室よ。テレポートする前、この服を着ようとして見つけた。内ポケットに入ってたわ。病院に潜入した時、この服は天井裏に隠したのに、誰がいつの間に入れたのかしらね?」
貴美の目には、怒りの炎がちらついている。
アロンダの背筋に、ゾクっと冷たい戦慄が走った。
運命の伴侶と再会しても、貴美はマヤの意識を制御できないの?敵は包囲網を狭めている。仲間割れなんかしている場合じゃないのに!
「カミ、誰の仕業かまだ言えない・・・あなたに正体を隠す理由もわからない・・・でも、聞いて!あなたに短刀を渡すからには、必ずそれなりの理由がある。それは確かよ。いつも身に着けておいた方がいいわ!」
伽耶もあの病院に潜入していたと気づいて、アロンダは懸命に言いつのった。
そこへ、ホルスターを手に匠が駆け足で戻って来た。
「カミ、これを・・・なあ、二人ともどうしたんだ?睨み合って」
尋常ならぬ緊張感が二人の間に漂っていた。
「その話は後よ・・・カミ、さあ、わたしの手を取って。急がないと!」
アロンダの言葉に、貴美は不信感を籠めた鋭い目を背けて、黙々と三日月刀をブレザーの内ポケットに戻した。レーザー銃のホルスターは、コンバットスーツの腰に取り付け、スラックスの下に納める。ふっと小さく息を吐いて視線を戻した時、その目は穏やかに澄んで、怒りの色はきれいさっぱり消えていた。
アロンダが差し出した手を握り、匠に声をかけた。
「タク、エリア21のホットラインで連絡するわね」
良かった!カミはマヤの意識を制御できているようだ。
ほっとしたアロンダは、目を閉じてオーブを起動した。
二人の姿は淡い輝きに包まれ一瞬でかき消えた。
しーんと静まり返った広々とした石壁の部屋に、ひとり残された匠は首を傾げた。
どうして、カミは短刀なんか持っているんだろう?それも年代物のシャムシール・・・待てよ!
突如、デジャヴュのように千年前の記憶が脳裏に閃いたのだ。すべてが始まったあの明晰夢の記憶は鮮明に残っている。
あれは、サウロンの三日月刀じゃないか!?なぜ、現代の日本にあるのだろう?・・・
しかし、「ま、いいか」と、あっさり気持ちを切り替えた。
覚醒したてなんだから、わからないことだらけで当然だ。平穏無事な日常がひっくり返って、特殊部隊やCIAまで出てきては、とても僕の手に負えない。こうなったら、万事天に任せるしかないや・・・
超人類の自覚に甚だしく欠けるお人好しの若者は、あっさり諦めて考えるのを止めてしまう。
情報が溢れかえり万事に忙しない現代の飛騨乃匠と、一生にせいぜい朝刊一部程度の分量の情報にしか接しなかった中世のサマエル・アトレイア公爵。現世と過去生の二人の意識が絶妙にマッチして、未来を思い煩うことなく今ここに生きる「無の境地」に達したかのようでもあった。




