表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/118

密談 Secret Talk

「大統領はカンカンでした!」

 と、メリンダは切り出した。一昨日、閣僚会議に同席したばかりである。

「ヘプトニウム鉱山の利権しか頭にないのです!すると、国防長官が電磁パルス爆弾に問題はない、と説得したわ。接近して演習を監視した偵察衛星と軍事衛星が、相次いで不具合を起こしたのは、強力な電磁パルスが発生した証拠だと言ったの。急上昇した偵察機の振動のせいで、爆弾が連鎖的電磁臨界を起こして爆発したと。それから、偵察機の爆弾用スタビライザーに何者かが細工したのが、事故のそもそもの発端と匂わせたわ!」

「なるほど、もっともらしいな。君はどう見た?」

 メトカーフが尋ねた。

 二人は再びヤンキースのホームゲームに沸くスタジアムに隣り合わせで座っていたが、今日は耳と耳を繋ぐ有線会話デバイスを使っている。このアナログでローテクな方法なら盗聴される恐れがない。ハイテク文明の陥穽を象徴するような光景だった。


「国防長官は、まるで原稿でも読むようにすらすら話したわ。事前に回答を用意するのは当然だけど、鼻に皺を寄せる仕草は大統領を見下している証拠ね。偵察機の残骸も見つかっていないのに、スタビライザーの破壊工作と示唆したのは、爆弾に問題はないと大統領の望む答えを与えるため。その発言の間、瞬きひとつしなかったから、何かしら大嘘をついている。それに、立ち上がる前、ダレスと視線を交わしたの。今回の事故は、たぶん仕組まれた芝居だわ!」

 メトカーフは相槌を打った。

「間違いなさそうだ。先日の潜水艦テロもおそらく自作自演だろうね。大統領の反応は?」

「鼻先まで真っ赤にして怒鳴ったわ。国防総省は何をやっとるんだ!三度続けて電磁パルス爆弾の実験をテロリストに妨害されるとは、何ごとか!と、物凄い剣幕で息巻いたものだから、皆が凍りついた。ただ、国防長官とダレスは平然としてたわ!フーバーCIA長官だけは複雑な表情だった。その後よ。ダレスがプライムの関与を匂わせたの。直接ハッキングできない状況でも、プライムなら他のAIを介して人々を操れる。好きなように破壊工作が行えると、大統領や閣僚の危機感を煽ったわ。シティ公営放送が事故をすっぱ抜いたのもプライムの仕業で、テロへの関与を隠蔽する演出だ、と自信満々に言い切った。印象操作が恐ろしく上手いわ。敵ながらあっぱれなぐらい!」

 腹立たしさがつのり、メリンダの口調は激しい。


「ダレスは典型的なマニピュレーターだ。しかも有能で行動も早い。プライムをアメリカの敵に仕立て上げるつもりで、大統領を追いこんでいるようだね?」

 メトカーフは穏やかな目でうなずいた。聞き手に徹して想いを吐き出させるが先決とよく心得ていた。

「ええ、間違いありません!大佐の資料を基に調査したら、ダレスは中国や中東の大物たちにコネがあった。国内でも、国防長官と見事に人脈が重なるから驚いたわ。姻戚関係と大手弁護士事務所を通じて、二人は繋がっています。ダレスはフーバーにも頻繁に会っている・・・マーカス、私、動くのが遅かったと後悔してるの。あの二人の関係に気づいていたのに!四月から、二人が関与したと思われる事件が立て続けに起きた。私が二人の事をパールに伝えていたら、止められたかも知れない・・・」

 メリンダが顔を曇らせて口惜しそうに下唇を噛むと、メトカーフは左手を伸ばし、膝の上で組んだメリンダの両手に重ねて言った。

「確かに止められたかも知れない。だが、君は狙われて家族まで脅迫され、フォックス国務長官も失脚させられたに違いない。そして、その後は?向こうの思うがままだ。あの男の包囲網はそれぐらい強大だ。今となれば君にも分かるだろう?私も気づくのが遅れた。それでも、ダレスの影響力が分ったのは収穫だし、君もまだ政府の要職にあって自由に動ける。それに、ささやかな対抗手段もある。例の盗聴器を仕こんだ相手を突き止めたんだね?」

 メリンダは政府高官だ。大きな攪乱要因になり得る。破滅的な結末に向かっているように見えても、こちらが知り得ない代替策を敵に立てさせては、返って対応が遅れる・・・

 預言書の下りを伝えたメッセンジャーの意図を、メトカーフはすでにおぼろげに把握していた。メリンダがダレスの企みを阻止した場合、逆に先行きが不透明になる、と鋭く察していた。


 そうとも知らず、メリンダは素直にうなずいた。

「ええ、一時的に止めても、圧倒的な力に踏みつぶされて、政権中枢から追いやられたでしょう。そうね、ささやかな抵抗でも、手が打てるだけましだわ!会議の前にあの盗聴デバイスをIDに戻して置いたら、工作員が判明したの。故障かそれとも見破られたのか調べようとしたのは、ホワイトハウスの警備主任よ。ダレスの一味ね。あなたからもらった超マイクロカメラを、IDのリストバンドに貼ったら、バッチリ写っていました」

 大佐は現実を客観視して、決して気休めは言わない。プロファイリングの訓練を受けた時、最初はそれがひどく堪えたわ。自分の判断ミスを的確に指摘されたら、誰だって凹む。辛い思いもしたけれど、大佐は一度たりとも失敗を責めずに、失敗から学ぶよう導いてくれた。

 おかげで感情に流されず、目的本位に動けるよう自らを律する(すべ)を学んだ。だからこそ今の自分があるんだわ!と、今さらながら実感していた。


「尾行者は標的に気を取られて、自分が尾行されているとは思わないものだからね。シークレットサービスの警備作戦局にもダレスの一味がいるのか。では、警備主任に盗聴器を仕掛けるとしよう」

 メトカーフは茶目っ気たっぷりに目配せしてみせた。

 どうやって?と思ったが、メリンダは敢えて尋ねなかった。「知らない方が君のためだ」と言われるのは目に見えている。そう、いくら相手が有能でも、こちらが知らない事までは探りようがないもの。

 改まった口調で言った。

「マーカス、あなたは大きな秘密を隠しています。ですが、前にも言ったように、私は詮索も干渉もしません。あなたを信頼しているから。政権の情報も出来る限り伝えます」

「ありがとう。ブレジンスキーやライデッカーやフーバーは、大物過ぎて追い切れないが、君の情報で全体像が見えて来るだろう。ダレスの影響力の源は謎だが・・・メリンダ、私たちは対立する陣営に属しているが、君は政治的野心に素直に従って欲しい。私も自分の道を行く。二つの道はいつの日か融合する。そう感じるんだよ」

 淡々と語った。その澄んだ灰色の瞳を見つめながら、巨大利権に対立する陣営があるの?想像もつかないわ、と思いつつも、感銘を受けたメリンダは温かい笑みで応じた。


 興奮がちなメリンダに対して、メトカーフはいつに増して冷静な心境だった。

 メリンダも私も微力だが、それぞれの持ち場でトリガーの役割を果たすことになるだろう・・・

 個人の思惑などはるかに超えた潮流に流されながら。進化という途方もなく大きな流れが動き出したと悟り、流れに身を任せようと改めて腹を括っていた。


「ところで、会議でのダレスの様子を聞かせてくれないか?」

「言われた通り、筋弛緩パッチを首の後ろに貼って会議に出席したら、うまく行きました!ダレスは私をちらちら見ていましたが、しばらくして不機嫌そうにそっぽを向いたんです。表情を読めずに落胆したのね。プロファイリングの訓練を受けてないから、コンタクトレンズで読めないとお手上げでしょう。でも、国務長官には、疲れて見えるし言葉も不明瞭と言われました」

「顔の筋肉が弛緩するから、女性としてはあまり使いたくない手だろうね?」

 メトカーフが問いかけた。ダレスがプロファイリング・デバイスを使っているという情報をメッセンジャーから得て、筋弛緩パッチの使用を思いついたのである。

「イヤだわ!でも、会議の時だけで、パッチはすぐ剥がしました。それに、パールから早く帰って休んでと言われたおかげで、久しぶりにジムに行けたわ。ちょっと得した気分!」

 メリンダが明るく笑うと、メトカーフも顔をほころばせて冗談を返した。

「私も今度試してみるかな?仕事をさぼって早く帰りたい時に使えそうだ」

「アハハッ、そうね!」

 破顔一笑したメリンダだったが、不意に真顔に返った。

 レズビアンの私でも、マーカスの誠実で人好きのする笑顔には惹きつけられる・・・政界に黒くよどむ欲望の(おり)に足を取られそうな今、一服の清涼剤のように効くわ。

 一瞬、見惚れたがふと思い出して付け加えた。

「・・・そうそう、ひとつ気になる発言がありました。ダレスが太平洋軍の情報担当官に質問したの。ミヤザキ大尉の発見場所が、潮流から離れた島だったのはなぜかって。発見者の情報も知りたがっていたわ」

 ダレスの言動は徹底して目的本位だ。必ず意図がある!

 メトカーフの目は鋭く光った。

「軍のAIが弾き出したパイロットの漂流予想経路から、南方に大きく外れていたんだ。地元民が偶然見つけたと聞いたが・・・」

「それが、不思議なんです。情報官は鯨がパイロットを運んだ可能性があると説明したの。何でも、数か月前、あの海域を調査していた海洋生物学者が鯨にしつこくつき纏われ、調査船に逃げ帰ったとか。ところが、身に着けていた水中モニターに、周囲を徘徊するホオジロザメの姿が写っていたそうです。鯨が人間をサメの襲撃から守ったという事例は、過去にも相当数あるって!発見者もイルカの鳴き声を聞いて、海岸に出たと証言したそうです。その時、鯨を見たと。不思議でしょう?」


「まったくだ。しかし、AIの予測が大きく外れた以上、鯨説も否定はできないな・・・発見者は誰だったのかな?」

「意外な人物でした。モデルのナラニキリシマです。ハワイに住んでいるんですね。知らなかった」

 その言葉で、メトカーフはある情報に思い至った。シティへの潜入諜報員として正式に推薦するに当たって(*)、フーバーから入手した予備調査報告に目を通したが、カミーユ・ドレフュスはハワイへ度々旅行に出かけていたのである。

 交友記録によれば、高校時代からキリシマと親しい・・・待てよ!あのモデルが発見したミヤザキ大尉は、かつてビアンカスワンの恋人だった。もしや、四人は繋がっているのでは?・・・当然、ダレスも同じ疑念を抱く!あの男が、偵察機の事故を仕組んだのは間違いないが、プライムを陥れる他にも目的があるとしたら?


 頭をよぎった疑念に、メトカーフの顔に緊張が走った。

 やおら接続コードのマグネットを外し、小型イヤーフォンとマイクと一緒にホログラスに収納した。座席から立ち上がってメリンダに声を掛けた。

「すまない。急用を思い出した。電磁パルス爆弾絡みの情報は、私のところまで伝わって来ないから助かった。ありがとう。また、連絡を入れるよ」

「わかりました。進展があればお知らせします」

 著名モデルが絡んでいると聞いて、大佐は何か掴んだのね。相変わらず決断も対応も早いわ。

 そそくさと立ち上がったメトカーフに、メリンダは今さら驚きもしなかった。


 それにしても、と思う。

 紙のメモなんてアナログな連絡手段よね。ピザ宅配便を使うのも盲点だった。大佐はハイテクも駆使する。禁制品の超マイクロカメラやバグフィルターを、どうやって手に入れたのだろう?

 よほど強力な後ろ盾がついているのね。巨大利権に支配された政権中枢に挑むのだから・・・マーカス、あなたは一体何を目指しているの?


 メリンダはまじろぎもせず、喧噪の中に消えて行くメトカーフのがっしりした背中を見送っていた。



*「デザート・イーグル ~砂漠の鷲~」第10話「CIA長官」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ