穏やかな構図 Peace And Quiet
アイランドと日本を結ぶホットラインには見えっこない。
貴美はいつもそう思うのだった。エリア21の公衆電話も十分レトロだが(*)、このフラワーハウスの電話機ときたら、1950年代の「ハイファイ」デザインだ。誰がどう見てもインテリア用アンティークでしかない。
今の貴美はこうして気持ちを逸らせてでもいない限り、ついついアキラのことばかり考えてしまう。予想外のテレポーテーションの結果、たまたま居合わせたアキラの命を救えたのは幸いだったのだが、思いもよらず過去生でのアキラの正体を悟った。
再び芽生えたダニエル・プロスペロへの恋慕の情は、少なからず貴美を惑乱させていた。どうしようもなく胸がときめき、アキラが頭から離れない。それは、もはや幼い少女が歳の離れた兄のような存在に抱いた無垢な憧れではなかった。成熟した女が同年代の男性に寄せる甘美な恋心に変貌していた。
「久しぶりね、タク。カミなら無事よ。海岸に流れ着いたミヤザキ大尉も、カミが命を救ったの。軍のヘリでオアフ島へ搬送されたわ。今、代わるわね」
レトロな受話器を耳に、ナラニは常と変わらぬもの柔らかな語り口で、手短に匠に事の顛末を伝えた。
取るものもとりあえず、サンクチュアリからアイランドに連絡を入れた匠が、「二人とも無事だ!」と告げると、アロンダとキャットは抱き合って小躍りした。
「カミ、無事で良かった!!アキラさんを助けたんだって?キャットもアロンダも大喜びだよ」
匠の弾んだ声に、貴美は朗らかに答えた。
「ちょうどナラニが家に運び入れたところだったの!運が良かったわ。でも、よくここだとわかったわね」
そうだった。タクはアキラを知っていたんだわ。貴美は初めて意識した。アロンダとアキラが旧知の仲で、つい最近、休暇で日本に滞在したとは聞いていたのだが、昨夜までほ気にも留めていなかったのである。トップガンのパイロットとは知っていたが、特段の関心もなく聞き流していた。
アロンダもアキラの「任務」の件は貴美に伏せていた。伽耶が関わっていたから言うに言えない。むろんアキラとの関係も一切口にしなかった。
「カミが転落した時、アロンダは真下で抱き止めようとしていたんだ。カミが咄嗟に思い浮かべた人物が鍵だと聞いて、ピンときたよ。ナラニしかいないって」
「わたしだって驚いたわ!テレポートするなんて思いもしなかったもの。じゃあ、わたし、アロンダにはめられたのね!?」
「それはどうかな~?彼女もひどく驚いていたから・・・」
匠は言葉を濁した。
避雷針の一件を仕組んだのは伽耶らしいが、貴美には伽耶の存在を明かさないよう、アロンダに釘を刺されている。
匠の屈託をよそに、貴美はからっと明るく受け流した。
「そうだったの?それじゃ、騙し合いはお相子ね。タク、アロンダに代わってくれない?交通機関で戻ると所在を悟られるから、テレポーテーションのコツを知りたいの」
アロンダに受話器を渡した匠は、ホッとしてソファに腰を下ろした。隣に座るキャットも安堵して匠の肩に頭をもたせかける。匠はキャットの頭を抱き寄せて言った。
「アキラさんとは直接会う機会がなかったけど、助かって本当に良かったよ!」
「だっちゃね!マヤのヒーリング能力も、カミは受け継いでいるから!」
「そうだね。当時はテレポーテーションは出来なかったけれど・・・最近、カミは明るくなったと思ったら、今日はまた一段と幸せそうだ。何があったんだろう?」
「パパ上、知らないの?アキラさんはマヤの初恋の相手だっちゃよ!」
キャットが呆れたと言わんばかりに、青い目をクリクリさせて匠の顔を見上げた。
「えッ、マヤの初恋の相手!?あの頃、そんな男子がオパルにいたっけか?覚えがないな・・・」
匠はしきりに首を傾げたが、オパルでの過去生はタリスとの出会い以後の数年間しかまだ思い出せず、さっぱり見当がつかない。
「パパ上ったら、相変わらず鈍いっちゃね~」
「ビビ、誰だい、その初恋の相手って?」
「自分で考えるっちゃ!うちは知~らないッと」
キャットはふざけたが、ちょっぴり気まずい思いを押し殺した。アキラさん、今生ではママ上と「出来てた」から、パパ上には言い辛いっちゃ・・・
「なにかと複雑な家系だから、うちは苦労しっぱなし」
と、心の中で愚痴をこぼしていた。
「それはないだろう?千年も前なんだよ。簡単に思い出せっこないよ!」
匠がキャットにぶつくさ文句をつけていると、電話を切ったアロンダが隣に腰を下ろした。
「あらっ、珍しく険悪ね~。せっかくの父娘水入らずの時間を何なの?」
「ママ上、カミはテレポートできそうなの?」
アキラとアロンダの関係をパパ上に悟られたくない。キャットは慌てて話題を変えた。第二世代の匠が嫉妬なんかするはずない、と頭ではわかっていても、何しろ初めての男性新人類だから、こればかりは用心するに越したことはない。だって、フェロモン騒動の時も、パパ上の反応は女のうちらと違っていたから、と思うのだった。
「コツを教えたから、たぶん大丈夫よ。ハワイは夜だけど、海岸で少し練習するって」と、アロンダが言うと、匠が心配そうに尋ねた。
「偵察衛星は?夜だとオーブが目立つんじゃ?」
「ナラニは第二世代の長老よ、衛星の通過時間帯ぐらい把握しているでしょ!」
と、笑い飛ばしたアロンダだったが、二人に身を寄せて不意に声を落とした。
「伽耶からクリプトフォンにメールが来たわ。アキラまで狙われたから、用心のためしばらくここに留まるようにって」
サンクチュアリの第二世代は夕食の準備に階下に降りて、来客用の居間には他に人はいなかったが、こと伽耶の話題となると能天気なアロンダも神経を使っていた。
「構わないよ。ホログラスにデータを入れて来たから、試験勉強もできる・・・なあ、僕はいつになったら彼女に会えるんだ?スーパーでは、とんと姿を見かけなくなった。聞きたいことが山ほどあるんだよ」
そろそろ会わせてくれても良さそうなものだと匠が匂わせると、アロンダは待ってましたとばかりに言った。
「タク、聞いて。伽耶の口癖を教えてあげる!」
「今に分かるわ!」
と、アロンダとキャットの声が重なり、二人は顔を見合わせて楽しそうに笑った。
「な、なんだい、それは?」
匠が面食らって尋ねると、アロンダは頬にキスをして言った。
「伽耶は極端な秘密主義なの。わたしたちが余計なことまで知ると、先が読めなくなるらしいわ。でもね、そもそもオパルであなたを救ったのは彼女なんでしょ?それなのに、ひと言も言わずに黙っていたのは、どこの誰?」
千年前の話ばかり持ち出されてもなあ~・・・
匠は弱ったなと頭を掻いた。
「そう言えば、いずれ分かる日が来ます、と言ってたっけ。ともかく、あの時は、とてもじゃないけど言い出せなかったんだよ。封建主義の時代だから、村人まで巻き込むのが恐かったんだ(**) 」
「ねえ、オパルで伽耶は何と言う名前だったっちゃ?」
キャットが好奇心に目を輝かせてねだったが、匠はさっきのお返しとばかりに、愛娘の額にキスをしてはぐらかした。
「それは・・・ヒ・ミ・ツ!」
「パパ上のケチっ!名前ぐらい教えてくれたっていいっちゃ!」
キャットは自分を棚に上げてむくれて口を尖らせたが、すぐに匠の肩に頭をもたせかけ、気持ちよさそうに目を閉じた。ま、いっか、と思った。
パパ上と一緒に居るだけで気持ちが安らぐのは、昔とちっとも変わらないっちゃね・・・
匠はあどけなさを残す愛娘を抱き寄せた。アロンダの肩にも手を廻した。覚醒して三か月足らずしか経っていないとは信じられない、と思う。心身ともに進化した途端、立て続けに強大な敵が絡む事件に巻きこまれた・・・
けれども、こうして最愛の妻と娘に再び巡り会い、姉の貴美までが当時の養女の生まれ変わりと判明した今、匠の心は平安そのもので満ち足りていた。
再会以来続いていたアロンダのつっけんどんな態度も、どうした訳か急に和らいだ。ニムエの当時に還って、身体をピッタリ寄せて幸せそうにくつろいでいる。
このまま時が止まって欲しい、と願わずにはいられなかった。禍々しい敵が再び攻撃を仕掛けてくるまで、ほんの束の間でも構わないから・・・
*「青い月の王宮」第12話「アイランド」
**「青い月の王宮」第55話「ペペ・デラ・ルナ・ブルー」




