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予期せぬ救い主 Unexpected Saviors

 雲一つない空を赤く染めて太陽が水平線の彼方に姿を消すと、洋上に浮かぶ南国の夜は唐突に訪れる。清々(すがすが)しい風が、ヤシの木立ちを鳴らして浜辺を吹き抜け、星々が煌めきを増して夜空を彩ってゆく。

 小さな湾は三日月型を描いた浜に囲まれ、白い砂には足跡一つない。


 この小さな島は、とある大富豪一族が代々所有している。現在の当主は、慈善事業の一環として島を自然農園を営む人々に提供したが、このプライベート・ビーチだけは、私有地として立ち入りを制限してきた。

 桐嶋ナラニがオアフ島からこのビーチに移り住んだのは、今から五年前のことである。開放的なナラニは、たちまち島の住民とも打ち解け、様々なイベントにも積極的に参加している。

 けれども、借り受けたこの私有地への立ち入り制限は、地主の意向で解除されなかった。立ち入るには地主の許可が必要とあって、メディアや島の人々が訪ねて来ることは滅多にない。

 第二世代の長老ナラニは、こうしてプライバシーを保ちつつ、人間社会に溶け込んで暮らしていた。


 島のヘリポートからフラワー・ハウスに戻ったナラニは、着替えを済ませて冷えたジャスミンティーのグラスを片手にくつろいでいが、ふと小首を傾げた。


「仲間を呼ぶ声だわ。こんな時間にどうしたのかしら?」

 潮騒の響きに混じって、甲高いイルカの鳴き声が聞こえて来たのである。鳴き声がひっきりなしに続くのを不審に思い、裏口を抜け海岸へと通じる小道へ出た。浜辺を見通せる場所まで来ると、ナラニはいきなり駆け出した。

 暗闇に白い潮が噴き上がるのが、(ほの)かに見えたのである。


「ザトウクジラの親子だわ。イルカたちも一緒ね。何か見つけたんだわ!」

 身長160cmと小柄だが、身体にまとわりつくムームーを物ともせず、裸足の長い脚を駆って、目覚ましいスピードで草地を駆け抜けた、

 ヤシの木立を縫って海岸に出ると、十頭ほどのイルカが浪打際までやって来て、しきりに興奮した鳴き声を上げていた。

 ナラニの目は、浜辺に打ち上げられた物体に釘付けになった。


「パイロットだわ!操縦席ごと海に落ちたの?」

 第二世代の暗視能力のおかげで、ヘルメットのUS Naval AviationとWild Gooseの文字がくっきり見て取れた。

「ワイルドグース?トップガンの宮崎明だわ!何てこと・・・鯨とイルカが運んで来たのね!」

 ナラニは直感的に悟った。


 パイロットに駆け寄るナラニの姿を認めたのか、沖合を漂っていた鯨の親子は、相次いで潮を噴き上げ、低い鳴き声を発しながら向きを変え、海中に消えて行った。波打ち際にたむろしていたイルカたちも、次々に海上にジャンプを繰り返しながら、その後を追う。

 手を振って彼らを見送ると、ナラニはやおら向き直り砂浜に片膝を着いた。六点支持シートベルトを外し、酸素マスクとヘルメットを取り去った。操縦席の下に装備した酸素ボンベは空になっていた。


 辛うじて呼吸はしている。酸素マスクのおかげね。海水も飲んでない。でも、体温が下がり切って、脈も微かにしか感じ取れない。低体温症だわ!脳死の恐れがあるから、私には対応できない。すぐ病院に運ばなければ!


 ぐったりした身体を軽々と肩に担ぎ上げ、足早に自宅へ取って返す。

 嫋やかな癒し系モデルのどこにこんなパワーがあるのか、目撃者がいればさぞ驚いたに違いないが、立ち入り禁止が幸いして見とがめる者はいなかった。

 居間に運び入れたアキラを床に寝かせて、イヤーモジュールで救急ヘリを要請した。この島には代替医療の施設しかない。オアフ島からヘリが到着するには小一時間かかる。


「間に合うかしら?」

 危ぶみながら、手早く飛行服をハサミで切り開いた。バスタオルで濡れた身体を丁寧に拭い、寝室のクローゼットからありったけの毛布を持ち出した。アキラの身体を幾重にも包んだが、顔色は蒼白で今にも呼吸が止まりそうだ。

 救護チームの到着を待っていたら命が危ない!お湯を溜めて身体を温めよう。

 咄嗟に思い定めて浴室に駆けこんだ。高速自動給湯に切り替え、すぐさま居間に駆け戻りアキラの様子を窺がった。

 

 と、その時、突然、人の気配を感じ取った。

 誰ッ!?

 反射的に立ち上がって後ろを振り向いた。


「カミ!・・・」

 ナラニは絶句した。忽然と現れたのは深山貴美だった。オーブの煌めきが消え、焦点の合わない目でナラニをぼんやり見つめている、力なくよろめいたところを咄嗟に駆け寄って支えた。

「カミ、いったい、どうやってここへ?」

「ナラニ?・・・ここは・・・あなたの家ね!」

 貴美はナラニに掴まったまま、辺りを見回してようやく自分がフラワーハウスに居ると気づいた。めまいと身震いはすぐに治まったが、事態が吞み込めず頭は混乱し切っている。

 ナラニは心配そうに尋ねた。

「大丈夫?気分が悪いの?」

「いいえ、ちょっとフラッとしただけ。ただ、何が何だかわからない・・・アランフェスの塔から落ちて、死ぬかも知れないと思った。夢中であなたに助けてと叫ぼうとしたら・・・これは夢?わたし、死んだの?」


 ナラニは貴美をソファに座らせた。床に膝を着いて目線を合わせ、柔らかな笑みを浮かべて言った。

「カミ、あなたは生きているし、夢を見ているのでもないわ。テレポートしたの」

「えッ!?テレポート?まさか・・・屋根から地面にリープするつもりだった。でも、避雷針が折れて真っ逆さまに落ちたの。頭が真っ白になって・・・」

 貴美は言葉に詰まり両手で顔を覆った。

 ナラニは抱きしめようとしたが、瞬間ピクッと身体を震わせて、思わず身体を離した。

 第三世代になった直後より、各段に強いオーブを秘めているわ!それに、黒いキャットスーツを着ている。CIAオフィサーは目立たない地味な装いを好むのに・・・

 くっきり浮かび上がる身体の線は、以前より格段に引き締まっていた。貴美は猛々しいぐらいワイルドに見えた。


「カミ、このエネルギーは何?三月に会ってから、何があったの?」

「わかるのね・・・わたし、変わったの。いろいろあり過ぎて・・・」

 ふと、目を上げた貴美は、ナラニの肩越しに毛布にくるまれた男の姿を目にして、訝し気に尋ねた。

「ナラニ、あの人は誰?」

「海軍のパイロットよ。浜辺で見つけたの。人事不省で、救急ヘリが来るのを待っているの。あなたも知っているでしょう?ミヤザキアキラよ」

「えッ、あのトップガンの?」

 貴美は驚いて立ちあがった。テレポーテーションのショックも治まり、足取りはしっかりしていた。

 二人はアキラのそばに歩み寄った。


 ナラニが言った。

「パラシュートは見当たらなかった。高空から落ちたらしいわ。操縦席に座ったまま海に落下して、幸い命は助かったけれど、低体温症を起こしてたぶん脳死状態だと思う。私では手の打ちようが・・・ちょっと、カミ、何をする気?」

 貴美がいきなりオーブを起動したため、驚いたナラニは叫んだ。

「助けられるかも知れない!やって見るわ」

 脳死を治すのは現代医療でも不可能だ。第二世代でさえできない。自力でオーブを起動できないため、治癒に必要な冬眠に入れない・・・

 ナラニはもの問いた気に口を開きかけ、貴美のオーブが七色を帯びているのに気づいた。

 これは!・・・やっぱり、カミがオメガなの?でも、彼女がトリニティの一員でないなら、残る一人は誰?それとも、オメガは別人?


 ナラニの疑念をよそに、貴美は真剣な面持ちでアキラの傍らに両膝を着いた。気持ちを静めて呼吸を整える。意識を集中させると同時に両手が七色の輝きを増して一段と輝きを増した。

 クルーカットの頭部を包みこむように両手を当てがい、目を閉じた。


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