転落 Falling Down
サンクチュアリに到着したアロンダは、貴美を第二世代の紹介した後、早速キビキビと訓練を開始した。
期末試験を控え、勉強で夜更かしした匠は寝ぼけ眼だったが、大学から首根っこを掴まれて引きずり出されることを考えれば、ずっとましだとあきらめ顔だ。大学の勉強や友人関係などアロンダの眼中にはない。平和ボケしている場合じゃないわ、と言わんばかりに匠の鼻面を取って引き回すのだった。
特殊部隊に襲われたのだから、彼女の言うことに理がある、と匠は妙に冷静だった。
平穏な生活も、いつ何時死と隣り合わせの戦場に変わるかわからないんだ。人類の歴史が証明している・・・
その事実を淡々と受け入れていた。
「タク、自力でオーブの転写ができるまで訓練して!」
オーブの転写?
アロンダの言葉に貴美は内心ぎくりとした。汚染地帯で自分が機動歩兵を救ったのを思い出したのである。
村人の魔女呼ばわりにひどく傷ついて、幼いマヤはオパル王家に移ってからもその能力を秘匿していた。ダニエルを救った時以外は・・・でも、第二世代の匠が、なぜオーブを転写できるの?
キャットがマグレブで負傷した後、アロンダと手を繋いだ匠が、オーブの転写に成功したとは聞いていたが、第三世代のオーブをアンカーにしたからこそできたのだろう、と貴美は考えていたのである。
でも、どうやら違うようね・・・史上初の男性第二世代には、他の第二世代にない異能があるのかしら?
おそらく、三日月刀を持ち出した人物なら真相を知っているはずだ、と貴美は直感した。
あの人物が匠を覚醒させたのだから。そして、わたしも・・・ (*)
キャットは三日月刀のありかを知っているはずなのに、先週は話をはぐらかした。今日こそ話を聞き出して、あわよくば謎の人物の素性も探り出そうと心に決めていた。
「キャットはどこなの?」
貴美が尋ねるとアスカが答えた。
「アランフェスの塔よ」
アロンダよりひと足早くサンクチュアリに跳んだキャットは、いつも通り監視任務に戻っていると言う。
「じゃあ、わたし、キャットに会って来るわ」
すると、唐突にアロンダがとんでもないことを言い出した。
「ちょうどいいわ、カミ。リープで跳んでみて!」
「えッ?着地場所が見えないのに、どうやって?」
いきなり何なの!?
貴美はいささかイラついた。神殿の一階から見えるアランフェスの塔は森の中にそびえている。二百メートルほど離れているため、神殿からは緑に埋もれた塔の天辺付近しか見えないのだ。
アランフェスと言っても、アポカリプス後、王宮のレプリカは未完成のまま放置され廃墟と化している。塔はアランフェス王宮とは縁も所縁もない客寄せの箱物だが、第二世代が密かに手入れして物見の塔として使っていた。
「そうね、石畳の床が見えないから、ここからだと柱の隙間を抜けて着地はできない。外壁の縁に飛びつく手もあるわね。でも、目測を誤ったら激突するか転落する。どうする?」
「・・・まさか、屋根の間が見える空間を狙えって言うの!?」
貴美が信じられないと憮然と問い返したが、アロンダはクスっと笑ってうなずいた。
「冗談でしょ!空中から連続リープしろって言うの?高さ五十メートルはあるわ。失敗したら墜落死よ!」
「二段リープは、いいアイデアね」
アロンダが切り返した。それぐらい大したことないでしょう?と、言わんばかりだ。貴美は思わずアロンダをキッと睨んだ。ニムエつまり現世のアロンダに対するマヤの鬱屈した怒りに、今にも火が点きそうだ。
いけない・・・冷静にならなきゃ!
現世の貴美の理性が、マヤの意識に負けてコントロールを失うまいと踏みとどまった。
「二段リープって言うの?本当にそんなことできるの?」
努めて平静を装って尋ねたが、アロンダは貴美を試すかのように仄めかした。
「最初からそのつもりで集中すればできるわ。イメージを作るの、量子場に」
量子場?そうね、わたしの中のマヤの記憶は限られている。当時は、現代科学の知見なんかなかったから、意識が量子場に影響を与えるとは知らなかった。確かに、物質科学にはできない量子場へのアクセス能力持つからこそ、新人類はオーブとリンクできる・・・
マヤの知識が貴美の中でこうしてアップデートされるのね。とは思ったものの、到底納得できない。
「練習じゃなかったの?いきなり命懸けの二段リープってなによッ!」
「やるの?やらないの?」
アロンダがびくともせず貴美を問いただしたため、その場の第二世代は、固唾を呑んだ。人類のように感情に振り回され争うなど、進化した第二世代には起こりえないだけに、二人のやりとりが剣呑でもあり、物珍しくもあったのだ。
「本当に大丈夫なのか?」
不安になった匠がささやきかけると、アロンダは指を手に当てて「シーッ」と制止した。
「この時間なら衛星は上空を飛んでいないし、昼間だからオーブも目立たない。絶好の訓練になるわ!」
「やるわよ。やればいいんでしょッ!」
アロンダに煽られた貴美は、憤然と言い切った。
わたしを挑発しているのね。できるとわかっているんだわ!
匠は止むを得ず口をつぐんだ。第三世代のカミもアロンダも、第二世代として覚醒したばかりの匠には理解しがたい別次元の能力を持つ。しかし、一時よりは落ち着いたものの、貴美が以前には考えられない好戦的な態度を見せるのが気がかりにもなる。
思えば、オパル時代のマヤもそうだった・・・
周囲の第二世代たちと同じく、固唾を呑んで成り行きを見守るしかなかった。
椅子から立ち上がった貴美は、肩まである黒髪を手早く後ろに結わえ、神殿のエンタシス柱の間に身を置いた。目を閉じて気持ちを静めゆったり深呼吸をすると、鮮やかな七色のオーブがフワッと全身を包んだ。彫りの深いブルーの目を開いて、アランフェスの塔の物見台の上空に目を凝らし、意識をフォーカスした。
第二世代たちは目を丸くして、その姿を見つめていた。
次の瞬間、貴美の身体は宙へ跳んだ。
塔の最上階は円形の石畳の上を、四か所の支柱で支えられた半球状の屋根が覆っている。屋根の中央には避雷針が突き出ていた。目測は正確だった。避雷針の手前に着地して、素早く右手で避雷針を掴む。丸屋根から滑り落ちないよう身体を支え、神殿の吹き抜けから見守る仲間に向かって、大きく左手を振って見せた。
いきなり無謀な二段リープをすると思って?そこまでバカじゃないわ!ここからなら地面が見渡せる。地表にリープして階段を上ればいい。
してやったりと満足の笑みを浮かべたその時、前触れもなく避雷針が根元からポロっと折れた。
不意を突かれた貴美は、なす術もなく腹ばいのまま、足から急な丸屋根を滑り落ちて行く。つるっとした丸天井の縁にも何の手がかりもなく、両手は虚しく屋根を引っ掻いて、勢いのついた身体は宙に放り出された。
「キャーー!」
微かな叫び声が第二世代たちの耳に届いた時には、小さな黒い人影となって視界を掠めた姿は、あっと言う間に森蔭に消えていた。
一瞬の出来事に衝撃を受けた第二世代は、言葉も出せずに立ちすくんだが、アロンダの反応は違った。貴美が神殿から消えるとほぼ同時にオーブを起動して、アランフェスの塔の下へリープしていたのである。
端から安全対策もないまま、二段リープをやらせるつもりなど毛頭ない。アロンダの裏を掻いて、貴美が屋根に跳び避雷針を掴んだため、むしろ時間の余裕を持って、落下する貴美の直下に移動して待ち受けることができた。
五十メートルの高さから落ちた成人女性を、人が受け止めるのはまったくの不可能事だ。落下速度は時速百キロに達する。両腕を折る程度で済めば僥倖と言う他ない。身体を直撃すれば巻き添えで死亡または重傷を負うのが関の山だ。しかし、第三世代のアロンダにはむろん成算があった。
ところが、そこで意外な出来事が起きる。アロンダが抱き止める前に、一瞬オーブの輝きに包まれた貴美の姿が、頭上十メートルほどの高さで忽然と消え失せたのだ。大柄な貴美を抱き止めようと、両足で地面を踏みしめていたアロンダは虚を突かれた。
・・・やってくれるわね。さすがだわ!火事場の馬鹿力も半端じゃない・・・
苦笑とも感嘆ともつかない表情で、両手を腰に当てて宙を仰いでいるところへ、第二世代が息せき切って駆けつけた。リープはできなくとも、第二世代なら二百メートルを十五秒足らずで走破できる。おしなべて新人類の強靭な身体・運動能力は、脆弱で鈍重な人類の想像を絶する。
「アロンダ、カミはッ!?」
顔から血の気が引いた匠が声を掛けた。貴美の姿が見当たらず、ホッとしていいのか驚いたらいいのか分から混乱していた。他の第二世代とて同じだった。どこへ消えたのか理解できず、互いに顔を見合わせていた。
「いったい、どうしたっちゃ!?何の騒ぎ?」
塔の天辺から、キャットとケイコが顔を出した。貴美の叫び声を聞いて、慌てて光学望遠鏡から離れ、回廊から辺りを見回していたのだ。
「大丈夫よ!カミがテレポートして消えたの」
アロンダが見張り台に向かって叫び返すと、その場の第二世代は一斉に安堵のため息をついてどよめいた。
ぶっ魂消た匠が「脅かすなよ!」と文句を言うと、アロンダは肩をすくめた。
「わたしだってびっくりよ」
「でも、助かったッ・・・ゾッとしたよ!カミが落っこちるのが見えたから。テレポートだって!?リープじゃないのか?だって、カミはテレポーテーションはできないだろう?」
「そうよ、今の今まではね。長距離リープだって、本格的に訓練を始めてまだ二日目よ!大したものね・・・さすがマヤだわ」
「でも、どこへテレポートしたんだ?僕たちが神殿から出た時、あそこには戻っていなかったよ」
「さあ、どこかしらね?」
「どこにテレポートしたかわからないのか?」
「全然。塔から落ちた時、心に何が思い浮かんだのかしら?・・・少なくとも、あなたじゃなさそうね」
アロンダが冷やかし半分に言った。
「それはどういう意味なんだ?」
匠が尋ねるとアロンダが言った。
「オーブを纏う時、最初のうちは大切な人を思い浮かべたでしょ?テレポーテーションでも同じ原理が働くの。ただし、前に行ったことがある場所にしか跳べないの。落っこちたカミは、咄嗟に誰を想ったのかしらね~」
あなたは頼りがいがないでしょう?と言わんばかりの口調だった。
また始まったわ!
第二世代は驚きも忘れて耳をそばだてた。ちょっとした漫才の掛け合いのようで、微笑ましくも面白おかしい。が、匠は一向に凹みはしない。毟られるのにはもう慣れっこなのだ。
「いったい、どこに消えたんだ、カミ・・・」
「じき戻って来るわよ。帰りは意識的にテレポートできるかどうか、見ものね!」
アキラが失踪して不安で一杯だった気持ちもどこへやら、アロンダはすっかり能天気な自分を取り戻して笑みを浮かべた。
「さあ、みんな、偵察衛星が来る前に、神殿に戻りましょう。ケイコとキャットも、見張りについてちょうだい。カミが戻ったら知らせるわ」
二人のやりとりに耳を傾けていたアスカが、一同に声を掛けた。第二世代が三々五々、神殿へ向かって歩き出すと、アロンダは地面に落ちた避雷針を拾い上げ、匠と腕を組んで歩きながら、耳元に顔を寄せた。
「これを見て!根本に切れ目が入っている。誰かが細工したのね」
「本当だ!誰だろう?」
「考えなくたって、わかるでしょ?」
アロンダがウィンクして見せると、匠は「そうだね・・・」とつぶやいて、かなわないな~、と苦笑いして肩をすくめた。
「そのうち、伽耶にも会えるわよ」
アロンダは匠の心の内を察して、珍しく優しくささやきかけ、左腕にすがるように両手を巻きつけた。匠の肩に頭をもたせかけ幸せそうにため息をついて、心につぶやいた。
「わたしにはこの人がいる!アキラも無事に戻って来るわ!今の出来事と避雷針の細工で確信できた。それに、彼の運命の相手が誰かも・・・二人は従兄妹同士らしいからあり得ないと思っていた。(**) でも、変異すれば遺伝子も変わるわ。従兄妹でも問題は起きない」
あの伽耶でさえ、アキラや貴美には謎が多く判断に迷っている。それでも、伽耶の細工が実を結んだんだわ。避雷針の切り口が新しいもの。ついさっき切ったばかりね・・・
匠はアロンダを見やって笑顔を見せると、しっかりその肩を抱き寄せた。二人は無言のまま寄り添って歩き、新緑が萌える深い森の小道を辿って神殿の中に消えた。
* 「青い月の王宮」 第33話「謎の訪問者」
** 「ブラック・スワン~黒鳥の要塞~」第17話「黄昏のインド洋」




