北太平洋 North Pacific
ワイルドグース機の突然の失踪から二十分後、アメリカ第七艦隊太平洋軍と北米連邦軍は、原子力空母の指令室に緊急対策本部を設置した。空母の上級士官はじめ、演習に加わった各艦艇と、部隊の責任者が緊急のテレビ会議に臨んだ。
最初に空母の分析士官が、事故後の偵察機の飛行状況について報告を始めた。
「大気圏突破には、秒速11.2キロ以上必要です。時速およそ4万キロです。マッハ35を超える速度ですから、MX25Rには不可能です。また、高度が上がるにつれ酸素濃度が下がり、圧縮しても燃焼できずジェットエンジンは停止します。二百年以上前に記録された、有人航空機の過去最高時速7,274キロは、ロケットエンジン搭載のX-15が記録したもので、最高高度は地上100キロを超えました・・・戦闘機では同じ時期に、チタン合金製のSR-71ブラックバードが、飛行最高高度25キロを記録しています。この高度まで達した場合、与圧ピットの暖房機能では対応できず、パイロットは確実に低体温症に見舞われます。ロケットなら、成層圏から熱圏まで上昇して、気温は逆に約二千度という超高温にまで上がるのですが・・・」
早急に状況を把握しなければならないというのに、科学的に筋道だった説明をつけないと気がすまないのか?これだから学者肌は使えないんだ!
いかにも技術畑出身らしい分析士官の回りくどい説明に、太平洋軍司令官ロバート・ハワード大将が怒鳴り声を上げた。
「前置きはいいッ!要点を言えッ!ミヤザキ大尉の機は、衛星のレーダーでも捕捉できなかったのか?しかも、偵察機の電子機器はまったく機能せず、脱出信号も検知できていない」
よりによって今回の演習の目玉とも言うべき電磁パルス爆弾の投下実験で、米軍エースパイロットの一人と最新鋭偵察機が、異様な状況の中で消息を絶ち、司令官の苛立ちは頂点に達していたのである。
「はい。原因は不明ですが、ステルス機能が起動した可能性があります。そこで、偵察衛星が捉えた映像を分析したところ、偵察機から与圧ピットと思われる物体が飛び出す姿を確認しました。上昇速度が速く画像が不鮮明なため、脱出高度は概算ですが、一万メートルを超えていたとものと思われます。その場合、推定気温は摂氏マイナス五十度前後ですが、自動温度調整が働き与圧ピット内で十分寒さをしのげます」
「それを早く言え!すると、脱出したのは確かなんだな?だが、その後の消息が不明だ。偵察機は南方に飛行していたため、25キロ圏外の北方に退避していた我々は、初期対応が遅れた。あの距離では、空母のレーダーは与圧ピットまで感知できない。映像監視システムでも、空中のピットを確認できなかった。機体も空中分解したらしく、レーダーでは感知できなかった。衛星ではどうだ?」
「それが、衛星は与圧ピットの行方を見失ったのです。上昇する機体の爆発と見られる光を捉えた直後、偵察衛星の映像が途切れ、状況を確認できませんでした。レーダーも同時に機能が止まりました」
電磁パルス爆弾が高空で爆発して、衛星にも影響が出たのか!?だとすると、低空に設定した爆発が、なぜ超高空で起きた?
司令官は不審に思ったが、爆弾の性質は一握りの演習関係者のみが知り得る機密事項のため、口には出さなかった。
厳密な思考を生業にするだけに説明が回りくどくなるのは避けられないが、分析士官は知識をひけらかすかのように雄弁だった。
「おそらく、ミヤザキ大尉は脱出間際まで、機体の制御を取り戻そうと手を尽くしたはずです。と言いましてもマッハ6まで加速したため、急上昇から脱出までほんの数秒しかありません。パラシュートは通常、緊急脱出直後に自動的に開くのですが、脱出高度が高かったため、氷点下の気温に長く晒されないよう、手動で開傘のタイミングを遅らせたとも考えられます。操縦桿やフットレバー類は、与圧ピットから離脱時に切り離されますが、ピットの密閉と酸素供給は維持されます・・・ただし、衛星画像の解析では、垂直に近い軌道でマッハ6で急上昇中でした。あの状態でイジェクトした場合、ピットは激しく回転します。自動、手動のいずれにしても、ピットの姿勢が安定するまで、開傘できなかったはずです」
「すると、不開傘の恐れもあるわけか?偵察機が音信不通になった直後、メイスが推定経路を追尾したが、マッハ3では追い切れず、危険高度に達したため引き返した・・・」
と、その時、空母司令室の大型モニターに情報が着信した。
「イントレピッドより、司令部へ。フィールド・スコープで洋上のピットを発見した。距離は南南東約七千メートル。位置は・・・」
高分解能光学望遠鏡を装備する情報収集艦の報告をみなまで聞かず、ハワード司令官はマイクで全部隊に命令を下した。
「全艦艇に告ぐ。AIでピットの位置を確認せよ!救難ヘリ部隊と救急艦は、直ちに現場に向かえ!メイス、君の機が最短距離だ。状況を確認せよ!」
「了解、急行する!」
アキラ、無事でいてくれ!!
メイスことトム・ウェルズ大尉は、平素の陽気な自分をかなぐり捨て、思い詰めた顔で轟音と共に戦闘機を加速した。
あいつを失ってたまるか!
ラテンのノリは伊達ではない。友情にも厚く万事に情熱的だ。
司令室のモニター上では、あてどもなく演習海域を旋回していたメイス機のマークが南下を開始、見る見るうちにピットの発見地点に近づくのが映った。
マッハ3の戦闘機は時速三千五百キロを超える。目的地を見つけると早い。三十秒後には交信が入った。
「メイスより司令部。ピットを確認した。減速接近する」
「司令部より、メイス。ホバリングして映像を送れ」
「了解・・・高度五十メートルでホバリング中。拡大映像を送る・・・ピットは海上に浮いている。損傷して大きな亀裂が見える。ピットに絡まったパラシュートを確認。ピット内に人影は確認できない・・・海面着色剤は自動放出されている。発煙筒は使われた形跡がない・・・」
アキラ、どこだ!?あいつのGPS信号は事故後、途絶えている。脱出後、空中でピットから放り出されたとしたら、広大な海域のどこを漂っているんだ?気絶しているか負傷したか、それとも・・・頼む!無事でいてくれッ!
メイスは歯ぎしりして、操縦桿を強く握りしめた。
二十分後。張りつめた空気に包まれた原子力空母の指令室に、ハワード司令官の重々しい声が響いた。
「救難ヘリの機上救助員が捜索したが、ピット内にもパラシュートの下にも、ミヤザキ大尉の姿はなかった。ピットは半壊して、操縦席が吹き飛んでいた!救護艦で付近の海面海中に金属探査をかけたが、ヘルメットや飛行服はおろか、操縦席も探知できていない・・不開傘ではないとすると、いったい何が起きたのだ?」
「偵察機はマッハ6でほぼ垂直上昇中でしたから、極めて異常な状況下で脱出したと思われます。スタビライザーが機能してから、ピットが安定するまでの時間は計算不能です。これまで想定されていなかった今回の脱出パターンを、AIで初めてシミュレートしたところ、脱出時に受けた振動によって、ピットと操縦席基部に亀裂が入る確率は76.2%です。脱出後、開傘まで時間がかかるほど、落下速度が上がります。パラシュートを開いた反動で亀裂が一気に広がり、操縦席ごと空中に投げ出された可能性が・・・」
分析士官の報告は冷静で客観的に過ぎ、行方不明の大尉に対する想いが感じられなかった。情に厚いハワード大将は不機嫌そうに話を遮り、一同に檄を飛ばした。
「ピットの落下地点から捜索範囲を広げる!偵察衛星はすでに上空に移動した。いいか、太平洋軍と北米連邦軍は、総力を挙げて大尉を発見救出する!諸君が頼りだ!」




