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メイデー!メイデー! M'aidery ! M'aidery !

 北太平洋。


 恒例の環太平洋合同演習、通称リムパックに先立つこと三か月、北米連邦軍と米太平洋軍の実働部隊は、統合実働演習のためハワイ諸島の沖合に集結した。

 模擬核爆弾搭載無人機、強化レーザー砲、対空および対艦高速ミサイル、耐レーザー装甲艦、ロボティック上陸用舟艇および強襲ロボット兵団、自走型魚雷、アサルト・サブマリンなど、多種多様な最新兵器を顔を揃えて、さながら武器見本市のデモンストレーション会場の様相を呈している。

 しかし、今回の演習の目玉は、秘密裏に計画された電磁パルス爆弾の投下訓練だったし、言うまでもなく、最新兵器の実地訓練に関する情報は一切公表されなかった。



「ワイルドグース、太平洋軍空母打撃軍の第五空母航空団に配属されて、まだ日が浅いが、君はMX25Fには試験飛行から関わっていたそうだな。ブラックスワン亡き後、偵察機仕様のMX25Rにも度々搭乗している。記録によれば最高速度マッハ5.5を経験したとあるが?」

「おっしゃる通りです」

 アキラはきびきびと答えた。


「では、まずシュミレーターをこなしてくれ。マッハ5で模擬爆弾を固定標的に投下する訓練だ。ただし、ハッキングの恐れがあるレーダー・ロックオンは使用せず、機搭載のイーグルアイカメラの画像照準を使う」

 直立不動で聞き入っていたアキラが不審そうな表情を浮かべると、太平洋軍司令官ロバート・ハワード海軍大将は説明を続けた。


「ミヤザキ大尉、君の疑念は理解できる。実際の演習で投下するのは、電磁パルス爆弾の試作品だ。発生する高周波数帯電磁パルスの有効範囲は、直径約二十五キロだ。したがって、高度感知起爆装置だけで標的は余裕で有効範囲に収まる。だが、知っての通り、高重量の耐電磁パルス装甲を持たない航空機は、高周波帯の圏外でも甚大な損傷を被る。離脱時間を十分に取るため、本来なら高空でリリースするべきだが、厄介なことに、この電磁パルス爆弾は技術的な問題を抱えている。一定の振動が持続すると、起爆前でも電磁パルスが発生する恐れがある・・・」


 太平洋軍司令官自ら直々指令を下す念の入れようは、国家プロジェクトと言われる電磁パルス爆弾の投下演習だからか!

 なるほど、とアキラはうなずいた。

 しかし、わからない・・・

「・・・つまり、高空から投下やミサイルへの搭載は今のところ不可能だ。そこで、世界最高速の有人機を使う。偵察機には専用スタビライザーを装着した。内部に収納した爆弾は、機体振動の影響は受けず安全だが、投下後、起爆までの時間は最少限に抑えなければならない。したがって低空でリリースするが、マッハ5を維持すれば電磁パルスの影響をまったく受けずに離脱できる」


 なぜ、無人機を使わないのか?

 エンジニアでもあるアキラは自問自答した。

 広範囲に通信妨害波を展開するには、膨大な電力が必要だ。巨大タンカー規模ならともかく、空母程度では妨害波を長時間維持できない。しかも、洋上では簡単に発生源を特定され、有人機に破壊されてしまうだろう。そもそも、守るべき街や基地がある訳でもないが・・・


「お尋ねします。なぜ、マッハ10を超える無人高速機を使わないのでしょうか?海上で通信妨害波を展開した例は、これまでないはずです。有人機を使う理由をお聞かせください」

 いきなり司令官に呼び出されたことも手伝って、アキラはやや緊張した面持ちで尋ねた。新しい環境にまだ馴染んでいなかったのである。転属前、有給休暇を利用して日本を訪ねたため、中央統合軍から太平洋軍に異動してまだ間がない。


「良い質問だ、大尉。参謀本部によれば、妨害電磁波圏内への使用を想定しているとのことだ。ところが、陸上での実験準備が間に合わず、今回の合同演習でとりあえず成果を見たいそうだ」

「そうでしたか。わかりました!」

 ようやく納得したアキラは、二年ほど前の出来事を思い出していた。(*)

 電磁パルス爆弾は、ネバダ砂漠に墜落したSSR-1が搭載していた。あの時、ブラックボックスを回収したアキラとビアンカは、まるで巨大なウイルスのように、先端の広い突起で表面を覆われた不気味な球体が、ひしゃげて転がっているのを目撃している。

 その後、SSRDのラボでスタッフが口を滑らせ、その時、アキラは爆弾の正体を知った。

 電磁パルス爆弾が発する高強度電磁波の威力は、通信妨害波とは比較にならない。電線を伝って地下の非常用ディーゼル発電機まで機能不全に陥れかねない。

 早い話が全電源喪失を引き起こすのである。


 あの中東の基地のように地下深くに電力源を設置しても、地上付近の通信妨害波発生装置が軒並み機能停止すれば、通信妨害波も途絶える。バンカーバスターなど必要ない・・・(* *)


 だが、参謀本部が実験を急ぐ理由は何だろう?

 ふと暗い翳を感じた。

 この演習は嫌な予感がする。転属早々、マッハ5が必要な演習に指名されるとは・・・

 生来の鋭い直感は滅多に外れない。アキラの怜悧な顔立ちは緊張感に引き締まった。


 演習当日もハワイ沖は快晴だった。

「よお、グース!パーティ会場までエスコートするぜ!」

「メイス、爆弾処女だからお手柔らかにお願い」

 アキラが冗談を飛ばすと、ウイングマンのメイスは大笑いした。二人乗り戦闘機F95-FXでは、アキラのナビゲーターを務めるパートナーでもある。

「ガハハハッ、バージンボンバーってか!?グラマー処女とはそそられるね~」

 アメリカラテンの典型とも言える図太い神経の持ち主だが、日本人特有の繊細な感受性を受け継ぐアキラとなぜかウマが合う。

 そこへ司令部から交信が入った。

「司令部よりチームアロー。通信妨害圏を想定して高度五千メートルまで上昇せよ」

「ワイルドグース、了解」

「メイス、了解」


 眩しい陽光溢れるハワイ沖の真っ青な空を、二機はマッハ2を保ってぐいぐい上昇して行く。

 予定高度に達してグースが偵察機の翼を翻すと、メイスも斜めに虚空を切り裂いて戦闘機を旋回させ後を追い、二機は綺麗に三角翼を並べて水平飛行に移った。


「ワイルドグースより司令部。視界良好。レーダーで標的の位置を確認した」

「司令部よりワイルドグース。映像で標的を捕捉次第、直ちに降下開始、爆撃高度の三百メートルまで降下後は、マッハ5に加速して接近せよ」

「了解」


 イーグルアイカメラを起動したアキラは、標的の退役巡洋艦をサーチしながら、AIのパネルを見詰めていた。マッハ2は、海面つまり高度0m、気温15℃の条件で時速約2,500キロである。ものの数分後には、大洋の真っ只中にポツンと鎖を下ろした退役巡洋艦を、偵察機のイーグルアイが捕捉した。

 

「ワイルドグースより司令部へ。標的を捕捉。降下を開始する」

「司令部。了解した」

 嫌な予感があろうとなかろうと、任務に就くといやが上にも集中力が高まる。交信を交わすアキラの声は冷静そのものだ。

「メイス、降下を開始する。高度千メートルまで降下したら、即刻、全速で離脱してくれ」

「了解だ。艦船は圏外に離脱したからな。後は単独任務になるぞ」

「オーキードーキー。行くぞ!」

 

 二機は一気に左に旋回した。機首を急激に下げて急降下を開始、陽光に煌めく太平洋目がけてまっしぐらにダイブする。

 「ヒー、ハゥー!!」

 メイスが興奮した叫び声を上げるのを耳に、アキラは持ち前の冷徹な表情で、標的の映像と高度計を集中して見つめている。高度千メートルに達する直前、メイスに声をかけた。


「離脱だ!」

「了解。バージンボマー、初体験の成功を祈ってるゼ!」

「サンキュー。痛くないといいけど・・・」

 アキラは冗談を飛ばした。

「心配するな、優しくするよ!」

 冗談を返して機首を上げたメイス機は、あっという間に遠ざかって後方画像から姿を消した。

 メイスのあの楽天的なラテン系の()()は天賦の才だ。遺伝子に組みこまれているに違いない。おかげでこちらも気分が明るくなる。

 アキラは微かに笑みを浮かべて、遥か下方で陽光に煌めく海面を見つめた。


 高度三百メートルで水平飛行に移った偵察機は、三角翼を収納してマッハ5まで急加速を掛けた。

 機体が小刻みに揺れて風切り音が急激に高まる。マッハ5で低空飛行するコックピットから見える海面は、凄まじい勢いで流れ去る青い奔流だ。

 拡大画像に切り替え、標的に視線を据えて、リリースボタンの安全装置を外した。AIの投下秒読み表示がパネルに表示され、同時に機械音声が指示を伝える。

「投下20秒前、19、18・・・」


 異変が起きたのはその後だ。

 「投下」の指示と同時にリリースボタンを押したアキラは唖然とした。

 反応がない!

 繰り返しボタンを押すが、まるで手応えがない。

 そればかりか、不意に機体がガクンと激しく揺れたと思うと、いきなりフルスロットルでジェットを噴射、急激に加速がかかったのである。

 しかも、フラップが自動的に動き機首が急激に上がる。アキラは後ろに激しくのけぞり、座席に圧しつけられた。


 AIがけたたましく警告を発した。

「警告。動作不良。エンジン制御不能。電子回路に異常。緊急事態発生。自動制御に切り替え。脱出高度まで上昇。酸素マスク着用。脱出準備・・・」


 そこで、突然、機械音声までがプッツリ途絶えた。


 ど、どうなってんだッ!

 これでは爆弾投下どころではない。操縦桿をしっかと握って、機のコントロールを取り戻そうとしたが、こちらもまったく反応がなかった。


 なんだッ!?AIも動作停止!操縦桿も効かない!何が起きているんだ!?

 慌ただしく酸素マスクを着けながら、アキラは司令部に緊急通信を入れた。その間も、機体は急激に機首を上げてゆく。


「メイデー、メイデー!機体制御不能!緊急自動操縦に切り替わった。垂直離脱モードで急上昇中。司令部、応答願います!繰り返す。手動制御不能!メイデー、メイデー!!」


 必死で交信を試みるも、まったく応答がない。

 通信もダメか!

 チラッとイジェクトレバーに目をやった。

 緊急脱出装置は手動で扱える。だが、超高速垂直上昇中の機体から無事脱出できるのか!?こんな状況は想定外どころじゃない。脱出シュミレーションでもそんな訓練は受けていない!


 離脱限界高度まで、あと数秒しかない・・・

 マッハ6に達した偵察機はアキラを封じこめたまま、ロケットのようにほぼ垂直に、どこまでも深く青い空を急上昇してゆく。



* 「デザート・イーグル ~砂漠の鷲~」第6話「オアシス」

**「ブラック・スワン~黒鳥の要塞~」第7話「苦悩の天才パイロット」


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