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消えた三日月刀 Intruder Again

 初夏の陽射しが射し込む居間で、アロンダと貴美がテーブルを挟んでソファに転がっていた。アネックスで格闘スパーを十ラウンドこなした後、シャワーを浴び昼食を終えたばかりで、くつろいだ猫のように寝そべって、近距離テレパシーを試していた。

 もっとも猫と言っても、二人して虎のように危険極まりない戦士である。


 貴美がVRヘッドセットを破壊したため、アロンダがスパーリングパートナーを買って出たのだが、マヤの能力が目覚めた貴美の前に、終始苦戦を強いられた。しかも、今生の貴美は、特殊部隊の訓練まで受けた真正の戦闘員でもある。

 スタミナが切れた最終ラウンドでは防戦一方に追いこまれ、アロンダはやむなくリープを使った。一瞬の間を突いて背後を取り、完璧なスリーパーホールドで貴美をギブアップに追いこんだ。


(リープを使うなんて、ズルいわ!)

 言葉とは裏腹に、貴美はリラックスしていた。文句をつけたものの、これっぽちも怒りは籠っていない。

 以前のおっとりとしている一方でやや繊細な印象は影をひそめ、と言って、疎外感からマヤが抱いた峻烈なまでの情念でもなく、からっと明るい心性がこうしてふとしたはずみに立ち現れる。カウンセラーとしての経験から、貴美は薄々感じていた。

 マヤがあれほど鬱屈することなく育ったとしたら、この闊達な性格が本来の姿だったのではないだろうか?


 (あれは最後の切り札よ。ねえ、素手の闘いなら特殊部隊員もあなたの敵じゃない!リープを使いこなせたら、複数を相手取れるわ。今日から、リープと衝撃波の訓練に入りましょ!) 

 アロンダは悪びれもしなかった。千年前も現生も軍人だから、戦闘となると目の色が変わる。いざ実戦になれば禁じ手などない。勝たなければ生き延びられないのだ。

 貴美はうなずいた。敵に異能力を悟られないよう実戦で使うつもりはない。それはアロンダとて同じだ。それでも、いざとなったら使わざるを得ないだろう、と思う。 

 マグレブでキャットが衝撃波を使ったように・・・


(ところで、CIAをどうやって丸めこんだの?機動歩兵の待ち伏せにCIAが手を貸したとあなたが気づくのはわかりきってるわ。普通なら、あなたは逃亡するところよ)

 アロンダが尋ねた。

(当日の記憶喪失よ。衝撃的な体験で脳の回路が損傷した、と診断されたわ。トラウマが激しいと記憶は回復しないかも知れないって)

(でも、どうやって?脳回路の検査って誤魔化せるものなの?)


 貴美がいくらか落ち着きを取り戻して以来、アロンダは匠の警護を続けながら貴美とも頻繁に会っている。互いにこれまでの体験を打ち明ける機会も増えたのだが、サウロンにまつわる話題だけは、二人して避け続けていた。貴美はサウロンにまつわる仮説の証拠を掴むまで、アロンダも過去生の兄王の話題はタブーとして、それぞれ自分の胸に秘めていたのである。


(手順通りよ。脳心理研究所に行って検査を受け、そのデータを基に専門医の診断を受けただけ)

 貴美は思わせぶりに横目でアロンダに微笑んで見せた。アロンダの目がキラッと光った。

(あなた、あの検査技師にまた圧力をかけたのね!)

 脳心理研究所と聞いて、研究所に侵入した顛末を思い起こしたのだ(*)。だが、立て続けに事件が続き、あれからわずか二か月しか経っていないとは信じられなかった。


(気の毒に。わたしがまた現れたものだから、彼ったら真っ青になったわ!)

 笑顔を見せた貴美だったが、さすがに少しばかり胸がモヤモヤするのだった。

 前回、あれほど罪悪感を感じた自分は、どこへ消えてしまったのだろう?マヤの意識に乗っ取られた状態から抜け出したとしても、元の自分には戻れないらしい。

 過去十年、いいえ千年に渡って疑似第二世代だったわたしの真の姿は、実は第三世代の戦士で、そしてヒーラーでもある。

 第二世代と第三世代の自分に、過去生のマヤの意識が交錯する。貴美の目にわずかに憂いの色が浮かんだ。

 複雑だわ・・・


「うまくやったわね。時間が稼げるわ。今のうちにリープと衝撃波をマスターして!シティで訓練するのはムリだから、サンクチュアリに連れて行くわ。テレポーテーションは習得に時間がかかるから、そのつもりでね」

 アロンダはテレパシーを切って話しかけた。一瞬、貴美の内心が透けて見えてしまい、慌てて接続を解除したのだ。他人の胸の内を覗き見する趣味はないし、第一、テレパスのプライバシー侵害は新人類のタブーだ。


 それ以上に、わたしの中のニムエが、貴美の意識に蘇ったマヤの心に踏みこむのを忌避しているんだわ・・・

 アロンダは己の心の襞を探り当てると同時に、それにしても変ね、と思った。

 第二世代のカミが、テレパシーに集中する(すべ)を学んでいないはずがない。それに、オパル以降の過去生を覚えていないなんて、何かがおかしい・・・


 でも、考えたところで答えは出ないわ!

 例によって悩むより行動するのを得手とするアロンダは、ふと思いついてソファからむくっと起き上がった。貴美と会うたびに蘇る過去生でのマヤとの確執を、身体を動かして振り払いたくなった。

「わたしはタクを迎えに行くわ。戻ったら三人でサンクチュアリに跳びましょ!あなたとタクなら、テレポーテーションで連れて行けるから」

「今日は土曜日よ。タクは午後からテニスじゃないの?」

「テニスなんかやってる場合じゃないわ!タクにも教えることがたくさんあるの」

 貴美の言葉もどこを吹く風、アロンダはあっさり言い捨てた。


「それもそうね。タクに会えばキャットも大喜びするわ」

 貴美は笑いを嚙み殺した。弟がアロンダに首根っこを掴まれて、連れ出される様子が目に見えるようだ。オパルでも養父のサマエルは、ニムエの尻に敷かれっぱなしだった。

 当時はニムエへの反発もあって、情けないと思っていたけれど、今は、正直、うらやましいわ。凸凹コンビだけれど、深く愛し合っていた二人が、千年後に再会してもまったく変わらないなんて・・・


 アロンダが颯爽と部屋を出て行くと、貴美はソファから立ち上がり、伸びをして眠気を追い払った。同時に心の底にくすぶる暗い情動が蘇って来るのを感じた。

 マヤの意識と融和できない理由は分かっていた。実の父は村娘を手にかけ、実の母には捨てられ、養母にも遠ざけられた。現世の貴美には受け入れがたいほどの激しい情念に満ちた当時のマヤの心情は、生傷に触れるように心苦しく耐え難い。


 わたしも身体を動かしている方がいい・・・そうだ!この状況ではレーザー銃を持ち歩いた方が良さそうだ、と思いついた貴美は自室へ向かった。

 アロンダが持ちこんだ武器ときたら軍仕様品ばかりで、とても平和な街中で持ち歩けるような代物ではなかったのだ。CIAの連絡員を務めるシティ政府高官の()()で、銃の携帯許可証も手に入れてある。


 デスクの下に敷いたラグをめくって、床のスタッシュを指紋認証とパスワードで開く。CIAから支給された小型レーザー銃をホルスターごと取り出し、腰の後ろに装着した。

 スタッシュを閉じようとした瞬間、貴美は眉をひそめてその手を止めた。あわてて、中を探ったが見当たらない。


 三日月刀が消えている!

 考える間でもなく犯人の目星はついた。

 わたしが短刀を持っていると知っているのはキャットだけ。でも、持ち出したのは彼女じゃない!



* 「青い月の王宮」第15話「魔女の宅配便」


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