嘘発見器の嘘 Lie Detector Lies
たとえ重罪犯の尋問でも、自白剤や映像記憶探査の使用は固く禁じられている。唯一の例外が差し迫ったテロ計画に対する緊急対応だが、裁判所が認めた場合に限られる。
したがって、嘘発見器による検査も一昔前と同じように質問形式で行われるのだが、脳やバイタルや微表情などのパラメータは各段に増えていた。微妙な変化を精密に捉えるよう様変わりしている。
ファットマンはヘッドフォンを付けて、薄暗い防音室のベッドに仰向けに横たわっていた。両手の指も広げた状態で緩く固定されて、目は眼球の動きを計測するアイシールドで覆われている。
外部刺激を遮断して、微妙なバイタルの変化を読み取ると同時に、被験者が意図的に身体に刺激を与えて、嘘発見器を出し抜かないための予防措置である。
ロボットが計測モニターやヘッドフォンを取り付け、分析官は別室から防弾スモークパネル越しに被験者に話しかける段取りだ。
ただし、ポリグラフでは攪乱要因となる刺激を避けるよう、被験者の手足の拘束を解く。そのため、凶悪犯罪者を検査する連邦捜査局は、念入りに警備態勢を整えていた。
殺風景な室内には、無機質な声のロボティック・マシンとベッドしか置かれていない。
「税金で運営するお堅い連保捜査局が、色気のあるヒューマノイド型ロボットを導入するわけはないよな~。せめてヒューマノイド型のロボットなら、少しは気が休まるのに・・・」
ファットマンは緊張をほぐそうと冗談めいた愚痴を漏らしたが、ちっともリラックスできなかった。北米連邦軍にハッキングをかけたとバレれば、悲惨な刑務所暮らしに逆戻りだと、哀れな末路が頭に浮かんで心を苛まれるばかりだった。
基準値を設定するための当たり障りのない一連の質問を終えると、分析官は尋ねた。
「ロボット三原則を知っていますか?」
「はい」
「人工知能はロボット三原則に従って設計されていると知っていますか?」
「はい」
突拍子もない質問に、このポリグラフはどうなっているんだ、とファットマンは眉をひそめた。
これまでにも何度か嘘発見器にかけられたが、こんな質問はあり得ないからだ。コントロール設定でも心理分析でもなければ、今回の事件に関連した質問でもない。
「量子人工知能プライムを知っていますか?」
「はい」
来たか、いよいよ本題に入った!
ファットマンは緊張するまいとしても、肩に力が入るのを感じた。
これはダメだ、見破られる!次の質問は、潜水艦のハッキングに触れて来るはずだ・・・
「プライムは、ロボット三原則を守っていると思いますか?」
「えッ?・・・いや、その・・・」
まったく関連のない質問に肩透かしを食って、ファットマンは思わず口ごもった。当たり障りのない質問を混ぜて検査精度を調整する事は知っているが、こんな質問はあまりに奇抜に過ぎる・・・
「はい、もしくは、いいえで答えてください。プライムはロボット三原則を守っていると思いますか?」
「はい」
「ロボットは人間に危害を与えてはならない。 また、その危険を見過ごして人間に危害を及ぼしてはならない。これはロボット三原則の第一条ですか?」
「はい」
「ミュータントが実在すると思いますか?」
「えッ・・・あッ、はい」
「はい、もしくは、いいえで答えてください。ミュータントが存在すると思いますか?」
「はい」
なぜ、SSRX2のハッキングでも電磁パルス爆弾でもなく、ミュータントの質問をするんだ?
ファットマンはいよいよ何かがおかしいと思い始めていた。
「プライムは人間よりミュータントを守ると思いますか?」
「は?・・・いいえ」
「はい、もしくは、いいえで答えてください。プライムは人間よりミュータントを守ると思いますか?」
「いいえ!」
「ミュータントに会ったことがありますか?」
「・・・はい、たぶん」
「はい、もしくは、いいえで答えてください。ミュータントに会ったことがありますか?」
「はい」
ハッキングの件にまったく触れないなんて、こんなポリグラフ検査は無意味だ・・・
その時、緊張のあまり忘れていたメトカーフの言葉が、ファットマンの脳裏に蘇った。
「君はポリグラフもパスするだろう」
どういうわけか、大佐はこうなると知っていたようだ。この分なら、電磁パルス爆弾の件をダレスに隠し通せそうだ!
安堵したファットマンは、同時にある事に鋭く気づいて、久しく忘れていた高揚した気分に浸りながら胸でつぶやいた。
大佐は僕からメッセージを受け取りに来たと言った。そして、プライムの意図を知りたいとも・・・そう言うことか、このポリグラフ検査の質問こそがメッセージなんだ!
メッセージを受け取ったとも言った。大佐はプライムの意図を察していたようだ・・・
別室にいる主任分析官もポリグラフを操作しながら頭を捻っていた。
ファットマンの反応には、随所に驚きを示すパラメータが紛れこんではいるが、判定を攪乱する要因ではなく結論は明白だった。
嘘はついていない。
むしろ驚くべきは、米軍参謀本部から緊急依頼を受けた質問リストの内容だった。
「攻撃ドローンSSRX2を知っていますか?」
「電磁パルス爆弾を知っていますか?」
「量子人工知能プライムを知っていますか?」
「SSRX2から電磁パルス爆弾を投下しましたか?」
「あなたはSSRX2から電磁パルス爆弾を投下しました。シティ上空で爆発するよう、正確なタイミングでリリースしましたか?」
「隕石に見せかけるため、SSRX2をマッハ20まで加速しましたか?」
「SSRX2を自爆させましたか?」
「SSRX2の耐熱パネルには欠陥があったと思いますか?」
と続く。
日本のFBI現地事務所からは、シティに異変が起きたという情報は伝わっていないが、北米連邦か米軍があの人工知能に攻撃をかけて失敗したのか?よもや、同盟国の都市を攻撃したのでは!?
職業柄、日本で起きた裏組織の対立抗争の情報は確認済みだった。
銃の所有が禁じられたあの国で、非人道的武器に指定された燃焼爆弾を民間組織が使うとはにわかには信じ難い、と感じていたところに、このポリグラフの依頼が舞い込んだ。
SSR-Xシリーズは最新鋭の無人攻撃機だが、R2という機種は初耳だ。おまけに、実用化の目途が立たないと言われて久しい電磁パルス爆弾ときた。出力の小さな電磁パルス銃とは桁が違う恐ろしい武器だ!
高高度核爆発の電磁波は、ヒロシマ型原爆より小型の核兵器一発で、合衆国東部の電力網を麻痺させると言われている。爆発により発生した放射線が空気分子にぶつかり電子を放出した結果、強度の電磁波が広範に発生するのだ。
電力インフラに加えて電気機器の電子回路をショートさせたり誤動作を起こさせ、非常用電源までが損傷する。
爆発の放射能や熱ではまったく犠牲者が出ないのに、生活と経済崩壊に加えて、追い討ちをかける原発のメルトダウンで、死傷者と避難者の数は、長期的に数百万人に達すると推定されている。(*)
直接核攻撃同様、高高度核爆発は危険過ぎて使用できないが、核を用いない電磁パルス爆弾として小型化に成功すれば、ピンポイントで都市機能を麻痺させる強力な武器になる!
どうやら統合参謀本部は、ファットマンがシティ攻撃に関わったと疑っているらしい。課長がピリピリしているのも無理はない、とようやく合点がいった。
仮釈放中の犯罪者の管轄がFBIでなければ、米軍特殊作戦部のPSYOPがポリグラフを担当していただろう。セキュリティ・クリアランス・レベル6の主任分析官である自分に、課長がポリグラフ解析を任せたのは、裏で大きな出来事が進行しているからに他ならない。
しかし、分析官は目の前で起きている小さな出来事には、まったく気づいていなかった。
一連の質問がファットマンの耳にはまったく異なる内容に変換されて伝わっていると、ついに知ることはなかったのである。
* 国土安全保障調査会のシナリオを、米国議会EMP議員団が認定




