プライムの意図 PRIME's Agenda
メトカーフが部屋を出ると、待機していたFBI捜査官がファットマンを連行して、五階のポリグラフ分析室へ向かった。
入れ替わるように現れた警備員は、マスターキーをかざしてドアを開き面談室に入った。
金属探知機で床をひとしきり探って、デスクの下から直径五ミリ程度の一見ゴミのような盗聴ドローンを拾い上げ、ふて腐れて「畜生!」と憎まれ口を叩いた。
「まるで死んだ昆虫だ。損傷がないってことは電源切れか?あの野郎、不良品を掴ませやがったな!」
昆虫を模した超小型ドローン「ワーム」は、闇市場でしか入手できない。
超小型ゆえに電池容量が限られるため、つい動作確認を怠ったのが運の尽きだ!
警備員は頭を抱えた。
盗聴に失敗した言い訳を考えないと、同志からジャックは使えない、と白い目で見られるぞ。とりわけ、あの補佐官の奴ときたら、目下の者を道具としか見ていないからな・・・
「いまいましい!」と舌打ちして、ワームを小型容器に収めポケットに押しこんだ。
部屋を出たメトカーフは、その足で行動分析課のメインオフィスに立ち寄った。面談報告書をまとめようと来客用キャレルに歩み寄ったところへ、分析課の課長が席を立ってやって来た。
この有能な軍諜報士官は、FBIでも毎度尊敬のまなざしで迎えられるが、本人は自分の実績にはまるで無頓着で、そこがまた自然に人を惹きつけるのだった。
「マーカス、調子はどうです?ファットマンの面談でしたね?」
「やあ、ジョシュ、元気か?面談はいつも通りだ。可もなく不可もなく退屈なぐらいだ」
握手を交わしながら、メトカーフはさり気なく振舞おうと努めた。よりによってFBI本部でメッセンジャーと再会して、重大な秘め事をさらに抱えこむ羽目になったが、幸い、この課長はプロファイラーではない。心の内を見透かされる心配はなかった。
とは言え、ポケットに忍ばせている装置は、FBIの摘発リストの上位に載る禁制品である。バグ・フィルターという物的証拠を押さえられたら、この場で現行犯逮捕は免れない。
マイクロAI搭載、DNA感知機能まで備えた自走式超小型ドローン「ワーム」は遠隔操作を必要としない。赤外線捜索や電磁波探知が困難な代物で、暗殺や盗聴に悪用されないよう、各国は製造や保持を厳重に禁じていた。バグ・フィルターはそのワームを無傷で捕獲するツールで、ワーム同様、製造や保持は重罪に問われる。
ファットマンの面談を終えたメトカーフは、デスクの下に仕掛けた装置のイジェクトボタンを押し、捕らえたワームを床に落として、何食わぬ顔で部屋を後にしたのである。
課長が席に戻ると、視線を送って来る分析官たちに軽く手を振り、笑みを浮かべてうなずき返し、キャレルに腰を下ろした。背信と違法行為に次々に手を染める緊張感を上手に隠した。
メトカーフはプロファイラーにして、ポーカーフェイスの達人でもある。ギャンブルにはとんと関心がないが、カジノに出向きポーカーテーブルに着いた日には、ものの小一時間で出入り禁止を言い渡されるに違いない。
今回の心理分析報告書にも細工が必要だった。早い話が文書捏造である。およそ違法行為とは縁がなかったメトカーフだが、五年ぶりにメッセンジャーと再会、心境に大きな変化を来たしていた。
かつての自分なら、報告書をでっち上げるなど考えもしなかった。違法なデバイスをポケットに滑りこませた相手を見逃しもしない。法に則って通報していたはずだ・・・
一線を越えてしまったが、不思議なぐらい後悔の念も罪悪感も感じない。あの不可解な明晰夢を自分なりに解釈して以来、新人類に対する見方が百八十度変わってしまったのだった。
五年前、事の成り行きでCIAを窮地から救うため「新人類レポート」を利用したものの、メトカーフの関心事は当時から変わっていない。
メッセンジャーは、なぜ私にあの書類を託したのか?
その答を見い出したい一心で、暇を見つけては、新人類の存在を追い求め続けた。五年を費やして膨大な資料を精査した結果、とりわけ、世界史に残る魔女伝説の中に、奇妙に符合する「特異能力者」の特徴を発見する。
しかし、つい先日、中世の肖像画の映像をCIAから入手するまで、点と点を結ぶリンクはついぞ見つからなかったのである。もっとも、中世イタリアの女王の肖像画と、事故死したパイロットが瓜二つというだけでは、他人の空似に過ぎない。統計的にも偶然の一致として片づく。まして千年前の人物が生きているはずもなかった。
だが、人間離れした操縦技能もさることながら、ビアンカ・スワン中尉は謎の多い軍人だったのである。
いや、存在そのものが謎、と言うのが正しい・・・
公式の出生記録、家族、学歴など経歴に不審な点は一切見当たらなかった。しかし、メトカーフはメディアやネットや報告書が伝える文字や映像情報だけに頼らず、現場での調査を重んじる。手間がかかるが、真実を多面的に捉えるには欠かせない作業だ。そして、己の直感を重んじる。同時テロを阻止した当時、メトカーフはすでにビアンカ・スワンが超常能力の持ち主と感づいていた。(*)
直感に導かれるように中尉の経歴を辿って現地を訪れたメトカーフは愕然とした。残っているのは、役所や学校の記録や卒業記念アルバムだけで、米軍に志願する以前のビアンカを知る人物は、ただの一人として探し出せなかったのである。
記録や写真に残る両親も兄弟も実在しない。彼女を覚えている級友もいない・・・こんなことはあり得ない!
デジタル情報に依存する現代社会の陥穽と言うべきか、不世出の天才パイロットが実は幻の存在とは、ビアンカ・スワンを採用した米軍でさえ気づかなかったのである。現場に足を運ぶ労を惜しまないメトカーフだからこそ、発見できたとも言える。
だが、当の本人が事故死した今、中世の女王に関するわずかな文献や不確かな伝承から、新人類と断定するに足る手掛かりを見つけ出せるはずもない。こうして調査は頓挫したのだが、メトカーフの心には新たな疑惑が生まれたのである。
ここまで巧妙な隠蔽工作を行えるのは、プライムしかいないのではないだろうか?
そして今日、メッセンジャーが再び姿を現した。忘れもしない神秘的な日本人少女は、巧妙に忍ばせたメモを使って、ファットマンがプライムの指示を受けていたと伝えた。面談で事実を確認した大佐は、プライムの意図を新たな視点から捉え直して、驚天動地の仮説に思い当たったのである。
プライムは新人類を守ろうとしているのでは?
このところ日本で立て続けに起きた事件の詳細までは把握できないが、フーバーに鎌をかけてダレスが絡んでいると突きとめた。
そのダレスがついに電磁パルス爆弾でシティを狙ったようだ。標的はプライム以外に考えられない!同盟国を攻撃する暴挙に出た以上、ダレスが私以上に確信を抱いていると見て間違いない。
新人類は実在する。そして、プライムが彼らに与していると・・・
だが、新人類を目の敵にする理由が判然としない。あの男の狙いは何だ?
考えを巡らせながら心理分析報告書をまとめていた大佐は、ふとVRキーボードを打つ手を止め、課長と部下の話に耳をすませた。
「ポリグラフ解析ソフトのアップデートは済んだか?」
「その件ですが、請負業者の担当者の車が故障したとかで、代わりの者が先ほど到着して作業中です。被検者の検査は半時間ほど遅れそうです」
「そうか。三十分なら問題ない。テストが終わり次第、報告してくれ。私が参謀本部に直々伝える」
「承知しました」
すると、メッセンジャーは分析官を出し抜いて、ポリグラフを操作するつもりらしい。実に抜け目がないが、いったいどうやって?仲間がいるのか?・・・
まずい!
ビクッと緊張が走った表情を見られないよう、メトカーフはすぐさま下を向いて作業に戻った。ここは優秀なプロファイラーの溜まり場だ。目はホログラスで隠れていても、わずかな表情の変化から心の動揺を見抜かれかねない。
ファットマンの鑑定報告書の入力作業に戻ったメトカーフは上の空だった。
どうして気づかなかった?あのマジシャンのような早業が特異能力だったら?メッセンジャーこそが新人類だ!五年前、調査を始めるきっかけとなる文書を手渡したのが、当の新人類だったとは・・・
* 「デザート・イーグル ~砂漠の鷲~」




