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FBIクアンティコ本部 Quantico

 ヴァージニア州クアンティコ。


「ちょっと待て!そう、お前だ。こっちに来い!」

 FBI本部一階のエントランスで、ロボティック・スキャンを済ませたピザ配達員を男性警備員が呼び止めた。

「食品は念のため中を調べる。決まりを知らんのか?で、配達先は?しかし、うまそうだな!」

 配達員は歯並びの良い小さな口で、にっと笑った。

「四階と五階。冷めるから早くね!」

 警備員は男好きのするキュートなオリエンタルフェイスに気を取られ、配達員が部屋番号を言わなかったのに気づかなかった。


「新しいピザ屋か。デリバリーがロボットじゃないってのが乙だな。オレも頼むかな~」 

 持ち場に戻った警備員が話しかけると、大柄な女警備員は不機嫌そうに唸った。

「若い女と見るとデレデレしちゃって!」

「オレだって若いんだ!人生、楽しまなきゃ損だろ?なあ、どうだ、今夜あたりオレと食事でも・・・」

「あんたなんかお断りッ!ところで、ジャックはどこ?」

 女性警備員はにべもなく突き放した。

「トイレだろう?電話かもな。さっきかかって来てから姿が見えない。女からだろうよ」

「しょーがないわね~、私用電話は禁止なのに!」

 と、言いつつ、その目は受付に立ち寄ったグレーのスーツ姿の中年男性に釘付けになっていた。

 渋くてセクシーだこと!銀髪のほつれ毛に灰色の目がたまらない・・・ガキっぽい同僚なんか目じゃないわ!


 警備員の視線に気づいてか気づかずか、マーカス・メトカーフ大佐はレセプショニストに微笑み返して、エレベーターホールへ向かった。

 ここクアンティコ本部の行動分析課に定期的に出向いては、ファットマンの心理鑑定とカウンセリングを担当している。表向きはFBIがファットマンを捜査協力者として受け入れたのだが、実は国防総省の意向によるもので、重大テロ事犯者にはほぼ前例のない措置だ。


 メトカーフは四階でエレベーターを降りた。

 明るい陽射しに誘われるように、窓の外に広がる新緑の街に目を奪われよそ見をした途端、前方から歩いて来た人物と身体が接触した。

 小柄な相手は、はね返されるようによろめき、「きゃッ」と小さく叫んで、両膝を床に着いた。

「おッと、失礼!大丈夫かい?」

 慌てた大佐は、屈んで床に落ちたピザの宅配バッグを拾い上げて謝った。

 レインボーカラーに彩られたキャップとお揃いの派手な制服を着た女子店員は、つと目を上げて大佐を見つめて言った。

「大丈夫です。すみません」


 瞬間、メトカーフは驚きのあまり凍りついたが、配達員が人差し指を口元に当てているのを目にして、宅配バッグを手渡して立ち上がった。

 さり気なく声をかける。

「すまなかったね・・・」

「こちらこそ、ゴメンなさい」 

 配達員はにっこりして、バッグを肩に掛け直した。背を向けて何ごともなかったように歩き去った。


 度肝を抜かれたメトカーフが上の空で歩き出したところへ、後ろから追いついた顔見知りのFBI捜査官が、肩を並べて話しかけて来た。

「マーカス、大丈夫?」 

「・・・やあ、メイ、元気か?まったく、私も歳だな!よそ見をしてよろめくとはね」

「イヤ~ね。冗談ばっかり!あなたが歳なんて言うには三十年早いわよ。で、今日は例のハッカーの心理鑑定なの?」

 捜査官は朗らかに笑った。ヨガ教室の常連で気の置けない友人の一人である。

「ああ、宮仕えの身に暇無しでね」

「そう言えば、心理鑑定が終わったら、あのハッカーをウソ発見器にかけるとボスが言ってたわ!」

 ファットマンをポリグラフにかけるのか?ダレスの差し金に違いない。

 メトカーフはそれとなく尋ねた。

「ウソ発見器?なぜだろうね?」

「何でも参謀本部から急に要請があったとか。あのハッカー、何かやらかしたのかしら?」

「どうだろう。私は心理鑑定のルーティン担当で事情はわからないが、何かありそうだね」

 メトカーフが相槌を打つと、メイは身体を寄せて意味ありげに流し目をくれた。

「ねえ、日曜はヨガの後でお茶に行けなかったでしょう。素敵な店だったわ。今度は一緒に行きましょうね!」

「いいとも。それじゃ、良い一日を!」

「あなたもね!」


 メイと別れたメトカーフは化粧室へ直行した。監視カメラがない唯一の共有区域である。個室トイレに入るとスーツの右ポケットを探って、楕円形の平べったい装置と紙のメモを引っ張り出した。

 メトカーフと接触した瞬間、メッセンジャーが見事な早業で忍ばせた品だった。宅配バックを手渡した時に軽くポケットを叩かれなければ、しばらく気づかなかったに違いない。


 バグフィルターか!なるほど・・・

 メトカーフの温厚な顔に微かな笑みが広がった。

 統合参謀本部はファットマンの心理鑑定を盗聴する気だ!

 CIAの尾行も続いている。守秘義務のある心理鑑定まで盗聴するとは、参謀本部はCIAと結託しているに違いない。

 どうやらフーバーはダレスと手を結んだらしい、とメトカーフは早々に察した。

 だが、メッセンジャーは盗聴ワーム防止装置、通称バグフィルターを、ロボティックスキャナーのあるFBI本部にどうやって持ちこんだのか?メモにはウソ発見器はメッセンジャーが対処すると書かれているが、その方法も皆目見当がつかない・・・

 首を傾げながらメモを読み終え、細かくちぎってフラッシュして化粧室を後にした。

 迷いはなかった。ヨガ教室でメッセンジャーの声を耳にして以来、人生に大きな転機が訪れたと悟ったメトカーフは、心の声に従うとすでに覚悟を固めていたのである。


 半時間後、メトカーフはファットマンと向き合って面談に入った。

 ハッカーのふっくらとした顔には冷や汗が光っている。時おり瞬きしながら、動揺を押し殺そうとやっきになっていた。

 かたやメトカーフは淡々と質問を繰り出しながら、その様子をつぶさに観察していた。機器は使わない。入力に気を取られて注意散漫になるのを嫌い、手書きメモを取るのがメトカーフの流儀だった。


「ジェイク、君は統合参謀本部の情報で、プライムに察知されたと知った。そこで、攻撃衛星のハッキング記録を見直したんだね?そして気づいたんだ。プライムの隠されたメッセージに」

「あッ、それはその~・・・そう思われても仕方ないですが・・・」

 まさか見抜かれるとは想像もしていなかった!

 ファットマンは不意を突かれ、蒼ざめた顔で息を呑んで固まった。


「プライムのメッセージは、電磁パルス爆弾の再実験を阻止するよう伝えていたんだね?」

 ファットマンは押し黙って、居心地悪そうに身じろぎした。メトカーフが相手では、ダレスに対するような誤魔化しは通用しない。

 まるで透視能力があるようだ、とさえ思う。

 ネバダで同じ爆弾を搭載した攻撃機を乗っ取った時も、他ならぬメトカーフに核基地の電磁パルス攻撃を阻止された。(*)

 この大佐はおそろしく鋭い!

 それに引きかえ、ダレスは自信過剰だ、と思う。(はな)からファットマンを見くびってかかり、見るからに臆病なこのハッカーが、こと権力に対しては激しい敵愾心を抱いているのに気づいていなかった。


 メトカーフはわずかに微笑んで言った。

「あの潜水艦を乗っ取るのは、いくら君でも難しいだろう?浮上するまで外部接続はまともにできない。たとえプライムでもハッキングは難しいはずだ。ところが、君は見事にやってのけた。ただし、内部から手引きがあれば話は別だが・・・」

 ファットマンはごくりと喉を鳴らした。

 言葉で答えなくとも、質問に対する表情や身体の反応から、プロファイラーは被験者の本心を読み取る。そうと分かっていても、脳が自動的に反応してしまうのである。


「内通者の協力はさておき、君がハッキングしたのは潜水艦ではなく、攻撃ドローンSSRX2だったんだね?しかし、プライムのハッキングが不可能な状況で実験が失敗した以上、参謀本部は真っ先に君を疑うだろう」

「僕をどうするつもりですか?ダレスに伝われば、今度こそ反逆罪に仕立て上げられます。重犯罪刑務所に戻されるか・・・」

 いたたまれなくなったファットマンが口を開いたが、さすがに死刑になる、とは言葉にできず、目に恐怖の色を浮かべて唇を噛んだ。


 メトカーフの表情は温和だ。旧知の若者に話しかけるように穏やかな口ぶりで言った。

「プライムのメッセージを読み解いた君は、どうなっても後悔しないと覚悟を決めた。そうなんだね?」

 極度に緊張した時の癖で、ファットマンは無意識に両手の親指を内側にギュッと握りしめながら、おもむろに首を縦に振った。権力への強固な反抗心も手伝い、ダレスの正体をおぼろげに察知した若者は、刑務所に戻される恐怖をも上回る強い衝動に突き動かされていた。


 すると、メトカーフは意外な言葉を口にした。

「心配はいらない。私は君の定期鑑定に来ただけだ。実のところ、君からの・・・言わばメッセージを受け取りに来たんだよ」

「僕から?・・・どういう意味です?」

 大佐は何が言いたいんだ?

 ファットマンはメトカーフに疑惑の視線を向けた。

 仮釈放中の協力者が犯した重大な背信行為を、軍士官が参謀本部に伝えないなど、とうてい考えられない。

 攻撃衛星のハッキングでダレスに弱みを握られ、深みにはまって身動きが取れない。この上、メトカーフにまで取り引きを持ちかけられたら・・・

 ファットマンが疑心暗鬼になるのも無理からぬことだった。

 

 ところが、大佐はひと言でファットマンの懸念を拭い去った。

「もう受け取ったよ」

 虚を突かれたファットマンはメトカーフを凝視した。

「そう、君と同じだ。私もプライムの意図を知りたいのだ」

 まるで開いた本を読むように、ファットマンの胸の内を見抜いていた。


「あの~・・・答えは見つかったんですか!?」

 思わず身を乗り出して尋ねずにはいられなかった。

 プライムの指示に従ったのは、ダレスに対する嫌悪と権力への反発がなせる業だったが、プライムの意図を知りたいという好奇心が、むくむくと頭をもたげたのである。

 メトカーフは答えず、微笑みを浮かべてファットマンを見つめた。しばし沈黙した後、おもむろに立ち上がって言った。

「君はポリグラフもパスするだろう。今後もダレスの下で働くことになるが、自分の心に正直に動くんだね」

 それは質問ではなかったから、ファットマンは初めて笑顔を見せてうなずいた。メトカーフも笑顔を返し、落ち着いた足取りで部屋を後にした。


 嘘発見器を騙しおおせるとはとても思えない。でも、大佐は僕が内に秘めた決意に理解を示してくれた!

 ファットマンにはそれが何より嬉しかったのである。



* 「デザート・イーグル ~砂漠の鷲~」


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