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全電源喪失 Total Blackout

 静まり返ったベイエリアは濃密な闇に閉ざされ、遥か虚空には見渡す限り無数の星々が煌めきを放ち、天の川が鮮明に浮かび上がる。

 かつては不夜城のように燦燦と人工照明が輝き、夜間も船舶の往来が絶えなかったこの地も、アポカリプス以降はうち捨てられとっくに廃墟と化している。

 蘇った美しい夜空と澄み切った海は、人類などいなくとも世界は回ると告げているかのようだ。

 河川からの放射性物質流出を食い止める濾過フェンスの灯りと、巡回するロボットの小さな点滅ランプだけが、わずかに人工物の痕跡を留めているに過ぎない。沖合に位置する人工島も、集積した膨大なゴミの山が津波に押し流され、今では緑に覆われた無人島にしか見えない。

 打ち寄せる穏やかな波に、ウミホタルが青く光の紋様を残しては消えて行く。この一帯では、流出した放射性物質を取り込むよう変異したプランクトンの存在も確認されている。


 さざ波の音色だけが響く夜の静寂(しじま)は、突如として激しい騒音に打ち破られた。

 人工島の南側の沖合で急激に海上に頭を出した黒い船体が、盛大に波しぶきを上げて海面を叩いたのである。遠目には、大型のクジラがジャンプしたように見えた。

 しかし、この北米連邦所属のゴースト型アサルト・サブマリンの船内では、ただならぬ事態が起きていた。さながら阿鼻叫喚の修羅場そのもの、乗組員は例外なく頭を抱えて床を転がりまわっていた。口から泡を吹いている者もいる。


「緊急事態発生!緊急事態発生!」

 予定外の急速浮上を受けて、人工音が無機質な声でアラームを発し続けるが、誰一人として対応できずに、のたうちまわって声にならない声で喚き散らしている。耐え難いほど激しい不気味な振動が、彼らの脳を直撃していたのである。

 数分後には全員が意識を失い、床にぐったりと転がったままぴくりとも動かなくなった。船内にはけたたましいアラームと機器の電子音だけが虚しく木霊して、潜水艦は文字通り幽霊船のように海面を漂っていた。

 ほどなくして、二人の乗組員がそっと顔を上げた。用心深く辺りを見回す。他に意識を取り戻した乗組員がいないと確認するやいなや、起き上がって顔を見合わせた。

「行くぞ、司令室でAIを起動して自動操縦に切り替える。お前は格納庫で爆弾を装備しろ」

「潜水艦ってヤツは面倒だな。ここは中継ドローンも輸送機もない。潜航中は満足な外部接続ができないからな」

「無駄口は止せ!共振装置を取り外して、爆弾に取りつけるのを忘れるな。急げ!フェノストル」

「フェノストル」

 不気味な合言葉を交わした二人は、足音を忍ばせてその場を離れた。


 ほどなくして潜水艦の甲板の円形のシャッターが開き、中から黒い物体が姿を現わした。音もなく垂直に夜空に舞い上がったが、不思議なことにこの物体の底部にはホバーらしい装置が見当たらない。

 物体は上空に昇ると加速して、新月の濃密な闇を滑るように切り裂きながら、西北西に進路を取った。

 光を反射しない耐熱タイルに覆われた黒い機体は、小型戦闘機や汎用攻撃ドローンとは似ても似つかないやや平べったい楕円形をしている。低空でのマッハ20に相当する秒速約七キロに達すると、空力加熱で流星のように炎の尾を曳き始めた。

 この物体に匹敵する高速飛行体は、大気圏再突入時のシャトルや無人ロケット以外には存在しない。

 「UFO推進」スーパー・ステルスSSR-X2は、SSRDが開発した次世代攻撃ドローンである。しかし、いまだ実戦に投入されたことはない。

 今の今までは・・・



 その夜、サンクチュアリのパルテノン神殿地下の広間には、いつに増して明るい笑い声が響いていた。

 アロンダはエアカーの運転を貴美に任せ、車内からキャットを連れてテレポートした。そして、貴美は過去生の養女マヤの生まれ変わりだ、と匠に打ち明けたのである。機動歩兵の襲撃をやり過ごした以上、貴美の正体をこのまま隠しておくわけにはいかなかったのだ。

 ところが、唐突に聞かされた匠に、さしたる驚きは見られなかった。アロンダがあっけにとられたほど、平然と輪廻転生の絆を受け入れた。

「そうか、カミがオパルのマヤなんだね・・・伽耶が僕らを覚醒させた時(*)、カミの目の色が青に変わったから、何かあると思ってたんだ」

 そう言って、温和な笑みを浮かべただけだった。当時のアトレイア公爵を髣髴とさせる淡々とした物言いに、アロンダは認識を新たにした。

 この人、物ごとをあるがままに受け入れる能力は、昔から抜群に高かったわ・・・マヤの素性に感づいても、まったく動じなかったもの。そして、実子アルビオラと分け隔てのない愛情を注いだ・・・

 今や二人は血のつながりのない姉弟として再び巡り合った。オパル時代もやはり血のつながりはなかった。

 でも、互いを思いやり慈しむ心は何ら変わっていないんだわ・・・それに引きかえ、わたしは恐怖に勝てずにマヤに向き合えなかった・・・

 痛切な悔恨の想いとともに、伽耶の言葉がアロンダの胸に去来したのはその時だった。

 「血のつながりより、魂の絆の方がはるかに強いの」


 麻酔から覚めたキャットは、匠とアロンダに挟まれてソファに大人しく座り、珍しく神妙な顔をしていた。と言うのも、今日の午後の記憶がすっぽり抜け落ちて、まだ頭がボーっとしていたのである。

 サブリーダーで外科医のキーリンが口を開いた。

「一ヵ月足らずで三度も麻酔銃で撃たれたから、脳へのダメージが重なって細胞が損傷しているわ。記憶が戻るにはしばらく時間がかかると思う。でも、他に異常はないから、冬眠までする必要はないわ」

 オーブを纏っても、脳や脊髄神経細胞の修復には時間がかかる、とキーリンは付け加えた。

「あ~、つまんないっ!うち、あの機動歩兵にどうしてつかまったのかも覚えてないし、マヤ・・・違った、カミがあいつを倒すのも見損なったし・・・」

 キャットはむくれて口を尖がらせたが、匠がその肩を抱き寄せると、乱れた金髪を預けて幸せそうにつぶやいた。

「でも、みんなにまた助けてもらって、感謝してるっちゃ。本当にありがとう!」

「よかったわ!当分、ここに居た方が良さそうね」

 アロンダがキャットの髪を撫でながら話しかけた。

「そうする!どうせシンにも会えないし、元もと、ここへ移るつもりだったから」

「やった~!あなたの話を聞きたくて、みんなうずうずしてるの。シンって彼氏なんでしょう?」

 ケイコが歓声をあげると、アリエルもふざけて続けた。

「そうよ!第二世代はここへ来てから、男の人は匠さんしか会ってないから、みんな飢えてるのよ~」

 そう言って、思わせぶりな流し目で匠を見詰めた。ネイビー・シールズに襲われても動揺しなかった匠だが、フェロモン現象のトラウマのせいで、こうして女性に見つめられると、たちまち気持ちがソワソワして浮足立ってしまう。


「えッ、い、いや、ぼ、僕はダメだよ!フェロモン現象はもう消えたし、それに、ほら、アロンダがいるから・・・」

「匠さんってば、赤くなっちゃって!カワイイ~」

 うろたえた匠がしどろもどろになるのを見て、アリエルが嬌声を上げると。その場にいる第二世代たちがどっと沸いた。

「まったく、ワルイ冗談はやめてほしい・・・」

 匠は内心でぼやいていた。

 と言うのは、フェロモン現象を除けば、第二世代は性欲を思うがままに制御できるからだ。心身共に安定した新人類で、第三世代とは根本的に異なる。フェロモン現象が消えたからには、彼らが訳もなく匠に惹きつけられる所以はもはやなかった。


 それでも、冗談と分かっていても、遠藤美紀子の強烈なイメージが匠の頭にフラッシュバックして、否応なしに心がかき乱されてしまう。

 浮気している訳ではないのに、アロンダへの罪悪感めいた感情まで湧いて来る。

 バツの悪い気分を振り払って、匠は尋ねた。

「カミは、シティに戻ったんだって?」

 過去生でのもう一人の愛娘だったとはっきりした今、なおの事、姉に身が案じられてならなかった。過去生でマヤだったという事実に違和感はないが、機動歩兵に狙われたと聞いて冷静でいられるわけがない。しかも、貴美が汚染地帯にいた経緯についてはアロンダは言葉を濁すため、なおさら釈然としなかった。

 だが、伽耶を初め皆の隠し事には、それ相応の理由があるはずだ。だったら、今はそのままにしておこう・・・

 匠は思い定めた。


「ええ、あなたたちはゆっくりキャットと過ごしてほしいって言ってたわ」

 アロンダが答えた。アロンダはアロンダでアキラへの恋心に決着がつかず、匠に対して素直になれずにいる。その上、過去生でのマヤとの確執を引きずって、ギクシャクした貴美との関係にも頭を悩ませていた。

「心配だな・・・僕もシティの中で一度襲われているから」

 姉の身を案じる匠の言葉を一蹴したのはキャットだった。天真爛漫な本性そのまま、度重なる襲撃にもまったくめげた様子も見せず勢いこんで言った。

「大丈夫だっちゃ!今のカミはずば抜けて戦闘力が高いし・・・」

 特殊工作員の訓練まで受けてるから、と口を滑らせかけて、キャットは焦って言い淀んだ。

 カミが自らCIAと打ち明けるまで、パパ上には言えない・・・

「・・・マヤの意識が目覚めたら、誰にも負けないっちゃ!最強の戦士だったもん」

 匠と一緒に居たいあまり、天性の楽観主義を存分に展開して訴えた。

 第三世代に干渉しないようナラニに指示されているため、第二世代の面々は黙って三人の話に耳を傾けていた。


「でも、そろそろ戻った方がいいかも知れないわね。こんなに立て続けに・・・」

 アロンダが言いかけたその瞬間、唐突に灯りが落ち広間は暗闇に閉ざされた。


「何ッ?」

「停電?」

 突然の出来事に第二世代たちがざわついた。アロンダとキャットも異変に気づいた。

「IDの電源も切れてるわ。変ね」

「キャットスーツも電源が入らないっちゃ!」


 リーダーのアスカの判断は素早かった。

「自動で非常電源が入るはずよ。ただの停電じゃないわ!みんな、オーブを起動して、電源喪失時のマニュアルに従って。キャット、アランフェスの塔にテレポートして状況を聞いて来て!」

 指示されるや否や、キャットはたちまちオーブに包まれ姿を消した。

 第二世代全員がオーブを起動すると、辺りが(ほのか)かな光に照らし出される。第二世代の暗視能力なら、辺りを見通すには十分な光量である。


「あった!ケミカルランタンよ。さあ、一本ずつ受け取って」

 非常用キットを見つけたケイコの声に、一同は手渡されたランタンを強く押しつけて灯りを点け、各自の持ち場へとあっと言う間に散って行った。

 後にはアスカとアロンダと匠が残った。匠はようやく自分のIDが機能していないと気づく始末で、回りの迅速な対応に追いつけずに呆然と突っ立っていたが、アスカとアロンダの対応はいかにも手慣れていた。


「私たちは攻撃に備えて退避準備をするわ。あたなたちはどうする?」

「シティの様子を見に戻る。アスカ、ナラニに連絡は取れるの?」

「まだ分からない。高高度核爆発の電磁パルスだったら・・・この下はコンクリートで密閉されているけれど、アイソレーターの絶縁を突破されたら、電線伝いに機器も損傷するの」

「電磁パルス爆弾かも知れない。実戦配備はされてないけれど、一度だけ実物を見たの(*) ・・・ いざとなったら、テレパシーを使うしかないわね?」

 アスカは深くうなずいて、アロンダと匠を交互に抱きしめた。

「敵の標的がここならテレパシーで連絡するわ。敵の背後を突いて、私たちが逃げる時間を稼いで!でも、死なないでよ、絶対に!」

「わかった。貴美と陽動作戦に出るわ」

「廃線になったマグレブの駅に、予備の電子機器を保管してあるの。外部接続のない地下だから電磁パルスも届かない。それに、ここが標的でなければ、電源はいずれ復旧できると思う。シティの無事を祈ってる!」

「ありがとう。タク、手を握って。行くわよ!」


 まるで子供扱いだと匠は思ったが、訓練も経験もまるでないのだから、考えて見れば当たり前だった。


 

* 「青い月の王宮」 第57話「青い瞳の」

**「デザート・イーグル ~砂漠の鷲~」第6話 オアシス



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