暴れ馬 Maya Meets Daniel
「わーッ、おっきなお馬さん!」
お友達になりたい!
幼い少女は目をキラキラ輝かせて、バタバタと駆け出した。
頑丈な木製の柵に囲まれた牧草地には、巨大な黒馬が草を食みながら佇んでいる。身体の小さな少女は、柵の間からやすやすと牧草地に入りこんだ。
黒馬はスタスタと近づいて来る幼女に気づいて、頭を上げ警告するかのように鼻を鳴らした。前足でしきりに土を掻いている。
そこへ、たまたま通りかかったのは、ニムエ女王の腹心の部下、ダニエル・プロスペロだった。
「あれは?マヤ姫じゃないか!た、大変だッ・・・」
ダニエルは血相を変えて、乾いた小道を柵に沿って走り出した。
三歳のマヤは、王宮に移り住んだばかりである。わずかでも目を離そうものなら、この行動的な幼児は、衛兵の目を盗んで王宮を抜け出してしまうため、人々はほとほと手を焼いていた。今日も召使が目を離した隙にさ迷い出て、事もあろうにランポが放し飼いされた馬場へ迷いこんだのである。
サウロンがこの世を去ってからというもの、ランポは生来の激しい気性を抑えられなくなり、手のつけられない暴れ馬と化している。長年世話役を務めて来た従者とアトレイア公爵以外、まったく人を寄せつけない。ニムエ女王の愛馬バレーノには同乗するアルビオラ姫も、ランポには近づけないよう王家では警戒していた。
ダニエルは真っ青になった。一心不乱に歩いて行くマヤに迂闊に声をかければ、ランポを興奮させてしまうかも知れない。思い余ってついに無我夢中でジャンプすると、柵の上端に両手をかけて跳び越え、幼い王女の背後から追いすがった。
ランポの目前で、マヤは足音に気づいて立ち止まり、後ろを振り向いた。
「姫ッ、危ない!」
王女を抱き上げようと、手を伸ばして走り寄った瞬間、ランポの目に凶暴な光が宿った。巨大な軍馬は、マヤを回りこむようにいきなり身体を回転させて、後ろ足でダニエルを蹴り飛ばした。
胸が悪くなるような鈍い音を発して、肋骨がへし折れ内臓まで食いこむ。強靭な両脚の直撃を受けて三メートルも吹き飛ばされたダニエルは。ぼろ布のような無残な姿で牧草の上に転がった。
口元から血が流れだし、目をカッと見開いたまませわしなく喘いでいたが、次第に呼吸が浅く途切れてゆく。激痛とショックに呻き声さえ出せず、最後の力を振り絞ってマヤの姿を追ったダニエルは、信じ難い光景を目にした。
ランポがマヤをかばうように身体を寄せて、こちらを睨んでいるではないか。
すると、ランポは、僕からマヤ様を守ろうとしたのか・・・噂は本当だったんだ、あの子はサウロン様の・・・
そこでプツっと意識が途絶えた。
マヤは突然の出来事に驚いて立ちすくんでいたが、ランポは王女に身体を密着させて、首を曲げて鼻面を摺り寄せた。
「あの人、わたしを守ろうとしたの?」
黒馬の鬣を撫でながら、巨大な軍馬の潤んだ黒い瞳を見つめて話しかけた。
「お前もそうなのね」
と、言うとマヤは思い詰めた様子で唇を噛んで、ダニエルのそばに駆け寄った。虫の息の若者の傍らに膝を着いて、小さな両手を血まみれの胸に当てがうと、突然、まるで光の繭のようにマヤの両手を虹色の輝きが覆った。
幼児のマヤには言葉に置き換えて理解する事はできないが、自分が何をすれば良いか直感的にわかっていた。
この少女には、生まれつき意識と光を使いこなす能力が備わっている。その力を使えば、人や動物の病気や怪我を癒せると物心つく頃に気づいたのだ。ところが、その力に救われた村人たちは、感謝するどころか、マヤを不吉な存在と恐れて遠ざけたのである。
「あの子は呪われている!」
「不浄の子だ!」
「魔女だ!」
疎んじられ蔑まれたマヤはひどく傷つき、幼心に二度と力は使うまいと誓ったのだった。
「でも、命懸けでわたしを助けようとした人を、見殺しにできない!」
そう決心したマヤは、あっと言う間に深いトランス状態に入りこんだ。
両手を包む虹色のオーブが、損傷したダニエルの胸部に浸透して、柔らかな輝きを放ち始める。




