救出作戦 Rescue Operation
匠をサンクチュアリに送り届けた後、アロンダは赤外線遮蔽とカメレオン迷彩を起動して、すぐさまテレポートした。いきなり敵と遭遇しないように、前回、不時着した匠の後を追った森の一角に意識をフォーカスして跳ぶ。テレポーテーション後の悪寒が静まるのを待って、スルスルと木立ちを縫って草地へ向かった。
延々と戻って来ない伽耶にジリジリしていたアロンダは、暗号メールでようやくその理由を知ったばかりだった。
「あの子、国防総省の黒幕を探っているんだわ!」
あの子と言っても、外見からそう呼んでいるに過ぎない。アロンダとキャットにとって、伽耶は圧倒的な異能を備えたメンターだ。かと言って、従わなければならないリーダーでも教師でもない。仲間の一人でとてつもない知恵者だが、支配的なところはこれっぽちもない。三人は魂の絆で結ばれ、主従関係とはおよそ無縁な関係だった。
その伽耶が、機動歩兵が汚染地帯で貴美を待ち伏せて、キャットも巻き添えになった、と伝えてきたのである。
四月初めにマグレブでキャットが襲われて以来、特殊部隊絡みの襲撃事件や破壊工作に立て続けに巻きこまれている。先週の土曜日は匠、一週間後の今日は貴美が拉致の標的になった、キャットに至っては何と四度目だ。
敵は尋常じゃない!真正のプロを相手に、冷静さを欠いたら勝ち目はないわ。
アロンダは歯を食いしばって懸命に怒りを堪えていた。
貴美もキャットも二人して拉致されたのでは、と最悪の結末を覚悟したが、しかし、意外な光景を目にする。
草地には防護服姿の貴美と機動歩兵が、折り重なるように倒れていた。貴美の身体はオーブに包まれている。鮮やかな色彩を織りなす正真正銘マヤのオーブだった。
マヤのオーブも蘇ったのね!
アロンダは驚いたが、まずエアカーに忍び寄って、後部座席に横たわるキャットの姿を見つけた。キャットは手足を拘束されたままだ。貴美はよほど急いでいたに違いなかった。拘束具を切り離し手首のIDでバイタルをチェックして、深い安堵のため息をついた。
麻酔薬ね。眠っているだけ・・・
アロンダは足音を忍ばせて草地を横切り倒れている二人に接近した。切羽詰まった状況に、これからどうしたものかと素早く頭を働かせた。草地には焦げ跡と血痕が残っていたため、ここで何か起きたのか気になったが、調べている時間はない。原因はわからないが貴美は冬眠に入っている。けれども、その謎にかまけている場合ではなかった。
機動歩兵の状態はモビールスーツの外からでは見て取れないが、意識があればとっくに二人を拉致しているはずだ・・・。でも、いつ目覚めたっておかしくない。こいつの回復力ときたら尋常じゃないもの! (*)
困ったわ。
貴美に触れた途端、オーブが消えて目覚めてしまうだろう。下手に貴美を目覚めさせようものなら、機動歩兵まで起こしかねない。強力な兵器を両腕に装備しているから、指一本動かすだけで、私たち三人を支配下に置ける・・・
アロンダは思案した。
この状況では、貴美を抱き抱えてリープするか、手を握ってテレポートするしかないわ。でも、キャットも連れて逃げるとなると難しい。
エアカーを使うしかないわ!
心を決めたアロンダは踵を返して足早に車に戻った。運転席に座り、始動前チェックをかける。
「離陸準備完了、スタンバイ」
戦闘機乗りの習い性で無意識に英語が口をついて出た。こうしたルーティンには、気持ちを落ち着かせる効果もあるのだ。
音を立てないようエンジンはかけず、ドアも開け放したまま車を離れ、そろそろと二人に忍び寄ってオーブを起動した。
次の瞬間、一気に貴美の身体をすくい上げ、即座に三十メートルほど離れた車へリープで戻った。朦朧としている貴美を助手席に放りこむと、後ろも振り向かず運転席に飛び乗り、猛然とホバーを吹かした。
機動歩兵のレーザー砲の死角に入るよう、森林の上端ギリギリを掠めて急浮上する。
この間、貴美に触れてから三秒でやってのけた。
「ふうッ・・・どうやら大丈夫ね!」
後部画像の草地が遠ざかって見えなくなると、アロンダは大きく息を吐いた。
気づくと、顔と脇の下が冷や汗でぐっしょり濡れている。機動歩兵が襲って来たら、まったく勝ち目はないから、無意識にひどく緊張していたらしい。
「でも、この緊張感って懐かしいわッ!」
戦士の血が騒めき出し、アロンダは生き生きと目を輝かせていた。トップガンのパイロット当時を思い出してちらっと苦笑いした。
「遠い昔のようね・・・アメリカに戻ったアキラは、どうしているのかしら?シティにいると言う運命の相手にはいつ出会うのだろう?アキラが運命の相手と巡り会えば、わたしもタクと向き合える気がする・・・」
アロンダは二人の男性を愛してしまった罪悪感が、匠との関係にブレーキをかけていると自覚していた。
アキラが運命の相手と巡り会えば、それがクロージャ―になって、自分もまた気持ちを切り替えられるかも知れない、と思うのだった。
「どうか、アキラもわたしも運命をまっとうできますように!」
心の中で祈った。
と、傍らの貴美がノロノロと身体を動かして、座席に坐り直した。全面マスクの下から、焦点の定まらない目でアロンダを見つめている。
「貴美、大丈夫?・・・シートベルトをして。シティに着く前に運転を交代しましょう。わたしはキャットをサンクチュアリに運ぶから」
たとえ短時間の冬眠でも、目覚めてしばらくはそっとして置いた方がいい。アロンダはそう自分に言い訳をして、貴美と距離を保って遠慮がちに声を掛けた。
機動歩兵をどうやって倒したかぜひ知りたいし、他にも尋ねたいことが山ほどあるのだが、千年前のニムエとマヤのぎくしゃくした関係が尾を引いて、現世で再会した後も未だに二人の距離を詰められない。
中世の人々は、呪いや魔女の存在を固く信じていた。
「もしや、サウロンの心の闇がマヤに受け継がれているのでは?」
当時のニムエが養女マヤに対して抱いた恐れが、今なお根強く残っているのを感じて、アロンダは止むにやまれぬ自己嫌悪に悩んでいた。
貴美はうなずいて、大人しくシートベルトを装着したが、黙りこくったまま放心したように窓の外をぼんやり眺めた。
機動歩兵と共有した少年の明晰夢と、謎めいた現象にすっかり心を奪われていたのである。
ニムエに兄上と呼ばれていた。あの少年はサウロンアテナイアだ!あの男がサウロンの生まれ変わりなんだわ・・・
第三世代に覚醒してから二カ月足らず、当時の記憶はまだ断片的にしか蘇っていないが、貴美は次第に過去生の意識に囚われてゆく自分を持て余していた。だが、どうにも止めようがないまま、とりとめもない思考が湧いて出る。
アロンダはあの男が過去生のサウロンと知っているはずだ。でも、機動装甲に隠れていたから、あの男の身体がオーブに包まれていたのに気づかなかったのね。不可解な現象だった・・・
キャットは?あの男の正体を知っているのだろうか?機動歩兵にあの短刀が通用するとどうやって知ったの?
チラッとアロンダを盗み見た貴美は、視線をさり気なく下に向ける。
三日月刀は運転席の下に隠した。なぜか衝動的に隠蔽してしまった・・・
しかし、機動歩兵との闘いと予想外のハプニングで、貴美は心身ともに疲れ切っていた。三日月刀の謎についてアロンダを問いただす気力も失せ、視線を前方に戻すとぐったりと座席にもたれかかって、蘇ったマヤの幻をぼんやりと青空の彼方に追う。
ほどなくして深いトランス状態に陥った貴美の全身を、虹色のオーブが淡く覆った。
シティ自治政府のロゴが付いたエアカーは、制限速度も制限高度もぶっちぎって、明るい陽射しの中を南へと飛び続けた。
*「青い月の王宮」第30話「束の間の休息」




