表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/118

七色のオーブ Halo Of Rainbow

 機動歩兵の桁外れなパワーの前に、羽毛枕のように放り投げられた貴美は、空中で巧みに身体を捩じって着地した。視界を遮る全面マスクに、かさばる放射線防護服を着てはいても、天賦のバランス感覚が過つことはない。

 だが、ゾッとするほど恐ろしい光景に目が釘付けになり、レーザービームが外れたとホッとするどころではなかった。


 機動歩兵が巨体を震わせてよろめきながら、狂ったように叫んでいる。

 それは耳を塞ぎたくなるほど、凄絶な苦痛に満ちた叫び声だった。

 電気球の稲妻を受けた時でさえ、こんな苦悶の声は発しなかったのに!

 棒立ちになった貴美が固唾を吞んで見詰めるうちに、機動歩兵の動きは驚くほど急速に衰えた。

 数秒後には、ずしんと草地を震わせて巨体がうつ伏せに倒れた。そのままピクリとしない。

 貴美には何が起きたのかさっぱり理解できなかった。が、今度こそフェイクではなく、機動歩兵がこと切れたとはっきり分かった。


 な、何なのッ!?あの短刀はようやく突き立てただけなのにッ!あのぐらいで深手を負うはずがない!肋骨で滑って肺にも心臓にも届かなかった・・・

 強大な敵のあっけなくも壮絶な最期に、貴美は思わず両手で全面マスクの口元を覆って凍りついていたが、心の中では奇妙な感情が渦を巻いていた。


「早く手を打たなければ、蘇生できないッ!」


 辛うじて倒した敵を助けたいと思うとは、まことに奇怪極まりない感情である。

 けれども、貴美は決して慈悲の心からそう願ったのではなかった。マヤの意識が重なって、千年前のやるせない孤独と、ぽっかり空いた心の穴を埋める手がかりを失いたくないと、痛切な想いに駆り立てられていたのである。


 この一ヵ月で三度も麻酔銃で撃たれ、耐性がついたキャットは、大滝の麻酔銃を受けてもすぐには意識を失わなかった。大滝に気づかれないよう身動きせず、朦朧としながらも懸命に意識を保っていたのである。

 後ろ手に回した手に触れた瞬間、貴美はキャットの接触型テレパシーを感知する。


(右脚のナイフを。左脇に予備バッテリーがある。もぎ取ってナイフを使って・・・脇から心臓を狙って・・・)


 そこでキャットは気を失い、テレパシーは途切れたが、貴美は一発逆転へわずかな望みを繋いだ。両脚を揃える振りをしながら、キャットスーツの隠しポケットを探って三日月刀を掴み取った。

 こんなものでも武器は武器だわ!それになぜか手にしっくりくる!

 妹のビビを狙われ、激情に駆られた姉マヤになりきって、明確な殺意を抱いて機動歩兵に逆襲をしかけた。

 短刀を握ると同時にオーブを起動して、機動歩兵の背後にリープして、すかさず背中に跳び乗った時には、三日月刀を口に咥えていた。

 貴美の長い脚をもってしても、幅広い装甲の背中に絡ませるには足りず、首に回した右手一本で身体を支えて、左手を伸ばして緩んだバッテリーを掴んでもぎ取った。

 新人類ならではの力技だったが、機動歩兵のパワーには遠く及ばない。直後に万力のような握力でむんずと防護服の背を掴まれ、あっけなく背中から引き剥がされた。

 しかし、貴美は投げ飛ばされる寸前、ぽっかり空いたスロットに、左手に逆手で握った三日月刀を突き刺していた・・・


 そうだ、キャットは?

 我に返った貴美は、急いでキャットに駆け寄った。拘束バンドを解いて仰向けに寝かせ、キャットのIDでバイタル・チェックをかけた。

 体調に異常はないわ。眠っているだけ!  

 無事を確認した貴美は、足早に機動歩兵に近づいたが、頭は混乱の極みで気もそぞろだった。


 オパル王家歴代の王女の中でも、群を抜いた超常能力の持ち主だったマヤは、意識が肉体を離れる今わの際には、あの世とこの世の狭間を彷徨い、過去生の記憶を思い出すことがあると知っていた。

 機動歩兵が倒れる間際に口走った思いがけない言葉に、激しく心を揺さぶられていたのである。


 新人類は過去生に回帰できるものの、それは断片的な記憶に過ぎない。当時習得した言語や知識までが脳に蘇る訳ではない。マヤが使いこなした中世イタリア語を理解できるようにはならない。

 けれども、現代イタリア語の日常会話を解する貴美は、機動歩兵のヘッドギアから漏れた言葉をはっきり聞き取ったのだ。

「サマエル・・・光をもたらす者。ニムエを・・・」

 確かにそう聞こえた!マヤの養父母の名を、どうしてこの男が知ってるの!?

 機動歩兵を揺り起こして聞き出したい、と激しい衝動に駆られたが、無論そんなことをしたところで生き返りはしない。

 頭をかきむしりたくなるほど気持ちが昂っていた。草地をイライラと行ったり来たりしながら、どうしたらいいの?と迷いに迷って自問自答した。

「過去生のマヤのトラウマに繋がる手がかりを、もしこの男が握っていたら?」

 その間も、モビールスーツからコツコツと胸骨を圧迫するリズミカルな振動音が絶え間なく聞こえてくる。心肺蘇生装置がまだ動いているのは、心停止が続いているか、せいぜい無脈性電気活動しか残っていないからだ。


 脳死まで数分しかない!

 以前、目を通したSSRDの資料によれば、心肺蘇生に失敗すると、モビールスーツは冷却機能を起動する。脳死を遅らせ、わずかでも蘇生処置の時間を稼ぐためだ。

 後先考えて迷っている場合じゃないわッ!

 迷いを振り払った後の行動は迅速だった。

 まず、キャットを抱き上げて車の後部座席に寝かせる。意識が戻るまでキャットはオーブは使えないから、内部被曝を防ぐ全面マスクも被せた。

 血の付いた三日月刀は収納袋に入れて、運転席の下に押しこむ。この短刀は得体が知れない。とりあえず人目につかない場所に隠すのが無難だ。

 次いでトランクから救急箱を引っ張り出し、駆け戻って機動歩兵の左腕を掴んだ。

並みの女性が両手を使って踏ん張ったところで、びくともしないほど重量があるが、貴美は片手で楽々持ち上げて脇の下を覗きこんだ。

 血の滴るスロットに手を入れ、インナースーツの刺し傷に止血ファイバーを押し当てる。すでに冷却装置が稼働して、スロットから冷気が漏れ出して来た。手早く予備バッテリーを拾い上げると、元通りにはめこんでスロットを塞いだ。


 これで少し時間が稼げる。後は一か八かやってみるしかない。ヘッドギア越しにコンタクトできるか物は試しよ!

 マヤの意識が目覚めてからというもの、従来の用心深い性格と習性がすっかり影をひそめていた。機動歩兵のミッションに備えて、軍用偵察衛星が監視している可能性は高い。探知されるリスクを知らぬではなかったが、危険を冒してでもオーブを起動して、この機動歩兵を蘇生させるつもりだった。

 まだ日も高くまばゆい陽射しが辺りに溢れている。オーブは光に紛れるし、敵は放射能の影響と考える可能性だってあるわ・・・


「わたしならできるはず!」と、自分に言い聞かせた。

 わたしはオパルの第二王女マヤよ!

 ニムエやアルビオラを凌ぐ戦闘力もさることながら、マヤはヒーラーでもある養父アトレイア公爵が驚くほど、超自然的なヒーリング能力を発揮した稀有な存在だったのである。

 アロンダとキャットとニムエとアルビオラとの再会をきっかけに、マヤの意識が急激に目覚めた。貴美はマヤ出生の謎を巡って、とうてい制御できないほど強い情動に揺さぶられた。

 しかし、アトレイア公爵の記憶を取り戻した匠にも聞くに聞けずにいる。過去生のトラウマは辛過ぎて、冷静に打ち明けられそうもなかったのだ。


 でも、この男なら何か知っているのでは?蘇生できなくとも、ナラニから手ほどきを受けた方法でコンタクトさえできれば、死に際に蘇った過去生の記憶を辿れるはずよ!

 今や、マヤの意識が貴美を突き動かしていた。

 うつ伏せに倒れた機動歩兵の頭部に回り、両膝を地面に着くと、幅四十センチほどあるヘッドギアを挟みこむように、左右から手袋をした両手を当てがって目を閉じた。

 高次の意識にフォーカスして、スーッと深く息を吸った瞬間、ほの白いオーブが柔らかな煌めきを放ちながら身体から輝き出た。


 ところが、その直後、意外な現象が起きた。

 機動歩兵の頭にあてがった両手が、強烈に虹色の輝きを増した瞬間、オーブが一気に男の全身に広がるのを感じた。

 貴美は驚愕した。


 なぜ、オーブが全身に広がるのッ!?わたしのオーブだけじゃない!


 その刹那、マヤの意識を通して思いもよらぬ事実を悟った。

 この男は・・・血族なの!?しかも、第二世代でも第三世代でもない!こんなに強いオーブ、それにこれは・・・あの時と同じだわ!

 謎の侵入者に襲われた夜の体験が脳裏に蘇った。(*)

「ま、まさか、そんなッ!」

と、口走ったのを最後に、唐突に意識がフッと飛んだ。二人のオーブがコンタクトした結果、思いもよらなかった身体反応が起きたのである。


 貴美は機動装甲の上につんのめるように突っ伏した。

 折り重なるように倒れた二人の身体は、七色の輝きを放つオーブに包まれ、初夏の涼やかな風が吹き抜ける草地に横たわっていた・・・



* 「青い月の王宮」第33話「謎の訪問者」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ