機動歩兵の最期 Shamshīr Kills
緑にこんもり覆われた廃墟の上に立ち、キャットは草地の様子を遥かに見通した。顔まで覆うヘッドカバーを着けている。全身はカメレオン迷彩に包まれ、背景に揺らぐように溶けこんでいた。
静岡駅にテレポートしたキャットは、赤外線遮蔽とカメレオン迷彩を起動して、カーゴトラックの下に貼り付いた。汚染地帯の近くでモビールスーツ姿の大滝が降り立つと、慎重に距離を取ってその後を追ったのである。
オーブの光も明るい陽射しに紛れる。衛星に探知されないと踏んで、時おりリープを織り交ぜて距離を稼いだ。もしやサンクチュアリが標的では、と一抹の不安を抱いたのだが、大滝は北上せずに東へ向かった。
だが、ほっとしたのも束の間、ホログラスのスコープで確認したエアカーは、シティ自治政府の公用車だったのである。
出がけにアロンダと交わした会話が、キャットの頭を掠めた。
カミは休日出勤していると言ってたっちゃ!
シティ高官のCIAハンドラーが、汚染地帯専用車を手配したに違いない。匠を襲った大滝が、今度は貴美を狙っている!
マヤが危ない、と悟って居ても立っても居られなかったが、第三世代と言えども素手では機動歩兵に立ち向かう術はない。
衝撃波ぐらいじゃビクともしないっちゃ。あんな化け物に通用する武器と言えば、大型爆弾やミサイルを除けば、高速劣化ウラン弾か大型レーザー砲ぐらいしかない。
そこで、はたと思いついたのである。
「電気球なら、あいつを感電させて倒せるかも知れない!」
キャットの狙いは当たった。この付近にも放射能が大量に蓄積している。
短時間で稲妻級のエネルギーを凝集できたし、防護服なしで汚染地帯に分け入り吸気被曝した放射能も、ついでに体内から一掃できたけど・・・
あの電撃に耐えられるロボットは存在しない・・・
人間はなおさらだ。装甲内部が灼熱地獄になって、機動歩兵は焼け死んだに違いない。
殺すつもりはなかったのに・・・
思わず顔をしかめた。
が、出がけに心に決めた通り、たとえ命の恩人でも、仲間を脅かす相手は排除するしかないと自分をなだめた。
だって、そのための第三世代なんだもの!第二世代が働き蟻なら、第三世代は兵隊蟻だっちゃ。敵は容赦なく倒す!
「これで一安心だっちゃ。マヤに会いに行こうっと!」
根っからの楽観主義者らしく、キャットはあっさり気持ちを切り替え、高台から軽々と飛び降り、一目散に森の中に駆けこんだ。
三人の第三世代の中では、最も人類に近い脳に戻っている。自己正当化と自己欺瞞が簡単にできてしまうのである。
悩みが続かず楽とも言えるが、軽はずみな行動を取り勝ちだった。
機動歩兵は草地にうずくまって微動だにしない。
木陰を離れた貴美は、大滝に近づこうとはせずに、油断なく目を向けたまま車ににじり寄った。不用意に警戒を解くようなミスは犯さない。
ところが、銃を防護服のポケットに収め、車に乗りこもうとした瞬間、走り寄って来る人の気配を感じた。
咄嗟に叫んでいた。
「来ちゃダメッ!」
貴美が叫ぶと同時に、むっくり身を起こした機動歩兵の巨体が軽々と躍動して、一瞬でトップスピードに達した。草地に走りこんで来たキャットに、肉食獣の襲撃さながら猛然と襲いかかった。
高圧電流で機動スーツの外部センサーは全滅したが、視界は効く。カメレオン迷彩を判別したのである。耐電装甲のスーツと武器にも損傷はなかった。
有視界戦闘となれば、機動歩兵はその本領を遺憾なく発揮する。
瞬時に目前に迫った巨大な敵に、キャットは虚を突かれた。リープする間もなく、太い金属の腕がくびれたウエストに回って、背後から赤子のように抱き上げられてしまう。虎部隊のアジトで、エアバンごと抱え上げた驚異のパワーを今は直に感じる。
あの時、失神する前に機動スーツが白く霜に覆われたのを思い出して、キャットはしまったと悔やんだが、後の祭りだった。
自動冷却装置があったっちゃ・・・
仮にこの状態で意識を集中できたとしても、テレポートは使えなかった。
異能力を悟られる・・・
大滝も敵がキャットと察知した。ボディスーツは体型が露わになる。機動スーツのAIが、虎部隊アジトのデータと照合して瞬時に判別した。
見たところ武器は携帯していないが、あの電撃を発した不気味な武器はどこだ?
間髪を入れず、麻酔ライフルを腰に当て容赦なく撃った。
プシュとかすかな音が響き、キャットは「キャーッ!」と甲高い悲鳴を上げて身体をよじった。麻酔銃より初速が圧倒的に速いため、命中した瞬間は痛みも激しい。
この娘は、マグレブでも虎部隊二人を倒している。得体が知れない相手は、とりあえず戦闘不能にするのが鉄則だ。
思わず駆け寄ろうとした貴美に、右腕のエアコンプレッサー砲を向け、ぐったりしたキャットを草地に横たえた。左上腕に装着した麻酔ライフルをレーザー銃に切り替え、キャットにピタリと狙いを定めて余裕の声で言った。
「形勢逆転だな?投降しろ。さもないと、この娘の命はないぞ!」
貴美は怒りに燃えた目で大滝を見つめた。カメレオン迷彩に覆われ、陽炎のように薄ぼんやりと草地に溶けこみ、その姿は見え辛いが、悲鳴でキャットとわかっていた。
よくもビビを!殺してやるッ!
と、心の中で叫ぶマヤの意識に圧倒されかけたが、闇雲に立ち向かったところで勝ち目はない。
凶暴な衝動を抑えて言い返した。
「ふん、お前は米軍の手に渡さずに、彼女を助けたんじゃなかった?殺せるわけない!」
「ほとほと感心したよ、お前たちには。この俺をここまで追い詰めるとはな!だが、今度こそ軍に引き渡す。この娘に情けをかけたのが失敗だった」
凄みの効いた声で言い放った大滝は、左手で腰に付けた備品ボックスを開け、拘束バンドの束を取り出して、無造作に地面に投げた。
「この娘の手足を拘束しろ!迷彩がかかっているが、触ればわかるだろう?」
こいつらは正体不明で油断ならない。電撃を発した武器を見つけるまで気が抜けない!
いやがうえにも警戒を強めて、武器を構えたまま後ずさって距離を取った。
貴美は全面マスクの下で苦悩の表情を浮かべた。
やっぱり、この男の演技だったんだわ。あの電撃でも気絶もしないなんて信じられない!
電撃の後、キャットはテレポートして消えると思ったのが間違いだった。意識がビビに戻っているんだわ。異能力を悟られる危険を冒してでも、テレパシーを使って逃げるよう伝えればよかった・・・
私のミスだ!
痛恨の想いにさいなまれながら、貴美は不承不承うなずいた。
「いいわ、投降するから撃たないで!」
「おかしな真似をすれば撃つ。両手を前に出してゆっくり動け!」
身長二メートル半。圧倒的な威圧感を漂わせる機動歩兵は、単身でもマストドン級戦車を破壊する戦力を備えている。
しかも、こいつときたら武装なしでも苦戦を強いられる身体能力と技量の持ち主だ。
とても敵わない・・・
貴美は観念する他なかった。両手を開いて肩まで上げたまま、仰向けに倒れたキャットのそばに歩み寄った。姿は草地に同化しているが、いると知っていれば辛うじて人体と判別できる。
手探りでカメレオン迷彩をオフにして、拘束バンドを拾い上げた。キャットの両手を掴んで後ろに交差させ、バンドを手早く巻きつけ引き絞った。次いで両手を両脚に沿わせて滑らせる・・・
大滝は貴美の動きを注視していたが、半面防塵マスクと全面マスク下で、貴美の表情がふと引き締まったのには気づかなかった。
その直後、何が起きたのか、大滝には最後まで理解できなかった。
一瞬、女の身体が光ったと見えた刹那、すでに女は大滝の背に食らいつくようにしがみつき、装甲の左脇から平たい予備の燃料電池をもぎ取って投げ捨てていた。
背後に回った女の動きは、まったく目で追えなかった。しかも、素手で十キロ以上あるバッテリーをもぎ取ったパワーに、大滝は愕然としたがすぐ感づいた。あの電撃で、バッテリーを固定する硬質ラバ―が溶けて緩んでいたのである。
この二人はタッグチームだ!初めから狙ってやがったのか?
機動装甲唯一の弱点は、予備バッテリーの装着スロットである。インナースーツの電気回路に直接繋がっているため、バッテリーが外れると開口部は無防備になる。
「こざかしい奴めッ!」
罵り声を上げた大滝は、肩越しに右手を回して女の防護服を引っ掴んだ。
楽々と女の身体を引き剥がして、前方上空に無造作に投げ上げる。宙に浮いた女の右肩を狙って左腕のレーザー砲を発射した瞬間、左脇の下に鋭い痛みが走った。狙いがブレたレーザーは、わずかに女を掠めて虚空に消えた。
「ウ、ウギャーぁーーーッ!!!」
大滝は吠えた。
訓練や戦闘で数えきれないほど幾度も手傷を負ったが、これはかつて経験のない異次元の激痛だった。電撃を食らった時でさえ、これほどの痛みとショックは感じなかった。言葉にならない呻き声を上げ、右手で機動スーツのスロットに半ばまで突き刺さった短刀の柄を握って引き抜く。
あまりの苦痛に出血の危険を忘れ、衝動的に短刀を抜かずにはいられなかった。途端に左脇の下から鮮血が流れ出して、装甲を赤く染めながらしたたり落ちて行く。
それは刃渡り三十センチほどの、錆びついた古めかしい三日月刀だった。
アイシールドに「血圧低下」「期外収縮」「徐脈」の赤い文字が交互に点滅する。ピピッピピッと耳障りな警報音が繰り返しイヤーパッドに鳴り響いた。
信じ難いほど強烈な痛みと、急速に薄れゆく意識の中で、傷口の断面図を辛うじて視認した大滝は、必死で口走った。
「な、何だ、このボロ刀は!心臓も肺も外れているのに、おかしい・・・毒でも塗ってあったのか?バカな・・・このくらいで倒されてたまるかッ!俺は、史上最強の機動歩兵なんだ・・・」
気力を振り絞ってふらつく身体を立て直そうとした瞬間、急激に身体の力が抜けた。視界が見る見るうちに暗く霞んでゆく。
不意にピタッと五感が途絶えると同時に苦痛も消え失せ、フワッと浮遊感に包まれた大滝は、無意識に二言、三言何やらつぶやいた。
アイシールドに「心停止」「心肺蘇生開始」の文字が浮かび上がったが、大滝の虚ろな目にはもはや何も映っていなかった。
心臓が止まった機動歩兵は、前のめりに草地に倒れ伏して息絶えた。




