GIGの夜 GIG After Midnight
合衆国東部の午後一時を回った。サマータイムに入り、日本時間では午後二時過ぎである。
偵察衛星を管轄する国家偵察局と、映像分析を担当する国家地球空間情報局は、複数の人工知能と専門係官を配備して、一日二十四時間体制で監視業務を遂行する。
偵察衛星監視システムが、リアルタイム映像を用いて軍事作戦を遂行するグローバル・インフォメーション・グリッド、略称GIGの中枢を担っている。
今夜のGIG中央指令室には、異様な緊張感が漂っていた。ブレジンスキー副大統領が直々に視察に訪れたのである。
GIGは国防省の最重要軍事機密の一つで、副大統領と言えどもボディガードなど随行員の同伴は許可されず、同行したのは軍参謀補佐官のダレスだけだった。
「副大統領、偵察衛星の高度は、通常の約四分の一の百五十キロまで下げています。当地の天候も晴れでクリアな映像が得られます」
ダレスの説明にブレジンスキーはうなずいた。偵察衛星監視システム室の主任分析官は、ダレスの簡潔明瞭な説明に頭のいい男だと感心していた。
大統領に比べ副大統領は遥かに頭が切れるとは聞いていたが、お付きの補佐官もなかなか優秀らしい・・・
「ターゲットは例の疑惑の鍵を握るミュータント、もしくはサイボーグと思われます」
ダレスは副大統領に耳打ちした。
ブレジンスキーは眉ひとつ動かさず、ポーカーフェイスで軽くうなずいた。標的の正体を周囲に明かさないよう、ダレスは事前に副大統領に願い出ていたのである。
そうとも知らず、主任分析官が得意げに衛星の画像を拡大して、モニターに映し出した。
「副大統領、ご覧ください。高濃度放射能汚染地帯でも蟻は生き延びています」
日本ではもっとも普通に見られる体長七ミリほどのクロヤマアリが、せわしなく巣を出たり入ったりする姿が鮮明に写っていた。
「ほぉー、これは大したもんだ。リアルタイムとはとても信じられんな!」
ブレジンスキーが感嘆の声を上げると、ダレスが口を挟んだ
「合成開口レーダーを搭載した衛星であれば、天候に左右されずに観測可能ですが、リアルタイムの監視には不向きです。今回の作戦は晴天の日を選んで、光学衛星を使うことにしました」
「なるほど、当日の天候次第か?深夜に突然呼び出されたのはそういう訳か?」
「恐れ入ります、副大統領」
ダレスは笑顔を見せた。
これがローズ大統領なら、深夜に呼び立てようものなら機嫌を損ねて怒鳴り散らすだろう、と皮肉っぽく考えた。
目的本位の冷静な対応こそが、ダレスがブレジンスキーを高く評価すると同時に、警戒して味方につけるべき権力者と狙いを定めた理由だった。
そこへ、GIGの作戦司令官デビッド・パルム大佐が偵察衛星監視システム室に入って来た。副大統領と補佐官と握手を交わして、作戦司令室へ自ら丁重に二人を招き入れた。
今回は陸軍の極秘作戦である。機動歩兵の単独任務だが、機動歩兵の名もコードネームさえ関係者には伝えられていない。GIGでも知る者はパルム大佐ただひとりだった。機動歩兵が絡むと機密情報だらけで神経を使うが、パルム大佐はすでに慣れっこだった。
もっとも当の大佐も、CIAが現地オフィサーを標的に仕立て上げたとは夢にも思っていない。
フーバーCIA長官とダレス、そしてダレスから伝え聞いたブレジンスキー以外には、その事実を知る者は誰一人いなかった。
作戦は順調に進んだかに見えた。
大型モニターに斜め上空からの拡大映像がくっきり映し出され、機動スーツのイヤフォンとマイクを通して、音声も遅延なく伝わった。
一同は機動歩兵が防護服姿の標的を追い詰める様子を固唾を呑んで見守った。
異変をいち早く察知したのは偵察衛星だった。
一マイル圏の拡大映像に、最初は電波ノイズのように見えた小さな光が、急激に輝きを増して機動歩兵の背後に現れたのである。
「GIGよりアルファ。背後に光る未確認飛行物体。繰り返す、背後に未確認飛行物体!」
すぐさま、大佐が匿名のチームリーダーに使うギリシャ文字で、機動歩兵に呼びかけた。司令室の空気が一気に緊迫するなか、機動歩兵はすかさずエアー・コンプレッサー砲で攻撃をかけたが、謎の光体は揺らぎもせずに宙に浮いて輝きを増してゆく。
その隙をついて、森に身を潜めていた標的が、機動歩兵目がけてレーザー銃を連射した。
肉眼では不可視のレーザーも、モニターには赤く細い直線となって、二度、三度と機動歩兵の頭部を直撃する様がくっきり見て取れた。
機動歩兵が波動砲を撃ち返そうとした瞬間、突如として、強烈な光が機動歩兵を包んだ。
「なんとッ!あれは稲妻かッ!?」
ブレジンスキーが驚愕の声を上げた。
宙に浮かぶ光球から立て続けに眩い雷光が伸びて機動歩兵を襲い、モニターにくっきりと残像を刻む。機動スーツが送信する音声にも、腹に堪える凄まじい雷鳴と機動歩兵の絶叫が入り混じって、モニターのスピーカーがキーンと甲高いノイズを発した。
司令室の全員が顔をゆがめて身をすくめ、あわてて耳を塞いだ。
「な、なんだッ、あの光の球は!?」
さすがのダレスも度肝を抜かれて、声が上ずっていた。
その視線の先には、きりきり舞いする機動歩兵の装甲を伝い、落雷が草地を焦がして黒い煙が立ち昇るのが映っている。
不意に激しい落雷の音も機動歩兵の叫び声もピタリと途絶え、室内は一瞬にして静寂に包まれた。
直後に、現状を報告する担当官の声が立て続けに響いた。室内に緊迫した空気が張り詰める。
「装甲の外部電子機器が高圧電流で破壊されたようです。音声途絶!機動歩兵のバイタル不明!」
「応答ありません!送受信用アンテナも機能停止したようです!」
「衛星の機能には異常なし!」
慌ただしく声が飛び交い、司令室は騒然となった。
機動歩兵が膝を折ってうなだれたまま動きを止めた姿がモニターに映り、ブレジンスキーが再び叫んだ。
「何が起きたんだ?機動歩兵がやられたぞ!」
「副大統領、モビールスーツは耐電装甲です。内部の熱も自動冷却できます!」
パルム司令官が副大統領に声をかけたが、言葉と裏腹にその顔は引き攣って真っ青だ。
恐らく稲妻級の電撃には耐えられるはずだが、確信が持てないでいる。しかし、その傍らで、落ち着きを取り戻したダレスは、冷静な目でモニターを見つめながら考えていた。
シティでオータキを、マグレブで工作員を倒した謎の武器もそうだが、あの稲妻を発した球体は何だ?ノヴァはいったいどんな武器を使っているのか?
ダレスの関心は最初から作戦の成否にはなく、情報収集とあらかじめ描いたシナリオに向けられていたのである。
ややあって、防護服の標的が森から姿を現わし、エアカーに忍び寄る姿がモニター映った。
と、標的はピタッと立ち止まって何ごとか鋭く叫んだ。日本語だった。
その時だった。気絶したかに見えた機動歩兵が唐突に身を起こし、チーターさながら瞬時にトップスピードに達して猛然と走り出す。
だが、その狙いは防護服姿の標的ではなかった。
草地を信じ難いスピードで駆け抜ける姿に、一同は思わず立ち上がってモニターを食い入るように見つめた。
ところが、機動歩兵は何かに飛びつくようして立ち止まり、抱えこむような動きを見せたのだが、両腕の間には敵の姿が映っていない。
「何をやっているのだッ!?敵と戦っているのか?」
ブレジンスキーが戸惑った声を張り上げた。
「敵は背景と同化する迷彩を使っていると思われます。衛星では把握できませんが、機動歩兵なら可能です」
ダレスがブレジンスキーに説明する間に、機動歩兵が麻酔ライフルを発射した。
見えない敵を制圧したらしく、駆け寄った防護服姿の相手にレーザー砲を向けて威圧すると、拘束具を取り出して地面に投げた。
「カメレオン迷彩か?しかし、個人用に開発されたとは聞いていないが?」
パルム大佐が尋ねると、ダレスは副大統領と大佐に向かって言った。
「敵はただ者ではありません。我われの一歩先を行っているのです」
「そのようだな、補佐官。だが、どうやら一人は倒したようだ。もう一人も投降するしかあるまい・・・機動歩兵はさすがだな!」
強烈な雷撃の煌めきと炸裂する轟音、機動歩兵の鮮やかな速攻に度肝を抜かれ、手に汗を握って見守っていたブレジンスキーは、映画を見ているようだ、とてもリアル映像とは思えない、と感嘆の声を漏らした。
その言葉に、司令室に漂っていた張りつめた緊張感が一気に緩んで、担当官たちは一様にほっとした表情を浮かべた。
しかし、パルム大佐は用心深く室内のスタッフに釘を刺した。
「他にも仲間が潜んでいないか、衛星で周辺を隈なく探査しろ!金属探知と赤外線捜索もかけるんだ。あの稲妻を発した武器を押収するまでは、安心できない!」
だが、大佐が命じた直後に、再び異変が起きる。
何の前触れもなく、偵察衛星の映像がいきなり暗転したのである。灰色のノイズがモニター全体に広がり、激しくちらついて止まらない。
「何ごとだッ!?」
副大統領と大佐が同時に叫び、室内に再び緊張が走ったが、ダレスだけは鋭く目を細めてわずかに口元に笑みを浮かべた。
「衛星がレーダーから消えました!原因を調査中」
偵察衛星監視システム室の主任分析官から、インターコムで司令室に一報が入った。
「軍事衛星HRM113-πがハッキングされ、偵察衛星を高エネルギーレーザーで破壊したようです!」
「なにッ!HRM113だとッ?北米連邦宇宙軍の多目標攻撃衛星ではないか!宇宙軍の衛星をハッキングなどできるはずがない!情報を精査して確認しろッ!」
想定外の出来事に苛立ったパルム大佐は、分析官に怒鳴り散らした。
偵察衛星を友軍が破壊するとは・・・そんなことが起こりうるはずがないのだ!
ホッとしていたのも束の間、司令室の係官たちは顔色を失った。一様に押し黙って、信じ難い情報を確認する作業に取りかかった。
呆然自失して棒立ちになったブレジンスキーの耳元に、密かにささやきかけたダレスに気づいた者はいなかった。
「副大統領、ハッキングは考えられません。ですが、もし出来るとすれば、人工知能プライムぐらいでしょう」




