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雷撃! Thunderstroke

 空路を使わず陸路で森林地帯に侵入したのは隠密作戦が故だが、高濃度放射能汚染地帯とあって、軍用カーゴ・トラックは立ち入り禁止区域の外で機動歩兵を降ろした。

 機動スーツの装着には、専用の機器工具類が必要だ。大滝はイワクニ基地で装備を身に着け、列車用貨物コンテナの中に入り延々と閉じこめられていた。静岡駅の米軍貨物庫の中でようやくコンテナから出て、トラックに乗りこんだのである。任務完了後は、除染ユニットでも取り切れない放射能汚染を警戒して、列車ではなくトラックで帰還する予定だ。

 ここから先は、自力で森を縫って百キロ以上踏破しなければならない。


 四時間後、大滝は緑地用迷彩のヘッドギアの下で顔をしかめて辺りを見渡した。百数十年もの長きに渡って放置された汚染地帯は、木々や草花や蔦に覆われた原始林と化して眼前に茫漠と広がっている。

 機動装甲は砂漠や市街地なら如何なくその性能を発揮するが、入り組んだ森林に適しているとはお世辞にも言い難い。日本の偵察衛星と山火事を警戒して、樹々を押し倒したり武器や工具で道を切り開く訳にもいかず、匍匐前進までする羽目になった。

 障害物競争じゃあるまいし・・・

 大滝はゲンナリしていた。


 赤外線と電磁波捜索で周辺を探査した後、左腕に麻酔ライフル、右腕にエアー・コンプレッサー砲を装着して、開けた草地の端の手頃な隠れ場所に身を潜めて標的を待ち受けた。

 シティで狙った同じ標的だが、今回は暗殺ではなく拉致が目的とあって、大滝としても随分と気持ちは楽だ。前回は未知の敵に暗殺を阻まれたものの、民間人を手にかけずに済み、心の片隅ではホッとしていたのである。

 情報によると、二カ月に一度、あの大学生はこの地域で土壌サンプルを採取している。この草地がフィールドワークの最終ポイントだ。


 三十分後、穏やかに晴れ渡った空にエアカーが姿を現わし、草地の上空で様子を窺がうようにホバリングした後、緩やかに降下して着地した。防護服姿の大学生が車から降り立つ姿を目にして、大滝はふと違和感を抱いた。

 放射性物質を車内に持ちこまないよう、防護服の上に使い捨てのアノラックの上下、それに手袋や靴カバーを身に着けるところだが、標的はその素振りも見せなかった。

 おかしい・・・世界の最先端を行く科学都市の専門学部生が、放射能管理則を無視するのか?

 警戒を強めて、左腕の麻酔ライフルの照準を大学生の胴体にピタリと合わせ、音もなく立ち上がるとマイク越しに鋭く呼びかけた。

「動くな!両手を挙げろ。飛騨乃匠か?」


 不意を突かれて凝固するかと思いきや、大学生は予想外の反応を示した。いきなり隠し持っていたレーザー銃を、大滝のヘッドギア目がけて発射したのである。恐ろしく素早い動きで、さすがの大滝も虚を突かれて反応が遅れたほどだ。

 しかし、機動歩兵にレーザー銃など通用しない。衝撃さえ感じないぐらいで、ホログラスに「銃撃]「小火器」「レーザー」の文字が点滅しただけだった。

 大滝を驚かせたのは、銃撃に一瞬気を取られた隙に、姿をくらました相手の敏捷な動きだった。


「すばしこい奴だ。だが、隠れても無駄だッ!赤外線で居場所はわかっている。答えろ!飛騨乃匠か?」

 標的が潜む森陰に向かって呼びかけたが、相手は答えない。それもそのはず、防護服の下は匠ではなく貴美だったのである。


 昨夜遅く、貴美はCIAの極東支部から連絡を受けて、匠の襲撃事件現場の検証に立ち会うよう命じられた。事件後、支部には襲撃の顛末を報告している。同居する弟が襲撃されただけに、いの一番に報告を上げなければ、米軍から情報を得たCIAに逆に怪しまれるからだ。ただし、アロンダの関与と自らの正体を隠蔽するため、弟は隙を見て逃げたと言っていると報告していた。

 担当チームとの待ち合わせ場所に指定されたのが、匠がフィールドワークで土壌を採取するこの場所だった。むろん、CIA絡みの任務は匠には打ち明けられない。しかし、汚染地帯のシティに赴任する際に、放射能防護則は頭に叩きこんでいた。大滝は把握していなかったが、ドーム外の室内駐車場に置かれた汚染地域専用車を使ったため、車内の汚染防止策は必要なかったのだ。


 機動歩兵に待ち伏せされるなんてッ!

 貴美は木の陰に身を潜めて唇を噛みしめた。

 わたしを人質に取り、匠をおびき寄せるつもり!?CIAと米軍が手を組んだのね。そう言えば、シティのハンドラーでなく、コウサカと名乗る極東支部の日本担当官から直接指令を受けた。おかしいと気づくべきだった!

 CIAに裏切られた!

 貴美の胸に、怒りの炎がメラメラと燃え上がった。

 マヤの意識が目覚めて以来、母親に捨てられたという悲痛な想いと、村人たちから疎んじられた当時の記憶が蘇って、ともすればやり場のない激しい怒りに駆られる。

 もっとも、CIA局員は貴美の仮の姿に過ぎない。つまり、裏切りはお互い様である。しかも、政府から使い捨てにされても構わないという条件で、特務工作員の資格も得た貴美には、激怒する所以などこれっぽっちもないのだ。

 だが、そんな理屈は第三世代に変異して、さらにマヤの意識まで蘇った今、欠片(かけら)ほども貴美の頭には浮かんで来なかった。


 モビールスーツを目にしたのは初めてだが、レーザー銃が通用しないのも承知の上で、目くらましに使ったまでだ。

 リープを使えば逃げられる・・・ナラニに誘発された後、ハワイで何度か試したから。でも、オーブを起動すれば超常現象を悟られる・・・

 判断に迷った。敵は科学技術の粋を尽くした機動歩兵だ。多彩な外部センサーを駆使して、映像はもちろん様々な情報を記録されてしまうだろう。


 太い幹に背中をつけて身を隠した貴美は、突然、ドーンと激しい衝撃を受け、後方に三メートルも吹き飛ばされ、あっけなく丈高い繁みの中に転がっていた。

 エアコンプレッサー砲だわ!

 通称「波動砲」で、隠れていた大木の根元が浮き上がるほどの衝撃波を撃ちこまれたのだ。素早く身を起こした貴美は、横っ飛びに手近の木の陰に跳びこんだ。一瞬前まで転がっていた地面には、麻酔ニードルが突き立っている。二発目もわずかに防護服を掠めて外れた。


「たいしたもんだ。二発ともかわすとはな。お前は飛騨乃匠じゃないな?あの学生にこんな芸当はできっこない!」

 大滝の声はただでさえ重厚なバリトンだが、なおさら余裕に満ちて貴美の耳に響く。圧倒的な戦力の差をひしひしと感じて、胸苦しいほどの絶望と怒りに我を忘れそうだった。樹の幹にピッタリ張りついて、歯を食いしばって衝動に耐える。


 マヤの意識に乗っ取られそう・・・

 爆発しそうになって思わず声を張り上げた。

「飛騨の匠?平安時代の木工が、どうしたって言うの?お前こそ誰なのッ!?」

 この男は自分が姉と知らないらしい。知られたら最後、弱みを握られると咄嗟に判断していた。


 大滝は意表を突かれて眉をひそめた。

 背格好もあの大学生と同じぐらいで、防護服のせいでわからなかったが、なんと女か!

 アイシールドの端に「声紋に該当なし」の文字が点滅していた。

 すると、マグレブと虎部隊のアジトにいたキャットという娘ではないな。何者だ?

 だが、女が何者にせよ拘束するしかない。戦場では一瞬の遅延が命取りになる。大滝は余計な詮索に時間などかけなかった。


 二発目の衝撃波が木に命中して、貴美はまたしても吹き飛ばされたが、今度は攻撃を予期していた。転がりざまに向き直り、大滝が間髪を入れずに放った麻酔ニードルを計ったようにかわして、右手の木の陰に転がりこんだ。

「ちッ、素早い奴だ。だが、隠れんぼは終わりだ。次は実弾をお見舞いするぞ!死にたくなかったら大人しく出てこい!」

 威圧感溢れる野太い声がヘッドギアから響いた。

 貴美は歯ぎしりした。

 レーザー銃じゃどうにもならないわ、あの化け物は!

 ここは超常能力を悟られても、リープして逃げるしかないと覚悟を決めた。

 あいつの目にレーザーを当てれば、オーブの光を誤魔化せるかも知れない。運が良ければ、カム・コーダーに写ったオーブも、環境放射線による不具合と敵は考える・・・


 レーザー銃を握りしめ、葉陰からそっと敵の姿をうかがった貴美は、ビクッとして目を見張った。

 あれは、なにッ!!

 空き地に仁王立ちして、貴美が潜む森蔭を油断なく見定める機動歩兵の五十メートルほど後方、高さはニ十メートルほどだろうか、直径二メートル程度の(まばゆ)い光の球が浮いているのが目に入ったのである。こちらに向かって滑るように移動して来る。

 あれは・・・サンクチュアリの第二世代が収穫の日に作る高圧電気球だわ!キャットね!あいつの後を追けていたの?


 貴美の視線に気づいたのか、それともモビールスーツの赤外線捜索で探知したのか、不意に大滝は後ろを振り向いて罵り声を上げた。

「くそッ!何だッ?」

 瞬時に左腕の波動砲が唸って、衝撃波が光の球に向かって飛んだ。しかし、衝撃波を受けても光球はわずかに揺れただけで、何事もなかったかのように、ジリジリと放電音を響かせながら宙に浮いている・・・


 と、いきなり大滝のヘッドギアを狙って貴美がレーザー銃を連射した。

「畜生め!」

 振り向くなり貴美に向けて波動砲を放とうとした瞬間、突如として光の球から稲妻が弾き出て、立て続けに大滝を襲った。

 瞬間、猛烈に眩い閃光が辺りを真っ白に染め、耳をつんざく衝撃音が地面を揺るがせた、

 近距離で起きたあまりにも凄まじい落雷の音と光に、貴美は瞬間的に木蔭にうずくまり、顔を伏せ全面マスクのヘッドフォンを手で覆った。他になす術がなかった。身の毛がよだつとはこのことだ。


「ウ、うッ、ウォーッーーッー!!!」

 絶叫を(ほとばし)らせる大滝目がけて、(まばゆ)い稲妻が断続的に宙を走る。凄絶な雷鳴と共に二発、三発と容赦なく追い討ちをかけた。その度にモビールスーツは、パリパリッと名状し難い耳障りな音を発する強烈な電光に包まれた。

 大滝は両手で頭を抱えこんでよろめいた。ふらついて回転しながらも踏ん張って持ちこたえようとしたが、五発目の電撃を受けると、ついに両手両膝をガクッと地面に着いた。

 座り込んだ姿勢で(こうべ)を垂れ、動きがピタッと止まった。


 光の球は跡形もなく消え去った。大滝が立っていた場所は草が黒く焦げて煙がくすぶり、オゾン臭と混じり合って辺り一面に漂っている。


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