消えた標的 Orbed Away
「おい、これを見ろッ!」
ネイビー・シールズの一員が、放射能汚染地帯の森を眼下に東へ飛ぶ装甲車の中で、素っ頓狂な声を上げた。
「標的が映っていたか!?」
気を失った二人は、とっくに意識を回復している。もたれかかっていた座席からむっくり身体を起こした。
装甲車は放射能汚染地帯専用のエア・アーマーだが、車内に空気清浄機では除去し切れない放射性物質が残るため、二人とも新しい全面マスクを着けていた。
ヘルメットのおかげもあるが、特殊部隊のエリートは、元もと野獣のような生命力の持ち主ばかりだ。簡易スキャナーとバイタルチェックでも脳に異常はなく、差し当たっての気がかりは吸気被曝だけだ。
素人相手に二人同時に気絶させられては、精鋭部隊の傷ついたプライドの方は容易に回復しそうにないかと思いきや、ネイビー・シールズともなれば、失敗の原因を客観的に分析する能力にも長けていた。
油断ではなく、相手の力量を端から見誤ったのが敗因、と正確に判断していた。
軍諜報部が事前調査した標的の情報が誤っていたとしか考えられない。これまで強敵には幾度も遭遇した。時には死闘を強いられ、仲間が犠牲になった事もあれば、やむなく撤退を決断した事もあった。
だが、あれほどの馬鹿力の持ち主に巡り会ったのは初めてだ!タングステンを組み込んだ重装防護服を、右手だけで引き裂くとは化け物か?ロボティックハンドを装着しているという情報もなかった。
おまけに、仲間が目を離したほんの十数秒の間に姿をくらましてしまうとは!手足を拘束されていたのに、どうやって逃げたのか?新型のヒューマノイド型ロボット兵だったのか?
これほど謎めいた強者にはお目にかかったことがないと、戦闘のプロとして標的の正体を知りたい一心で、仲間が装甲車のカムコーダーを再生するのを待ち構えていたのである。
「映ってはいるんだが・・・何だと思う?」
仲間が指さしたモニターをじっと見つめていた二人は、やがて異口同音につぶやいた。
「・・・わからない」
ややあって運転席で聞き耳を立てていた隊員が、じれったそうに後ろを振り返り声を掛けた。
「おい、いったい何が映ってるんだ?」
しかし、後部区画の三人は全面マスクに隠れた顔を見合わせ、押し黙ったままだった。
翌日。
飛騨乃匠の襲撃を知ったフーバーCIA長官は、矢も楯もたまらずダレス補佐官のオフィスに怒鳴り込んだ。ただし、声をひそめて周囲に気を配るのは忘れなかった。
ノヴァの件は間違っても気取られてはならない。何しろ、デマと信じてスクープを飛ばしたのは当のフーバーが率いたチームだったため、表沙汰になれば、なぜ政府や国民に報告しなかった、と突き上げられ確実に辞職に追いこまれる。
その弱みを握るダレスには強い態度を取り辛いが、今日はそんなジレンマを気にしている場合ではなかった。
「極東支部がシティの分析官から報告を受けたぞ!弟がネイビーシールズに拉致されかけたが、隙を見て逃げたと!また、君の差し金だな?いったい、どういうつもりだ!?なぜ、大学生を特殊部隊が狙う?それもCIAが派遣したオフィサーの弟を!しかも、失敗するとはどうなってるんだッ!米軍の動きを、君の言う新人類とやらに悟られたんじゃないのか?」
対するダレスは憮然としてはいたが、動揺した素振りは欠片ほども見せない。この若造はいったいどういう神経をしているんだと、いつもながらフーバーは驚かされたのだが、ダレスはさらにとんでもない事実を隠していたのである。
「アレン、あの大学生を狙ったのは初めてではない。三月末に暗殺に失敗している。シティでの出来事だ」(*)
「な、何だとッ!・・・」
目を剥いたフーバーをダレスは右手で制した。
「ただし、私はその件とは無関係だ!最近まで知らなかったのだ・・・ガーディアンはシティ自治政府直属の組織で、いくら米軍でも報告書は入手できない。だが、幸いガーディアン上層部には、米軍の出身者が複数いる。彼らから情報を入手して、初めて大学生の暗殺未遂を知った・・・」
「・・・それによると、暗殺計画はプライムがシティ保安部に極秘で命じたものらしい。前にも話したが、オータキの日本への異動はプライムの勧告だった。機動歩兵新部隊長の訓練に適切か否か、参謀本部でも異論が出たが私が抑えた。今となっては、プライムに誘導されたとも言えるが、シティのガーディアン組織に移ったオータキが、なぜかヒットマンに指名されたのだ」
ダレスは淡々と話してはいたが、目には怒りの色がちらついていた。プライムを利用するつもりが、逆に利用され蚊帳の外に置かれた。先手先手を打ったはずが、気づけば後手後手に回らされている。プライドが傷ついた苛立ちは何にも増して耐え難い。
「それは本当か!その件にもオータキが絡んでいたのか?だが、失敗するとは何ごとだ!そもそもプライムはなぜ大学生を狙った?」
フーバーは思わず興奮して、矢継ぎ早に尋ねずにはいられなかった。
いったい軍参謀本部は何を考えているのか?いくらダレスが有能でも、こうも好き勝手に動かれては堪ったものではない。そもそも、海外工作はCIAの管轄ではないか!
完全に頭に血が上っていた。
「良い質問だ。なぜ、失敗したのか?プライムの意図は何だったのか?オータキは兵士で特務工作員ではないが、世界の戦場であの男ほど獰猛で狡猾な戦士は他にいない。そのオータキが民間人相手に失敗するはずがない。つまり、考えられる結論は一つしかない・・・プライムの意図は暗殺ではなかったんだ!」
ダレスの見方に意表を突かれたフーバーは、怒りを通り越してあっけにとられた。あまりに荒唐無稽で筋が通らないと思う。
「プライムは失敗すると予見しながら、機動歩兵のスーパーエリートを暗殺者に指名したと言うのか?いったいなぜだッ?」
「それはまだ分からないが、この映像を見て欲しい。装甲車のオートカムが撮影したものだ」
ダレスはソファー・テーブルのモニターに注意を促した。曇天の森林地帯が映っている。軍用防護服姿の二人の隊員が倒れた仲間を一人ずつ運んで来る。その向こうに手足を拘束された防護服姿の標的が地面に転がっていた。
二人目を運び装甲車の陰に隊員たちの姿が消えたその時、標的の姿が何かに覆われたかのように霞んで一瞬淡い光が輝き出た。その光が消えると、標的の姿は跡形もなく消えていた。
「昨日の映像だが、ぼやけた人影が近づき光を発した後、標的の姿が消えているのがわかるか?」
「確かに、そう見えるが・・・突然、どこから現れたんだ?」
「推測に過ぎないが、何者かが防護服にカメレオン迷彩を組みこんだとも考えられる」
「兵士用にはまだ実用化されていないだろう?それに、あの光をどう説明する?」
と、言ったものの、質問ばかりしている自分に少々嫌気がさしたフーバーは、実務家らしく辻褄の合う説明を思いついた。
「あの場所は放射線が異常に強いからな。映像機器に不具合が出たのでは?」
「それについては、狙撃手は標的の身体が光っていたと証言している。もっとも、全面マスク越しで確かではないらしい・・・」
ダレスは曖昧に口を濁した。フーバーのような常識人を説得するのは容易ではない。大統領以下政府高官も同様だ。決定的な証拠が手に入らない場合は、代替策が必要になる、と頭を働かせていた。
「いずれにしても、この日本人学生が鍵を握っているのは間違いなさそうだ。オータキが暗殺に失敗していたと分かっていれば、もっと早く手を打てたのだが・・・ところで、アレン、さっき言っていたな。姉が分析官なのか?君が極東支部長時代に、日本政府と揉めてCIAはシティから撤退したが、その後任に送りこんだのが彼女か?」
ダレスが問いただした。
「そうだ。プライムの裏を探れるのではと期待していたのだが、彼女の弟が絡んでくるとはな。君と同じように、プライムに二歩先を行かれていたのかも知れないな」(**)
確かに我々はプライムの駒なのかも知れない、と実感したフーバーが皮肉をこめて答えたが、ダレスは気にも止めず不意にソファから身を乗り出して言った。
「君がまだノヴァの存在を疑っているのは理解できる。だからこそ、こちらとしても決定的な証拠を掴みたい。そこで頼みがあるのだ」
* 「青い月の王宮」第29話「人工知能の罠」
** 「デザート・イーグル ~砂漠の鷲~」第10話「CIA長官」




