古文書の謎 Princess Of The Orb
五年前。日本在留中のメトカーフは、とある会合に出席するため首都メガロポリスに出向いた。その時、滞在中のホテルを訪ねて来た配達員から、差出人不明の書類を受け取ったのである。
配達員は小柄な若い娘だったが、プロファイラーならではの観察眼で摩訶不思議な雰囲気を察知した大佐は、ひそかに「メッセンジャー」と名付けた。
驚いたことに、書類はプライムが新人類の存在を予想した生データだった。
あの配達員は只者ではない。入手経路は不明だが、このデータは本物に違いない!
メトカーフは己の直感を信じた。
しかし、データをヒントにしたメトカーフが、「新人類レポート」を捏造するよう当時のCIA極東支局長フーバーに提案して、日本政府とシティ自治政府の追及の手を緩めさせたのは、単に行きがかりの出来事に過ぎない。(*)
信憑性を立証できないデータを、上層部に報告するつもりはなかった。メトカーフとしてはデマを飛ばした訳でもなく、裏付け調査に必要な情報を炙り出すため、また、データの一部をリークして世間の反応を観察するのが目的だった。
その後、時間をかけて綿密な調査を行ない、新人類の存在を示唆するいくつかの事実が、過去の歴史に埋もれているのを発見する。
その一つが盗まれた肖像画だった。
数日前。
ヨガ教室から帰宅したメトカーフは昼食を済ませると、早速、受け取った書類をじっくり読みこんだ。書類はラテン語の古文書のコピーだった。自分がラテン語に詳しいことまで知っているのかと、メッセンジャーにまたしても意表を突かれた思いだった。
今回も新人類に関わる情報に違いないと推察したが、古文書のコピーは抜粋の寄せ集めらしく、時系列が繋がりに欠け全体像が見えない。
メッセンジャーは何故、継ぎ接ぎだらけの情報を寄越したのか?
メトカーフは意図を計りかねたが、とりあえず手書きのメモに要点を書き留めることにした。
とりわけ目を惹いたのは、現代語に訳すと「アポカリプス」と「アクロポリス」そして頻繁に出て来る「オパル」という単語だった。
日本で起きたアポカリプスと、汚染地帯の盛り土の丘に建築されたドーム都市を指すとしたら、これは預言書としか思えない・・・とすると、オパルもまた実在したはずだが、場所と年代を特定する手掛かりが見当たらない・・・
と、古文書の最後のフレーズに、メトカーフの目は釘付けになった。
「黒い矢は砂漠を飛び越え、大海原を横切る。アクロポリスは黒焦げの手毬と化す」
「黒い矢」が何を意味するか、ペンタゴンに知らぬ者はいない。耐レーザー装甲を施したステルス大陸間弾道ミサイルのニックネームだ。
メトカーフは、不吉な表現に戦慄を覚えた。
まさか、シティへの核攻撃を予言しているのか?
最後のページには、ずらりと自筆の署名が並んでいた。
どうやらこの書を読んだ者たちが署名を残したらしい、と大佐は推測したが、一人だけ赤いアンダーラインが手書きで引かれているのが気になった。
「ロベルトプロスペロと読めるが、この男は何者だ?」
とつおいつ考えこみながらじっくり読み進んで、メモに要点を書き終えると、指示された通りシュレッダーで処分した。
その直後、メトカーフは軽い眩暈と覚えた。微かな異臭に気づいた時にはすでに遅かった。強力なアナログ・シュレッダーは、厚さ一センチの束も瞬時に裁断する。
書類は微塵となり、避ける間もなく即効性の薬物を吸いこんでしまったのだ。
しまった、書類は罠か!?
メトカーフは反射的に救急センターを呼び出しかけたが、すんでのところで思いとどまった。
救急医療班を呼べば、監視しているCIAが介入するのは目に見えている。諜報機関は、捜査機関と異なり国内法を遵守しない。手書きのメモまで調べられてしまうだろう。
本能的な警戒心が先に働いた。
朦朧としながらも、持ち前の冷静な判断力を取り戻したメトカーフは、パニック衝動に打ち勝った。直感が閃いたのである。
メッセンジャーには何か意図がある。害をなす気はないはずだ!
襲って来る睡魔を堪えて、ソファにたどり着いて横になった。
ならば、いっそのこと成り行きに任せてみるか?
生来の好奇心も手伝い覚悟を決めたメトカーフは、そのまま深い眠りに陥った。
その後、驚くほど鮮明で奇妙な夢を見たのである・・・
先々代の王の娘で、先代の王の妹ニムエがオパル王家を継いでからと言うもの、宰相のロベルト・プロスペロは新女王の指南役として、また外交の大黒柱として多忙な毎日を送っていた。
そんなある日のこと、何やら困惑した様子の衛兵が、宰相の部屋までやって来た。
「宰相さま、村長が直々にお目にかかりたいと王宮に来ております」
「用件は何と申しておるのかな?」
「それが、幼い女子を連れております。ですが、事情を尋ねても、宰相さまにしかお話できない、と言い張って埒が明きませんぬ」
「よかろう。この部屋へ・・・いや、わしが直接出向くとしよう。庭園の東屋に案内してくれぬか?」
衛兵が立ち去ると、プロスペロはしばし執務室で腕組みをして物思いに耽った。預言書のとある一節が頭に蘇ったのである。
"光の申し子が民に手を引かれて、花咲き乱れる庭園を横切る時、王家は新たな世継ぎを迎え入れる"
預言書の内容は曖昧でしばしば難解だったが、過去の経験から決して見過ごしにはできぬ、とプロスペロは考えたのだが、思いもよらなかった現実に直面して、度肝を抜かれる。
プロスペロの視線は、村長が連れている幼い娘の顔に釘付けになった。驚愕のあまり、村長の言葉もろくに耳に入らなかった。
なんと・・・生き延びていた者がいたのか!
「・・・この娘の母親が誰なのか、わたくしどももついにわかりませんでした。森の中で村人が見つけたのでごぜえます。何でも、大木の洞の中から光の輝きが見えたと。覗いてみたら布に包まれた赤子が眠っていたと申しております。にわかには信じ難い話でしたが、孤児を見捨てるのは忍びなく、私どもが育てておったのですが・・・」
朴訥な村長はひと息入れて話を続けた。心ここにあらずの宰相の姿にも、格段の反応は見せずに淡々としている。事なかれ主義の庶民ならではの習い性とも言えるが、賢い村長はプロスペロが動揺した訳を理解していた。
「・・・だども、この子が成長するにつれ、良からぬ噂が広がったのでごぜえます。魔女だと申す者までちらほら現れまして、ただでさえ孤児の身、あまりに不憫で・・・ここはニムエ様のお慈悲にすがり、この娘を引き取って下さる養い親を見つけて頂きたいと、こうしてまかり出た次第でごぜえます」
宰相の目を見つめながら、たどたどしく敬語を並べて訴えた。けれども、二人してとっくに事の真相を察知していた。
この子は、亡きサウロン国王に襲われた村の女が、どうにか生き延びて産み落とした娘に違いない!
まなじりをきりっと引き締めた黒髪の少女の目は、見紛うことなくサウロンに生き写しだったのである。
「うむ、あいわかった。女王様に申し伝えるとしよう。この娘は天の計らいでこの世に生を受けたに違いあるまい・・・これ、娘よ、名は何と言う?」
気を取り直したプロスペロは、片膝をついて娘と目線を合わせた。
見れば見るほどサウロン様を彷彿とさせる!歳はアルビオラ姫と同じぐらいか?
「マヤ。三歳だよ」
娘ははにかみもせず、深く青い瞳を見張って宰相を見返した。
この子は人の心を見抜けるようだ・・・
プロスペロは娘の眼差しにいたく心を惹きつけられた。
「マヤか。美しい名前だね。私はロベルトプロスペロ。この城の女王さまの家来だよ。どうだろう、ここで暮らしてみたいとは思わぬか?」
「うん、いいよ、おじさん!」
娘はきっぱり答えた。
「これこれ、マヤ、おじさんではない!この方は偉い宰相さまなんだよ」
村長が娘をたしなめると、プロスペロは「ワハハッ」と笑って鷹揚に言った。
「いやいや、おじさんで結構。女王様と公爵様もさぞ喜ばれることだろう」
「では、宰相さま、マヤをお任せしてよろしいので?」
「もちろんだ、村長よ。これまで面倒を見てくれて感謝しておるぞ。追ってニムエ様から褒美を届けよう・・・」
娘の耳に入らないよう声を潜めて付け加えた。
「・・・村長よ、お主の胸に秘めておくべきことはわかっておるな?」
「はい、承知しております、宰相さま」
村長はささやき返して、深く頭を垂れた。
亡きサウロンの暗い過去は村々では公然の秘密に違いない、とプロスペロもまた鋭く察した。だが、娘と前国王を繋げるような噂の根は断ち切っておかねばならなかった。
「うむ、では、衛兵を寄越すまで別れを惜しむが良い。ご苦労であった」
宰相はうなずいて立ち上がると、マヤに向かって優しく微笑みかけた。
マヤはにこりともせず、一心にプロスペロを見つめていた・・・
*「デザート・イーグル ~砂漠の鷲~」第10話「CIA長官」




