特殊部隊 Commando Unit
軍仕様の重装防護服には森林迷彩が施され、凝固して標的の到着を待つ特殊部隊の兵士の姿は新緑の中に紛れていた。
一人は地面に伏せロングライフルを構え、照準器越しに樹々に囲まれた空き地を虎視眈々と見つめていた。全面マスクから覗く三名の鋭い目には緊張感が漂っていたが、今回の標的にはさほど警戒心は抱いていなかった。
警告音は切ってある。しかし、ホログラスの端に表示される放射線量は、退避レベルの毎時0.3 μSvを大幅に超えていた。大量の環境放射能が原因で、ランダムに崩壊する放射性物質の空間線量は、絶え間なく上下に10 μSv単位で変動する。
放射線は同位体元素が崩壊する度に放出されるが、そのタイミングは一定しない。人間の常識とかけ離れた放射能の特性の一つだ。
「最大値315だ」
チームリーダーのささやきに、マイクロフォン越しに仲間が応答した。
「地表は凄まじいな!昔の全面マスクなら酸素ボンベが必要なレベルだ。早く装甲車に戻りたいもんだ」
こういう時は退屈だがドライバー役がうらやましい、と腹ばいになった狙撃手がぼやくと、右側で中腰になって電磁波銃を抱えた兵士が言った。呼吸による内部被爆は防御服やマスクで防止できるが、γ線の外部被爆は防ぎきれない。
「防護服の内側でも100を超えっぱなしだ。笑える。早く標的が現れないと、今年の被爆許容量の割り当てがなくなっちまう」
「だから、原発事故の収束作業員は線量計をオフにするんだ。仕事が出来なくなるからな」
「まったく因果な世の中だぜ。放射能は人間の手に負えないってのに、今じゃ紛争地にもSMR(*)を建てる始末だ。おまけに、戦場にまでマイクロ原子炉を持ちこみやがって!」
ワシントンとウォール街の金の亡者どもめが!連中は、兵士や作業員や現地人の健康など眼中にないんだ。安全な場所でぬくぬくしながら戦争ビジネスを扇動する連中こそ、過酷な戦場でくたばればいいんだ・・・
身をもって現場を体験してきた三人は、一様に苦い思いを押し殺した。
今日の任務は、なぜ自分たちが選ばれたのか不思議なほど難度が低く、特殊部隊員の関心はもっぱら標的より放射線の外部被曝に向いていたのである。
ガイガーカウンターのお馴染みのジリ、ジリと言う耳障りな反応音も、音量をオンにすればジーと連続して途切れなく聞こえるに違いない・・・
チームリーダーは想像を巡らせる。
この地には、世界の核汚染地のどこよりも広範に放射能が蓄積している。
目に見えず体感もできない攻撃を絶え間なく受けている・・・
その認識が頭から離れない。ここから数十キロ北に延びる山麓沿いには、世界最悪の放射能汚染地帯が広がる。
ゾッとする・・・
と、その時、ヘルメットのイヤフォンに探知音が響いた。
「赤外線を探知。エアバイクだ。来るぞ!」
チームリーダーの声に、二人の兵士はうなずいた。気持ちを切り替えてターゲットに意識を集中する。
着地と同時に電磁パルス銃で攻撃、バイクの全機能を麻痺させ、標的を麻酔銃で仕留めたら装甲車に運び入れる。バイクはホイーラーに積んで撤収する。手筈はすべて整っていた。
ところが、姿を見せたエアバイクはどうしたことか減速しなかった。平然と空き地の上空を通り過ぎて行く。
「通過するゾ!気づかれたか?」
「撃ち落とせ!」
リーダーが咄嗟に命じた。
電磁パルス銃を構えた兵士が、命令とほぼ同時にスパークボタンを引き絞った。
不可視の電磁パルスに襲われたバイクは、ガクンと揺れて左に傾いたが、辛うじてバランスを保って森の中に姿を消した。
三人は立ち上がって森の中に駆けこみ、赤外線捜索で標的の位置を探り出した。
「アルファよりデルタ、バイクを撃墜した。空き地の西北西、距離80ヤード。装甲車を回せ!」
森を縫って走りながら、チームリーダーが指示を出した。
着地点に近づくと速度を落として忍び足で接近、森の中から様子を窺がった。
標的はかがみこんで動かなくなったエアバイクを調べている。うまい具合に背を向けている。
リーダーは指を立てて合図を送った。
一、二、今だ!
慎重に狙いを定めた射手が、樹々の間からライフルを発射した。
標的の腰に吸いこまれるように麻酔ニードルが命中した。ハンドガンとは初速が違う。易々と防護服を貫いた。瞬間、ぴくッと身体を震わせた標的は、崩れるように地面にうずくまった。
「よし、二人で行く。お前は援護に回れ」
リーダーは冷静に指示した。油断している訳ではないが、予想した通り簡単な標的なのは間違いなかった。電磁パルス銃の兵士が先に立ち標的に接近した。麻酔ライフルを持った兵士は、距離をおいて後を追いながら頭を捻っていた。木陰に立つと姿勢が安定せず照準器は使い辛い。代わりに照準モニターを使ったが、標的の身体が薄ぼんやりと光って映ったのである。
放射線の影響でモニターが誤作動したか?ここならあり得る・・・
二人がかりでぐったりした標的を立たせて、武器を所持してないと確認した。左右から肩を支え向きを変えて森の中を取って返した。ここまでの作戦行動は、熟練のプロフェッショナルらしく無駄がなく手際が良い。
春の強風が鬱蒼とした森を揺すぶり、辺り一帯に轟轟とした騒めきが響いている。匠は半睡状態で夢うつつだった。
二人組に森の中を引き摺られている・・・そうだ!サウロンの狩猟小屋で意識を失ったんだった。ブラックロータスだ!あの音は・・・エメラルドフォールズだ! (**) このまま滝に放りこまれてたまるか!右手に何かが触れた。掴んで引きちぎれッ・・・
意識が千年前の出来事の記憶と混濁する。咄嗟に右手に触れた記章を握って、渾身の力で引っ張っていた。
頑丈な防護服が肩の辺りでピッと音を立てて裂けた。
「な、何だッ!」
匠の右肩を支えていた隊員は仰天して立ち止まった。次の瞬間、匠は目を見開いて地面を踏みしめるなり、二人の兵士の首に回した腕を一気に引き絞った。二人の頭部が激しくぶつかり合った瞬間、バキッと鈍い音を立てて全面マスクに白くヒビが入る。衝突の反動で二人は左右にのけぞって、なすすべもなく地面に力なく転倒した。
匠は自力で立っていたが、足元がふらついて頭が朦朧としている。自分がどこにいるのか、何をしたのかわからない。
だ、誰だ、このふたりは?防護服?・・・ここは、オパルじゃないのかッ!?
「くそッ!」
後ろを歩いていた兵士は、あっという間の出来事に完全に不意を突かれたものの、素早く麻酔ライフルを構え直して、匠の腰を狙ってニードルを発射した。
「あうッ・・・」
匠はチクッとした痛みを感じて後ろを振り向いた。
ライフル?じゃあ、彼らは兵士か・・・
が、そのまま、ガクッと膝が崩れて意識を失い倒れ伏してしまう。
用心しいしい匠の身体をライフルで突いて、眠りこんでいるのを確認するや、狙撃手は手早く手足を拘束して装甲車を呼び出した。
「こちらガンマ。コードレッド!二人がやられた。だが標的は確保した。応援が必要だ」
「了解、浮上する。十秒で着く」
「少し離れて着地しろ!二人のマスクが壊れた。吸気被曝を抑えたい」
万が一の目撃者を避けるため、森の中を進んでいた装甲車は、底部ホバーを吹かして急上昇した。木の枝をへし折って森の上に出ると一気に加速した。
ライフルの兵士は倒れた仲間に駆け寄った。全面マスクがひび割れて変形しているが、ヘルメットに目立った損傷はない。しかし、二人は完全に気を失っていた。脳挫傷の恐れもあるため、むやみに動かすのは危険だった。
だが、フェイスマスクだけでは、内部被曝は防ぎ切れない・・・
木の枝を委細構わずへし折りながら、装甲車は土ぼこりを巻き上げて十メートルほど離れた場所に降下した。
四人目の兵士が駆けつけ、二人は手短に対応を相談した。
「飛行となるとバイクは運べないな。だが、ここに放置すれば、電磁パルスを使ったとバレる」
「燃やして事故に見せかける!時限発火装置を仕掛けて離れよう。衛星に煙を探知されてもそれまでに距離をおけば疑われずにすむ」
「よし、それで行こう!先に二人を運ぶぞ、内部被曝が心配だ」
両肩と両脚を抱えてチームリーダーを持ち上げ、二人は装甲車へ向かった。続いて二人目を車内に助け入れ、標的を運びに戻った二人は思いがけない光景に目を疑った。
「いないぞ、逃げられた!!」
先ほどまで意識不明で転がっていた標的が姿を消していた。
「あり得ない!完全に眠りこけていた!しかも、手足を拘束したってのに、どうやって逃げたッ!?」
あわててレーザー銃を抜いた二人は辺りを見回した。
何者かが助け出したはずだ。だが、わずか十メートルの距離で、何の気配もなくそんな芸当ができるのか?
「赤外線捜索には何も引っかからない!どうなってんだッ!?」
「時間がない!ふたりを病院に運ぶのが先だ。発火装置を仕掛けたらすぐ離れよう」
緊迫したやり取りを交わした二人の顔は、マスクの下で蒼ざめ引き攣っていた。
「装甲車に自動録画装置がある。ひとまず撤退して、何が起きたか後で確認しよう!」
銃を構え身をかがめた二人は、背中合わせに周辺に目を配りながら素早く装甲車へと取って返した。
放射能と未知の敵。ここは危険過ぎる!
* 小型モジュール式原子炉
** 「青い月の王宮」第51話「帰らざる滝」




