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晴天の霹靂 Out Of The Blue

「バカなッ!大学生を取り逃がしたと言うのか?送りこんだのは特殊部隊だぞ!」

 ダレス補佐官が突然声を荒げたため、報告に来た参謀はすくみ上がった。

 シニカルなまでに冷静なダレスが、これほど怒気をはらんだ姿を見せたことはかつてない。

「いえ、取り逃がしたのでなく、拘束後に標的が消えたと報告がありました。その後、チームは内部被曝を避けるため撤退しました」

 年齢は五歳ほどしか離れていないが、ダレスは圧倒的な権威を滲ませている。

 冷や汗を額に滲ませた若手参謀は懸命に説明を試みた。


「そうか・・・だが、標的はずぶの素人だぞ、何が起きた?」

 文字通り「消えた」となると、収穫があったと考えるべきだ。

 ダレスは参謀の言葉に即座に反応した。的確な状況判断にかけては、国防総省でも抜きんでている。すぐに目的本位の対応に切り替えた。

「詳しくは不明ですが、抵抗されて二人が戦闘不能になりました。その際、全面マスクを損傷しています。その後、麻酔が効いて標的を拘束したものの、説明がつかない現象が起き、姿をくらましたそうです」

「なるほど・・・四人も特殊部隊員がいながら、丸腰の素人を取り押さえられなかったか。大学生の消息は掴めたか?」

 不意に落ち着きを取り戻したダレスの冷静な声に、参謀はほっとして言った。

「あいにく、雲がかかって衛星からは確認できませんが、シティに帰還したか目下確認中です」

「確認が取れ次第、報告を上げてくれ。ご苦労だった」

 参謀はうなずいて部屋を出た。

 しかし、たまに見るダレスの激しい感情の起伏はどうしたことか?

 あの補佐官はどこか人間離れしていると思う。今回も独断で部隊を送ったが、どうしてそんな権限を与えられているのか、どうにも不思議でならなかった。


 参謀の心中など意にも介さず、ダレスはひとしきり考えを巡らせた。

 やはり、オータキを送りこむべきだったか?とは言え、シティで取り逃がした同じ標的だけに、あの時プライムが選別したオータキの派遣には慎重にならざるを得なかった・・・


 今回はプライム絡みではない。つまり、少なくともあの大学生が只者ではないと判明しただけでも収穫だ、と気持ちを奮い立たせた。

 プライムに操られていたと悟って以来、ダレスの(はがね)のような自信に刃こぼれが生じていたのである。

 自らを叱咤激励しなければならないようでは、負け犬も同然だと心の内でささやく声が聞こえる。どうにも我慢がならず、つい我を忘れて鬱憤を参謀にぶつけた。ダレスの病的に肥大したプライドは、それほどいたく傷ついていたのである。


 我われは選ばれた存在なのだ!勝負はこれからだ!と気持ちを鼓舞した。まずは戦略を練り直さなければと考え、早速ホログラムで秘書を呼び出した。

「CIA長官につないでくれ。大至急、話があると伝えてほしい」



 数時間前。


 匠は予定を早めて、新学年最初のフィールドワークに出かけた。予定を前倒ししたのには、実は個人的な事情がある。

 オーブを起動する訓練を繰り返し、フェロモン現象は抑制できたにもかかわらず、匠を執拗に悩ませたのは遠藤美紀子だった。土曜日に教養学部キャンパスに顔を出すと、決まって鉢合わせしてバツの悪い思いをする羽目になる。

 なぜか、美紀子には平静な気持ちで対処できない・・・

 ナラニに見せられた過去生が原因らしい、と匠は理解していた。

 フェロモン効果はとっくに消えていそうなものなのに、あの日以来、美紀子は虎視眈々と匠をつけ狙っていた。学園のスターで欲しいものは何でも手に入れてきたが、それが理由ではない。

 と言うのも、美紀子にはとりたてて匠に執着するほどの想いはなかったからだ。


「わたしって強くてワルい男に惹かれるのに、ナイスガイだけど大人しい匠先輩に、何だって言い寄ったりしたんだろう?」

 あの日、衆人環視の中で匠に迫った時は、自分でもどうかしていたと美紀子は思ったし、先輩をちょっとからかっただけよ、と周囲に言い訳して、それで一件落着のはずだった。

 事実、美紀子を恐れて、誰一人としてあの出来事をあげつらう者もいなかった。

 しかし、美紀子は内心では激しく憤って、匠を逆恨みしていたのである。

「醜態をさらして大恥かいたわ!よくも、わたしのプライドをズタズタにしてくれたわね!」

 その上、匠はモデルのナラニに連れられて、さっさと立ち去ってしまったからなおさらだった。

「わたしはなんなの、桐嶋ナラニの引き立て役?」

 常日頃、周囲からチヤホヤされていたのに、有名モデルのオーラに皆の目は釘付けになり、大学入学以来の屈辱を味わったのである。


 チアリーディングはれっきとしたスポーツで、シティ国際大学のスクワッドは、全国でも上位十位内にランクされるほどレベルが高い。学業や人望でも評価されなければ一軍には入れない。

 スクワッドのトップに立つ美紀子は、当然ながら人一倍自負心も強い。今回もひとまずプライドが勝った。

 あんなことで根に持つほど、わたしは小物じゃない、一時の気の迷いよッ!

 最初はそう考えて、自分でも納得していたのである。


 ところがその後、奇妙なほどリアルな夢を見るようになったのである。

 その度にひどく動揺して目が覚めて跳び起きると、身体は汗まみれで、アンダーパンティーズは体液で濡れている。それぐらい淫らな夢を立て続けに見る。

 その相手はなんと匠先輩・・・いったい何なのッ?あいつに迫った時、わたしに何かしたの?揮発性の薬物?それとも何かの催眠?


 こうして、邪推と思いこみの深みにズルズルとはまってしまったのだが、他にも匠に執着する理由があった。 

 美紀子は父親が立ち上げた企業で、脳内イメージのヴァーチャル・リアリティ映像化技術開発チームの助手を務めている。そこで、試作品を持ち帰り、実験がてら奇妙な明晰夢をVR化しようと思いついたのである。

 自らを実験台にした夢のVR化は、部分的な映像しか得られなかったのだが、映像を検証した美紀子は唖然として固まった。

 明晰夢の映像に現れた室内の装飾や小物、部屋の造りが、古代ギリシャの物に酷似していたのである。


「まさか、過去生?そんな非科学的なものは信じないッ!・・・でも、もし輪廻転生が本当にあるとしたら?・・・わたしはあの男に弄ばれて捨てられたのかも・・・だったら許さない!先輩を誘惑してモノにしたら、頭の中をじっくり調べてやるからッ!」

 こうして、あらぬ想像が止め処なく心に湧き上がった。

 今や、濃密な闇のようにエロティックでダークな衝動が、美紀子の生命(いのち)を燃え立たせて突き動かしていた。



 強風と曇天の空模様に、匠は前回のフィールドトリップを思い出した。

 高濃度汚染地帯まで初めて足を伸ばし、そこでビビに遭遇したっけ・・・(*)

 あの日からまだ一か月半ほどしか経っていないとは信じられなかった。

 そして、ついに過去生の愛娘と再会を果たした・・・

 匠はエアバイクの上で優しい笑みを浮かべた。

 一昨日のことだ。

 キャットがアロンダと共に家にやって来たのだ。キャットは匠の姿を目にすると、一目散に駆け寄って抱きついて胸に顔をうずめた。

「父上!父上~・・・」

 後は言葉にならなかった。

 青い瞳から喜びの涙が止めどなく溢れて、匠のシャツを濡らした。

 匠もまた中世の愛娘アルビオラことビビをしっかり抱きしめ、髪を撫でながら、意識がアトレイア公爵に戻ったその目にも涙が滲んだ。

 二人とも千年の時が経ったとは微塵も意識しなかった。一瞬で、仲睦まじかった親子に戻っていた・・・


 掛け値なしに感動的で満ち足りた夜だったのだが、気になる出来事もあった。

 初めて対面したアロンダと貴美は抱き合った瞬間、二人してハッと息を呑んでじっと互いの目を見つめ合ったのだ。

 ほんの数秒だったが、あれは接触型テレパシーじゃないだろうか?二人は僕に隠して、何を話していたのだろう?二人の間にどこかよそよそしい空気が漂って、様子がおかしかった。逆にキャットと貴美はすぐに打ち解け合っていた・・・


 先日、ナラニを大学まで送った時に交わした会話も匠を悩ませていた。

 メディアを避けて裏門の近くでスクーターを止めると、ドーム越しのうららかな陽射しを愛でるように空を見上げたナラニは、匠にこう語りかけた。

「あなたにコンタクトした人物は、途方もないオーブを秘めているわ。だから、本当なら数年かかる覚醒のプロセスが、わずか三日足らずで一気に進んだの。でも、私が心配なのは、あなたでなく貴美なの」

 匠はうなずいた。

 ハワイから戻った貴美は溌剌と元気を回復していたが、どこか以前とは感じが違っている。

 タリスは貴美も冬眠させた(**)。影響が出ないはずはない、と思う。冗談で抱きついた時、男と女の関係、と貴美が口にしたのが気になっていた。

「そうだね。たとえ冗談でも、カミがあんなことを言うはずがない!」

「タク、貴美はもう第二世代じゃないの。それはわかっているでしょう?」

 そう、姉はアロンダとキャットと同じ第三世代だ。しかも、伽耶でさえ計りかねる程の能力を秘めているらしい・・・


 考え事に気を取られていた匠は、エアバイクがいきなり失速して大きく傾いたため、すんでのところで空中に放り出されそうになった。

 研究所のエアバイクは汚染地帯仕様のため、市街地仕様の汎用バイクとは異なる。反転しても側面が地面に接触しない高さ、通常は二メートル程度に設定される高度リミッターがないのだ。

 森のすぐ上を飛行していたため高度は十メートルそこそこだったが、墜落死するには十分な高さだった。

 防護服を着ているので、違法と承知で窮屈なシートベルトは外し、総身型エアバッグも背負っていなかったが、覚醒後に異様に高まった反射神経が役立った。

 咄嗟にバランスを保ってバイクを滑空させ、小さく旋回して樹々をすり抜けて、辛うじてバイクを着地させた。


「ひえ~、危なかった!」

 匠は肝を冷やした。

 見ると計器類はすべて機能を停止して、ホバーもまったく反応しない。

 バッテリーは十分残っているのに、電気系統や機器が一瞬で死ぬなんて・・・ひとつ安心なのは、今はオーブを使えるから放射能を気にしなくて済むってことだ。今日は晴天じゃないが、晴天の霹靂だ!

 汚染地帯で立ち往生か・・・

 その認識は、匠の心胆を寒からしめた。



* 「青い月の王宮」第18話「黄金の少女 パート1」

* *「青い月の王宮」第56話「目覚めの時」


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