表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/118

バタフライ・イフェクト Butterfly Effect

 アメリカ政府の国務長官パール・フォックスは、傍目にもピリピリしていた。

 リチャード・ローズ・ジュニア政権で、二十二世紀では女性初の国務長官に就任して約一年半、ここまで概ね無難に政府の重鎮の役割を果たして来た。

 ところが、日本のマグレブで謎めいた「ミュータント忍者」が拘束された事件をきっかけに、大国中国との間に不穏な空気が漂い始めたのである。

 二週間後、今度は事もあろうに、北米欧州連合軍の最高機密である機動歩兵が、日本で虎部隊拠点を蹂躙したと情報が流れた。その日のうちに、虎部隊の報復と見られる三件のロケット砲攻撃で、CIAの車両二台も焼失している。


 中国のミュータント部隊に、アメリカ陸軍所属の機動歩兵とCIAが絡んだため、事態は通常の外交問題の枠を超えて、米中軍事対立に発展しかねない危うさをはらんで、フォックスは就任以来最大の試練に直面していた。


 ローズ大統領との会合を終えたフォックスは、憤懣やるかたない様子でホワイトハウスを後にした。

 同席したCIA長官フーバーも軍参謀本部補佐官ダレスも、大統領やフォックスがいくら説明を求めても、事件は調査中で詳細は不明の一点ばりで、結局、今後の対応については棚上げとなって、有効な具体策を協議するに至らなかったのだ。


「フーバーもダレスも、いったい何を考えているの?のらりくらりと、質問をはぐらかして!」

 靴音を響かせながら、同行したメリンダ・ダグラス補佐官に苛立ちをぶつけた。

「だいたい、なぜ国防長官が来ないの!?ダレスのあの偉そうな態度ときたら!いったい何様なのッ!」

「補佐官は、副大統領にも一目置かれていますから・・・」

 ダグラス補佐官は激高したフォックスに辟易して言葉少なに答えた。

 合衆国政府省庁の長のトップに立つ国務長官に登用されたフォックスは、ともすれば自意識過剰になり勝ちだった。


 無理もないわ、所詮この世は男中心で回っているもの・・・

 同じ女性としてメリンダはあきらめにも似た心境にもなる。だが、部下としては、感情に走る上司には、率直な意見が出し辛いのも事実だった。

 メリンダの目に映ったダレスは終始冷静で、慇懃無礼な態度はこれっぽちもなかったから、多分にフォックスの過剰反応だと思う。

 もっとも、メリンダは不思議な事に気づいていた。フーバーとダレスの説明は瓜二つで、ほとんど食い違う点がなかったのである。

 まったく同じ情報を受けても、人それぞれに受け取り方が違うし、伝達するとなると表現も異なって当然。伝言ゲームをやればよくわかるわ。それが重なればニュアンスばかりか内容まで食い違う情報が広がる・・・


 不自然過ぎる。あの二人は口裏を合わせているのでは?

 メリンダは密かな疑いを抱いたのである。


 リチャード・ローズ三世、通称ジュニアは、家系三代目の合衆国大統領に当たる。先々代のリチャード・ローズ一世が、鉱山利権で築いた莫大な財産を受け継いで、三代続けて国のトップにのし上がった。

 典型的な自惚れ屋でコンプレックスが強いわ。自己顕示欲で力押しするタイプだから、他人の内面には疎いし、戦略的な思考とは縁遠いもの・・・大統領はフーバーとダレスの言葉を真に受けて任せっきりにするに決まっている。でも、成果は独り占めするわ。よくいる虚栄心ばかり強い無能なブラック上司そのものね。


 メリンダはゲンナリしていた。


 大統領にも国務長官にも隠れて、あの二人は何か企んでいるみたい。でも、パールにそう告げるだけの確証がない・・・

 つい弱気になって、意見を言いそびれてしまう。

 就任後初めて、外交と国防に関わる難題に立ち向かう国務長官をどう支えるか、補佐官として自分の能力も問われる。

 メリンダもまた男社会の有形無形の圧力と戦って来たため、ミスをするまいと消極的になるのは無理からぬ事だった。

 功を焦って対応を誤り、長官とも共「これだから女は」と言われたくない・・・



 一方、日本政府はメディア対応に追われていた。

 化学工場の爆発は事故として処理する方針がすでに決まっている。首都圏に虎部隊のアジトがあった、と国民に知られた日には、政権には大きなダメージとなる。

 幸い地下で起きた爆発で、虎部隊も地下トンネルで脱出したため目撃者もおらず、簡単に隠蔽できると計算していた。

 だが、その二時間後に起きた三台の車両の焼失は、事故では説明がつかない。

 国道を走っていた一般車両のカメラに、発射されたロケット弾の姿が鮮明に写っていたのである。

 映像は瞬く間にネットに拡散した。追従した各メディアも大きく取り上げたため、プラウドと他の非合法組織の抗争事件と偽って公表するには、プラウドも含め各関係部署と組織に十分な根回しと資金が必要だった。


 いつの時代も、事態に迅速かつ適切に対処するより、世論を誘導する方が遥かに簡単だ。

 しかし、安易な道を選ぶ(たび)に、政権上層部の無能ぶりにも拍車がかかる。口先で誤魔化しても通るとなれば、抜本的な対策はなおざりにされる。

 伝統的に「お上」意識の強いまとめ役の政治リーダーと、優秀だが従順で事なかれ主義の国民、というこの国の構造的な弱点は、今もなお頑なに守られていた・・・


 日本政府の隠蔽工作と同様、合衆国国務長官の首席補佐官の躊躇いと先延ばしは、事を荒立てまいとする保身がもたらしたあり勝ちな決断だった。

 けれども、この一見些細な先延ばしの決断が、後々、究極の決断に大統領を追いやろうとは、当のメリンダは知る由もなかったのである。


 バタフライ・イフェクトと予測不可能性。


 後世のカオス歴史学の専門家は、政府高官の政治的決断が絡み合う国防政策という複雑系で、ダグラス補佐官の様子見という判断が、重要な初期値の一つになったと分析することだろう。そして、この日、国務長官がフーバーとダレスの共謀に気づいて、二人に釘を刺していたなら、その後の深刻な事態の悪化を避けられたと結論付けるかも知れない。

 それぐらいこの時期のダレスは、人間離れした的確な意思決定を基に、驚くほど迅速に動いたのである。


 しかし、迅速に動いたのはダレスだけではなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ