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くノ一、里へ跳ぶ Ninjya Leaps Back Home

 メガロポリス中央駅は、帰宅ラッシュ前から人でごった返していた。昨日、国道136号で起きた三台の車の爆発は、今日になってテロとの見方が一部報道で流れた。犯人と見られる二人組は逃走中とあって、警戒して早めに帰宅する人々が駅構内に溢れている。

 警備ロボットに加えて、急遽派遣された制服警官も、怪しい者は誰彼なく誰何しようと目を光らせていた。


 メガロポリス特有の慣習で、大きな事件が起きる度に昔ながらの紙の号外が駅構内で配られていた。各国言語で印刷されるのだが、部数が少なく希少価値があることから、今では情報紙というよりコレクターアイテムと化している。


 駅の壁にもたれて号外を読んでいたラガマフィンのチンピラは目を剥いた。

 自慢げに捧げ持って吟味していた号外に、いきなり穴が開いて白魚のような指が目の前に突き出ているではないか!

 あっけに取られて固まったチンピラをよそに、大事件の記念すべき号外、しかも特例の見開き二面、未来の超レア物に見るも無残な大穴が広がって、白い顔が覗いた。

「おっさん、元気か~?」

と、声をかけた少女はスタスタと歩き去った。

 チンピラは「なにさらす!」と怒鳴り声を上げかけたが、すんでのところで思い止まった。何しろ、そこら中に警察の目が光っている。


「許さへんで~、あのガキゃ~!また、わいにちょっかい出しくさってからに!だいたい、おっさんて何やねんッ!わいはまだ二十四やで~」 (*)

 怒髪天を突いたラガマフィンは、目を血走らせて早足で少女の後を追った。フードを目深に被った少女は、知ってか知らずか平然と人混みを縫って、国際空港線へ向かって向かった。身長も155cmと小柄で、スルスルと器用に雑踏をすり抜けて行く。小太りのチンピラは、苦労して人をかき分けるように進んだ。


 空港線に向かう通路まで来ると人混みも解消され、少女の姿を捉えたラガマフィンは一気に距離を詰めた。

 見とれよ~、今度こそとっちめたるで~!

 ラガマフィンの意気ごみは尋常ではなかった。

 前回は痴漢扱いされて逃げ出す羽目になり、尾行していた外国人の女を逃して、プラウドから大目玉を食ったのである 

 

 と、少女が唐突に後ろを振り向き、チンピラの姿に気づいた。いきなり駆け出そうとして、勢い余って二人のビジネスマンの背中にドンとぶつかった。


「キャッ!」

 声を発した少女は二人にしがみついた。海外大手企業のロゴが入ったライトブラウンのスーツ姿の二人の若者は、振り向きざま咄嗟に少女の身体を支えた。

「ごめんなさい!前、見てなかった。変な奴がついて来るもんだから・・・」

 少女はキリっとつり上がった二重瞼の目に、怯えの色を浮かべている。あごヒゲを蓄えた若者がラガマフィンの姿を見やって尋ねた。


「あの男かい?」

 若干訛があるが流暢な日本語だった。

「そう、しつこいの。あいつ、痴漢なのッ!」

 少女は二人の背後に隠れるようにして言った。

 痴漢と聞いて二人の東洋人ビジネスマンは険しい顔に変わり、近づいて来るラガマフィンを鋭く睨みつけた。同じ東洋人として、日本人少女の古風な顔立ちに親近感を覚え、無意識に保護本能をくすぐられたのである。


 チンピラはピタッと立ち止まった。

 通路の出口に二人の警官が立っているのが目に入ったが、あいにく顔見知りの地元警官ではない。ここでまた痴漢呼ばわりされた日には逃げ切れそうにない。時間を持て余した外様(とざま)の警官に捕まれば、根掘り葉掘り取り調べられるに決まっている。

「あの、くそガキゃ~、またわいをはめる気やな~!・・・あかん、ここは逃げるが勝ちや!」

 焦ったチンピラはクルっと背中を向け、あわてて人混みの方へ戻って行った。


「助かりました。ありがとうございます!」

 チンピラが逃げ去ると、少女はしおらしく一礼してニコっと笑った。

 二人の若者も笑顔を返すと「気をつけて!」と口々に少女に声をかけて通路を歩き去った。


  少女は通路を駅へとって返しながら、チラッと後方を振り向いた。

 自走型スーツケースを従えた二人組の一人は、ヒビが入って腫れた顎を付け髭で隠し、もう一人も折れた肘をスーツの下の固定具で支えているが、動く歩道も使わず平然と歩いて行く。

 虎部隊のミュータントは、ミッションの前に痛覚を遮断する処置を受ける。損傷した細胞も一般人に比べ数倍早く修復されるため、例え片腕を骨折してもロケットランチャーぐらいなら十分扱えるのである。

 あの二人、虎部隊特有の仮面のような表情ではなかった。薬の効果が切れたのね・・・

 それにしても、聞きしに勝る克己心ね、と少女はある種の感銘を覚えた。

 傷はまだ治っていないはずなのに、二人は私がぶつかっても顔色ひとつ変えなかった・・・

 

 軽く握っていた両手を広げ、指先に貼った透明のアタッチメントで回収した二本のヘアー型トレーサーを確認した。今日の昼過ぎ、メガロポリスの駐車場で二人組を返り討ちにしたキャットが、髪の毛の間に仕こんだアイテムである。

 カヤ・コープのラボが独自に開発したトレーサーは、電波探知機を当てると自動的に送信を停止する。そのため、虎部隊チームは気絶した二人組をエアバンで調べたが、このトレーサーは探知できなかった。その後、エアバンが地下に入って信号が途切れたが、虎部隊がアジトから脱出した後、再び信号は傍受可能なっていた。伽耶は二人を追って、ここまで追いすがったのである。


 駅構内の用具室まで来ると、人目を避けてするりとドアを抜けて中に入った。その直後、伽耶の身体はオーブに包まれて瞬時に消えた。



 忍者の里。集落の西のはずれに、こじんまりした二階建ての木造家屋が森に囲まれてぽつんと立っている。

 国道のサービス・エリアでシンを降ろした後、ミニパトにカメレオン迷彩をかけた伽耶は、国道を逸れて山林に入った。忍者の里に着くと、車体塗装の反射光を変えて警告灯も収納した。ナンバープレートも一般車両ナンバーに替え、ミニパトから黒塗りの小型エア・カーに変身した車は、一階のカーロッジに収まっている。

 その後、虎部隊の二人を追って、メガロポリス駅へテレポートしたのだった。


 テレポーテーションで駅から舞い戻った伽耶は、さっそく二階のデスクに向かい回収したトレーサーを分析にかかった。

 移動経路をチェックしながら、録音された二人の音声に聞き入っていたが、しばらくして独り()ちた。

「あの二人、虎部隊に潜入したCIA工作員だったのね!でも、変ね、彼らのハンドラーが二人いる・・・」

 国道沿いの山林に潜んでロケット攻撃の命令を再確認した際に、エージェントが「補佐官」と中国語で呼びかけていた。緊迫した状況でうっかり口を滑らせたらしい。

「このハンドラーはCIAじゃない!たぶん国防総省の人間ね」

 機動歩兵は米軍と北米連邦所属だ。すると、アジト襲撃を命じたのはCIAではないわ。この二人は二重スパイではなく、三重スパイだったのね!でも、機動歩兵がキャットをシンに委ねたのは、偶発的な出来事だったはず。それなのに、このハンドラーは即断でキャット抹殺を命じた・・・


 腑に落ちないと伽耶は頭を傾げた。

「中国側に渡さないため?キャットの後を追った二台も攻撃したけれど、乗っていたのは何者なの?」

 いずれにしても同盟国で燃焼爆弾の発射命令を下せる実力者で、冷徹で頭が切れて意思決定が早い。黒幕のプロファイルにぴったり当てはまる。

 伽耶はカヤ・コープが収集した合衆国政府のデータベースを丹念に調べ始めた。


 三重スパイを虎部隊所属のスパイ兼CIA所属の二重スパイに仕立て上げたからには、中国現地にもコネがある事情通で顔が効くはずだった。

 国防総省の現役補佐官には、中国留学や滞在歴のある者は少なからずいたが、あの中東の地下要塞攻撃にゴーサインを出せた者は一人しかいない。

 攻撃の二日前、作戦の指揮を執った空母ローズに、専用ジェットの着艦記録が残っていたのである。(**)


 統合参謀本部副議長の補佐官エドワードダレスね。ついにつきとめたわ!ダレスが黒幕か、少なくともその一味なのは間違いない。でも、並みの人間では、ミュータントとして虎部隊にはとても潜入できない・・・

 あの二人とダレスの正体は容易に推測がついた。

 伽耶は小さく胸でつぶやいた。

 連中がいよいよ動き出したのね・・・


 強大な敵がついに立ち現れたと悟ったが、伽耶の表情は静謐と言えるほど穏やかだ。作業履歴と関連ファイルをすべて抹消すると、ホログラムの電源を落として立ち上がった。

 東側の窓から上空を旋回する報道ドローンが数機遠く見える。この一帯は人家も少なく市道も閑散としているが、山間の人口密集地を挟んで反対側には爆発事故を起こした化学工場の廃墟がある。

 国道で起きた爆発事故で、有人の報道ヘリはテロを警戒して姿を消した。事故と事件が重なり、夕刻になってもサイレンの音がひっきりなしに響いて来る。


 今回の作戦は虎部隊員の動向を探るためだったのに、首尾良く黒幕の正体も突き止めることができた・・・

 二人組がキャットを狙うと察知した伽耶は、後方支援のためあらかじめメガロポリスに移動していた。アジトから助けを求めたキャットの必死の叫びは、マグレブ事件の時と同じようにテレパシーで伝わり、すぐさま忍者の里にあるこの家に跳んだ。

 入ったことのないアジトへはテレポートできない。でも、幸い、キャットのクリプトフォンが使われ、カヤコープの諜報システムから居場所が判明した・・・

 伽耶は直ちにミニパトに変装した車で後を追い、シンを逮捕する直前、後部座席のキャットにテレパシーを送った。近距離で出力を絞れば、たとえ異能力者が近くにいても感知される恐れはない。

 麻酔から覚めかけていたキャットは、伽耶に手短に事情を伝えた後、指示に従って直後にテレポートをかけて、シーダハウスへ跳んで難を逃れた。手早くシャワーを浴び、強力な水分吸着材を使って髪を乾かした。その後、伽耶が念のため用意していたウエイトレスの制服に着替えて、国道のサービスエリアに移動したのである。


 後に忍者の里として知られるようになったこの地で、千年以上前、平凡な村娘だった「お松」に変異が起きた。(***)

 今日は機動歩兵がアジトを破壊した。あの男の動きまでは私にも予測できない。でも、なぜかあの男はキャットを解放した。結果、そこから黒幕まで辿り着けた・・・

 大きな力に導かれているという確信は、千年の昔から伽耶の中で微塵も揺らいでいなかった。

 この場所をこうして再び訪れる日が来ようとは・・・

 伽耶は花吹雪が舞う(いにしえ)故郷ふるさとを眺めながら、しばしたたずんで感慨にふけった。



* 「ブラック・スワン~黒鳥の要塞~」第19話「メンターとその弟子」

** 「ブラック・スワン~黒鳥の要塞~」第10話「グリーンライト」

*** 「種の起源」(未掲載)


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