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ノヴァは実在する! Nova Is For Real !

 わずかにさげすみの色を浮かべてダレスは言った。

「君は大統領に(くみ)して、例の鉱山利権を取り戻す手助けをしているな。虎部隊を敢えて野放しにしたのも、日本に火種を撒くためだ。ゆくゆくは北米連邦を動かし、中国に圧力をかける工作の前振りなんだろう?だが、私が副大統領側について妨害したと思っているなら、残念ながら君を見損なっていたと言う他ない」


 フーバーは気色ばんで言い返した。

「私は確かに大統領を支持しているが、政府高官だから当然だろう。だが、個人的な確執に凝り固まった大統領には正直言って手を焼いているのだ!虎部隊の件で言うなら、大統領の鉱山利権は言わばおまけに過ぎない。もし取り戻せるなら儲けものだが、できなくとも問題はない。合衆国トップ二人の確執が続けば国益を損なうだけ、とあの二人に気づかせる他ない!」

 激しい闘争心を類いまれな克己心でコントールするフーバー本来の骨太のメンタリティが透けて見えた。

 ダレスは皮肉っぽく冷たい笑みを浮かべたが、その目には尊敬の色がかすかに漂っていた。

「確かに、大統領が鉱山利権を取り戻したところで、副大統領は喜ばないだろう。君も知っての通り、あの二人は嫉妬心で動く。競争に憑りつかれた投機屋そのものだ。だが、君が格下の私に抱いているのもその嫉妬心ではないのか?」

「それを探るためにあの講演会に呼んだのか?」

 フーバーは礼を失したダレスの言い草にムッとしたが、自制心を失いはしなかった。ダレスが自分を挑発して、値踏みしていると鋭敏に察知したのである。

 こちらの力量を認めるまで、ダレスは手の内を明かさないつもりだ・・・


「それもあるが、本当の目的は別だ」

 ダレスの顔から冷笑は消え、真剣な表情に取って代わった。北欧人の血を引く済んだ薄水色の瞳には、フーバーに対する尊敬の念がはっきりうかがえる。

「その目的とは何だ?」

「それはまだ確定していない・・・君も同席していたから覚えているだろう。副大統領に伝えた通り仮説に過ぎない上に、DNA鑑定が予想外の結果に終わったからだ」

 ダレスにしては珍しく暗い表情を浮かべた。

 目的がはっきりしないとはどういう意味だ?・・・

 謎めいた言い草にも、フーバーは奇異の念を抱いた。日米そして米中関係を揺るがせる事態を引き起こしておきながら、ダレスは他の問題に気を取られて歯牙にもかけない。

 いったい何だ、この態度はッ!?

 フーバーはついに切れた。

「君の謎々に付き合っている暇はないッ!このままでは今回の事件は深刻な国際問題に発展するぞ!大統領や国務長官にどう説明するつもりだ?」

 実務家の素顔に戻り、厳しい口調で問いただす。圧力をかけて、目下の懸案事項についてダレスの真意を引き出そうとした。

「虎部隊のアジトを壊滅させられて、中国が黙って引っこむと思うか?事実、直後に日本の部下は危うく殺されかけたんだぞッ!しかも燃焼爆弾を撃ちこんだのは、君が手なずけていたはずの言わば三重スパイだ。狙いは何だ?」


 ダレスは眉をひそめてややぶっきらぼうに言った。

「二人がこちらの指示で動いたのは事実だ。ただし、君の部下たちには逃げる時間を与えた。標的は一台目のバンだけだ。君の部下の車は捜査を攪乱するカムフラージュに使わせてもらったまでだ」

 悪びれた様子もなくダレスがCIA要員への攻撃を認めたため、フーバーは驚きと怒りで思わず拳を固く握りしめた。よもや国防総省高官が直接指示していたとは思いもよらず、二人組は機動歩兵の襲撃に激怒して寝返った可能性が高い、とCIA極東支部は分析していたのである。


「何だとッ!?すべて君が仕組んだのか?私の部下まで危険に晒したのか!とんでもないことをしてくれたなッ!!」

 米軍配下の三重スパイが、同盟国日本で燃焼爆弾を使って民間人の車を攻撃したうえ、CIAまで巻き添えにするとは!

 フーバーは顔を真っ赤にして大声で吠えたが、ダレスはそっけなく切り返した。

「アレン、今回の事件に関して言えば、黙っていても中国側はいずれ手を引く。日本の政府と当局に任せて置けば済むことだ」

「正気か?いったい何を根拠にそんな悠長なことが言えるんだ!?」


 冷静と言うより悲痛とも思えるダレスの表情に戸惑いが先に立ち、フーバーの怒りは行き場を失った。おかしい、いつもの憎たらしいほど落ち着き払ったダレスではない・・・


「知っての通り、中国はミュータント開発で世界の最先端を走っている。一党独裁で国家プロジェクトに関しては規制が事実上にないに等しい。だからこそ、今回の事件の背景に真っ先に気づく。いや、もう気づいている!我われと共通した利害があると考えて手を引くはずだ」

 フーバーがあっけにとられたほど、ダレスの言葉は確信に満ちていた。


「君や私の個人的野心など取るに足らないどころか、米中対立を上回る重大な問題が起きているんだ・・・」

 ダレスは憂いをこめて静かに付け加えた。考えこんだフーバーは。話が嚙み合わない理由をおぼろげに悟って愕然とした。

 「あの女を殺してはいない」というダレスの言葉を思い出したのである。

 CIAのオフィサーの報告に加え、衛星画像の裏付けもある。ミニパトが連行したのは男だけだった!女はあのバンの中に残っていたのに、燃焼爆弾の直撃をどうやって生き延びたと言うのだ!?


 メトカーフは、中世イタリアの女王の肖像画が盗まれた事件とスワン中尉を結びつけていたが・・・

 ダレスまでがスワン中尉の死に疑惑を抱いているとわかった今、もはや突拍子もない妄想と簡単に片づける訳には行かない。あの講演会もそうだ。テーマは何と「若返り」だったが・・・


 実務家としての確固たる常識を粉々に打ち砕くような可能性に、フーバーは気づいた。

 もし、女がミュータントだったら?ダレスがDNAにこだわった理由も説明がつく!


「君は虎部隊以外にもミュータントがいると言いたいのか?」

 フーバーが思わず声を潜めると、ダレスは即座に首を横に振った。

「正確には違う。虎部隊は確かにミュータントだ。人工的に遺伝子操作した超人部隊だ。だがスワン中尉とマグレブの女は違う。おそらくミュータントとはまったく異なる存在で、人類に取って代わる可能性を秘めている・・・」

 フーバーをじっと見返すとおもむろに続けた。


「ノヴァは実在するんだ、アレン」


 フーバーは絶句した。自ら率いたCIAチームがプライムの「ノヴァ予言」をリークしたのだから忘れるはずもない!(*)

 異能力を備えた新人類が実在すると言うのか?「新人類レポート」はメトカーフでっち上げではなかったのか?メトカーフはプライムとどう関わっていたのだ?

 頭の中でグツグツと疑問が沸き上がり、確固たる現実と常識で支えられた世界観が大きく揺らぐのを感じた。

 辛うじて「常識」の世界に足を着けて踏みとどまろうと半ば無意識に話題を逸らせ、辻褄の合わないダレスの行動を問いただした。

「・・・しかし、虎部隊のアジトを攻撃したのはなぜだ?機動歩兵が殴りこめば、米軍が関わったと中国に悟られる。他にもある!なぜ、あのバンを攻撃させた?CIAは女を確保する寸前だった。女を拘束すれば謎を解明できたはずだ。よりによって非人道的武器で殺害を試みて、しかも殺していないとはどういう意味だッ!?」


 ところが、至極真っ当な疑問をぶつけたにもかかわらず、ダレスは質問をはぐらかし逆に強い口調でフーバーを促した。

「アレン、今回の事件の本質に、虎部隊も中国もCIAも関係ないのだ!そもそもの発端を思い出して欲しい」

 意表を突かれたフーバーは、怪訝そうな顔で宙を睨んだ・・・


「君は・・・プライムの関与を疑っているんだな?」

 ややあってフーバーが呆然とつぶやくと、ダレスはかすかに笑みを浮かべてうなずいた。事の本質にすぐに思い当たるとは、さすがはCIA長官のことだけはある、とその目は雄弁に物語っていた。

「最近になって気づいた・・・どんな手を打っても、二歩先を読まれていると。駒を取り除こうとバンを攻撃したが、おそらくそれも読まれていたはずだ。間違いない。女は生きている」

 フーバーは一瞬絶句したほど、ダレスの言葉には沈痛な響きが滲み妙に説得力があった。

「・・・だが、オータキが独断で女を助けたのはなぜだ?」

 フーバーがまだ信じられないとささやくと、ダレスはボソッとつぶやいた。

「彼も駒だからだ」


 ひと息置いて続けた。

「統合参謀本部はプライムの分析を基に、オータキを日本へ派遣するよう米軍に勧告したが、プライムを活用するよう進言したのは私だ。中東での作戦成功で、プライムは使えると思った・・・だが、裏をかかれていた・・・そもそも、虎部隊が女の存在を知ったのも、女が日本の首都でオータキと接触したからだ。いや、オータキだけではない。我われも虎部隊もプライムにとっては駒に過ぎないのだ・・・」


 二人は沈黙した。



*「デザート・イーグル ~砂漠の鷲~」第10話「CIA長官」


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