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フーバー VS ダレス Loggerhead

 寝耳に水とはまさしくこのような事態に違いない。

 間一髪、超高温の燃焼爆弾から逃れたミユキ・コウサカの一報を受け、CIA長官アレン・フーバーは、降って湧いた重大事件に色を失った。

 だが、たまたま現場に居合わせた腹心の部下の報告を元に、フーバーは日本政府や内閣情報室に先んじて、事件の全貌を把握する有力な手掛かりを手に入れたのである。

 事件からわずか六時間後、事実関係を精査し終えたフーバーは、さっそく秘密裏にダレスを呼び出した。格下の統合参謀本部副議長補佐官に感じていた嫉妬は、のっぴきならない疑惑に変わり、二人は再び角を突き合わせた。


「エドワード、例のマグレブから消えた女のDNA鑑定を見たか?」

 挨拶もそこそこに、フーバーは牽制のジャブを繰り出した。ダレスは飛び切りのハードボールだ。単刀直入に話を進めてもはぐらかされて、逆に弱みを突かれる。

 一介の若き補佐官が、有力者たちに何故これほど強い影響力を持つのか、フーバーは測りかねていた。しかし、国内はおろか、中東諸国の政府まで動かすダレスの交渉力に気づいている者はまだ少ない。ダレスは常に影の存在として動くからである。

 四十台にしてCIA長官に上り詰めたフーバーもまた、肩書に頼って威張り散らし力押しするような無能なリーダーではなかった。ダレスの正体を探り出すには、正攻法でなく搦め手から行くしかないと的確に判断していた。


 今回の一件は言語道断だ!何ということをしてくれたんだ!

 いきなり怒鳴りつけたいほど、内心で激しい憤りを覚えていたのだが、敢えて別の話題から切り出したのも、ダレスの正体を計りかねていたからである。

 二人組が虎部隊エージェントと知りながらCIAで泳がせていた、とフーバーを暗に非難したダレスが、実は二人を裏で操っていたと知ったフーバーの怒りは元より尋常でなかった。しかし、ダレスが極東支局に配下を送りこんだ手口は巧妙に過ぎたため、フーバーはとある疑念を抱いたのだった。

 この補佐官は手強い。格下の相手と見なすべきではない・・・搦め手から攻めるべきだ。

 ダレスは尋常の相手ではないとすでに鋭く察していた。相手を過小評価するほど危険なことはない。経験を通して学んだ貴重な教訓を、常に念頭に置いていたからこそ、フーバーは若くしてCIA長官の地位に就くことができたのだ。


「ああ、遺伝子配列には何の異常もない。ホモサピエンスのゲノムそのものだ」

 ダレスは不機嫌そうに眉をひそめながら答えた。

 この男が感情を露わにするのは珍しい。いったい何があった?

 フーバーは興味をそそられた。

「何のために女のDNAを確認したんだ?身元に心当たりでもあるのか?」

「いや、どうやら、単なる思い過ごしだったようだ」

 ダレスが素っ気なく答えると、フーバーもさり気なく鎌をかけた。

「女の身元を突き止めるには、遺伝子配列は決定的な証拠になる。データを日本に送って照会すれば、正体を知る手がかりが得られるかも知れないな」


 ダレスは目を細めてフッと鼻で笑って切り返した。見え透いたジャブにはカウンターを打ち返すまでだ。

「女は死亡したんだろう?知らないとでも思っているのか?」

 そこでフーバーは重大な事実を突きつけてダレスに肉薄する。

「いいや、当然知っているだろう。虎部隊の二重スパイは、実は三重スパイだったんだからな!エドワード、あの二人は君が中国に留学していた当時の大家の息子たちだな?しかも、君の元部下がCIA極東支部に配属されて、二人の連絡員を務めていた」


 ところが、ダレスは核心を突く一撃を受けても、動揺した素振りも見せなかった。

「よく調べたな、アレン。極東支部の君の部下は極めて優秀だ・・・しかし、私はあの女を殺してはいない」

「それは本当か?君はDNA鑑定の結果、女に利用価値がないと知ったんじゃないのか?あるいは、虎部隊の三重スパイと関わった証人の口を封じるために消したか、または、何らかの理由で、我われにあの女の身柄を押さえられたくなかったんじゃないのか?」

 すると、ダレスが意外な反応を示した。

「君の洞察力は買うが、今回に限って言えば、残念ながら事の本質を見逃している」

「それは、どういう意味だ?」

 事の本質とは大仰な言葉だが、いったい何を見逃していると言うのだ?

 フーバーは怪訝な顔になった。

「あの講演会に君を招待したのは、何も私の政治的な影響力を誇示するためではない、と言ってるんだ」

 それだけ言うと、口をつぐんで冷静な目でフーバーを見つめた。


 曖昧なダレスの返答の意味を考えあぐねて、フーバーは切り口を変えた。

「君から受け取った特殊部隊員の個人情報を精査したんだが、マイケルオータキは、特殊部隊の中でも最高の逸材なのに所属が黒塗りだ。つまり海軍ならシールズ、陸軍なら機動歩兵だ。虎部隊のアジトを壊滅させたのはオータキだな?」

 これも急所を突く発言だったが、ダレスはうなずいてあっさり認めた。フーバーが拍子抜けするほどだ。

「その通りだ。だが目的は君が思っているように、虎部隊スパイの存在を隠蔽するためではない」

 大滝はアジトで偶然女を発見して確保しながら、なぜか身元確認も報告も怠り独断で解放している。ダレスの機嫌が悪い理由はそのためでは、と探りを入れたフーバーだったが目論見は外れた。

 ダレスはオータキの行動をさして問題にしているようには見えない・・・


「では、目的はいったい何だ?」

「あと一歩のところまで追いつめる度に、手からすり抜けてしまう敵の正体だ」

 ダレスはまたも曖昧な答えを返した。理に適ったボクシング・スタイルで戦うフーバーに対して、ダレスはさながら太極拳のように話題をクルクル反転させる。柔らかく受け流して、自分のペースに誘い込もうとしていた。


「それはどういう意味だ?虎部隊のアジトを壊滅させておきながら、敵を取り逃がしたと言うのなら、敵とはいったい誰のことだ?」

 しびれを切らしたフーバーが直球で迫ったが、またも変化球を投げ返された。

「ビアンカスワンを知っているな?不世出の天才パイロットだが、日本で起きた爆発事故で死亡した」

「・・・もちろん知っている。だが、スワン中尉と今回の事件に、いったいどんな関係があると言うんだ?」

 ダレスが投げ返した意外な質問にフーバーは虚を突かれた。

 慎重に言葉を選ばなければ拙い。スワン中尉の謎はまだ胸に秘めて置くべきだ。

 しかし、ダレスに畳みかけられた。

「彼女が生きていると思ったことはないか?」


 ダレスの鋭い問いかけに、フーバーは少なからず惑わされた。

 情報参謀のメトカーフならいざ知らず、ダレスまでもがスワン中尉の死に疑問を抱いているとは・・・

 中東担当官トルーマンから、地下要塞急襲作戦ではダレスが暗躍したと報告を受けていたと思い当たった。

 あの作戦の要はブラックスワン機の垂直降下爆撃だった・・・(*) すると、ダレスはスワン中尉について自分が掴んでいない事実を知っているのか?

 それなら、情報を手に入れるため歩み寄る価値はある、とフーバーは考えた。メトカーフからの奇妙な依頼が、フーバーの頭に引っかかっていたのである。 

 なぜ、マーカスは七年も前に起きた肖像画の盗難事件を、わざわざCIAに依頼して調査させたのか?


 フーバーの困惑を察知したかのように、ダレスがおもむろに口を開いた。

「アレン、そろそろ腹の探り合いは止めるべきだとは思わないか?」

 


* 「ブラック・スワン~黒鳥の要塞~」第16話「陰謀」



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