Act.9-517 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜邪教徒の神殿と忘れ去られし怨念〜 scene.1
<三人称全知視点>
水に差す、一筋の淡い光の道。
ミレーユとアモンは青い光に照らされたその道を進んでいく。
「不思議ですわ。これ、一体、どうして光っているんですの?」
ミレーユは足元の水を手で掬ってみる。しかし、掌が光るということはなかった。
水自体が光っているのかと思ったのだが、どうやら違うようだった。
「この明かりは、なんとなく蛍に似てるな。もしかすると、何か水の中に光る生物がいるのかもしれないね」
既にこの先に邪教徒の神殿があることはミレーユにもアモンにも大凡察しがついていた。
そして、二人はその場所に辿り着く。
曲がりくねった隧道を抜けた先にあったのは巨大な地下空洞だ。
先ほどまでは足元にしかなかった青い光が、広い空洞の中に満ちていた。しかし、水の中で光るものが空気中に漂っている訳ではない。
透き通った石が各所に絶妙に配置され、青い光を乱反射させて空洞を照らし出しているのだ。
そして、その光に照らし出されるようにして、それが静かに佇んでいた。
それは、まさに神殿と呼ぶべき代物であった。
氷を彷彿とさせる半透明の石で作られた建造物。
巨大な柱も、その柱に支えられた屋根も、その全てが透き通っていて、外から受けた光を周囲に反射している。
まるで建物自体が輝きを放っているようにすら見えた。
それはとても幻想的で……しかし、どこか冒涜的に見える光景。
確かに美しい光景だが、何故だろうか? ミレーユはその光景に、背徳的で冒涜的な空気を嗅ぎ取っていた。
それは、宛ら不協和音のよう。一見すると夢幻に出てくるほどに美しく、幻想的な建物のように感じられる。
本来、神殿とは「神の栄光を顕わす」という設計思想によって建てあげられるもの。
そこには調和があり、計算の果てに生じた完成された美があって然るべきである。
だが、この神殿はそれを意図的に外しているように見える。あるべき場所にあるべきものがなく、あるべきでないものが、そこにある。そうした小さくも奇妙な違和感が積み重なり、見ているとどこか落ち着かない気分になってくる。
「……『這い寄る混沌の蛇』の総本山、確かにその言葉がこれほどしっくりくる建物はないな。見ていて気持ちが悪い」
「同意ですわ。……でも、これがゴールではないのですわよね? 恐らくここは通過点――この先に『這い寄る混沌の蛇』の深淵があって、そこに繋がる道がこの神殿の中に隠されている気がしますわ」
「そうだね。少し探索してみようか?」
◆
神殿の中もまた夢のような景色が広がっていた。
足元から、壁から、天井から――青く淡い光が降り注いでいる。それは、まるで、大地を照らす日の光に対抗するかのような、大地から天へと立ち罩める奇妙な光だった。
神殿にはドアや仕切りはなく、あるのはただ太い柱のみだった。
……否、一つだけ奥まった場所に唯一色を持ったものが存在している。
それは、灰色の立方体に切り出された石材のようなものだった。
立方体の表面には何やら文字が刻まれているようだ……が。
「駄目だ……大陸共通語じゃない。ミレーユは読めるかい?」
「ええ、これは、古代帝国語ですわ」
現在、広く使われているのは大陸共通語と呼ばれる言語だ。
しかし、昔のダイアモンド帝国では大陸共通語とは異なる古代帝国語と呼ばれる言語が使われていた。
ちなみに、大陸共通語とベーシックヘイム大陸の言語はほとんど同一のものであり、更に虚像の地球の日本語とも類似した言語だったりする。
「本当かい? 流石はミレーユだ」
アモンに褒められて、ほんの少し得意げな顔をするミレーユ。しかし、軽口を叩けていたのは最初だけ……読み進める度に、ミレーユの眉間には深い皺が刻まれていった。
そこに書かれていたのは、ある男の妄執……或いは呪いとも取れるメッセージ。
彼は大切な人を理不尽に失い、心の中に底知れぬ世界への憎悪を秘めた者だった。
この神殿を訪れた彼は、そこで大陸を追われて身を潜めていた蛇と出会う。
人の作る秩序全てを憎む蛇――その破滅的な考えに共感した男は、その理念を実現……或いは利用して世界に復讐することを望んだ。
そんな彼に蛇は言う。
大陸には、肥沃な三日月地帯と呼ばれる祝福された土地があるのだと。
豊作が約束されたその地には食料が有り余っており、それによって大陸全土は安定を約束されている。
――男は知っていた。食べる物があれば、人は、大概のことを許すことができる。
人が剣を取り、殺戮に駆り立てられるのは食べる物がなくなった時だ。
それ故に、人の作りし文明の全てを滅ぼすためには、世界を混沌に堕として復讐するためには、肥沃な三日月地帯が邪魔だった。
一体、どうすればいいだろう? しかし、悩むことは無かった。
男には叡智が与えられていたからだ。
――人の邪悪を読み解く、悪の叡智が。
肥沃な三日月地帯を汚し、破壊して、争いの絶えない混沌と破壊の地、地獄の如き世界を顕現する。
そのために、何が効果的だろうか?
やはり、食料の供給を断つために食料を生み出す農業を蔑み憎む思想を広めるのが手っ取り早いだろう。
彼は考える。――思想を効率的に広めるには、どうすればいいだろうか、と。
答えはすぐに出た。
思想を広めるには国を建てるのがいい。
その国を使って反農の思想を自然に、緩やかに、その地に住まう者たちに広めて……肥沃なる土地を農地以外のものへと変質させ、使えないほどに汚染させる。
そうすれば、遠い未来――確実に大陸には混沌と災禍が降り注ぐことになるだろう。
そのために、彼は同志と共に国を建てることにした。
長き年月を経ても決して風化することのない金剛石の如き帝国を建てようと。
「アレクシウス、何故金剛石の如き帝国を建国しようと?」
目の前にいる男は恐らく全てを見透かしているのだろう。
その上で質問をする『這い寄る混沌の蛇』の信徒に、後にダイアモンドの初代皇帝になる狩猟民族の長アレクシウスは忌々しげに言葉を返す。
「金剛石は極めて硬い。鉄のように錆びることも、風化することもない。……だが、この物質は世界最硬なんて言われるが実際には脆く儚いものだ。戦いや革命の『火』に焚べれば簡単に燃えるし、外から加えられる衝撃にも弱い。内部からも同様だ。来るべき日まで強き帝国として君臨し、不要となればすぐに燃えて無くなる。これほどまでに似つかわしい名前もないだろう?」
「ほう、なるほど……浅慮な私のようなものには思いつきもしない素晴らしいネーミングセンスですね」
「まあ、だが所詮名前などどうでもいいものだ。役割さえ果たしてくれるならばな」
アレクシウスを讃える『這い寄る混沌の蛇』の信徒に冷たい一瞥を与えつつ、アレクシウスはいつか初志を忘れた愚かな子孫に対する手紙を硬い石材へと刻むのだった。
◆
「……ミレーユ、今の話は本当なのかい?」
「……本当かどうかは分かりませんけれど、ここには確かにそのように書かれておりますわ」
これはトンデモないものを見つけてしまいましたわ。……などとミレーユは頭を抱えた。
更に、石材の左側……文の最後には――。
『我が血族は忘れる勿れ! その記憶に刻み込め! 我らは世界を憎む者! 混沌と破壊をもって世に復讐する者である。努々忘れず、励め!』
などという子孫達に対する激励文まで刻まれていた。
――うるさいですわっ!
ダイアモンド帝国の帝城の一角に飾られている黒い馬に跨った精悍な狩人を彷彿とさせる初代皇帝の肖像画を思い出し、ミレーユは怒りの篭ったツッコミを入れる。
と、同時に、妙に納得する部分も確かにあった。
あの革命の時、ミレーユがどれほど頑張っても上手くいかなかったこと。
その原因は帝国内に潜伏していたライズムーンの密偵『白烏』のせいだとばかり思っていたが、実際は違ったのだ。帝国は誕生した瞬間から、『這い寄る混沌の蛇』という滅びの因子を内包した存在であったのである。
食物という帝国民にとっても大切なものを生み出す農作物やそれを生み出す農業をこれでもかと嫌悪し自分達を緩やかに自殺に追い込む反農思想が何故これほど浸透しているのか?
何故、四大公爵家という国の中枢まで『這い寄る混沌の蛇』の魔の手が伸びているのか?
初代皇帝が元々『這い寄る混沌の蛇』に唆されていて、彼らの思想をダイアモンド帝国もシステムに組み込んでいたのであればその全ての謎が解ける。
今のダイアモンド帝国は初代皇帝がダイアモンド帝国に刻みつけていたその初志を、憎悪をすっかり忘れていたのだ。
――まぁ、忘れても当然とは言えますけれど……。
基本的に、そのような憎悪など覚えておく価値のないものだ。
こんなもの覚えていたって、百害あって一利なしの、しょーもない代物である。
だが、初代皇帝の思想というのは極めて厄介なものだ。
帝国を破壊したもの――例えば没落した貴族などは初代皇帝陛下の意向が云々などと言って、現在の体制を糾弾する材料にするかもしれない。
もう一つ厄介なのは、帝国の伝統を重んじる保守派の貴族達だ。歴史や伝統を無批判に受け入れ、そして実行してしまうような者達に知られてしまったら大変なことになりかねない。
少なくともエメラルダには見せる訳にはいかない……ミレーユはそう思っていたのだが。
「なっ、なんなんですの!? それは……ミレーユ様?」
その声に、ミレーユは思わず飛び上がった。
思考に耽るあまり、ミレーユは気づいていなかったのだ。
神殿の中に入ってきた二人――ライネとエメラルダの存在に。
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