Act.9-516 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜到着! 呪われし無人島〜Vol.2 scene.12
<三人称全知視点>
闇に沈んだ洞窟。静寂に包まれたその場所に、ぐずん、ぐずんと鼻を鳴らす音が響く。
「……ああ、私、死ぬのかしら……?」
ぼんやりと光るペンダントを片手に、エメラルダは啜り泣いていた。
岩に寄り掛かり、足を投げ出した状態でぐずぐずと鼻を鳴らす。
ほんの少し右足の位置を変えようとするだけで足に痛みが走り、再び足から力を抜く。
「うう、凄く、痛い……痛い。えぐっ。ひっぐっ。……うう、これは、きっと骨が折れたっていう状態ですわ。そうに違いありませんわ。このまま、動けなくって、ここで野垂れ死ぬんですわ。ううう」
暗い雰囲気を纏ったエメラルダはいつもの五割……いや七割増ぐらい面倒そうな雰囲気を放っていた。
そんな涙で歪んだ彼女の視線に、不意に淡い赤い光が入ってくる。
「……ッ!?」
まず脳裏に浮かんだのは己の怪談話。
無人島を彷徨う邪教徒の幽霊のことを思い出して思わず息を呑む。
だが、すぐに思い直す。そんな存在はいる筈がないと。
そもそも、赤い光が出るという噂があるのは洞窟の入り口だ。このような洞窟の奥底にいる筈がない。
――で、あるならばッ!!
「フィレンっ!? 来てくれたんですのッ!!」
次に浮かぶのは自身の忠実なる従者の姿だ。そして、その想像はすぐに確信へとすげ替わる。
「そうですわ。私がこのようなところで朽ち果てるなどありえないこと。きっとフィ……じゃなくて、め、メイドが来てくれたに違いありませんわ!」
エメラルダはその明かりが近づいてくるのを待った。
……そして、その時がやってくる。
「あっ、エメラルダ様? ご無事ですか?」
現れたのは、赤い髪を両側で結んだメイド、ライネだった。
「あら、あなたはライ……じゃない。ミレーユ様のメイド」
慣れ親しんだフィレンではなかったことにほんの少しガッカリするエメラルダだったが、それでも助けが来た安堵から、ついついにこにこしてしまう。
調子に乗って立ち上がった瞬間、痛みが走って、小さく悲鳴を上げた。
「エメラルダ様? もしかして、どこかお怪我を?」
「あっ、ええ、そうなんですの! 実はそこの坂を転げ落ちる時に足首を怪我してしまいましたの。恐らく、骨が折れていると思いますわ」
「た、大変! すぐそこにお座りください! 足を伸ばして!!」
「仕方ありませんわね。ミレーユ様に免じて特別に言う通りにして差し上げますわ」
エメラルダは言われた通り素直に座り、足を伸ばした。
ライネはそんなエメラルダの姿にほんの少しだけ驚きつつも、足元に座って処置を施し始める。
「あら、感心。あなた、手当てができますのね」
「弟が一度だけ骨を折ったことがあります。そのときに見て学びました」
「……あら、それでは素人なのですわね。やはり平民に過度な期待はできませんわね」
などと言いつつもほんの少しだけ、心が落ち着くのをエメラルダは感じる。
心なしか痛みも少しだけ引いてきたような気がした。
「痛みますか?」
「ええ、もう、立っていられないぐらい痛いですわ! 絶対、折れてるに違いありませんわ!」
「……失礼します」
ライネは冷静にエメラルダの足首に手を当てる。
それから自らのスカートの裾を破り、エメラルダの足を固定していく。
「ど……どうですの? や、やっぱり折れて……」
「骨折はしていないみたいです。痣にはなっていますが……それでも、あまり動かさないほうがいいですね」
「そう、ですのね……」
ライネの言葉にエメラルダは心がスッと軽くなるように感じた。
先ほどまでは絶望的に痛かった足の痛みまでも軽くなったように感じる。今なら歩けそうだ。
メンタルがそのままダイレクトに体の調子に還元される単純でほんの少し面倒な人なのである。
「ところで……どうしてお一人でこんなところにいらしたんですか? 洞窟の奥は危ないってカラックさんが言ってましたよね?」
「あら? 平民如きが私に説教ですの? 貴女、ミレーユ様のお付きだからって、少し調子に乗っているのではなくって?」
僅かばかり口調に苛立ちを乗せる。いつもであれば、フィレンや他のメイド達は口を噤んでしまうところだ。
しかし、ライネは黙らない。
「私は、貴女がどうなろうと知りません。でも、ミレーユ様に迷惑をかけるのはやめてください。ミレーユ様は、きっと貴女のことを心配しています。貴女が勝手なことをして何かあったら、ミレーユさまが悲しみます。どれだけ迷惑をかけたか……分からないんですか?」
「――なっ!?」
冷静を装い、けれどもその言葉の中には怒りの感情が内包されている。
ライネの芯の強さがそのまま込められたような強い反論に、エメラルダは言葉を呑み込む。……だが、次の瞬間、一気に頭に血が昇った。
「あ、貴女! 覚えてなさい! そのようなこと私に言ってッ! ミレーユ様に報告して差し上げますわ。それに、皇帝陛下にも進言して――」
「そういうことは、ここから無事に出られたらにしてください」
「……へ? 出られたらって……出られますわよね? だって、こうして助けが来ている訳で」
「洞窟が崩れました。私が来た道はもう使えません。この先に出口があればいいんですが」
ライネが来たことで、ようやく助かると思っていた。だからこそ、エメラルダは調子を取り戻していたのである。
だが、そんな彼女を再び絶望に叩き落とすように、ライネの言葉はエメラルダの心に突き刺さる。――深く、鋭く。
「なっ!? そ、そんな! あ、貴女、酷いですわよ? こんなに私を喜ばせてから突き落とすなんて酷いすぎますわ!」
涙目になって抗議するエメラルダをライネはキッと睨め付ける。
それだけでひぃーっと、エメラルダは息を呑んだ。エメラルダは小心者なのである。
「エメラルダ様、ここから生きて出るには力を合わせる必要があります。だから、ここから出るまでは勝手なことをしないでください」
「……うぅっ、そんなに強い口調で言わなくっても。わ、分かりましたわ。貴女の言う通りに致しますわ」
「では、私が脱出口を探してきますから、ここでお待ちください。必ず迎えに来ますから」
そう言い残し、ライネは踵を返す。
「ちょっ、待って。置いて行かないでくださいまし、らっ、ライネさん!」
「え……?」
呼びかけにライネが足を止めた。それから、天地がひっくり返る瞬間をこの目で目撃したような顔でエメラルダの顔を見つめる。
若干、気まずくて視線を逸らすエメラルダに構わずライネは口を開いた。
「……エメラルダ様、私の名前、覚えてたんですか?」
「当たり前ですわ! ……もしかして、貴女、私を馬鹿だと思っておりますわね?」
「……………………」
「はっ!? ちょっ、なんですのッ!? 今の沈黙は」
「あ、いえ。莫迦とは思ってませんけど……正直、名前を覚えられているのは意外でした。てっきり、そういうの覚えない人なんだとばかり」
「勿論、覚えておりますわ。フィレンも、ライネさんも、カラックさんも……カレンさんも。そのぐらいの名前が覚えられないと、本気で思われるのは少しばかり心外ですわ」
「じゃあ、どうして、覚えてない振りなんかするんですか? 私はともかく、フィレンさんが可哀そうです」
ライネの抗議に、何一つ疑うことなくエメラルダは胸を張って答える。
「だって、それが貴族というものですもの」
エメラルダは「貴族たる者、平民の名など覚える者ではない。いちいち、有象無象の名を覚えているなど、労力の無駄だし、変に情が移れば判断を誤ることだとてある。皇帝陛下の手足として、国を治める我らは、いついかなる時も冷静で合理的な判断をしなければならぬ」と教わってきた。
「貴族たる者、先祖への感謝を忘れず、誇り高き歴史と伝統を重んじ、皇帝陛下に忠を尽くすように」、「四大公爵家の令嬢のお前に、最上級のものが用意されるのは至極当然のことである。一々、感謝を口にする必要などなし。当然のものを、当たり前のように受け取れ」……そのような父の教えにエメラルダは忠実だった。
それこそが、自身の生きる道なのだと彼女は疑ったことがなかった。
だからこそ……エメラルダにはミレーユの在り方が信じられなかった。
「寧ろ、おかしいのはミレーユ様の方ですわ。我々、貴族の伝統をどうお考えなのかしら?」
「でも、だからこそ、私はミレーユ様に忠義をお捧げしています。ミレーユ様は、私の名前を呼んでくれます。私に優しくして、私の家族をも気遣ってくださります。だから、私はミレーユ様のためならば命だって惜しみません。私が死んだらミレーユ様はきっと泣いてくれます。そんなミレーユ様だから、私は命を惜しまないですし、ミレーユ様を泣かさないために、私はこんなところで死ぬ訳にはいかないんです」
今、目の前にいるメイドはミレーユのためなら自分の命を惜しまないと宣う。
なるほど、それは確かに素晴らしい忠誠心だ。しかし、その程度の者ならば自分の周りにもいる。
そう豪語として……しかし、エメラルダは言葉を告げない。
そのような忠臣の顔が、エメラルダの脳裏には浮かばなかったのだ。
フィレンは、護衛の者達は、果たして本当にこの目の前のメイドと同じように自分のために命を捨ててくれるだろうか?
剰え、彼女は言ったのだ。――ミレーユを泣かせないために生きるのだと。
絶望に膝を屈しても仕方ないようなこの暗闇の中、その手に掲げる松明の如く消えることのない決意の炎。
自分の従者達は、果たして彼女のように考えてくれるだろうか?
自分は彼女の中のミレーユのような存在に、なれているだろうか?
――私が死んだら、フィレンは悲しんでくれるかしら?
きっと悲しんでくれないだろうな、となんとなく思う。しかし、それ以上に怖いのは……。
――私は、フィレンが死んだら、悲しまないでいることができるかしら? フィレンの命を犠牲にせざるを得ない時に、私はその判断ができるかしら?
エメラルダがしようとしていたのは、目を背けること。
貴族の伝統を言い訳に自分の心を鈍感にして、悲しまずに済むようにする、ただの逃避。
そんなエメラルダにミレーユの忠臣は叩きつける。
「名前を呼ばずに相手を一人の人として見ずにいること、それで切り捨てやすくするというのは甘えです。ミレーユ様は誰一人切り捨てたくない。切り捨てたら悲しい。だから、誰も切り捨てなくてもいいように、努力して行動されます。だから、あの方は叡智と呼ばれ、皆から慕われるんです」
「叡智……」
ふいに、思い出される感情があった。
エメラルダは、ミレーユの在り方が信じられなくって、その行動は常識外れで、とんでもない行いに見えて……。だけど、だけど。
「エメラルダ様。置いて行かれたくないのでしたら一緒に来て頂くことしかできません。私は足を止めることはしません。私についてきて頂けますか?」
思い出に沈みかけたエメラルダを、ライネの声が引き留めた。
今は思い出に浸り、考え込んでいる時間ではない。
小さく頷くと、エメラルダはゆっくりと立ち上がった。
お読みくださり、ありがとうございます。
よろしければ少しスクロールして頂き、『ブックマーク』をポチッと押して、広告下側にある『ポイント評価』【☆☆☆☆☆】で自由に応援いただけると幸いです! それが執筆の大きな大きな支えとなります。【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくれたら嬉しいなぁ……(チラッ)
もし何かお読みになる中でふと感じたことがありましたら遠慮なく感想欄で呟いてください。私はできる限り返信させて頂きます。また、感想欄は覗くだけでも新たな発見があるかもしれない場所ですので、創作の種を探している方も是非一度お立ち寄りくださいませ。……本当は感想投稿者同士の絡みがあると面白いのですが、難しいですよね。
それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。




