最終話 それぞれの日々は続いていく
翌朝、朝礼の前に私はニグリスと共に学長室を訪れた。私が事情を説明してここに正式に置いてほしい、と頼むと、
「もちろんです」
と、ヤタは喜んでそれを受け入れてくれた。
「佳菜はこの国にとって貴重な人材であると同時に生徒からの評判も良いので、この学校の先生としてもいてくれたらこんなに嬉しいことはありません」
「ありがとうございます」
必要とされる。それが今の私にとってどんなに嬉しいことか。
「あの、俺からも学長先生にご報告が」
隣で事の次第を見守っていたニグリスが声をあげた。
「なんだね」
「俺と佳菜は近い将来、結婚したいと思っています」
「なっ……!?何言ってるのよ!?」
あまりに突然の出来事に私は横槍を入れた。
「何で?」
ニグリスは何がいけなかったの?というような顔をしている。
「わざわざ学長先生に言うことないじゃない!」
「だっていつかは言うことだろう?」
「そ、それでも急すぎるというか……」
「佳菜は俺と結婚したくなかった?」
ニグリスはしょんぼりとしてしまった。
「そうじゃないよ!そりゃ私だって……」
「ふふ」
夫婦漫才のような私達の会話を聞いてヤタが思わずといった様子で笑った。
「わかりました。こちらとしてはいつでも構いませんよ」
「は、はい……」
恥ずかしすぎて顔から火が出そうだ。ニグリスはというと嬉しそうに笑っていた。本当に今時珍しいくらいの素直で隠し事のできない真っ直ぐな人だ。
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王城にはヤタから報告してくれるとのことで、私は安心して教員室に戻った。朝礼を終えて保健室に向かう。
「ナターシャ」
保健室にはナターシャが一人、薬品の整理をしていた。いつかは教員全員に私がここに残ることが報告されるだろうけれど、ナターシャにだけは自分の口から伝えておきたかった。
「あら、佳菜おはよう。どうしたの?」
「今日はナターシャに報告があって」
「ニグリスのこと?」
「ぐっ……そ、それもあるけど」
私は一つ咳払いをした。
「私、ここに正式に採用してもらえることになったの。日本にも帰れるようになりそうなんだけど、こっちに残ることにした」
「本当!?」
ナターシャはその小さな手で私の手を握った。
「それは本当に嬉しい!いつか帰ってしまうんだろうと思っていたから」
「ありがとう」
ナターシャの心からの笑顔に私も笑顔になった。
「それで、ニグリスとは?付き合うことになったの?」
「えー、あー。うん、まぁ……」
「はぁ、よかったぁ」
ナターシャが安堵の溜息をついた。
「あなた達、見るからに両想いなのにどちらも片想いだと勘違いして告白しそうになかったから心配していたの。佳菜はいつか日本に帰ってしまうというのに」
「え、両想い?」
私は驚いて目を見開いた。
「ニグリスも私を?」
「当たり前じゃない。もう、何で気がつかないんだか」
「う、うそ。いつから?」
顔が熱くなってくる。
「いつからも何も、最初からじゃない?ニグリスったら今まで見たことないくらい佳菜に夢中なんだから」
「さ…最初から?」
そんな馬鹿な。全然気がつかなかった。
確かに初めからかわいいって言われたりたくさん面倒見てくれたり……まさかあれは自分が私を召喚した罪滅ぼしじゃなくて、ただ好意を持ってくれてたからってこと?
「まぁでも本当によかったわ」
ナターシャは嬉しそうに微笑んだ。
「あ、そういえばナターシャの好きな人って誰なの?本当にニグリスじゃないの?」
ずっと気になっていたんだった。
「ニグリスじゃないわよ。ニグリスは友達って感じだから」
ナターシャは肩をすくめた。
「私が好きなのは……学長先生だから」
「え、が、学長!?」
私は驚きのあまり口をあんぐりと開けた。学長といえばあのヤタだよね?太め体型の特にかっこよくもないヤタだよね?
「ちょっと、そんなに驚かないでよ」
ナターシャは照れた様子で私を咎めた。
「学長先生っておいくつなの?結構年上でしょ?」
「33歳だから、私と七歳差ね」
「七歳差か……それならありか」
それにしてもヤタは私とニつしか変わらないのか。もっと年上だと思ってた。
「どこがいいの?」
「どこって……かっこいいし」
「かっこいい!?」
私は耳を疑った。あれがかっこいいって?どう考えてもニグリスの方がかっこいい。
あ、そういえば前にニグリスが王様やヴァスリンをかっこいいって言ってたんだっけ。二人に共通しているのは身体が大きいっていうこと。この国の人と私達日本人の感覚は違うんだな、と再認識させられる。
「アプローチはしてるの?」
「してるつもりなんだけど、学長先生だから立場上なかなか難しくて……」
「上司と部下だもんね。でも、ナターシャなら絶対大丈夫だよ!こんなにかわいくて気が利いて優しいんだから!」
私は手に力を込めて力説する。正直、ヤタとナターシャが並んだら体格差もすごいし美女と野獣って感じであまりお似合いとは思えないけれど、こんなに好きなんだから私は応援したい。
「ありがとう、佳菜。頑張るわ」
ナターシャも笑顔を見せてくれた。
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ナターシャの衝撃の事実を知ってそれを引きずりながら私は次の授業に向かった。今日は七年生への授業だ。教室に入るとちゃんとリプロートがいた。目が合うと恥ずかしそうにしながらも少し笑ってくれた。
今日も授業はニグリスが進めて私がフォローしていく体制だ。相変わらずニグリスはかっこいい。モテないっていうのはこの国の人達の好みにニグリスが合わなかったからなんだな。
この人が私のこと、好きって言ってくれたんだよね。しかも、ずっと前からだって。私は込み上げてくる笑いを噛み殺すのに必死だった。耐えるのよ、私!社会人として仕事にプライベートを持ち込むなんてありえないわ!
なんとか授業を終えた。好きな人と一緒に仕事をするって、幸せなような辛いことのような、難しいわ。
「佳菜!」
片付けをして教員室に戻ろうとすると、リプロートに呼び止められた。
「リプロート。授業はどう?」
「うん、簡単過ぎるくらい」
リプロートは保健室にいた時よりも明るい笑顔を見せた。
「でも、楽しいよ」
「良かった」
「あ、あのね。進路のことなんだけど、決めたの」
「え!?本当?」
課外授業からそう日が経っていない。この間にもう決めたのか。
「私、ここの先生になる。学長先生に話して認めてもらえたら奨学金の申請をして日本語学校に通うわ」
「先生に……!?」
意外な答えだった。でも、確かに日本語には触れていられる。
「いいじゃない!それにしても、何で先生に?」
「それは……」
リプロートは顔を少し赤くしてもじもじとした。
「……」
「ん?」
「佳菜みたいな先生になりたいから」
「私……?」
どういうこと?
「落ちこぼれの生徒にも声かけてあげられるような。あと、日本語を楽しく教えられるような」
リプロートは顔を赤くしながら上目遣いで私を見た。リプロートは私をそういう風に私を見てくれていたのか。私の教師っぷりを評価して目標としてくれる人がいるなんて。
「ちょっと、何泣いてんのよ」
リプロートが少し焦ったように声をかけてきた。
「あはは、ごめんごめん。歳取ると涙脆くなんのよ」
私は照れ隠しでリプロートの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「じゃあゆくゆくは私と同僚だね」
「佳菜は日本に帰るでしょう?私がこの学校に戻ってくるのはあと三年くらい先の話だよ」
「うん、私、ここに残ることにしたから」
「……っ!?本当!?日本には帰らないの?」
「行き来できるようになったら帰省くらいはするかもね。でも、ここで暮らしていくつもり」
「そうなんだ……」
リプロートは下を向いた。嬉しそうに笑っているのが見える。可愛いやつめ。涙が出るよ。
「……佳菜!?」
いつまでたっても教室から出て行かない私を心配したのか、ニグリスが私達の方に近づいて来た。
「何で泣いてるの!?まさか泣かされて……」
「違う違う!」
ニグリスがリプロートに鋭い目線を向けそうになるのを見て、私は慌てて否定した。
「これは嬉し泣きだから。気にしないで」
「本当?大丈夫?」
ニグリスはそれでも心配そうに私を見てきた。
「大丈夫だよ。ニグリスは心配性なんだから」
「それは佳菜のことが心配だから……」
ニグリスはそう言いながら私が本当に嬉し泣きをしていたんだと信じてくれたようで鋭い顔つきが溶けた。
不意に下からの視線を感じて、見るとリプロートが私達を交互に見ていた。
「もしかして佳菜とニグリス先生って……」
「あぁ!いや、まぁそれはいいから!」
最後まで言わせまいと私はリプロートの言葉を遮った。その努力は虚しくニグリスの言葉で打ち砕かれた。
「そう。俺は佳菜のことが好きだから」
「ちょっ……!?ニグリス!」
「へ~やっぱり!」
リプロートがニヤニヤと私達を見た。ちょっと、生徒に先生達の恋愛事情を明かすなんて前代未聞だよ!
「何々!?」
「先生達付き合ってるの?」
「え、まじ!?」
騒ぎを聞きつけて生徒達が集まってくる。もう、七年生はませてるんだから!
「うん、まぁね」
ニグリスは嬉しそうに頭を掻いている。ちょっと、否定するところでしょここは!
「きゃー!」
「素敵!」
「結婚!?」
生徒達が私達を囃し立てる。リプロートも一緒になって笑っていた。
ま、いいか。みんな幸せだし、私も幸せだし。
ニグリスと目が合うと嬉しそうに笑ってくれた。日本から召喚されて失ったものもある。でも、その分大切なことにたくさん気がつけた。
それもこれもニグリスのおかげ。いつも傍にいてくれたから。
ありえないと言われていた人間の異世界召喚。それを実現できたのって運命だったのかな。私達の赤い糸が世界を越えたのかな。
……なんてね。ふふふ、と私は笑う。
ここで私はこれからも暮らしていく。たくさんな大切な人達に囲まれて異世界で日本語の先生をしながら。
窓からは私達を祝福するような優しい光が差し込んでいた。
Fin.
読んでいただいてありがとうございました!
楽しんでいただけていたら嬉しいです。




