第二十七話 真っ直ぐな想い
その日の放課後、私は自分からニグリスを訪ねた。ニグリスが私のことを気にしているのがわかったから、誤魔化すためにも自分から元気な姿を見せたかったのだ。
お願いして異世界召喚室でまた実家の様子を映しだしてもらった。今日は母はパートの日なのか、家には誰もいなかった。代わりに机の上に見慣れたパッケージと手紙が置いてある。
「ニグリス。あれ、召喚できる?」
「任せて!」
ニグリスは手慣れた様子でそれを掴んで召喚した。
「わ~久しぶりだ!」
私は早速袋を開けて手で生八ツ橋を摘んで口に入れた。柔らかい食感と程よい甘さ、そして最大の特徴であるニッキの爽やかさが口の中で広がった。
「ん~美味しい!ニグリスも食べて見てよ!」
ニグリスに生八ツ橋を差し出すと、ニグリスは興味深そうにじろじろと観察してから一気に口に入れた。
「ニッキは好み分かれると思うけど、どうかな?」
「……!」
ニグリスは口をもぐもぐさせながら何度も何度も頷いた。どうやら気に入ってくれたらしい。
「良かった」
「こんな美味しいもの初めて食べたよ!」
ニグリスは顔を輝かせてパッケージの裏の成分表示を真剣に見つめはじめた。最後にこうして気に入ってもらえてよかったな。少しは私が来てよかったって思ってくれるかな。
私はニグリスの様子を胸が締め付けられる思いで見つめてから、ふと手に残った母からの手紙の存在を認識した。そして、ゆっくりと手紙を開いた。
「佳菜へ
生八ツ橋を送ります。
日本に帰れることになったの?それはお父さんもお母さんもとても嬉しいです。
でも、佳菜はそれでいいの?本当は帰りたくないんじゃないか、というように感じました」
そこまで読んで、手紙を握る手がぎゅっと強くなった。何て書いたんだっけ。帰りたくない、なんて一言も書いてないよね。
何でわかるんだろう。ずっと離れて暮らしていたのに。
「帰ってきて顔を見ることができたら嬉しいけれど、親は子供が元気で暮らしていてくれればそれで十分です。
やりたいことをやりなさい。
佳菜は昔から好奇心旺盛で常識に囚われないところがあったから、異世界という環境でも上手くやっていけるんじゃないかと思います。
一生会えない、というのは流石に寂しいけれど、帰る手段ができるならいつか異世界に戻る手段も見つかるかしら?
いつか会えればいいから、今は自分の好きなように生きてください。
たまにこうして手紙くれたら嬉しいです。
お母さんより」
涙がパタパタと手紙に溢れた。何でお母さんは言って欲しい言葉をくれるんだろうか。寂しいくせに、自分のことより私のことを優先させるんだろう。
「佳菜?」
顔を上げればニグリスが心配そうにこちらを見ていた。
「ごめんね」
私は手で涙を拭って笑顔を見せた。
「あのね、実はニグリスに言わなきゃいけないことがあるの」
「うん」
ニグリスは姿勢を正した。
「昨日、王城に行った時にピュオーラさんから私が日本に帰れるかもしれないって聞いたの」
「……っ!?えぇ!?」
ニグリスの顔が強張った。
「異世界送還の方法が見つかったんだって。まだ実験中なんだけど、順調に進んでるから近々……」
「佳菜!」
急にニグリスが真剣な顔をして私の肩を掴んだ。
「な……」
顔が近くて私は言葉を失ってしまった。
「帰る、んだよね。そりゃあ故郷には帰らなきゃ、帰りたいよね」
ニグリスは混乱した様子で言葉が定まらない。
「あ、えっと」
「こんなこと言われても困るかもしれないけど!」
ニグリスは私の話を全然聞こうとしてくれない。必死さの滲んだ顔で言葉を紡ごうとしている。
「俺は佳菜に……いや、」
ニグリスか顔を横にぶんぶんと振って少し赤い顔で私をしっかりと見た。
「俺は佳菜が……好きなんだ!」
「……は?」
突然のニグリスの言葉に私は口をだらしなく開けた。好き?誰が?何を?
「だから!えっと、佳菜が帰ることを俺に止めることはできないけど、でもこれだけは伝えておきたくて」
ニグリスは顔をどんどん赤くして私を見た。
「佳菜は俺のこと、どう思ってる?」
「あ、えっと」
今度は私がしどろもどろになる番だった。頭は真っ白。でも、伝えなければ。
「お母さんに手紙で帰れるかもって伝えたら、私が望むなら帰ってこなくてもいいって言われて」
「え?」
「私もこの学校とこの国が好きだし、教師も楽しいかもって思ってきたところだったから、しっかり行き来できるようになってから日本に帰ろうかと思って」
「じゃ、じゃあ……」
「みんなが許してくれるなら、ここにもうちょっといさせてもらえないか、って」
「はぁ~」
ニグリスはヘロヘロと力が抜けて床に倒れ込んだ。
「ニ、ニグリス!?」
「よかったぁ~」
横からニグリスを覗き込むと、ニグリスは安堵の表情で目を閉じていた。
「佳菜が日本に戻っちゃうのかと思った。もう二度と会えなくなるかと思った。こんなに好きになっちゃったのに」
「す……っ」
そうだった。私、ニグリスから好きって───
「ねぇ佳菜」
ニグリスが上半身を起こした。いつも見ているはずのその端正な顔立ちに思わずドキッとする。
「勢い余って告白しちゃったけど、これは俺の本当の気持ちなんだ。俺は佳菜からしたら異世界人で戸惑うことも多いかもしれないけど、俺は本当に佳菜のことが好きだ。佳菜の気持ちを聞かせてくれないか?」
ニグリスは真剣な表情をしている。いつもニグリスは嘘なんてつかない。正直で真っ直ぐで眩しい。
「私……」
自分の顔が熱くなっていくのを感じる。好き、って伝えるのってこんなに勇気がいるんだ。でも、ニグリスは伝えてくれた。私も───
「好き…だよ。ニグリスのこと」
「佳菜……」
ニグリスの身体が私に近づく。恥ずかしくてニグリスの顔を見ることができない。
「わ、私、こんな年上だしナターシャみたいに可愛げもないし、いいの?」
「何言ってるんだよ。年は三つしか変わらないし、佳菜は可愛いよ」
「うっ……」
可愛いなんて!心臓がきゅうっとなって痛いくらい。ニグリスと至近距離で目が合った。
「嬉しい」
ニグリスは言葉通り本当に嬉しそうに笑った。ニグリスの手が私の手に重なって、顔が近づいてくる。あっと思った瞬間にぎゅっと目を閉じると、予想通り唇に柔らかい感触が当たった。ニグリスの濃厚な匂いがする。頭も胸もニグリスでいっぱいになってしまう。
一瞬でそれは離れて、またニグリスと目が合った。ニグリスも顔を真っ赤に染めている。
そこで、ふっと気がつく。あれ、そういえば───
「キスって結婚相手としかしないんじゃ……」
自分で口にしてカッと顔が熱くなる。ニグリスはこくり、と頷いた。
「嫌だった?」
「い…嫌じゃないけど、私なんかと……」
言いかけてニグリスは私の鼻を摘んだ。
「ちょっ……」
「私なんか、なんて言うなよ。佳菜は自分の評価が低すぎるよ」
ニグリスの手が私の鼻から離れたので、私は手で鼻を抑えた。
「俺は佳菜のこと、お嫁さんにしたいくらい好きだから」
「うっ……!?」
プ、プロポーズ!?これってプロポーズ!?
「嫌?」
嫌、なわけない。私だってニグリスのお嫁さんになりたい。少し展開が早い気がするけど、それでもいいかな、と思えるくらいに。
私はふるふると首を横に振った。
「良かった」
ニグリスは笑って、そしてもう一度顔が近づいてきて、今度はもう少し長いキスをした。




