第二十五話 愛による信頼
課外授業は成功だった。喧嘩するかも、と言っていたリプロートだったが、生徒と関わることはなくても喧嘩することもなかった。その代わりに瞳を輝かせて図書館を見て回り、研究員のスニロッサの話を興味深そうに聞いていた。それはどの生徒よりも楽しそうに。それを見ていたら私は心から幸せな気持ちになった。教師のやりがいというのはこういう時のことなんだな、ということがわかった気がする。
帰り際にスニロッサに実家への手紙を渡した。ピュオーラさんに渡してください、とお願いすると、少し緊張した顔をした。やっぱり美人に話しかけるのは緊張しちゃうよね、わかるわかる。
週末。もう手紙は届いただろうかと気になって、またニグリスに鏡を見せてもらった。すると、買い物に出かけているのか、鏡の向こうには誰も映っていなかった。
また今度にしよう、とニグリスに声をかけると、
「待って!」
と、ニグリスに止められた。
「テーブルの上!」
ダイニングテーブルの上を見ると、そこには「佳菜へ」と書かれた手紙が置いてあった。母の字だ。
「ニグリス。あれ、召喚できる?」
気持ちが高揚する。
「わかった!」
ニグリスはふぅ、と一息ついて鏡に手を入れると手紙を取ってくれた。
「ありがとう!流石はニグリス!」
「へへへ」
ニグリスはまんざらでもない顔をして手紙を私に渡してくれた。やはりそんなに綺麗ではない母の字で「佳菜へ」と書かれている。母の字なんて久しく見ていないはずなのにわかるもんなんだな。それを見ているだけで胸が締め付けられる思いがする。
裏返して封を開けて中の手紙を取り出した。
「佳菜へ
手紙ありがとう。驚きました。
異世界にいる、だなんて突拍子もない話信じられないけれど、佳菜がそう言うのだから本当なのでしょう。
とにかく元気そうで安心しました。佳菜の家は一応残しておいたのだけど、望に頼んで退去することにします。家具や電化製品は売ってしまうけど、荷物はここへ持ってきておくわね。もし、日本に戻ってくることができたなら、ここに来てちょうだい。
身体のことも心配していたけれど、楽しく暮らしているようで私たちは安心しました。佳菜が先生だなんてね。
でも、私は佳菜は先生に向いているかも、と思うよ。佳菜は望と違って教えるのも説明も上手だから。国語の成績だけは昔から良かったものね。本も好きだし。
異世界召喚?っていうのでこの手紙も佳菜に渡すことができるのかしら。なくなっていたら佳菜に渡ったって思っていいのよね?とりあえずテーブルに置いておきます。
何か欲しいものがあったら言ってくれたら置いておくようにするわ。
ただ、あんまり私たちの生活をこっそり覗かないでね。恥ずかしいから。
じゃあまた連絡待ってます。身体に気をつけて、元気で。
お母さんより」
手紙を二回読んで、私は顔を上げた。ニグリスは嬉しそうな顔をしている。
涙が出そうで誤魔化したくて、手紙をニグリスに見せた。ニグリスが手紙に視線を落としているうちに手のひらで流れ出す前の涙を拭った。
「素敵なお母さんだね」
ニグリスが何故か少し瞳を潤ませて手紙を返してきた。
「そうかな」
つられて泣いてしまわないように私もニグリスから目を逸らした。
「生八ツ橋でも送ってもらおうかな」
実家を見ていたら久しぶりに食べたくなってきた。
「なまやつはし?」
ニグリスはそりゃあ食べたことないだろうな。ゴミ捨て場に生八ツ橋が捨てられる訳ないもんね。
「お菓子だよ。うちの実家の辺りの名産品っていうのかな?ニグリスにも食べてもらいたいし」
「へ~!楽しみ!」
ニグリスは顔を輝かせた。私は今、幸せだよ、お母さん。
「早速、手紙書いてお願いしなきゃね」
母に何かを頼むなんてどれくらいぶりのことだろう。なんだかくすぐったい。
「今日はありがとう、ニグリス」
私が立ち上がるとニグリスは、
「あっ、佳菜」
と、私を呼び止めた。
「これから何か用事ある?良かったら夜、一緒に街でごはんでもどう?」
ニグリスからの食事のお誘いに私は目を丸くした。そして、
「うん、ぜひ!」
と、その誘いを受けた。ニグリスはナターシャのこと、好きじゃないって言ってた。そして、私を食事に誘ってくれて───
もしかしたら私にも希望はなくもないのかな。だとしたら嬉しいな。




