第二十四話 行動あるのみ
鏡で実家の様子を見てから、私は気が抜けたようにぼーっとしていた。ニグリスに心配されたけれど、上手い返しもできなかった。
両親に心配されているなんて思ってもみなかった。両親二人きりでの生活。どこかしんとした家の中。母の涙。何もかもが私の頭にこびりついて消えてくれなかった。
日中の授業も靄がかかった様にぼんやりと過ごした。何かを明確に悩んでいるわけではないのに、思考が現実に定まらない。
四時間目になって私は保健室に向かった。明日は課外授業。切り替えなくてはいけないのに。
保健室に入ってリプロートの目の前に座る。私は何となく教科書を開いたが、何も頭には入って来なかった。
「明日……」
いつの間にか私を見ていたリプロートが口を開いた。
「行く」
「え?」
思考が徐々に現実に合わさっていく。
「行くから」
明日。課外授業のことだ。
「わかった」
私の顔に笑顔が浮かんだ。今日初めての心からの笑顔だ。
「私、友達いないから。また喧嘩するかもしれないけど」
リプロートは少し照れた様に言った。
「喧嘩しなよ。人のこと外見とか能力でバカにするようなやつのことなんて気にしなきゃいい」
「ふふふ、佳菜は先生でしょ?そんなこと言っていいの?」
リプロートは笑った。リプロートの笑顔、初めて見たかもしれない。
「ありがとう」
「何で佳菜がお礼言うのよ」
「うん、まぁいろいろとね」
私はリプロートの頭を撫でた。やめてよ、などと言いながらリプロートは笑った。
塞いでいてもしょうがない。行動するしかない。
その日の夜、私はニグリスの部屋を訪ねた。ニグリスは驚いた顔をしたが快く入れてくれた。
ニグリスの部屋に来るのは初めてだ。綺麗に整理されたシンプルな部屋。ニグリスの匂いが部屋に充満している。抱きしめられた時のことを思い出して何となく恥ずかしい。
「どうしたの?」
「うん、昨日はごめんね。変なもの見せちゃって」
「ううん、全然だよ」
ニグリスは優しく笑ってくれた。
「ちょっと聞きたいんだけど、この世界のこと、日本の人に伝えたらマズい?」
ニグリスは少し瞳を見開いてから、
「特にダメっていうことはないと思うよ。行き来できない分信じてもらえないだろうから伝えていないだけだから」
と、答えた。
「そっか」
私は足をぶらぶらとさせた。
「親に私が異世界にいること伝えてみようと思う」
「うん」
ニグリスは驚くこともなく落ち着いた様子で頷いた。
「信じてくれるかどうかは別として、とりあえず伝えてみる」
「手紙、明日渡すの?」
「うん、これから書く」
「そっか」
私は天を仰いだ。
「毎日自分の生活で精一杯で振り返ることなんてして来なかったけど、世界でたった二人の両親でたった一人の娘なんだもんね。もっと早く伝えるべきだった」
職場なんかよりも大事なことだった。
「親に手紙書くのなんて初めてだよ。前回の手紙はただ要件だけだったから」
「うん」
私の独り言のような話をニグリスは時折相槌を打ちながら聞いてくれている。案外私は母のようにおしゃべりなのかもしれない。そして、父は聞いていないようでいてニグリスのように聞き上手なのかもしれない。
「明日、リプロート来るって」
「本当!?良かったね!ナターシャからは難しいかもって聞いてたから」
ニグリスは顔を明るくした。ナターシャから、か。
「ねぇ、ニグリスはナターシャのこと、好きなの?」
私は気になっていたことをすんなり聞くことができた。
「へ?」
ニグリスは意外そうな顔をした。
「恋愛対象として、ってことだよね?」
「うん」
「好きじゃないよ」
「本当?」
「本当」
「そ、良かった」
自分の感情も素直に言葉になった。
「え?良かった……?」
「さ、じゃあ手紙書くから行くわ。ありがとね、ニグリス」
ニグリスのぽかんとしたアホ面を置いて私は部屋を後にした。もっとその先を言うのはもうちょっと待ってね。流石にそれには勇気がいるから。
私は部屋に戻って手紙を書いた。何回も何回も書き直してようやくまとまった。便箋にたった二枚の内容なのに、出来上がった時には既に外は明るくなり始めていた。数時間は寝れそうかな。もし起きれなくても誰かが起こしに来てくれるよね。
私は充実感を胸にベッドに入った。




