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第二十二話 恋の駆け引き、難しい

「さっきピュオーラさんにもらった鏡はどこに繋がっているの?」


 そういえばニグリスに能力を使ってもらわないと見ることができないのに伝えていなかった。


「私の実家なの」


「実家かぁ。そうだよね、きっと心配してるよね」


「うーん、どうだろうね」


 私は首を傾げた。


「実家とは上手く行っていなかったの?」


「いや、別に仲が悪いわけでもないんだけどね」


 ニグリスは不思議そうな顔をした。


「仲が良くも悪くもなくて、なんか距離があるんだよね。他人っていうか」


 ニグリスは今度は少し悲しそうな顔をした。


「高校出て大学から東京に出てきちゃったから、実家なんて二年に一回くらいしか帰ってなかったし」


「実家から東京は遠いの?」


「うん、三、四時間くらいかなぁ」


 口に出すとそんなに遠くもないのかな。少なくとも今よりはずっと近かった。


「もう実家出てから十五年くらい経ってるんだよね。だから、親にとっても私はいなくて当たり前、みたいな感じで心配してもないんじゃないかな」


「そうかなぁ……」


 ニグリスは考えるようにグラスを傾けた。


「弟もいるし」


「佳菜には弟がいるんだ!?」


 興味深そうにニグリスが食いついてきた。


「うん。でも、似てない弟だよ。実家近くに住んで結婚もして親孝行だよ」


 私とは違う幸せを掴みとっている。不思議と羨ましいと思ったことはなかったけれど。


「でも佳菜に弟がいるって聞くとしっくり来るよ」


「なんで?」


「なんかお姉ちゃんっぽい!面倒見いいもん!」


「そうかな」


 ニグリスに面倒見のいいところなんて見せたことあったっけ。もしかしてニグリスは私の事お姉ちゃんみたいって思ってるのかな。チクリ、と少し胸が痛む。


「じゃあ帰ってから鏡見てみないとね」


 ニグリスは笑顔でそう言って立ち上がった。


 え?もう帰るの?デートはこれで終わり?王城行ってごはん食べて帰るだけなんてデートじゃないよ。しかも、喋ることだって仕事関係のことばかりだし。


「ニ…ニグリス!」


 私はニグリスを呼び止めた。


「ん?」


 ニグリスが不思議そうに振り返る。あ、やば。呼び止めたはいいものの、なんて言えばいいんだろう。まだ一緒にいたい、なんて口が裂けても言えないし……


「あー、えーっと……」


 口を濁す私の傍にニグリスが近づいて来てくれた。


「ん?」


 もう一度聞き返される。あ、優しい顔。心臓がドクンと跳ねる。


「鏡は明日でもいいよ」


 私は消えそうな声でそう言った。


「今日は見たくないの?」


「そ…そうじゃなくて……」


 もじもじと下を向いて手元を見る。なんで上手く言えないんだろう。頭の中は真っ白だ。


「何かこの後予定でもあった?」


「ち、違うの!」


 私はすぐに否定した。


「もうちょっとニグリスと……どっか行ったり、とか」


 言った瞬間にしまった、と思った。もっと上手く誤魔化して言えばよかった。「もうちょっと街をぶらぶらしていこうよ!」とか。それなのにストレートに言いすぎてしまった。これじゃあ「ニグリスともっと一緒にいたい」と言ってしまったようなものだ。


 下を向いて自分の手をぎゅっと握った。ニグリスの顔なんて見れない。好きだってバレちゃったかな───


「えっと……じゃあお茶でも飲みに行く?近くに日本茶のお店があるんだ」


 ニグリスの声も心なしか上ずっていたような気がする。やっぱりバレちゃったのかも。


 私は俯いたままこくり、と頷いた。これじゃあ子供みたいだ。情けない。31にもなるのに恋愛の駆け引きもできないのか。そういえば十年も恋愛してないんだっけ。そりゃ衰えもするか。


「じゃあ行こう」


 ニグリスの足下だけを見て私はついて行った。


----------------------


 着いたのは落ち着いた雰囲気のカフェだった。日本茶というから和風のお店を想像していたが、どちらかというと洋風の出で立ちだ。


 そこはニグリスの言っていた通り緑茶やほうじ茶など日本のお茶がメニューに並んでいた。私とニグリスは緑茶を頼んだ。以前に連れて行ってもらった日本料理店でのごはんを思い出して期待はしていなかったのだが、程なくして出てきた緑茶は懐かしい香りで思わず顔が綻んだ。味も日本で飲んでいたものと変わりないように感じた。


「美味しい」


 私が思わずそう口にすると、


「そうだね」


 と、ニグリスも笑顔を見せた。さっきまで漂っていた変な空気まで溶かしてくれるようだった。


「ありがとうニグリス。ここに連れてきてくれて」


 日本を味覚で感じることができて心から嬉しい。私は味わうようにゆっくりと飲んだ。


「佳菜は日本が恋しい?」


 ニグリスは少し悲しそうな顔をしている。責任を感じているのだろうか。


「うーん」


 恋しい、か。そう思ったことはなかったけれど、緑茶を飲むと嬉しい気持ちにはなる。帰りたいと思っているのだろうか。

 しかし、緑茶を飲んで嬉しいと思うのと同じくらい私はここの生活が気に入ってきている。


「故郷だな、とは思う。でも、恋しいかと言われるとそうでもないかな」


 考えて考えて私はそう答えた。


「ここの生活、楽しいよ」


「そっか」


 ニグリスは安心した顔をした。やっぱり責任を感じているんだよな。だから、私ともこうして時間を過ごしていてくれているのかな。


 ニグリスと恋愛関係になるには一体どうしたらいいのだろうか。


「そういえばニグリスってどんな女性が好みなの?」


「えぇぇ!?」


 ニグリスは顔を赤くして明らかに狼狽えた。そして、こほん、と一息ついてから、


「優しくてかわいい女性かなぁ」


 と、言った。優しくてかわいい女性。私の頭の中にナターシャの顔が浮かんだ。

 そうだ、付き合っていないとはいえ、ニグリスがナターシャを好いていることはあり得る。やっぱり私は無理なのかな……


 暗い気持ちになって俯いた。


「佳菜は?佳菜はどんな男性が好み?」


 ニグリスが真剣な顔で聞いてきた。私のことなんて興味ないくせに。


「頼もしい人、かな」


 ニグリスみたいにね、と内心で付け加える。


「そっか……やっぱりそういう男の人の方がいいよね」


 ニグリスは何故か表情を暗くした。ナターシャのことを想っているのだろうか。

 そういえばナターシャはニグリス以外で好きな人がいるって言ってたっけ。聞きそびれちゃったけどどんな人なんだろう。

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