第十一話 異世界の学校での序列とは
それから私は机でひらがなとカタカナの書き順を書いた本の作成を始めた。まず紙に線を引いて表を作る。エクセルがあれば一回作って印刷すればあとは書き込むだけの作業を手書きで一枚一枚。こんなに線を引くのはそれこそ小学校以来かもしれない。まさかこんなにアナログな作業をすることになるなんて。
一度に三冊同じものを作る。七学年ある学校で本当は七冊あればいいんだろうが、そんなに書くのは流石にめんどくさい。かと言って一冊や二冊では少なすぎるし、三冊書くことにした。
線を引いて綺麗に字を書いていくのは意外と時間がかかる。ひらがなを終えた時、ちょうど鐘がなって教員が戻ってきて職員室はざわめきに包まれた。これで今日の授業は終わりらしい。早々と帰宅する者、生徒と談笑する者、机に向かってなにやら書物をする者と様々だ。私はそれを疲れた脳でぼーっと眺め、ふと思いついて席を立った。
向かったのは保健室だ。入るとナターシャはまだいた。生徒はもう誰もいなかった。
「あら、佳菜」
ナターシャはいつの間にか呼び捨てで私の名前を呼んだ。その笑顔を見ると私は少しホッとした。ナターシャは人を落ち着ける雰囲気を持っている。それに、私は自分が思っているよりナターシャのことを気に入っているのかもしれない。
「お疲れ」
私はナターシャに声をかけて朝と同じ椅子に座った。朝のことが遥か昔のことに感じる。
「今日はどうだった?」
「うん、なんか早速面倒事に巻き込まれたかも」
「あら」
うふふ、とナターシャは穏やかに笑った。
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど」
「なに?」
「朝の子…リプロートだっけ?あの子クラスで虐められてるの?」
「あぁ……」
ナターシャは私の前の椅子に座った。
「虐められてるというか、喧嘩してるというか……私も実際に見たわけじゃないからわからないんだけど」
ナターシャは足を組んだ。
「リプロートは七年生でいろいろ複雑な時期なの。将来のことも考えなくちゃならないから」
「将来……そっか。初等科が終わったらそれで義務教育は終わり?」
「ここも義務ではないんだけどね」
ふふ、と少し寂しそうな笑顔を見せた。
「家が貧乏だと学校に通うのは難しいから。それでも七割くらいの子供は通ってくれるけどね」
日本は恵まれていると思う。
「初等科が終わるとさらに学校に行く子もいるし、働き始める子もいるわ」
「あんな子供が?」
リプロートを思い出す。日本で言えば中学一年生の子が働くようなものだ。
「えぇ、人口も少ないし、ここではそれが当たり前ね」
「ふーん」
遊びたい年頃だろうに辛い世の中だ。
「この国の働き口というと、いくつかに限られるわ。実家が農家や商店なら家に戻ってそれを継ぐ、精霊召喚ができる人はその能力を活かしてそれぞれの職場へ、異世界召喚ができる人は研究職につく。そのために、裕福な家庭なら次の学校へ、もしくはそのまま王城に入る。そのどれにも当てはまらず、召喚能力がない人は身体能力を伸ばして王城の兵士になるか、学校へ行って日本研究の道に進む」
うんうん、と私は頷く。
「リプロートはね、召喚能力が出なかったの。でも、実家は父親を幼くして亡くして、母親が商店で雇われで働いている一般の民家で、次の教育に進めるほど裕福ではないの」
「その場合は……?」
ナターシャは首を横に振った。
「商店や農家に雇ってくれるところがないか探すしかないわ。男の子だったら王城の兵士っていう道もあったんだけどね……」
この世界では召喚能力が重宝されるんだ。
「リプロートは日本語や日本文化が本当に好きなの。だから、本当は研究職に進みたかった。異世界召喚をだいぶ試していたわ。でも、出なかった……」
ナターシャの顔はどんどん暗くなっていく。
「ここでは召喚能力が発動しなかった子供は虐げられる傾向にある。リプロートも例外じゃなかった。それがリプロートには耐えられなくてクラスの子達に掴みかかって喧嘩したの。そこからね、リプロートがここに通うようになったのは」
持って生まれた能力で虐げられるなんて。私も顔を歪めた。でも、日本も同じようなものか。運動できる子は人気者になる傾向あるもんね。
「佳菜がリプロートに日本語を教えてくれると嬉しいわ。私じゃあカバーしきれないところもあるからね」
生意気で可愛げのない子供。それでも私はここにわざわざ聞きにきてしまうほど気になってはいた。私は学生時代虐められることはなかったけれど、大人しいグループにはいた。学校独特のスクールカースト制度が私は大嫌いだった。
「わかった、気が向いたらね」
私はそう言って立ち上がった。
「ここにある教科書いくつか借りてもいい?今資料作ってるのよ」
「えぇ、いいわよ。明日返してね」
「わかった」
私は頷いて教科書を何冊か持って保健室を出た。異世界といえども差別や上下関係はあるんだな。私はここで何ができるんだろうか。




