第十話 異世界人と日本人、それぞれの主張
「いやぁ~本当にすごいよ佳菜!」
授業が終わった後、ニグリスが興奮気味に話しかけてきた。
「まさか文字に書く順番があるなんてね!みんなにも教えてあげなきゃ!」
「あ~うん」
私は曖昧に返事をした。そして、少し迷ってから思っていたことを口にした。
「ねぇ、書き順教えてよかったのかな。教える必要なかったんじゃないかな」
「なんで?」
ニグリスはキョトンとした顔をした。感情が素直に顔に出る、わかりやすい人だ。
「別に全てを日本に合わせる必要、ないと思うの。カーストゥン独自の発展を遂げてそれが通じ合ってれば十分だと思うから」
「そうかなぁ……」
「ずっと思ってたんだけど、この国の人はなんでそんなに日本に拘るの?近隣諸国の真似をしたり、自分達で考えて発展していこうとはしないの?」
「あぁ、それについてはいろいろ理由があるんだ」
私達は職員室に戻ってきた。手近なテーブルに腰掛けた。
「まず、近隣諸国についてだけど、恐らくこの世界は地球に比べて人口はかなり少ないんだ。土地もたくさんあるし、争うべき相手もいない。一番近くの国に行くのにも丸二日かかるくらいだ。それに加えて、カーストゥン王国は山に囲まれていてね。出るのも入るのも一苦労なんだ」
「ふーん」
海に囲まれた日本と似たところがあるかもしれない。
「そんなわけで他国から文化を輸入するには骨が折れる。だから、カーストゥン王国はとても遅れた国だったんだ。そこへ異世界召喚が偶然行われるようになり、日本と繋がった。俺たちにとって日本は最も近い国なんだ」
「でも、今は日本から言葉も文化もある程度吸収した。それでもういいんじゃないの?」
「一度繋がったものを簡単にやめることにはならないよ。憧れもあるし。それに、日本からコーヒーやお米と同じように未だに食料の原材料も入手できる。それまで獣を狩り、木の実を採って暮らしてきた俺たちにとっては大事なことなんだ。日本は作物の栽培に長けていて、その情報を得るためには定期的な召喚も必要。カーストゥン王国はそういう国なんだ」
「うーん、まぁ一応はわかった。でも、やっぱり日本語に関してはそこまできっちり合わせなくてもいいんじゃないかな。間違った言葉や書き順を覚えても、万人がそれを使えば正となる。言葉は進化していくものだから、拘る必要はないと思う」
「そうかな……」
ニグリスは納得できない顔をした。
「日本で日本語の使い方が変わっていくのにカーストゥン王国でも合わせてたら無理が出るよ。そもそも日本にあるものがこっちになくて、こっちにあるものが日本にないことも多いんだから、完全に合わせるのは無理だよ」
「そっか……」
ニグリスは何かを考えるように遠くを見た。
「さっきは書き順について咄嗟に教えちゃったけど、そもそも私が日本の価値観で日本語を教える事自体が良くないんじゃないかと思ってる」
「それはそんなことないよ!」
ニグリスが強く否定した。
「カーストゥン王国は日本への憧れがものすごく強い。少なくとも今の段階ではより日本に近づこうと思っている人がほとんどだ。だから、日本のことを教えてくれる佳菜が俺達には必要なんだ!」
だんだんと前のめりになって話してくるニグリスの気迫に圧倒される。私は自分の額に手をやった。仕事でもこんなに明確に私のことが必要だ、と言ってくれた人は誰もいない。自分の自己評価で私は会社に無くてはならない存在だ、と思っているけれど、実際はどうなんだろうな。そういえば今日は月曜日。会社に私が来なくてみんな困っているのかな。
そんなことをぼーっと考えていると、
「書き順についてはもっと教えてくれると嬉しいな。見てなんとなく真似してるけど、書きにくいものもあるからさ」
と、畳み掛けられてしまった。
「……わかった。さっきみたいな書き順表を作っておくよ。まずはひらがなとカタカナかな」
「ありがとう、佳菜!」
ニグリスパアッと顔を明るくして私の手を両手で握りしめた。
「ちょっ……」
この男は人に触れるハードルが低すぎる。昨日はキスの話であんなに恥ずかしがってたっていうのに。調子狂わされる。でも、私は大人の女性なんだ。年下の男なんかに振り回されてたまるもんか。
背筋を正して心の中を隠すように落ち着いた声を出す。
「ここに印刷技術はないよね?」
「いんさつ?」
「書いた紙を複製する、みたいな」
「あぁ、あるよ!でも、王城に文字を別の紙に写す精霊召喚できる人がいるんだ。教科書は王城で作ってもらってるんだよ」
そういえば教科書があったっけ。
「でもそれって気軽に頼めるもんじゃないよね?」
「うーん、どうだろう。俺は頼んだことないかな」
「じゃあ手書きで書き順の本を何冊か作るよ。あとは複製したければ勝手にやって」
私はスッと立ち上がった。ニグリスの手が私の手から離れた。
「今から作るよ」
そう宣言して私に与えられた席についた。




