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青き馬、重賞レースに出走する

京王杯2歳S。このレースの主な勝者はスターヘヴンと同じオフィサー産駒であるアポロドルチェ、後の有馬記念馬グラスワンダーが挙げられる。そして三冠馬オルフェーヴルが惨敗したレースでもあることが知られている。


『ジンクスで言えば間違いなくこのレースで勝っても意味ないんだよな。』

このレースを勝った馬はクラシック三冠レースに勝てないというジンクスがある。何せこのレースの勝者で最後にクラシックを制覇したのはドクタースパートであり、それ以降はクラシックを勝った馬が皆無である。GⅠ馬はそれなりにいるのだがクラシック三冠レースを目指すのであればやはり厳しいだろう。

「だからって負ける気か? ボルト。これ以上マオウに差をつけられたら見向きもされねえぞ。」

ボルトに騎乗する橘が意地悪にそう尋ねた。

『いや負ける必要もない。むしろ圧勝してやる。オペラオーとて天皇賞秋の1番人気不勝利のジンクスを破ったんだ。2度とこんな馬現れねえってことを見せつけるには丁度良いレースだ。』

「なるほどな。確かにそうだ。だが気をつけろよ…このレース、どうやら闇があるみたいだからな」

『闇? 八百長とか?』

「サルノキング事件みたいなことはねえだろうがテイエムオペラオー包囲網ならあるな。」


サルノキング事件

この事件は1982年にサルノキングと言う逃げ馬が敢えて逃げずに追い込みをして惨敗したことにより、同厩舎の馬に勝たせるよう八百長したのではないのかという八百長疑惑の事件である。その後誤解は解けたが、しばらくの間逃げ馬を無理やり追い込ませたり、逆に追い込み馬を逃がしたりすることはタブーとなった。自在性の効く脚を持つシンボリルドルフが横綱競馬に拘ったのもそういった背景があるのではないかという説もある。


テイエムオペラオー包囲網

これは2000年有馬記念でほぼ全頭がテイエムオペラオーをマークしたことに由来する。競馬は徒競走などとは違い馬の実力だけでなく騎手や馬群という要素もある。どんなに実力があっても馬群に呑まれてしまえば負けてしまう。このレースに出走する全頭でマークすれば抜け道などありはしない。例え自分が負けようともオペラオーだけには勝たせない。そんな執念があったのか、オペラオー以外の騎手はオペラオーをマークした。だが最後に騎手達は欲が出たのかオペラオーをマークから外し、オペラオーの前にいた馬群を空け勝ちに行った。オペラオーはその隙を逃さず、宝塚記念からの腐れ縁のメイショウトドウやその年三冠レース全て馬券に絡んだ善戦マンのヘレニックイメージ以下抑え優勝した。これがどんなに凄いことか理解出来るだろうか? 年間無敗で古馬中長距離GⅠを全て勝つというプレッシャーもあった上にこんな包囲網を形成されたのだ。普通であれば負けてしまうこの状況をクリアしたのは後にも先にもオペラオーただ一頭だけである。


『オペラオー包囲網か。あんな包囲網ほどキツイものはないが、流石に全頭俺をマークする訳にもいかないだろ。』

「だと良いんだがな。まあ今回は逃げの一手だ。この前の新馬戦でお前のことを追い込み馬だと思っている奴らが多いから意表を突ける。」

『そいつは良いな。俺は先行で押し切る横綱競馬が得意だから追い込みよりも逃げの方が楽でいい。』

「よし、決まったな。」

ボルト達がそう判断すると栗毛の流星馬がボルトに近づき声をかけた。

『よう。久しぶりだな。』


ボルトは自らの頭でその馬のことを思い出そうとする。風間牧場にいた頃や、併せ馬、新馬戦の対戦相手。それらの全てを走馬灯のように思い出した。

『…誰だ? お前?』

しかしだからといってその馬のことを思い出すはずもない。

『俺だよ! 英国生まれのカーソンユートピア産駒のラガールートだよ!』

『知らねえな。』

「俺も知らねえ。」

『隣厩舎で散々騒いでお前に注意された馬だよ!』

『ああ。お前か。』

その一言でボルトは自分が『英国のマズメシでも食ってろ!』とキレたのを思い出した。

『アレから俺は本場の競馬王国、英国から取り寄せた餌でパワーアップしてきたんだ。』

『マジにやったのかよ…』

「いやいや、ボルトちょっと待て。そいつがそんなことを言うってことはお前達の会話を理解できる奴らが俺達以外にもいるってことだぞ? それをスルーしてどうする?」

ボルト達の会話は一部の人間しか聞こえない。橘が主戦騎手になったのもボルトの声が聞こえるからで協調性という意味では一番やりやすいからだ。

『あ、そうか。で、誰にそれを話したんだ?』

『気づかねえのか? 俺の上に乗っている若造だよ』

「こら!」

若造扱いされたことに怒る新人ジョッキーがラガーを叱る。

『でけえ声出すんじゃねえよ。他の馬が怯えたらどうしてくれる? 藤本。』

馬は臆病であり、大声を出したらラガーが言う通り他の馬が怯える可能性は高く、この新人ジョッキー藤本がしたことが出走妨害となりかねない。

「う…」

『ダハハハッ! まあそう言うことだ。お前は俺に乗られてば良いんだよ。それよりボルトチェンジ。今日のレースは俺が勝たせて貰うぜ。言い訳が出来ないよう完膚なきまでに叩きのめしてやるから覚悟しておけ。』

ラガーがそう告げるとゲートに収まる。

『叩きのめすか。どう思う?』

「どうもクソも全力を尽くして相手をすれば良いだけだ。」

『それもそうか。』

そしてしばらくしボルトもゲートに入り、最後にカイノイージーという馬がゲートに収まる。


【京王杯2歳Sスタート!】

そしてボルト達を塞いでいたゲートが開かれ、レースが始まった。しかしその瞬間イレギュラーが怒った。

『うわっ!?』

【あっと!? 一番人気のボルトチェンジ、橘騎手バランスを崩し出遅れてしまいました!】

そう、橘が突如バランスを崩し、落馬しかけるが出遅れてしまう。

【さあハナを切って行ったのは二番人気のラガールート。そこからシンキングターン、ハマノジョージが続いています。】

『これは貰ったな。』

ラガーがそう呟くと隣にいるシンキングターン達が反応した。

『へっ、マル外が二番人気になったからって調子こいているんじゃねえぞ。』

『てめえこそシンキングアルザオ産駒だからって調子こいているんじゃねえ。こっちはマオウと同じディープインパクト産駒だ。しかも母父アイグリーンスキーだ。これ以上の血統で勝てると思っていんのか?』

そんな喧嘩をしながら三頭が熾烈な先行争いをする。しかしその頃のボルト達は先行争いをしている馬以外の馬に道を塞がれていた。


『くそっ! 出遅れた!』

「落ち着け、ボルト。まだ十分余裕はある。」

『余裕があるか!! 前を見ろ! 完全に塞がれたぞ! 短距離でこれを捌くなんてかなり厳しいぜ。』

「だから慌てるなよ。俺の推測だと普通の馬なら負け確だがボルトの力量ならこれでも勝てる。黙って俺の指示に従え。」

『わかった。ただしこれで負けたら俺の無敗記録をストップさせた責任を取ってもらうからな!』

「いいとも。」

橘は前に塞がる3頭と左右にいる2頭を見て、ボルトを後退させるがそれに合わせるように5頭も下がっていく。


「(チッ、どうやら噂は本当だったみたいだな。)」

橘は様子見でボルトを後退させ、5頭がボルトの道を塞ぐ為に下がるのを見て自分を犠牲にしてボルトを優勝させない気であることを実感した。

「(となれば勝負は一瞬。少しでもタイミングを間違えれば降着。下手したら失格もんだ。いつ行くかだな。)」

橘はムチを構え、何時でも叩けるように準備をする。


【さあ残り700mを切って先頭はハマノジョージ。ハマノジョージ先頭。それに続くようにラガールート、シンキングターンが続いています。】

そして、東京競馬場は騒然とした。

【ここで橘、ボルトチェンジにムチを入れた、かなり早すぎないか!?】


ミスターシービーする。

これはシンボリルドルフとほぼ同じ配合であるマティアルの騎手がスプリングSて圧倒的な追い込みを見せた後にそう告げた言葉である。しかし最近ではその言葉は、早すぎるスパートをするという意味で使われる。菊花賞でのミスターシービーやゴールドシップ、天皇賞春のディープインパクトは淀の坂を登る時にスパートをかけ坂を下り終わる頃には先頭に立ちそのまま一着でゴールインしてしまうという圧倒的な強さを見せた。ディープインパクトが最強と言われるのは通常なら負けパターンになるこのスパートで天皇賞春の記録を1秒以上も更新したからである。


【ボルトチェンジが馬群の合間を縫うように抜いていき、先頭に立った!】

『よう…久しぶりだな。ラガー。』

『あんな後ろからこんなロングスパートで来るなんて…馬鹿じゃねえのか!?』

『ここでてめえとはお別れだ。じゃあな。』

『ま、待ちやがれ!』

残り500m時点で先頭に立ったボルトは頭を下げ、さらにスピードを上げようとする。それは橘による指示だった。通常であればこのままでも馬なりで勝ってしまう。だが超がつくほどロングスパートにボルトといえども流石に疲れを見せていた。

【しかしボルトチェンジ、いつものキレはない!】

その為、三の脚が二の脚と同じスピードの状態になり、追い抜かれたら後がない。

【ラガールート、シンキングターン、ハマノジョージ、外からやってきたカイノイージーが突っ込んでくるが先頭はまだボルトチェンジだ。ボルトチェンジが先頭!】

『ど、どういうことだ!? いくら追っても追いつけない!?』

【二番手ラガールート、間からハマノジョージがやってくる。そしてカイノイージーが二番手争いに加わるが先頭はボルトチェンジ! 強いっ! 強すぎる! これほどまでに強いのか!? ボルトチェンジ今一着でゴールイン! 二着にはラガールート、三着争いは混戦です!】

『全く、とんでもねえ奴と当たってしまったもんだぜ。』

二着に入ったラガールートはそうぼやき、座る。

「ラガー!?」

【おっと!? ラガールートに故障発生か!?】

ラガーが座るのを見て藤本が降り、調教師達も駆けつけた。

『心配ない。ただちょっと疲れただけだ。』

「一応検査しておこうな。」

『ああ…』

【ラガールート、馬運車に運ばれて行きますが大丈夫なんでしょうか?】

そんないざこざもあったが表彰式が行われた。


「いや〜、今度ばかりは負けた。と思いました。でもボルトが言うことをすんなりと聞いてくれた上にボルトの力が凄まじかったおかげで優勝出来ました。」

橘がヒーローインタビューに答え、笑顔になると記者が話を切り替えた。

「ところで橘さん。ボルトが話をしているなんて噂は本当ですか?」

「ホントウだ」

空気を読んでいるのかいないのか、ボルトが記者の前に現れそう答えた。

「え? 今の声は?」

「ツギモカツ。」

戸惑う記者達を無視してボルトは元の場所へと戻って行った。


その翌日、ボルトチェンジが勝ったことよりも喋ったことに対しての一面が多く取り上げられたのは言うまでもない。

ディープインパクトの天皇賞春、あれに勝るパフォーマンスはあるんですかね?

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