青き馬、ライバルのGⅠレースを見る
感想よろしくお願い致します
〜BCターフ数日前〜
伊勢厩舎。そこで伊勢慎一調教師がTVをつけ、過去のレースを見ていた。そのレースはかつて風間がこの厩舎に預けたカーソンユートピアが勝利した2003年の日本ダービーであった。
【皐月賞馬ネオユニヴァースは二番手に上がって来たがこの脚は届くか!? カーソンユートピアが逃げる逃げる逃げる! ネオユニヴァース、カーソンユートピア 、ネオかカーソンか、カーソンかネオか! カーソンユートピアァァァっ! 見事に勝ちました…カーソンユートピア。フサイチコンコルド以来無敗のダービー馬の誕生です!】
この後、カーソンユートピアはテイエムオペラオーの唯一の偉業であった年間無敗のグランドスラムを達成し無敗のまま引退。その後ヨーロッパへと種牡馬入りし初年度産駒からGⅠ馬を生み出し今となっては欧州種牡馬三強の内の一頭として名前が知られている。
「ふぅ…やっぱりあの頃は良かったぜ…」
伊勢は暇さえあればかつて自分が調教した名馬のレースをTVで見て現実逃避をしていた。その理由は伊勢が68を過ぎ定年(普通の企業などは65であるが調教師の定年は70)まで後2年を切ったことによって期待馬を任される機会が少なくなっていたからだ。少しでも馬達を鍛えようとかつて自分が育てた名馬と今預かっている馬達を見比べどこが悪いかを研究している…と本人は思っているがメモを取っていない為にやっていることは現実逃避である。
伊勢が資料を置くと鉄と拳が叩く音がそこに響く。
「おう、入れ」
「テキ(調教師の呼び方の一つ)、呼びましたか?」
そう言って入ってきたのは青年らしさがまだ残る壮年の男性。
「おうツナ、よく来たな。まあそこに座れ。」
「そんなあだ名じゃなくちゃんと読んでくださいよ…」
「てめえのような調教助手が調教師に向かって偉そうな口を聞くんじゃねえ。」
「もうお年なんですから…しっかりと呼ばないと認知症になりますって。」
「人を老人扱いしやがって! 言うようになったな…法条芳綱。」
「はいはいそりゃテキの背中を追ってきたんだからテキの口調も移りますって」
「…それよりもカイノイージーの調子はどうだ? 来週の京王杯2歳Sに出るんだから今のうちに仕上げとかないと時間がねえぞ。」
「イージーの調子は順調ですよ。それよりもテキ、話ってのは?」
「俺の厩舎はかつて日本ダービーも天皇賞も制したことも、リーディングにも輝いたこともある。だが武田の坊主が調教師になった時から風は変わった。俺のところに来たのは期待馬だったがその年は大した成績を残すことも出来なかったのに対して、武田の坊主が勝率0.62というぶっ飛んだ成績を残し、結果を出した。それからというものの俺から武田の坊主の方に期待馬が集まるようになり、今じゃこの厩舎にはカイノイージー含めて4頭しかいない。来年はカイノイージーが3歳馬となるが俺が面倒を見れるのはそこまでだ。古馬になってからはお前が面倒を見なくちゃいけねえ」
「…」
「だがその前に牧場に行って良い1歳馬がいないかを見てくる。2、3日くらいしたら帰ってくるから俺の代わりに面倒を見てくれ。」
「わかりました。」
そして伊勢は外に出て手を顎に添えながら考え始めた。
「(なんとかしないとな…このままではツナがこの厩舎を受け継ぐ際に馬がいなくなってしまう。それだけは避けないとな…)」
そう危惧した伊勢は一刻も早く牧場へと行こうと足を運ぼうとするが黒服の男によって止められてしまった。
「伊勢慎一先生ですね?」
「誰だ? お前は?」
「私、百井泰太郎氏の第三秘書を務めております山田と申します。」
「その山田さんがうちに何の用だって聞いているんだよ!」
牧場に行くのを妨害されたせいか伊勢の機嫌は最悪であり、怒鳴るようにそう大声を出した。
「そう興奮なさらないでください…伊勢さんに百井先生から伝言を頼まれ、私はそれを伝えに来ただけです。」
「いちいち癪に触る喋り方だ…まあいい。百井さんには今一番お世話になっているからな。伝言は何ですかい?」
「今度出走するカイノイージーのことと今後預託する馬達のことでお話しがある。…以上です。」
「ちょっと待て。百井さんの場所はどこだ? それを言わなきゃお前が叱られるぞ?」
「あ、言い忘れてましたね。2日後の夜に百道牧場へ来てください。ではこれにて…」
とても秘書とは思えないほどの態度で伊勢の腹を立てさせた山田はその場から去っていった。
「チッ、仕方ねえ…行くか。」
ここで伊勢がキレて、山田の身に何かあれば調教師免許を取消になるのは当然のことであり、よしんば取消されなかったとしても競走馬を預かってもらえないだろう。それを理解している山田は狡猾であった。
〜百道牧場〜
伊勢がそこに行くとでっぷりと脂を乗せた中年の男がそこにいた。
「伊勢先生、よく来てくれました。」
その男こそ、現在伊勢が1番世話になっている百井である。
「百井さん。それでイージーのことで話ってのは何ですか?」
「まあまあまあ、そう焦らずに…ところで伊勢先生はイージーの血統をご存知ですよね?」
「そりゃ自分の管理している馬ですから。父はウィルズウェイ産駒の重賞馬ナガノウィルズ、母は未出走馬オータケカオス、母父はグラスワンダー…それがどうしました?」
「サイアーラインで見ればカイノイージーはイージーゴアの曾孫にあたる。それを保つにはどうすればいいかわかるかね?」
「そりゃ重賞を勝つしかないでしょう…」
「例えGⅠレースを勝ったとしても種牡馬入り出来ない場合もある。賞金を億単位で稼ごうがそれは同じ。警視庁の馬になったりもするが基本的には重賞を勝たねば殺処分されるだろう。」
「百井さん、一体何を…?」
「カイノイージーは曾祖父イージーゴアに似てかなりの大型馬。しかし曾祖父とは違いカイノイージーは血統面から見ても長距離には向いていない。むしろ体格や血統面を考慮すれば勝てるレースはわかるかね?」
「短距離です」
「そう。その体格を生かした加速力は武器となる。しかし短距離路線は幸太朗さんのように古いタイプの人間は見向きもしない」
「幸太朗…風間さんのことか。確かに風間さんはステイヤー大好き過ぎて未だに春天や菊花賞を勝てるような馬を生産していますが短距離や中距離にも目を向けています。」
「中距離はともかく短距離はどの馬主も生産者もサブとしてしか見ていない。近年種牡馬として活躍し始めたダイワメジャーに種付けしているのはクラシック路線で活躍した牝馬ではなく短距離路線で活躍した牝馬が多い。クラシックではディープインパクト、オルフェーヴル、シンキングアルザオあるいはそれらの代用種牡馬である日本ダービー馬キズナ、GⅠ6勝馬ゴールドシップ、JRAとエクリプス賞を受賞したカウンセリング等が主だ。実際シンキングアルザオの種付け料は4500万を超え、ディープインパクトも3000万オーバー。それに対してダイワメジャーは1500万円すらも行かない。如何に短距離路線で活躍した馬がクラシック路線で活躍する馬よりも評価が低いかわかるはすだ」
「しかしオルフェーヴルはともかく前者の二頭は化け物ですよ。シンキングアルザオ産駒はSSも真っ青な距離適性の高さに加えてダートでも活躍するんですからリーディングサイアーになるのは当たり前で付け入る隙がGⅡとGⅢの舞台しかありませんし、ディープインパクト産駒は安定して重賞の舞台でマイルから中距離を勝ちまくるんですからそのくらいは妥当ですよ。ダイワメジャー産駒はマイル以下の距離でなければ活躍しませんしね。」
「しかしだ。クラシックで活躍する馬を短距離とはいえ打ち負かした馬が種牡馬入りしたら少し話題になるだろう?」
「何が言いたいんです?」
「カイノイージーは勝てるチャンスがあると言うことだよ。耳を貸したまえ。」
伊勢は耳を傾けさせる。
「…ということだ。上手く私の馬が勝てば伊勢さんのところにも馬が回るかもしれない。」
「そんな勝ち方をしても私のところに馬を預けるような人はいませんよ。余程の物好きでない限り。」
「いるじゃないか目の前に。そういうことだから後は任せたよ。伊勢先生。」
百井はそう言って立ち去り、伊勢は頭を抱えながら百井に言われたことを実行することに決めた。
〜武田厩舎〜
そして時は戻り、ボルトは再び武田らと共にあるレースを見ていた。
【マオウだ! マオウ! 日本のマオウが世界を制す!】
それはボルトの最大のライバルであるマオウが出走した海外GⅠのBCジュヴナイルというレースだ。
『本当に馬なのかあいつは?』
ボルトがマオウの追い込みを見て一言呟く。マオウの走りは化け物そのものであり、新馬戦のディープインパクトを彷彿させるような走りだった。
「少なくとも日本史上最強の2歳馬であると言えるな。本場米国勢の馬が可哀想に見えてしまうくらいの圧勝。カウンセリングの再来とか現地民は言っているらしいがあいつは逃げ馬だしな。」
『カウンセリング? ああ、17年の年度代表馬か』
「そうだ。2017年は世界ダート三強と言われた三頭の馬たちがいた。カリフォルニアクロームを昨年のBCクラシックと第一回ペガサスWCの舞台で破ったアロゲート。その年のケンタッキーダービーでセクレタリアトの記録をコンマ1秒更新したセイバー。そしてドバイWCでアロゲートを破ったカウンセリング。この三頭が…」
『ちょっと待て。カウンセリングはともかくアロゲートとセイバーの父親はなんだ?』
「…アロゲートはトーホウジャッカルの母父でもあるアンブライドルズソング産駒。セイバーはドバイミレミアムの申し子ドバウィ産駒だ。」
『ドバウィは聞いたことあるがアンブラ…? は聞いたことねえな。』
「別に覚えなくてもいい。米国は日本の芝に近いとはいえダートが中心だから洋芝の欧州よりも更に縁遠い話だ。話を戻すぞ。この三頭が芦毛馬だったもんだから世界芦毛三強とも言われた。そしてその三頭が激突したのが2017年BCクラシック。アロゲート、セイバー、カウンセリング共にこの年はGⅠ3勝。残る舞台でケリを着けなければいけなかった。その舞台こそがBCクラシック。ここを勝てば米国の年度代表馬が決まる。三頭の全陣営がそう思い、出走させた。」
『それで結果は?』
「そう焦るな。アロゲート陣営とセイバー陣営は、ドバイWCという舞台で逃げ切ったカウンセリングを逃げ切らせる訳にはいかない。その為にペースメーカーとなる短距離馬をそれぞれ登録した。」
『短距離馬?』
「ああ、カウンセリングは所詮中距離馬。1000mのスペシャリストに1000mで勝とうなどということは不可能だ。つまりカウンセリングのペースから短距離馬のペースにさせることで勝ち目を少しでも上げさせる作戦を取ったんだ。」
『ウッドワードSのドクターフェイガー対策みたいだな。』
ドクターフェイガー
戦績 22戦18勝
米国史上最強短距離馬として有名な馬である。その理由は世界レコードをダート7ハロン(約1400m)とダート1マイル(約1600m)の二つ、しかもどちらも60kg以上の斤量があるにもかかわらず更新したからだ。しかもその内1マイルの方は1分32秒20というとんでもない記録(参考までに同期のバックパサーの孫にあたるマルゼンスキーですら芝1600mのレース朝日杯3歳Sで出した記録が1分34秒台)であることから如何に凄いかわかってしまうだろう。
「そう、あの海外勢はそれとほぼ同じことをやったんだ。ウッドワードSでドクターフェイガーはそのペースメーカーを置き去りにしたが逃げ切ることは無理で1着の馬に10馬身以上の大差をつけられて敗北。BCクラシックでカウンセリングはその失敗は避け、ペースメーカーに行かせ、アロゲートやセイバーを置き去りにして着差以上の勝利を収めた。」
『なるほど、カウンセリングはそうして二カ国の年度代表馬になったって訳か。』
「そうだ。ボルトお前もマオウのライバルなんだから少しは化け物扱いしねえで勝つように心掛けろ。」
『そうだったな…俺はマオウに負けられねえ。マオウの踏み台で終わる馬は俺以外で十分だ。』
「そうだその意気だ。今度の京王杯2歳Sでマオウの度肝を抜かす走りを見せればいいんだ。」
武田がそう言うとボルトは笑顔で頷いた。




