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18/19

猫は固体にして液体にして気体である


――チュートリアルを開始しますか?


「当然イエスだ」

 躊躇は無かった。

 リナリアもやる気になっている。

 

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チュートリアル①

ステータス画面を表示する

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「ステータス?」

 そう疑問形でつぶやくと、鑑定魔法で出てくるステータス画面が表示される。

 魔法は一切使用していない、というより私は今生体魔法しか使えないから、鑑定魔法を使用できるはずがないのだ。という事は、このダンジョンに挑んだものは無条件でこれを見られるという事になるだろう。


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ヘラニオ

性別:無 年齢:0

種族:ホムンクルス

レベル:1

体力:140/154

状態:正常

身体機能;

  筋力:32

  速度:50

  持久力:21

  正気度:20

  知能:Error

技能:魔法(生体Ⅱ)、剣技Ⅹ、etc.詳細を見る

称号:賢者の分身

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 うん、また表示が増えてる。

 レベル表記はどういうことだ?

 自分で言うのもなんだが、身体能力だけでも他人よりは優れている。魔法がほとんど使えなくてもそこらの冒険者とは比べ物にならないはずだ。

 リナリアも自分のステータス画面を見ている。


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チュートリアル②

魔物を討伐する

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 そう表示されると側面の壁に穴が開き、スライムが2匹ぽいんとはじき出される。穴はすぐに閉じた。スライムはこちらを視認すると私とリナリアにそれぞれ襲い掛かってきた。

 当然私たちがスライムに苦戦することなどなく、それぞれ手に持ったメイスの一撃で討伐する。

 すると、スライムの肉体はあっという間に地面に吸収され、後に直径5センチメートルほどの青い透き通った球体が残された。


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チュートリアル③

経験値を獲得する

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 私たちがそれぞれ倒したスライムから出た球体を手に取ってみると、ふっと気化して心臓付近に吸い込まれていった。

 これ、もしかして経験値の横取りもできるのではないだろうか。

 経験値を積み上げると何かがあるのだろうが、どうやらチュートリアルは終了のようだ。


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チュートリアルは完了しました

迷宮へお進みください

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 言われた通りに我々は奥へ進む。

 廊下の奥にある扉を開くと、赤い絨毯を敷き詰められた神殿のような内装からは一転して、ごつごつとした岩肌が露出した洞窟が続いていた。

「なんだか調子が狂いますね」

「急造されたもので掘りっぱなしなのか、こういうコンセプトの穴なのか」

「皇帝土竜が掘った穴よりは進みやすそうですね」

「たしかに」

 皇帝土竜は縦に斜めに縦横無尽に進むので、穴に沿って進むだけでも結構苦労したが、この穴は人が余裕をもって進める高さがあって、凸凹しているとはいえ水平に穴が続いている。階層がある様な事が書いてあったから坂道か階段で降りる場所がどこかにあるのだろう。

 数メートル進むとモンスターが出現した。

「コボルトか?」

 犬獣人と混同されがちなモンスターだが、ゴブリンと同じく精霊の部類である。身長が低い為、どちらも見た事がない者が人伝で聞いたことがある程度だと、犬獣人の子供とコボルトを見分けるのは少々難しいかもしれない。

 犬獣人は目の付き方がヒトと同じで正面に付いているが、コボルトは側面に付いているので、視野が広いと考えられている。

 話しかけてみて返答があれば犬獣人の子供、襲い掛かってきたらコボルトという認識で問題ない。

「ガアアアアウ!!!!」

 襲い掛かってきたのでコボルトのようだ。

 リナリアが魂魄浸食を試みる。

 あっという間に力が抜け、我々の5メートルほど手前で前のめりに倒れ、慣性のままに転がる。

「どうやら魂のある生物のようだな」

「そうですね。それならこのまま無警戒に歩いても特に問題はありませんが」

「それでは味気ない。魂魄浸食は封印していこう」

 実のところ、ダンジョン内の魔物を充足させるために生体魔法で肉人形を作って単調な攻撃行動をするモンスターが徘徊している疑念を抱いていたが、あのヤンとか言う宮廷魔術師の男がモンスターの繁殖を成功させて大量発生させたものをダンジョンに放り込んでいるのかもしれない。

 コボルトは経験値球を5個落した。モンスターの強さによって落とす経験値の数が違うらしい。

「どのモンスターが何個経験値を落すのか気になるな」

「どんどん進みましょう」

 私たちはメイスを肩に担いで歩みを進めた。


 地下だというのに途轍もなく広く、数メートル進むごとに2、3頭のコボルトが出現し、襲い掛かってきた。例外なくメイスを縦に振り下ろすだけで頭部を破砕して討伐することが出来た。

 死ぬとダンジョンに吸収されるため、素材を回収することを想定して傷まないように討伐する必要がなく、いくらか雑な戦闘になってしまった。

 50個の経験値球を吸収したところでレベルアップした。ステータスを表示すると、レベルが2になっており、メイスⅠが技能として追加されていた。

 適当にぶん回していたメイスだが、重心移動や攻撃のいなし方が頭に浮かんできた。

 どうも記憶魔法を応用してメイスの名手の記憶を写されたようである。

 レベルが上がるごとにスキルが追加されるという事だろうか。

「それにしても精霊のコボルトを繁殖することに成功したのだろうか」

「発生条件を特定して、環境を整えたとかかもしれませんよ」

 そんなことを話しながら歩いていると、物陰から不意に棍棒が振り下ろされた。

 間一髪で避けることに成功したが、油断していたとはいえ気配の察知がまるでできなかった。

 現れたのは今まで撲殺してきたコボルトより1.5倍ほど高い身長のコボルトで、体毛が薄い胸部に例の魔法陣があるのが窺える。

 何らかのスキルを持った強化モンスターといったところか。隠密とか気配遮断とかそんなところだろう。

 そいつの様子を窺っていると、再び物陰に隠れてしまった。一撃で相手を仕留める膂力に、隠密性という、凶悪な組み合わせという訳だ。

「探知魔法を使用する」

「でも、師匠、私のは発動中無防備になるし、生体魔法ではせいぜい感覚器官を強化する程度ではありませんか?」

「なんだ、見たことないのか? 生体魔法を使った探知と言えばこれだろう?」

 私はそういうと、“ネコ”を召喚した。

「な、なんですか、これ!? カワイイ!!」

 三角の耳が頭部に付いた丸い顔、何かを問いかけるような大きな瞳、ホーンラビットほどの小ささだが、細長い足にしなやかな体躯。リナリアが触ろうとすると、するりとすり抜ける。

「触れない!?」

「これには実体があるともいえるし、無いともいえる」

 私が手を伸ばすと、小さな足を使って腕を登ってくる。そこには確かに感触がある。しかし、こちらから触れようとすると、霧のようにすり抜けてしまうのだ。

「師匠だけ触れてズルいです!!」

 ネコは肩まで登ってくると、しっぽで私の頬を撫でる。

 市街地で愛でられている猫とほとんど変わらない見た目のはずだが、どこか神々しさを感じる。

 ネコ自身に独自の意思があるような振る舞いもするが、実際の所私の劣化した分身のようなもので、危機管理や情報収集の手法を共有している。

 ネコを放ち、隠れているコボルトを探させる。

 攻撃を受ければすり抜け、どんな細い隙間でも入り込んで自由自在に動き回る。

「ふむ、背後を取ろうとしているようだね」

 私の言葉にリナリアは即座に反応し、私の背後にメイスを振りぬく。

 目視では何もないように見えたが、けたたましい衝突音が響き、コボルトが姿を現しつつ壁面に叩きつけられる。

 隠密だけではなく、透明化のスキルも持っていたか。おそらく、このスキルというのも魔法陣を入れ墨することで発現させているのだろう。隠密は音魔法で呼吸音や足音を消し、風魔法でにおいを霧散させているようだ。透明化は光魔法で体表面に反対側の景色を投影していた。この洞窟の薄闇では効果は覿面だ。まだ一階層なのにここまで難易度の高い敵が出てくるとは、駆け出しの冒険者が迷い込んだらひとたまりもないだろう。

 ……これのためにあのマンドラゴラ人間で侵入者を篩にかけていたのか。

「面倒な敵でしたね」

 経験値球が溢れるように出てきたのは壮観だった。とはいっても50個ほどだったろうか。リナリアと半分ずつ取得するとレベルは1つだけ上がり、3レベルになった。それまでに倒したコボルトの経験値を合わせると100を超えていたはずなので、レベルが上がるごとにレベルアップに必要な経験値が増えていくようだ。

「さて、どんどん行こう」

 少し進むと下へ向かう階段に行き当たった。どうやらさっきの奴がこの階層で一番強いモンスターだったようだ。

 階段を降りると相変わらず洞窟だったが、水溜まりや川があった。水生生物が出てくるかもしれない。

「ネコちゃん、水は平気?」

 リナリアが猫なで声でネコに語り掛ける。見た目はネコだが、これはネコではないからもちろん問題ない。

 リナリアに語り掛けられてもつんとそっぽを向いて前をすたすたと歩いていく。

 突然物陰から細長いものが伸びてきてネコを攻撃するが、すり抜けてすぐ引っ込んでいった。

「人喰いガエルか」

 ツチガエルとは違って水辺に生息し、舌を伸ばして獲物を絡めとる。今のはネコを捕食しようとして伸ばされた舌だった。正式名称はオオミズガエルというが、通称の方が浸透しており、オオミズガエルと言っても大抵の人はクエスチョンマークを浮かべる。

 人喰いと言われるだけあって人を食べることもあるが、ツチガエルと同じように爪や毒などの攻撃手段がない為、ウサギなどの小動物を食べることが多い。

 泳ぎが得意だが、その成人男性の2倍はある巨体故に大きな川や湖に居ることがほとんどで、小川では体を隠すことが出来ないので、見つかり次第討伐される。

 討伐されると胃の内容物を確認されて、人を喰った痕跡が見つからなければ食用に回される。実際の所、過去一度も人を喰ったことがないという保証は無いのだが、慣行として直近の餌が人間でなければ良いとされている。そのように食欲が勝るくらいこのカエルはうまい。

 攻撃手段がほとんどないとはいえ、大きな川や湖に潜む人喰いガエルに不意打ちされると一人では助からない。巨体というのはそれだけで強力な武器になりうる。

 しかし、その不意打ちは今失敗に終わったわけだ。

「コボルトの方が厄介じゃないですか?」

 リナリアは階層を下ったのに難易度が下がったとばかりに不満を漏らす。彼女にメイスで頭部を凹まされた人喰いガエルが土に溶け込むのを眺めながら、返答する。

「条件次第だろう。コボルトが群れれば青天井に脅威度が上がるが、防御力が高くないからビール瓶でも攻撃手段になりうる。一方で人喰いガエルは皮が厚すぎて刀剣やメイスのように真面な攻撃手段でなくては攻撃が通らない。単体の防御力で言えば間違いなく人喰いガエルの方が強い」

 それにしても、このダンジョンでは死体は溶けてしまうのだった。せっかくの人喰いガエルなのにもったいない。

 そのまま20体ほど倒すと、唐突に水が飛んできた。それも尋常なスピードではない。さらに高圧で射出されているようで、ぶつかった岩壁が抉られている。

「強化個体か」

 暗殺コボルトのような水魔法による攻撃に特化したオオミズガエルのようだ。水弾ガエルとでも呼ぼうか。

 攻撃手段に乏しく、容易に接近して大振りの一撃を食らわせられるからこそ大した難易度ではない人喰いガエルが、強力でしかも連射可能な水弾の所為で一気に化けた。

「ちょ、水弾の連射速度ヤバくないですか!?」

「うーむ。避けるので精一杯だな」

 我々はこう言いながら、的確な狙いで撃ち続けられている水弾を避ける。ネコは水弾もすり抜けるので涼しい顔で周囲に他の敵がいないか警戒しつつ佇んでいる。

「攻撃手段を変えよう。刃物で少しずつ削っていく」

 片方がヘイトを買って片方が弓で遠距離攻撃することも考えたが、水弾がどちらを狙ってくるかがどうも読み切れず、ヘイト管理が困難だったため、臨機応変にヘイトが外れたほうが接近して斬りつけることにした。

 マジックバックから取り出したマチェットをリナリアに放り投げる。リナリアはメイスを放り出して器用にキャッチする。

 攻撃をちまちま続けた結果少々時間はかかったが、失血で攻撃が弱まった隙を付いて背後に回り込み、首筋にマチェットを叩きつけた。一刀両断とはいかなかったが、骨まで食い込み、絶命させることが出来た。

「疲れました……。少し休憩しましょう」

 リナリアの提案に乗って、階段の手前で休憩することにした。地下は時間間隔がなくなるが、恐らく今はもう日が沈んだ頃だろう。

 洋上貿易都市ココマールの手前の港町でマジックバックに十分な食料や物資を補給できたので、保存食や乾物ではあるが、食料を現地調達できなくてもしばらくはもつ。

「それにしても、金が底をつくなんて前世で冒険者登録をした十代の頃以来だぞ」

「もうその話は良いじゃないですか。素材の換金をしたりギルドに預けていた分を下ろしたりして十分に潤ったんだから」

 リナリアは言い訳しながら私の言葉尻を捕らえてくる。

「師匠が前世で冒険者登録をしたのって十代だったんですか? ていうか、どういう家で育ったんです?」

「あー、そうだな、たまには昔話をするか」


 私は物心ついたころにはとある実験施設のモルモットだった。幼児に過度なストレスを与えると魔法が発現するという仮説を元に非人道的な実験を秘密裏に行っている連中がいて、そこで私はまんまと魔法を発現させたのだ。私の白髪はその時のストレスによるものだ。

 魔法が発現したといっても実際はストレスによって委縮した脳の機能を補うために記憶を司る者が介入してきて、所謂アカシックレコードのような情報の塊へ誤って繋がってしまったのだ。

 記憶を司る者は脳の一部を記憶媒体としてではなく、集合的無意識に蓄えられているこの惑星の住人の記憶や知識、経験に必要に応じてアクセスできる通信の中継基地にする程度と想定したようだが、それをはるかに超える全宇宙の叡智にアクセスしてしまい、知識さえあれば契約なしに使える体系化された魔法を全て使えるようになった私はそのままその研究施設内の大人を皆殺しにした。

 契約なしに使える魔法は大抵生活魔法と呼ばれる攻撃性の低いものだが、幼児が使えると想定していない上に、様々な知識を得た事で効果的な罠を設置することが出来たので戦闘力の低い研究者たちを始末するのは難しい事ではなかった。

 それからは意識朦朧としながら施設のあった森を彷徨っていた所を女性の冒険者に助けられ、養育されることになった。

 彼女の名前はアマリリスといった。

 彼女自身、家庭的とは程遠く、洗濯をしてくれても手馴れている感じではなかったし、食事はだいたい外食だったし、私に名前を付けるという発想もなくていつもおい、とかおまえ、とか呼ばれていた。

 だが、幼少期育った家と言えば、やはり彼女と過ごした安宿を思い出す。

ある日彼女が大けがを負って、仲間の冒険者に担がれてギルドに帰還した。

 当時の私の生体魔法では治療したとしても余命が数日にまで縮むほど彼女に負担を掛けざるを得なくて、治ったとぬか喜びさせるのを躊躇った私はそのまま彼女が息を引き取るのを見守った。

 後日、薬草取りくらいなら自分でできるだろうと冒険者登録を勧められるままにして、ギルドの掲示板を見ている時に、彼女が私を養育するために以前より多くの討伐依頼をこなしていて、疲労が溜まったのではないか、無理がたたったのではないかという噂話を聞いた。


「今でも彼女を数日でも延命すべきだったのか悩むことがあるよ。まあそんな訳で、育った家庭といえるほどまともなものではないがね、母親と呼べる人は居たよ」

「じじょおぉぉぉ」

 リナリアが号泣しているのを見てぎょっとする。

「な、なんだね?」

「辛かったですねええええ」

 不幸話を聞かせるつもりは無かったが、リナリアの涙腺を刺激してしまったようだ。

「昔の事だ、そんなに泣くな」

 思えばヘルベラたちをはじめ、多くの孤児を生涯を通じて手の届く範囲で世話をしていたのはアマリリスの影響が強いかもしれない。

「かあさん」

 思わず口を付いた言葉にリナリアが反応する。

「私がママになりますゥ~」

「馬鹿を言うな。母親は足りてる」

 抱き付こうとしてくるリナリアを押しのける。

 こいつもよくわからん奴だが、悪意はないらしい。とりあえず少しの仮眠をとって階下へ降りることにした。




 アリスを連れてローレンツ王国のカザフ辺境伯がおさめる城塞都市へと転移した。メンツはアリス、アリス付きのフレシア、ロナーとロナー付きのクラベル、そしてオリビアである。因みに、予備頭脳は相変わらず稼働しているので、私は脳髄六郎である。

 勝手に遠出したアリスにお冠のグレーウルフの面々にアリスとフレシアを引き渡すと、我々は王都へと飛んだ。

 ダンジョンがどうなったかマイケルに確認するためである。可能であればヒロトから地底都市の魔獣の素材を受け取りたい。

 王都に来るならリブラに預ける予定のアジュガを連れてきても良かったかもしれないと思ったが、ヘルベラに付けたベルベニオは成人男性、アジュガは成人女性の見た目にしたので、ヘルベラの見た目が十代くらいなのと相まって三人そろうと親子のようだったし、無理に別行動させることもなかったかと思い直した。

 まあその親二人の脳味噌は全く同じなのだが。

「ダンジョンが出来上がっていたら入るつもりなの?」

 ロナーがクラベルに尋ねる。

「入りたい気持ちはあるがね、私はオリビアと離れると満足に魔法が使えないから、無理に入るつもりはないよ。大事なことはオリビアの成長を見守ることだとも」

 ロナーの機嫌取りにも見えるかもしれないが、本心でもある。実際、ヘルベラたちが帰ってきたら私たちの分身であるベルベニオとアジュガが探索することだろうし、経験談を聞かせてもらえばいいだろう。

 ――そう思っていたのだが。


 元王城に行く前にリブラの様子を見に行くと、マイケルが土下座させられているところであった。

「何事だね?」

 クラベルが尋ねると、リブラは見た事のない表情で怒りながら説明する。

「せんせい聞いてよ! マイケル達が作ったダンジョンに暗殺特化のコボルトを一階層に放ったんだよ! 冒険者たちが全滅しちゃうよ!」

 もう王城のダンジョンが解放されたのかと思って聞いてみると、どうやらフィドルフ王国にある私の研究所跡地の地下に繋がるダンジョンを作り、そこの一階層が初見殺し、もとい初見皆殺しともいえる、見えない敵を配置したとのことだ。

「そこにリナリアさんとせんせい……、というかヘラニオさんが探索に入ってわかったんだけどね」

 どうも国内にダンジョン塔を乱立するに飽き足らず、大陸全土の使われていない廃墟を順次ダンジョン化しているらしく、そこにリナリアたちが入ったというのだ。

というか当然のようにリブラは私たちの目を通して物事を見ているな。

「まだ人が入らないヨウに門番をつけてありマーシタ……」

「言い訳しない!!」

「ハイッ!!」

 根本的な問題は難易度の設定ミスである。ダンジョン攻略をモニタリングして調整するつもりだったのかもしれないが、姿を見せず一撃必殺で相手を仕留める膂力があるとなると、気付いたら死んでいたという事になる上に、パーティー全滅で情報がギルドに上がらない。

 万が一の場合に備えて補助要員が外に居ても、探索失敗で死んだという情報以外何もわからない訳だ。調査に入る度に死人が増えるから、ある程度の段階で封鎖という判断をギルドはするだろうが、死人を多数出すだけで存在する意味がないダンジョンになる。

 その上ダンジョン内に精霊であるコボルトの発生条件を満たす環境が作られていて、定期的に駆除していかないとオーバーフローが発生する、と。なるほど百害あって一利なしである。

「でもリナリアさんたちは討伐成功したんデショウ?」

 リブラが睨みつける。人の目じりってあんなに釣りあがるんだな。

 マイケルは小さく悲鳴を上げる。

「リナリアたちは冒険者の中でも戦闘力や生存能力は上澄みの部類だろう。奴らを基準にしたら冒険者たちは命がいくつあっても足りない」

「せんせい!! 馬鹿言わないで! 上澄みどころか人間に到達できる水準じゃないよ!」

 クラベルまで怒られている。まあリナリアもあれで魔人だしな。私たち脳髄ブラザーズはただのホムンクルスだけど。

「考えてることがなんとなくわかるけど、一番非常識なのあなたたちよ?」

 ロナーがそんなよくわからない釘を刺してくる。私はクラベルがいれば大体言いたいことは言ってくれるので、発言しないからそもそも存在を知られていないはずだが。

 私たちが闖入したことでだいぶ混迷を極めてしまったようだが、ひとまずダンジョンの難易度を下げる方針に決まった。即死系の技は禁止、感知できない敵は攻撃力を著しく制限する。上級冒険者でも攻略できない敵は配置しない。ダンジョンそのものの難易度と冒険者ランクの基準を見直し、数値化して明示する。

マイケルはすっかり落ち込んでいる。うっきうきで作ったダンジョンが頭の上がらない相手に特大のダメ出しを喰らったのだ。この前の感じだともともと冒険者の死が他の冒険者の糧になるくらいに考えていたようにも思うし、いい薬になっただろう。


 リブラは魔獣事典の執筆者として多くの生物の目を通して魔獣討伐のシーンを見ている。時に周囲にいるネズミなどの小動物、時に討伐後に召集された研究者、時に討伐者本人の目を通して見ることもある。

 目を借りていた者が討伐に失敗して死ぬことも一度や二度ではないだろう。

 それでも人々の生存率を上げるため、リブラは魔獣事典を執筆し続けている。

 そんなリブラが人工ダンジョンで冒険者を生かして帰す気のない魔獣を放逐することを良しとするはずがないのだ。

 ただでさえ、人知の及ばない環境では完全に人間の制御を受け入れない危険な魔獣や魔族、神々の残滓ともいうべき理不尽が存在する。

 冒険者の訓練の場として機能し、全体の実力を底上げする役割を果たすならダンジョンの存在を黙認したとしても、人類全体に牙を剝くつもりならリブラがダンジョン製作者を許すはずがない。

 ともあれ、ダンジョンの開放はさらに先になりそうだな。

 マイケルに聞くとヒロトは一度地底都市に戻ったというから、またすれ違いである。いや、あれからしばらくの間が空いてしまったから、もうギルドに素材を卸してしまったかもしれないな。少し王都内の商店を見て回って、城塞都市に戻るとするか。

「このところ移動ばかりで落ち着かなかったし、城塞都市でゆっくりしようか」

 クラベルが同じように考えたのか提案するとロナーが賛成する。間もなく初夏を迎えようという時期で、虫たちの声が増えつつある。夏に旬を迎える農作物が市場に並ぶことだろう。




 私とリナリアがダンジョン攻略の5周目に差し掛かったところで、入り口に見覚えのある様なネズミを見つけ、インクを小皿に出してやった。恐らくリブラが接触を試みているのだろう。

 想像した通りネズミは迷いなく小さな前足で文字を書いていく。

“マイケルへの説教が薄まるからやめろ”

 ネズミはそんなことを書き出した。何のことかわからないが、おおよその想像は付いてしまう。

 20階層の踏破で飽き足らず、二人での連携の練度向上、レベル上げにより取得できるスキルの種類の確認、魔獣の再出現までの時間計測、そしてここからはタイムアタックをしようとしていた所であった。

 あの暗殺コボルトあたりからこれダンジョンの難易度エグくね? と思っていた所だったので、マイケルが関与していてなおかつ相変わらずやりすぎたのだろうことは予想していた。

「リブラから警告だ。残念だがこの辺にしておこう」

「仕方ありませんね」

 コボルトの危険度は突出していたが、他の階層も似たり寄ったりで中堅のグレーウルフでも全滅しかねない敵がほとんどの階層にちりばめられていた。

 リブラの語り口からもかなりの怒りが見て取れる。

 逆らわないのが吉である。

「他人の命がかかってないダンジョンアタックは気がかりが無くて楽ですね」

「思い切り楽しめたな」

「久しぶりに未踏破領域へ行きませんか」

「巨人討伐以来か。それもいいかもしれないな」

 魔法はまだ全然使えないが、ダンジョンで取得したスキルはダンジョン外でも普通に使えるようだし、これがどのくらい通用するのか試したい気もする。

 人々を守るのは他の連中に任せて、我々は世界の前人未到領域を開拓することで人類に貢献していこうではないか。

 私はマンドラゴラ人間の死体の上で寝そべっているネコを眺めて、そういえばロックは無事にギルドにたどり着けただろうかと気になった。あれから数日が経過している。ギルドから追加の調査隊が来るならそろそろ頃合いだろうか。

 リブラの怒り様から察するに他の冒険者がダンジョンに挑戦するのはしばらく待った方がいいだろう。

 ギルドに立ち寄り、その警告だけしてから、リナリアと旅立とうとダンジョン攻略の余韻に揺れる脳でぼんやりと思った。


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