始まりの森
城塞都市に戻り、アリスの要請に応じて冒険者を中心に生存率を高めるため、逃げ足が速くなる程度の身体能力強化、飲み水を出せる程度の水魔法、出血を止める程度の治癒魔法など、体系化され現象を司る者たちとの契約も不要で初心者でも比較的習得しやすい魔法の講習を何度か開いた。
ホムンクルスを身長がやや高めの女性型にした所為か冒険者には不愉快なほど懐かれて、何度も酒に誘われるがアリスが上手く盾になってくれた。人付き合いはいつになっても慣れない。
講習の目的だが、根本的な問題として実力に見合わない依頼受諾がコミュニケーションエラーを原因として避けることが困難である以上、逃げる、生き延びて救助や応援を待つ、時間を稼ぐという方針をとることにしたようだ。
ここの所、異常に強力な魔物がよく出るのは、例の宮廷魔術師ヤンの仕業だけではないようで、突発的な異常個体との遭遇、素人の申告による被害原因の過小評価、冒険者自身による自己の過大評価で危機に陥るケースというのは一向に減らない。
冒険者や依頼の達成難易度のランク付けの適正化などトラブルを減らす努力も継続するとは言え、減らないと仮定した対策をとる必要があって、その白羽の矢が私に立ったという訳だ。
ホムンクルスの体は慣れないことも多かったが、冒険者たちと接する機会の中で現象を司る者との再契約や、冒険者たちとの模擬戦で慣れない身長、かつ女性型を使った身体操作を習熟させることが出来た。
2カ月ほどそんな生活を送り、新人に一通り講習をし終わった折、アリスの計らいでまとまった休みをとることになったので、ずっと気になっていた転生後すぐに捨てられた不死鳥の森に出向くことにした。赤ん坊のオリビアが最優先なのはもちろん、周囲の人間に迷惑をかけてまで調べる必要を感じなかったが、所縁のある人間が苦境に陥っているのであれば自己満足の人助けをしたいと思ったまでである。
現象を司る者との再契約は全てではなく、四属性魔法と生体魔法なので、荷物の運搬はマジックバッグを用いている。この辺はオリビア一行が城塞都市にこのところ定住しているので、入手は難しくない。
森まで徒歩で約1週間だが、私一人であれば3日もあれば着く。そこから数日探索して、同じ日数をかけて帰宅。約2週間の休暇である。
実は生体魔法は人間が本来持たない器官を生成することが出来る。
これは人間という種が胎児として母体に居る中で、進化の過程を経るのかのように見た目を変化させているのだが、全ての進化の集大成である種として過去の種が持っていた特性を部分的に目覚めさせることが出来るのだと私が読んだ本には書かれていた。
が、それは関係なく生体魔法を使う個体が観測した他種族の形質、翼やしっぽ、耳といったものを再現できるに過ぎないというのがアカシックレコードの断片的な情報を私なりに解釈した結論である。
獣人と呼ばれる者たちの発生原因は研究者たちの中でも意見が分かれていて、動物は進化するとすべからく二足歩行のヒト型になるのだ、というものや、過去滅亡した巨大文明が人体実験で動物と人間を組み合わせたものが、文明滅亡とともに解放され、交配を繰り返すうちに種族として定着したのだとする説などがある。
生体魔法で自由に出せるという事は自分の意志か強制的に実験台にされたかはともかく、過去魔法で肉体を弄った者同士で結ばれた可能性は大いにある。
一方で全ての獣人が同じ原因で発生しているというのもナンセンスかもしれない。ゴブリンなどと同列に語ると失礼だが、進化によって発生したというよりは創造の神にデザインされて突如発生したと思われる種族が多数いる。
おっと脱線しすぎたようだ。要するに私は翼を生やして飛んで移動することが出来るのである。
自分で飛ぶとなると疲労やリスクが段違いなので、レッサードラゴンのようにスピードは出せないし、ちょくちょく休む必要があるが、徒歩の倍のスピードで進むのは訳ない。
それに何より単独で空を飛ぶのは気持ちがいいのだ。飛行型の魔獣もいるが、四属性魔法が使えれば大抵の敵は近付けさせることもない。
さっきから後ろをぴったりくっついて飛んでくる炎の塊以外は。
「見つかるの早すぎないか」
誰にともなく愚痴をこぼす。
向かう先が不死鳥の森で、リナリアが火口に叩き落として引導を渡したというのにもかかわらず復活を遂げたあの炎の翼をもつ筋骨隆々の男がいることはわかっていたが、森に到着する前から察知されて、あまつさえ追跡されるなど誰が予想しただろうか。
しかし様子がおかしい。奴の炎魔法を用いた飛行技術であれば私の飛行速度などあっという間に追い越せるはずだし、撃墜しようというならそれこそ見つかった時点で魔人特有の強大な炎魔法を叩きこめば一発である。ところが奴は数十分の間一定の感覚を開けて付いてくるだけで、攻撃もしなければ話しかけてくることもない。
どういう事だろうか?
一度死んで復活したことでいくらか正気が戻ったようで、城塞都市でのスタンピードではあのミノタウロスを相手に単独で立ち向かい都市を守った。しかし、その戦いぶりは正気じゃなかったし、話が通じる相手とも思えない。ましてや、私がこれから捜索する予定のオリビアの生みの親を子供を捨てる外道で許容できないというのが、正気を失ったうえでの八つ当たりじみた憤怒なのか、生来の感性からくる義憤なのかも判断がつかないから、目的を知られるのも面倒な気がする。
リナリアとやりあった折、私が置き去りにしてきた、炭化したオークの死体を親の死体と誤認したようだとは聞いたから忘れてくれていればいいが、大体都合よくはいかないものだ。
「隠れるか」
スピードで負けるなら隠れるしかない。ちょうど不死鳥の森に着いたことだし、休憩を装って着陸しそのまま土魔法でツチガエルのように潜伏することにした。
木々の影に隠れて土中に潜り込んだことは気付かれなかったはずだ。土魔法で大地を水のように柔らかくして潜り込んだから、表面に痕跡も残らない。私としても土中からでは外の様子はわからないからしばらくじっとしているしかない。地下空間に部屋でも作って茶でも飲みながらのんびり待つとしよう。
今の領主が誰かはわからないが、城塞都市を襲うスタンピードでミノタウロスと対峙して痛感した力量不足を解消するため、我は上空から強そうな魔獣を探しては戦いを挑み、勝利を収めてきた。
その中で勝利まであと一歩というところでとり逃した魔獣が次に会った時に途轍もなく強くなっているのを発見し、魔獣を痛めつけては逃がし、強くなったところでまた戦いを挑むという鍛錬をしていた。……森の奥でやっているから他の村や冒険者には迷惑は掛からないはずだ。
我が日課の魔物探索を上空からしていると、目の前を天使が飛んでいることに気付いた。
あれはまごうことなく天使である。
白く長い髪、中性的な顔立ち、すらりと伸びた手足に、長めの白いワンピースがまぶしい。
一目ぼれであった。
背中から生えている巨大な翼はそういう種族の獣人なのだろうか、それとも我と同様魔法の暴走によって人間を辞めざるを得なくなったのだろうか。
まさか本物の天使ではあるまい。
我は、彼女が似たような境遇にあるとしか思えず、話しかけようと彼女の後ろについて飛んだ。
真面な話相手のいない環境が長く、どう話しかけていいかもわからない。
後ろを飛んでいるだけで動悸が激しくなり、緊張が一秒ごとに増していく。
どれくらいそうしていただろうか、彼女は不意に森の中へと降りて行った。これはチャンスではないだろうか。飛びながらでは話しかけるのもままならない。
我ははやる気持ちを抑えながら彼女の降りたところへ同じく着陸した。
ところが周囲を見ても彼女はどこにもいない。木々の影に隠れているかもしれないと思い、ずっと探し回ったが、人の気配が一切感じられなかった。
忽然と姿を消してしまったのだ。
「まさか、本物の天使だったのか……?」
あの巨大な白い翼が木々の間に隠れるはずもない。
思い返してみれば翼のある獣人など聞いたこともない。
我は呆然としたまましばらく身動きが取れないでいた。
地下空間でお茶を飲むのも限界だった。奴が地上に居るのは地温の高まりで探知魔法が効かなくとも明白だ。
夏の暑さを地下で凌げたと思った矢先、それをはるかに上回る高温を地面に叩きつけてきやがった。木々が燃えないように多少は燃える上半身を抑えてはいるのだろうが、奴自身が抑えきれない高温の塊なのだ。
しかもずっと居座っているようで、全然地温が納まらない。
もうお腹がたぽたぽである。
「仕方ない。このまま地下を進むか」
地下に造った部屋の壁は掘り返した土を圧縮して固めてあるので、大きな地震や地割れでもなければ崩落する心配はない。なので部屋はそのままにして、土魔法で王都側へ向けて進み始めた。ヒロトのように自分の周りの土だけを避け、背後に配置することで地上を歩くのと遜色なく進むことが出来る。
勘頼みだが、例の研究室まではそう遠くないはずだ。あそこは地下室があったから、そこからなら周囲を警戒しつつ地上へ出ることが出来るだろう。
当然翼は邪魔になるので解除してある。
「妙に執着されている感じがするし、服を変えて帽子でも被るか」
万が一森の中で見つかった時にすぐには気付かれないように、マジックバッグから着替えを取り出し、男モノのズボンと半そでのシャツを着て、髪は結んで帽子に隠した。どれも色は暗いブラウンや緑で少しでも木々に溶け込めるように願った。
「休暇にのんびり人助けをしようとしただけなのに、なんでこんなことになるんだ……」
私の独り言は土の中に溶け込んでいった。
小一時間も進むと例の研究施設にたどり着いた。無論地下に出入り口などあるはずもなく、壁を壊して入ることになったが。
ある意味幸運だったのは、話に聞いていたようなマイケルによる廃墟のダンジョン化が行われていなかったことだ。まあ世界中の廃墟を全てダンジョン化するなど土台無理な話だ。
それにしてもこんな地下でこそこそしなければならないなら、生みの親を探すどころか付近の村を見つけることもできないぞ。上空から探せばそれほど時間もかからないはずだったのに。
捨てられていた最初の場所はここからだとやや遠いが、それでも徒歩で2,3時間程度の所である。湖は森深く、火山側にある。
日々の農作業の合間を縫って赤ん坊を捨てると考えると、徒歩で片道一時間以上の距離は離れていないかもしれないが、薪を拾うついでに普段の道から逸れて捨てたとすれば、徒歩数時間の距離を離れているかもしれない。
空から探せなくとも推測を元にある程度当たりを付けて探せばいくらかはましだろう。
何か義務のあるものでもないし、期日までに見つからなければそれで終わりである。
ひとまず今日は日も暮れて来たし、この研究施設で休息を取って、明日から探し始めるとしよう。
森の中の夜は真夏とは思えないほど涼しく、快適に眠ることが出来た。
早くに目が覚めたので、軽食を取り、夜明け前から探索を始めた。空を飛べないとはいえ、生体魔法に掛れば脚部を馬のように変形させて地上を高速移動できるようにすることも可能である。
華奢なミノタウロスのような見た目になってしまった。とても人目のある所では使えないが、実用重視である。
不死鳥の森は浅い部分はそれほど脅威も多くないので、城塞都市から王都までの主要な道路は森の全てを迂回するのではなく、一部切り開いて、木々の間を通っている。道路はあっても開拓が進んでいない森の反対側の土地はほとんど何もない平野が広がって、時たま鳥が運んだ種が芽吹いたような低木がぽつりぽつりと生えている。
川があれば水を引いて畑を耕す者もいただろうが、広大な土地をあてもなく開拓するのは困難であった。
城塞都市からも王都からも離れたこんな場所で村があるとすれば、水源があり、僅かでも耕せる土地があるという事である。
農耕をする者たちへの偏見があっても、食い物がなければ生きていけない。農耕をするには広い土地が必要だから、城壁の外に住むことになるとはいえ、緊急時には城壁内へ避難できる程度には近くに居を構えているのが、ほとんどの農民である。
だが、こういった場所に住む農民というのは、ほとんど税を納める能力がなく、自給自足で生活を送る者たちである。広い土地がないこともあるが、都市との交流も乏しく、生活に必要なものを自分たちで賄わなければならない為、身に着けるものも自前で用意するか、たまに来る行商人と物々交換で譲ってもらうことになる。身に着けるものを自前で用意するのは大変な労力を要求される。
農作物を得られない冬季を生き延びるために食料の保存もしなければならない。常に時間と労働とに追われているのである。
森の中でいくらか開けている場所で、水源の近く、かといって大きな道路から離れすぎていないところというと、例の湖から流れる小川か水脈を利用している可能性が高いから、湖近辺で標高が低い場所を探せばよかった。
徒歩で移動すれば直線距離でも半日はかかりそうな場所だったが、森の中を縦横無尽に走り回りようやく見つけることが出来た。
息を切らしながら、村の門らしき粗末な丸太をそのまま使った柱に凭れる。
予想はしていたが、すでに村は廃村となっていた。
枯れた小さな畑、五軒ほどの小さな家が集まった村で、頼れる親族が居るものは王都か城塞都市に行ったのか、三軒は空き家、二軒は餓死した遺体がほとんど白骨化した状態で横たわっていた。
片方は足の骨が細りきっており、恐らく老人。残った髪は白髪だった。もう一軒は恐らく若い夫婦で仲良く二人並んで仰向けに横たわっていた。二人とも骨はしっかりしているのに、髪は白かった。
「まさか」
私は想像することしかできないが、例の研究施設で生き残った子供たちが身を寄せ合ってこの村で生活していたのだろうか。
自分の事で精いっぱいだったとはいえ、同じ実験に晒されていた子供たちの行く末を考えもしなかった。
他にも同じ境遇の子供がいることは知っていたが、実験結果に影響が出ることを懸念した研究者たちは子供たちを独房じみた部屋で管理しており、偶にすれ違う程度で関りは無かった。
あの研究は60年以上前に潰したから、当時の子供がオリビアの親だった訳はない。孫かひ孫かわからないが、子孫が親となったのだろう。
結局口減らしで食料を確保しても、冬を超えられなかったのだ。
城塞都市では近年の温暖な気候のため食料事情は改善しつつあるが、この辺境のさらに片隅の村までは恩恵が届かなかった。ある意味私を捨てさえしなければ、とも思うが、今更か。
私は遺体を村の隅に埋葬し、その場を後にした。
森から大きな道が見え始めた頃、上空から太陽が落ちて来たのかと錯覚するほどの熱が降ってきた。
「本当にしつこい男だ。憂さ晴らしにでも付き合わせるか」
「我は炎魔法を極めし剣士、グロリオサ! 天使の舞い降りし森を守るため、怪しい者は討つ!」
何を言ってるんだこいつは。
まあいいや、戦う気なら好都合。あ、そういえば足を馬のままにしていたな。これのせいで魔族か何かと勘違いしたか。
マジックバッグから剣を取り出す。
「私はフレシア。剣士と名乗る割に剣を持たぬようだが、使うかね?」
驚いた顔をしたグロリオサは、居住まいを正し、礼をした。
「失礼な態度をとったようだ。だが、貴殿は戦うことに前向きのようだな。剣については気遣いは無用。強者と戦うは剣士の喜び。いざ尋常に!」
「おうとも!」
どちらからともなく障害物のない平原へ向かい走った。炎魔法の使い手であるグロリオサが全力を出せるようにであるが、これもまた無用な気遣いだったかもしれない。
奴は炎を制御し、斬馬刀のような巨大な刀身をもつ炎の剣を作り出した。
「くく、決して折れぬ剣か。面白い」
だが、私のように小回りの利くものに対して、有利な武器とは言い難い。リーチはあるが、取り回しが難しく、動きが遅くなる……。
「うおっと!!」
動きが遅くなるのは斬馬刀が鋼鉄製で、膂力が人間程度である場合か。レイピアを扱うかの如く俊敏な動きで軽々巨大な刀剣をぶん回している。
「魔法を使っても良いかね?」
「もとより制約を求めておらん。使えるものは何でも使うがいい!」
足を動かし攻撃を避けつつ、時に剣でいなしながら詠唱の時間を稼ぐ。
光魔法が使えれば、描画の魔法を入れ墨することで、魔法陣を無尽蔵に描写し、次々に撃てるのだが、まあ持ちうるもので勝負するしかない。
使えるものは何でも使えという割に、奴は炎魔法で遠距離攻撃を交えて来ない。剣を使うことにこだわりがあるのか、魔法を使う上で何らかの制約がかかっているのか。
奴の高温の魔法にはいかなる魔法もかき消されてしまう事は以前対峙した時に経験済みだが、今回は肉体を俊敏に動かせるし、単純な物量で圧してみようと思う。
「流星群<ミーティア>」
以前、城塞都市防衛線で見かけた土魔法をようやく再現できたのだ。大小さまざまな岩石の塊を出現させて降らせる、まさに流星群のごとき魔法。
集団戦で威力を発揮する範囲攻撃だが、奴に対する攻撃としても有効だろう。
燃やし尽くせないほどの岩石が我々目掛けて降ってくる。私は瞬時に足を元に戻し、翼を生やしてその場を離脱する。
最初奴が剣で岩石を切り始めた時は肝が冷えたが、さすがにすべてを切ったり爆破して粉微塵にしたりするにも手数が足りず、正面から対応することを途中であきらめ、炎の剣を消してヤツも翼を出したが、時すでに遅し。
浮き上がった奴に大小さまざまな岩石が次々に衝突し、とうとう墜落した。
広大な草原に岩がめり込み、すっかり風景が変わってしまった。
流星群と言っても成層圏から落下させるわけではなく、せいぜい上空2、3キロメートルからなので、クレーターが形成されるほどの衝撃ではなかった訳だが、生物に耐えきれるものではない。
私は奴が墜落した付近に舞い降りる。
「生きているかね?」
完全に巨大な岩の下敷きになっている。辛うじて指先が岩の隙間から見えるのを確認した途端、その指先がピクリと動き、炎に包まれた。
「ぐおおおおおおおおお!!!」
炎は熱量を増していき、岩を溶かし始める。
ドロドロに溶けた岩だったものを被りながら立ち上がりこちらを睨みつけたその瞳が、何かに気付く。
「て、天使……」
「はあ?」
空を飛んだ時に失くした帽子が風に乗って奴の足元に落ちる。あっけに取られているグロリオサはそれに気づかず、あっという間に帽子は奴の炎の余波で燃え尽きてしまう。
結っていた髪が解け、奴から放たれる熱風に踊る。
太陽を背にし、翼を広げた私の影が、灼熱の彼に落ちる。
「我と結婚してくれ!!!!」
「はああああああああ!!!!???」
奴の求愛によりその戦闘は幕を下ろした。
「うふっ、ふふ、ふふふふふ……!」
ロナーは笑いを堪えきれないでいる。それもそうだろう。アリスに預けた女性型のフレシアが元騎士団長の不死鳥をひっかけて帰ってきたのだから。
我ながら奇妙な運命に翻弄されている。
アリスに就くことにした脳髄のホムンクルス体を女性型にしたのは、アリスが求める講師という仕事をする上で、異性だと斡旋したアリスとの間に良からぬ噂がたつだろうという配慮だった。
無論、そんな関係にはなりようがないし、ホムンクルスは無性であるから、外見が人間の男女どちらだとしても問題にはならないのだが、それは当人たちの話であって、噂をする者たちには関係のない事だ。実際、女性だと思って冒険者たちが言い寄ってくる場面は多かった。
それが、あの不死鳥男まで魅了してしまうとは。
フレシアはアリスにいつまでも盾役をさせるのを心苦しく思っていた様で、虫よけになるならグロリオサを近くに置くことに前向きなようであった。
グロリオサはフレシアがホムンクルスで性別がない事、思いにこたえるつもりはないことを承知で付いてきたようだ。
だいぶ惚れこまれているようだな。
奴は炎を抑え込む技術を習熟しており、今は少し体温が高い筋骨隆々男という様相で、以前とは別の借家で生活しているオリビア一行の元に集まっていた。
アリスとスミカもじゃあまた一緒に住もうと同居している。
ロナーと共にオリビアの子育てをしているクラベルは生前の私とうり二つで、一応男性型なのだが、誰も気にしている様子はない。
「貴殿は魔人だろう? 寿命は無いようなものだと思うが、我々ホムンクルスは偶然いま稼働しているだけで、いつまで生きられるかはわからないぞ」
クラベルの指摘に、隣に座るフレシアをちらちら見ていたグロリオサが答えた。
「魔人というのをフレシア殿に説明され始めて知ったのだが、本当に我は魔人とやらなのだろうか」
「まあ、現象を司る者も一から十まですべて説明するわけではないからな。炎を司る者、貴殿らの言葉で言えば炎の悪魔を召喚できるかね」
オリビアの近くに居れば脳髄ブラザーズの私たちはほぼ無制限に生前と同じ魔法を使うことが出来るから、私たちが召喚しても良いのだが、契約者であるグロリオサが呼び出せるのであればそれが筋だろう。
「ああ、騎士団に居た頃に召喚したきりだから自信は無いが可能だと思う」
「であれば、召喚して聞いたほうが確実というものだが、まあ百年を超える時をその姿のまま生きているというのであれば、聞くまでもない気もする。普通の人間は百年も生きられんよ」
「やはりそうか。魔人を辞めることはできないのだろうか」
「さあな、大体魔人になる奴というのは何らかの簡単には達成できぬ望みがあって現象を司る者に認められて魔人になる。辞めたいと考える奴はなかなかいないだろうよ」
「それこそ、契約した人に聞かなきゃわからないんじゃない?」
ロナーが口を挟む。ようやく笑いが治まったようだ。
「我は騎士として人々を守ることを望んでいた。だが、魔人となっては騎士で居続けることが困難だ。我自身が市井の人々の脅威になりかねない」
出会った時の狂いようを知っている身としては、彼の辞めたいという望みが叶ったほうが良いような気もする。
「しかしいいのかね。魔人でなくなるという事は、以前の魔法しか使えないか、現象を司る者の考えしだいでは、魔法自体も使えなくなるかもしれない。あるいは、魔人でなくなったとたんに寿命で死んでしまうかもしれないぞ」
結婚したいとまで望んだフレシアに未練がある様な視線を送るが、フレシアはその視線に気付かない。
すぐに毅然とした態度を取り戻し、元騎士団長は構わない、と言った。
「我は十分生きた。守りたかった人々ももういない。今生きている者たちは今生きている者が守るべきであろう」
それもそうだ。人は死ぬべき時に死ぬべきなのだ。過去に偉人がいたからと言ってその人に頼ってばかりでは人類は滅びるべくして滅びるだろう。
「なんだ、ナンパの盾役に連れて来たのに」
「魔人を辞めて生き恥を晒すことになったら、死にぞこないのよしみで盾役を承ろう」
「なんだか仲良しね」
アリスは複雑な表情をしていたが、いくらかほっとしたようにいう。
スミカはギルドの依頼から帰ってきたら驚くだろう。
そうして我々は炎を司る者を召喚したのであった。
「もうそんなに魔法が使えるのかね。私は生体魔法しか使えない状態で未踏破領域へ行ってきたのに」
「むしろ冒険ばかりして魔法の研究をしないから現象を司る者に愛想をつかされたのでは」
「生体魔法縛りで神々の領域に足を突っ込むとか何をしているのかね」
「楽しかったですよねー師匠」
「この場合の師匠は――、まあ当然ヘラニオか」
冬を前にして脳髄ブラザーズが城塞都市に集結していた。リブラやヘルベラも付いてきている。
大きめの貸家を選んだつもりだが、こんな大所帯だと少々手狭である。
「王都組は本格的に冬になる前に戻りたまえよ。狭くてかなわない」
「元からそのつもりだがね。情報の共有は定期的にしたいものだ」
「なんだか全員同じ口調でちょっと鬱陶しいわね」
ロナーがうんざりしたように言う。そもそもロナーが言い出したからこんなにホムンクルスの人数が膨れ上がったのに。
魔法で記憶を共有することもできるが、記憶や経験の違いでそれぞれの脳髄が個性を出すかというのも一つの研究であるから、口頭での近況報告にとどめている。
「そうそう、オリビアがロナーの事をママと呼び始めたぞ」
「何? 本当かね」
「やはりオリビアは賢い」
「うーん、今からでもオリビアの世話役を交代して欲しい」
「今更だ。諦めたまえ」
一人芝居のような会話を続ける我々をよそに、ロナーは嬉しそうに全員分の料理を作ってくれている。リブラとヘルベラの身の回りの世話をしているベルベニオとアジュガはアリスやスミカと共に料理を手伝いながら話に参加し、リナリアは酒を飲んでもうすでにできあがっている。
グロリオサもすっかり我々の一員として溶け込んでいる。
あの後召喚した炎を司る者は魔人を辞めたいといったグロリオサの望みをあっさり認めた。
『というか、加齢を止めてるだけなのだから、望みが叶ったなら進めればよいぞ。魔法も今まで通り使え』
生体を司る者もそうだが、本当に説明しないよなこいつら。
というかまあ、常識が違い過ぎて、我々が何を知らないのかを彼らは知らないというだけなのだろうが。
食事が済んでも各々話したいことは尽きない。
転生してから約一年、色々な事があった。
賑やかな雰囲気にオリビアが笑っている。
幸福とはこういうものなのだろうかと思わずにはいられなかった。
唐突ですが今回で最終回です。
約一年半、お付き合いいただきありがとうございました。
また別の作品でお会い出来たらと思います。
ではでは。




