ダンジョン探索記
隣国まで足を延ばした私は、最近発見されたというダンジョンの噂を聞きつけた。
決して押しの強いエルフから逃げるために遠征してきたわけではない。
王都からほど近い深い森に隠されるように建てられた石造りの建物は、外観はそれほど大きくないのだが、広大な地下空間が広がっているのだという。だが、私の目的はその建物の周囲に広がる植物園もかくやと言われる豊富な種類を誇る広大な庭園である。
材質は不明だが、ガラスに似た透明な板で作られた温室、建材や果樹などに分けられて植えられている樹木類、露地でも頑健な種類の野菜類をゴーレムが管理して栽培しているというのだ。私の本職は魔獣学研究だが、植物にもそれなりに通じていて、ハイポーションを作ることが一つの目標である。求めている薬草が見つかればいいのだが。
周辺の村で聞き込みをしていると、十数年前には白髪の子供がそのダンジョンのある森と王都とを行き来しているのを見た事があるという人が何人も居たが、最近は全く目撃されていない。
王都で賢者が闇討ちされた時期と重なるので、もしかすると森深くに賢者の隠れ家があって、丁稚奉公に来ていた子供がお使いをしていたのではないかという話だ。
間違いない、賢者の隠れ家が放置されダンジョンと化したのだ。
王都に属する地域の森林にある建物であれば王族の所有物になるが、冒険者ギルドでダンジョン探索の依頼が出ていることは確認した。ダンジョン探索にはギルド職員が入り口付近まで同行し、結果の報告を現地で行うという。
こういった対応は冒険者がダンジョン内で得た物を秘匿し持ち去ることを防ぐ他に、冒険者が瀕死の状態でダンジョンから退避してきたところを野生動物に襲撃されることを防ぎ、応急処置をしてダンジョン内の情報を報告させるためにとることもある。
そもそもダンジョンに勝手に忍び込んで得た物は盗品扱いとなり、商業ギルドでも冒険者ギルドでも何故それを持っているのかを厳しく追及されることになる。換金しようとするならば結局依頼を受けるしかない。
今回私は植物の専門家としてゴーレムが管理する庭園の調査依頼を請け負ったが、事前情報によれば、勝手に採取をしない限りゴーレムは襲ってこないそうなので、危険度はそれほど高くないと見積もっている。
鬱蒼とした森だが、他の冒険者も出入りしているのか獣道よりは踏み均されたわかりやすい一本道が続く。
あまり訪れない国なので、見慣れない植物に目移りしながら、バディを組んでいるギルド職員のエンゾと歩いていく。外回りをする職員は冒険者あがりであることが多く、彼も例にもれずこの国で有名な冒険者らしい。所属するパーティの解散を機に声を掛けられたギルドで働いているのだという。年は私より一回り上くらいの中年の男性で、剣士らしく長剣を佩いている。
冒険者生活よりも動くことの少ないギルド職員生活のせいか、やや腹が出始めている様子だ。
小一時間歩いた先に開けた空間があった。
直線で小一時間なので、この深い森の中、道しるべもなしにたどり着くことは困難に違いない。よくぞまあ賢者の隠れ家を見つけ出したものである。
話に聞いた研究所らしき建物は、大きくないと言われていたが3階建てであった。緩やかな片流れ屋根で冬の深い雪の対策はどうしているのか気になったが、賢者はゴーレムを使役していたようだから、除雪もお手の物なのだろう。
隣接して2階建てくらいの高い天井に覆われた温室がある。近づいて透明な板に触れてみると、なるほどこれはクラーケンの軟甲を加工したものであろう。ガラス以上に入手が困難だが、一度見た事がある。
建物の玄関前に広がる庭園を突っ切ってきたが、水やりをしているゴーレムは襲ってくる気配はない。
エンゾは建物が見える森の中で気配を消して隠れている。隠れている場所は記憶しているが全く気配がないので驚かされる。
温室が気になって突っ切ってしまったが、再度庭園に目を向ける。鮮やかな花が咲き乱れている。必ずしも薬効がある様なものではなく、花の優美さを楽しむために植えられているようだ。
知識としてしか知らない花の実物を見ることが出来て私は感動していた。
「ここは楽園か……」
私は夢中になって植物の種類と配置を書き出した。採取できないのが残念だが、欲をかくと大体悪い方に向かう。
庭園の植物を書き出したところ、5種類ほど知らない植物が植えられていたのでスケッチして後で調べることにした。5月も中旬で多くの草花が最盛期を迎えつつあった。
森の方から私の臭いを嗅ぎつけてはぐれのダッシュボアが猛突進してきたが、あっさりゴーレムに止められ退治されてしまった。どこかに持って行ったが、ゴーレムは食事をするはずもないので、植物を育てるための肥料にするつもりかもしれない。
そんな訳で私はのんびり安全にスケッチをすることが出来た。花弁の枚数や形状、茎の太さなど外観からわかる部分は良いが、根っこがどうなっているかは残念ながら調べられない。葉の裏をめくる程度の接触は問題なかったが、それですらゴーレムがこちらを凝視していたのだ。魔物よりもゴーレムの目の厳しさにどぎまぎさせられた。
スケッチを終え、楽しみにしていた温室に向かう。
ウキウキしながら鍵もかかっていない扉を開けると、目の前に人型の何かむくりと立ち上がった。
「ひゅっ」
先行していた冒険者ではない。全身土だらけで地肌も土の色、服などは一切着ておらず頭部からは髪の毛ではなく巨大な葉っぱが伸びている。
いや、そんなまさか。
これはマンドラゴラだろうか。
マンドラゴラは根っこが人のような形状をしていて引っこ抜くと正気を奪い去り絶命させるほどの叫び声をあげるという。
しかし、それは子供に聞かせる魔女の植物に関する与太話で、実際は根っこは人型ではないし、引っこ抜いて死に至ることもない。
毒性が強く用法を誤ると死んでしまうが、適量を用いれば媚薬として使える。恐らく、隠れて採取して異性に投与しようという不届き者が続出して死者を出すようなことを防ぐための方便だろう。
では、目の前のコイツは何だ?
相手も目の部分にあたるくぼみを驚いたように歪ませている。
何より異常なのはその大きさである。目線が私と同じ高さにあるのだ。
私はゆっくりとあとずさり、温室の扉を閉めた。
その瞬間、扉越しにつんざくような悲鳴が聞こえてきた。一瞬気が遠くなりかけたが、何とか持ちこたえ、周囲に気を配る。
扉を隔てず直接聞いたならば、気絶しかねない叫び声だ。
この植物人間の絶叫を聞いて、マンドラゴラに違いないと奇妙に確信させられた。
ゴーレムがこちらの様子を窺っている。庭園を手入れしていたゴーレムの他に、果樹や建材用樹木を管理していたらしい複数のゴーレムが温室の入り口前に集まってくる。
「これヤバい奴じゃ……」
温室を見ると透明な扉を隔てて、さっきまでの絶叫が嘘のように落ち着き払ったマンドラゴラがこちらをじっと見つめている。私がゴーレムに襲われるのをにやにや笑いながら見物しているようでもある。
ゴーレムに襲われるより温室に侵入してマンドラゴラと戦った方がマシだろうか?
いや、毒性のある攻撃をされた場合、手持ちの毒消しが効くか不明だ。それに植物学者の端くれ、温室内の他の植物に戦闘の余波で危害を加えたくない。となれば、一目散にもと来た道を逃げ帰るしかない。
私は駆け出した。すぐにサポートに入れるようにエンゾが姿を現して長剣を抜いて臨戦態勢に入っている。
ゴーレムと言えば動きが緩慢であることで有名だが、ここの防衛を任されているゴーレムはダッシュボアの突進に対応できるだけの速度を有していて、それはつまり人間が全力疾走したところで追いつかれるという事を意味していた。
ゴーレムとの戦闘は避けられるものと思っていたので、魔物に関しては森での遭遇のみを警戒しており、どちらも長剣やナイフなどしか持っていない。
メイス使いがいれば少しは戦いになったかもしれないが、このゴーレムたちの鈍重なはずの体が素早く移動してくるという事はその重量を意のままに操る膂力が備わっているという事でもある。
もう少しで森にたどり着く。
「振り返らずそのまま走れ! 俺も後から行く!」
エンゾは私に叫び、そのまま先行している一体のゴーレムに突っ込んでいく。
防御の要らないゴーレムの戦い方はシンプルだ。獲物に追いついたら腕を振りぬく。それだけ。動きが分かれば、エンゾのような熟達した前衛ならば攻撃を見切り、背後をとることも可能だ。さらにエンゾはナイフを取り出し、ゴーレムの頭部と首の継ぎ目に刺した。
しかし、ナイフは先端が少し入っただけで、傷にすら繋がらない。
エンゾはわかっていたとばかりに大きな石をポシェットから取り出して、ナイフの柄に叩きつけた。鑿で石材を加工する要領である。
ナイフがゴーレムの首元に深々と突き刺さったのを見計らって、ナイフの柄に全体重をかけるようにぶら下がると、てこの原理でゴーレムの首を外すことに成功した。
核は他の部位にあるらしく転倒には至らなかったが、頭部の目から周囲の情報を得ているのは人間と同じらしく、ふらふらとよろめいて手探りで敵を探している。エンゾはその隙を逃さず、他の2体が追いつく前に離脱した。
こうして命からがら私たちは王都へ帰還したのだった。
王都の冒険者ギルドで報告を終えた私は、再挑戦のための準備を開始しようとした。そこでばったり遭遇したのが、あのエルフと見知らぬ少年であった。
せっかくフィドルフ王国へ来たので、脳髄太郎こと私、ヘラニオとリナリアはアドミナスに任せていた研究室の跡地を見に行くことにした。彼女は私の言いつけ通り引き払ったというが、潰しのきく物件でもないのでまだ残っているならまた買い戻すのも良いかと思ったのだ。
晩年この国で賢者として生活していたが、ほとんど植物園を併設した研究所と、素材採取のためのダンジョンを往復する毎日だったので、観光地やうまい飯屋もよくわからない。
あの後、ヘルベラとベルベニオ、アジュガは洋上貿易都市ココマールへ、ロナーとクラベル、アリスとフレシアの二組はココマールと王都の中間地点にある商業都市マルシャンへとそれぞれ観光しに行った。ホムンクルスの肉体で別れた後も記憶の共有をしようと思えばできるが、せっかく見た目も変えた事だし、口頭での情報共有以上の事はする必要はないという結論になった。
ヘルベラたちはココマールを観光したらそのままローレンツ王国まで歩いて帰るつもりのようだ。リブラはどこにでもいるような状態であるが、アジュガを王都のリブラ宅まで送り届けてもらわなければならない。
まあ一人でも行けないことはないが、魔法が一切使えない状況な上に、性別も変えているので用心に越したことはないだろう。
ホムンクルス化した脳髄の中で魔法が使えるのは、ロナーと共にいるクラベルが、オリビア経由でほぼ無尽蔵に使える他、独自に生体魔法を再取得した私のみである。
物件の情報を得るために商業ギルドへと向かったのだが、何故か冒険者ギルドの管轄だと言われて向かってみると、なんとダンジョン化してしまっているので調査依頼が出ているというのだ。
なるほど、確かに、ダンジョン化してしまうような心当たりは無くはない。
そんなやり取りを受付でしていた所、奥の応接室から疲れた様子で出てきた丸眼鏡に縮れ毛の見覚えのある冒険者に私は声を掛けていた。
「おや、誰かと思えば行き倒れ冒険者のロック・カーン君ではないか」
「む、貴様、しばらく見ないと思ったらこんなところにまで来ていたのか。まあ息災なようで何より」
リナリアは相変わらず居丈高な挨拶をしている。……私も人の事は言えないか。
ロックは生誕間もない私、もといオリビアが森に放り出された時に行き倒れていた冒険者である。リナリアに連れまわされて私の捜索に協力していたという話だった。
我々に声を掛けられたロックは苦虫を嚙み潰したような表情をしたのち、無理に愛想笑いを作って、挨拶してきた。傍にいた如何にもベテランという面持ちの剣士も一緒に近付いてくる。
「き、奇遇ですね、リナリアさん。そちらの少年はどちら様ですか? 面識はないはずですが」
「ああ、会うのは初めてか。こちらが私の師匠、エスカ改めヘラニオ様である」
リナリアは師匠を探すためという理由でロックを拘束していたせいか、目的を達したと理解したロックは少し警戒を緩めたようだった。
「これはお初にお目にかかります、ロック・カーンと申します」
しかし、一拍置いて思い直し、疑問を口にする。
「いや、しかし、お師匠様は赤ん坊として転生されたという話ではありませんでしたか?」
「くっく、聞きたいか? 師匠の規格外エピソードを」
ロックは余計な話を振ってしまったという表情を隠しもしないが、リナリアは気にせず得意になって話始めた。私はと言えば、自分の自慢話など恥ずかしくて聞いていられないので、エンゾというギルド職員と話してみることにした。
「坊主、冒険者になりたいのか?」
「いや、もう登録は済ませてある。賢者の隠れ家とやらの話を聞かせて欲しい」
エンゾは説教や無謀なことに挑戦することを諫めるような話を交えながら私の研究所がダンジョン化しているという話を聞かせてくれた。特に興味深かったのは、エンゾらが先ほど遭遇したばかりというマンドラゴラ人間である。
実のところ、植物にも意志が存在し、現象を司る者との契約が成立するケースがあることは知っていた。
温室で育てていたマンドラゴラが何らかの強い意志を抱いて魔物化したのだろう。暑さに弱い植物だから、私の死後温室に入れられっぱなしで夏を迎え、枯死寸前になったとかそんなところだろう。
それと、今回の調査では庭園と温室の入り口程度しか見られなかったらしいが、他の冒険者の報告から、研究施設の地下に空間が広がっているのだという。
建築用ゴーレムが少しずつ地下設備を拡充しているのかもしれない。
それに、ゴーレムを生み出すゴーレムも地下に居るから、エンゾに一体討伐されようと痛くもかゆくもない。
ともあれ必要な情報はあらかた収集し終えたので、実際に研究室へ向かうことにした。
まだロックに絡んでいるリナリアを促して、王都郊外の森へと歩き始めた。
現在のあの建物の所有者は王族なので、素直に地下空間の調査依頼を受けてある。
エンゾは最後まで私の事を心配していたが、リナリアを見て、エルフと同行しているなら滅多なことにはならないか、などとのたまっていた。
結局ロックがリナリアと私のダンジョンアタックを見学したいとついてきた。エンゾは十分な準備もなく再アタックするのはリスクが高すぎるとして辞退した。そもそもギルド職員へ就職したのは生活を守るためだろう。大怪我をしたり、死んでしまったのでは本末転倒である。
森はすっかり踏み均されて道が出来ているが、魔物も稀に出てくるようだった。
食用に慣れ親しまれた魔物のオークに遭遇したのは僥倖で、大量の肉をゲットすることが出来た。
さて、作戦だが、マンドラゴラ人間が叫び声をあげるとゴーレムが襲撃してくるのであれば、叫び声をあげる前にマンドラゴラ人間を討伐するか、ゴーレムを討伐してからマンドラゴラ人間を討伐するかのどちらかである。
ロックが受けている調査依頼が、温室内の植物の種類だという事なので、そうしなければ調査のしようがないだろう。
育てている植物の種類に関しては私はおおむね把握しているが、ゴーレムが森の中で採取したものを植えることもあったし、薬師を名乗れるだけの知識を与えていたアドミナスが自分の研究目的で珍しい植物の種を取り寄せて播種していることもあったので、全てではない。
私とリナリアはメイスをそれぞれ手にして、ゴーレムを各個撃破していくことにした。
ロックからは元所有者なのだからゴーレムの強制終了の手段があるのではと聞かれたが、そんな弱点を搭載したら守護などとても任せられないだろう。抵抗してくるゴーレムなど叩き壊してしまえばいいのだ。
外に出ている体長2メートルくらいのゴーレムが10体、内部を巡回している成人女性くらいの大きさのゴーレムが3体いるが、討伐されて不足した個体が再度地下施設で新たに生み出されるまでに小一時間かかる。13体を10分程度で停止させれば、しばらく内部の探索をできるだろう。
生体魔法で筋力を強化しているとはいえ、私の重量だと体重とほとんど同じ重さのメイスを振り回すのが難しいので、自分の体をカウンターウエイトにして、メイスに振り回されるように動くことで衝撃力を高めている。
リナリアは年の功もあって、魔法も学術知識も一級だが、最も得意なのはメイスで筋力任せに殴打することである。もう一つの得意の魂魄魔法は当然ゴーレム相手なので通用しない。
庭園を管理している無防備なゴーレムを私が一方的にメイスで破壊すると、破壊目的の侵入者を感知して各所からゴーレムが寄ってくる。
寄ってくる傍からリナリアと私が次々に破壊する。頭部を破壊するだけでも行動は著しく制限されるが、手足をもいでバラバラにしてやればなお安心である。
完全に活動停止したゴーレムは地下に吸い込まれていき、再生産の材料となる。
内部から飛び出してきた比較的小型のゴーレムも合わせて13体、きっかり10分でバラバラにし終えると、森の木陰から様子を窺っていたロックが恐る恐る出てくる。
ロックも並みの人間よりは戦える方だが、私のゴーレムはそこそこ強い。
「いやー、恐ろしい手腕でしたね」
「くっく、そうだろうとも。師匠の竜巻のごとき動き、並の人間にはマネできまいよ」
「おべっかは良いよ。それより時間が惜しい。温室へ向かおう」
物陰に隠れて温室内を覗き見ると、窓にべったり顔をくっつけてこちらを窺っているマンドラゴラ人間と目があった。
「うわあああああああ!!!」
「キャアアアアアアアアア!!!!」
窓越しにでも脳髄をクラクラさせるようなつんざくような悲鳴を上げている。
「大丈夫ですか!? 師匠!!」
咄嗟に温室から距離をとって、数メートル離れたリナリアたちに転がるように近付く。
「あ、ああ問題ない。しかし、まいったな。抜かれた瞬間だけでなく自由自在に悲鳴をあげられるのか」
「音響魔法の類でしょうか」
「恐らくそうだろう。中に入って近付くことすらできないぞ」
「私の炎魔法で燃やしてやりましょう」
「いや、待て。他の植物に引火したらどうする」
「……今のところ目が合うと悲鳴を上げている様な気がしますね」
ロックがそんな事を言い出した。
「2例だけなので確たることは言えませんが、私も奴と目があった後に悲鳴が上がりましたので」
確かに目があっていない今、奴は大人しくしている。
「フウム。では、目を閉じて突入してみよう。ロープを腰に巻いていくから絶叫が上がったら思い切り引っ張ってくれ。私は気絶している可能性がある」
「わかりました、師匠」
温室の扉を開く瞬間に『そういえばリナリアに契約の糸を見てもらえば良かったか』と思ったが、その間にリナリアが意図せず目を合わせてしまうリスクも無視できないし、結局他に魔法を使えたところで、やることは変わらないと思い直し、そのまま進んだ。
キイと軽い軋みを鳴らしながら扉が開き、中に一歩踏み出す。今のところ絶叫は上がらない。
目を閉じてはいるが、間取りはさすがに覚えているので、後は聴覚や嗅覚、温室内にわずかに漂う風の動きを感じながら、異物を探す。
ソナー系の探知をできる魔法があれば楽なのだが、そればかりは文句を言っても仕方がない。
だが、奴を見つけるのは簡単だった。
奴は口呼吸をしていた。
いや、確かに普通の植物も根っこで呼吸するので、水をやりすぎると根腐れを起こして枯れてしまうものだが、明らかに口の高さから、人間のような呼吸音が聞こえる。
「一応聞くが、意思疎通可能かね?」
絶叫の予備動作と思われる深く息を吸う音が聞こえた瞬間に私はロングソードをマジックバックから抜き出し、その首をはねた。
肺と思われる空洞に取り込まれた空気が、声帯を模した器官を通らずにフスーと間の抜けた音を鳴らしながら抜けていく。
どうにかなったようだ。
目を開けてマンドラゴラ人間が脊髄反射でびくびくと動いているのを見るが、やがてその反応も無くなっていく。
ゴーレムを討伐してからおよそ30分が経過している。
しかし、マンドラゴラ人間がいなくなった今、植物の採取をしなければ、ゴーレムが襲ってくることはないだろう。
念のため、他の植物を見て回るが、魔物化の兆しはない。
それにしてもマンドラゴラを育てたのは誰だろうか。地域によっては自生していることもあるが、この辺の森では見た事がない。しかし、アドミナスも媚薬のようなものを作るタイプの人間ではないし、そもそも、マンドラゴラ人間以外にマンドラゴラが見当たらないのだ。普通薬を作るために播種するのであれば、一区画その植物で埋めているが、全てが他の植物で埋まっている。
それにこのマンドラゴラ人間、全身土だらけで、この巨体が抜け出したとなればその穴がぽっかり空いているはずだが、どこにも穴は見当たらない。
この温室ではない外の庭園のどこかで育った可能性も否定はできないが、どうも釈然としない。
とりあえず脅威は去ったという事で、リナリアたちを呼び寄せ、ロックには温室や庭園の調査を開始してもらった。
本題はここからである。ざっくり建物の地上部は見て回ったが、当時最新だった研究設備等はアドミナスの退職金がわりに売り払われているのが確認できた。いくらか、冒険者が荒らしたような跡と、屋内用のゴーレムと戦闘になったらしい跡もちらほら見受けられたが、特に脅威になる物はなかった。
そして地下に降りたところ、見覚えのない仰々しい扉が設置されていたのだ。
一体誰の趣味だ?
扉はうっすら開いており、誰かが入った形跡がある。
確かに建設用のゴーレムがいて、地下は研究資材を保管するために少しずつ拡張できるようになっているが、亜空間と併用すれば広くするとかえって資材を探す方が大変になるので、地下4階でゴーレムは停止していたはずである。
件の扉は地下2階に地下1階をぶち抜く形で巨大な扉専用の部屋が出来上がっていた。
ダンジョン化しているというので、建設用ゴーレムを誰かが不用意に触って誤作動を起こし、地下空間が拡張され続けているものと思っていたがどうやら違う様だ。
そもそも扉は部屋が造られていないはずの地中側に向いている。
そういう訳で、もともとあった地下室はほぼ無事だ。
じゃあこの扉は何なのか。
「入るしかないですよ、師匠」
「しかしなあ」
好奇心がずっとくすぐられている。
とはいえ、今の私はほとんどの魔法を失い、亜空間とは比較にならない少数の武器や食料をマジックバックに入れているのみである。
リナリアとも和解した今、彼女を無闇に危険に晒すことが果たして正しい行いだろうか。
「師匠、一人だったら迷わず入ったんじゃないですか」
それは否定できない。無駄死にしたい訳ではないが、大元になる脳髄は生きており、いくらか死に寛容な気持ちがないわけでもない。
「師匠、今は私の方が魔法を使えるんですよ。心配するなら自分の事を心配するべきです」
リナリアの度重なる説得に、私は甘んじて折れることにした。
上で植物の調査を続けているロックに事情を説明して、先に帰るように告げた。
「いや、まああの森を抜けるくらいは私一人でもできますが、大丈夫なんですか?」
再度生成されたゴーレムたちは先ほど粉々にされたことをまるで知らないように庭園の手入れをしている。
「それが不明だから先に帰還して、いざという時にロナーに連絡をしてくれという話だよ。我々が攻略できないダンジョンなら、駆け出し冒険者が入ればほぼ自殺みたいなものだ。リナリアの名前を出して、制限を掛けるようにギルドにも掛け合って欲しい」
3日で戻らなかった場合の手順を確認してロックを見送ると、再び地下に戻り、扉を抜けた。
扉の先は赤いじゅうたんが敷き詰められ、白を基調とした神々しい装飾に彩られた長い廊下だった。
魔物の気配はない。
一歩踏み出すと、扉がひとりでに閉まる。
目の前に光魔法でステータス画面のようなものが表示される。
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ダンジョン・賢者の隠れ家
地下20階層
チュートリアルを開始しますか?
はい/いいえ
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「これは……」
リナリアも勘付いたらしい。
「マイケルの仕業だろうな」
ローレンツ王国王都で絶賛製作中だという話だったマイケルと、ヒロト、ヤンとか言う宮廷魔術師の3人の魔人が合作しているダンジョンだが、王宮の一部を取り込んだ塔だけでなく、地底を通して大陸全土に複数のダンジョンを形成しているという噂をロナーたちから聞いていたのを思い出した。
もしかするとあのマンドラゴラ人間はこのダンジョンに入って通用するかどうかの一種の試練だったのかもしれない。あれに気絶させられる程度ならこのダンジョンに入るな、という訳である。
「なるほど、これは時間がかかりそうだ」
「なんだかワクワクしてきましたね」
我々は迷わず“はい”を選択した。




