海辺の街、二人旅
リナリアとの旅は驚きと喜びの連続だった。
彼女とは長い付き合いだが、エルフである彼女からしたら前世を含めても私とのやり取りはほんの一瞬の出来事なのかもしれない。
エルフと会う機会はほとんどない。彼女のように故郷の森から出るエルフは皆無と言っていい。隣接する街とは交易をしているため、接点はそれなりにあるものの、人間だけでなく、獣人やドワーフなどの他種族との交流に積極的とは言えない。交易自体も基本的にはエルフの住まう森の中で自給自足が成立しているから、一年に一度か、ひどいときは何十年と間を空けて街に出てくるらしい。
子供の時に街に来たエルフを案内した少年が年を取って相談役を担うようになってから全く見た目の変わらない同じエルフを案内したという話は、森の近くに住む彼が生きている間は鉄板の話だった。
リナリアとは前世で腐れ縁のような付き合いでしかなく、彼女は私を師匠と慕ってくれるが、連れ合いのように親しく日々を過ごすことは無かった。
今まで見ることがなかった彼女の表情や、仕草、私を見つめる熱っぽい瞳の魅力に前世で気付けなかったことが悔やまれる。
記憶が継承されているとはいえ、使い慣れないホムンクルスの素体、生まれたばかりらしい魂、そして、その魂には紐づけられていない、今まで使えていたはずの魔法が使えない事に戸惑うことも多かった。
その上、あまり旅したことがない地域での不慣れな生活が重なっていた私にとって、彼女が重要な支えになったことは間違いようのない事実である。
あの時、他の予備頭脳たちを裏切って出奔したことで多くの試練へ直面することとなった一方で、新たな扉を開くチャンスとも巡り合えたのだった。
リブラから聞かされた情報を確かめるため、私はフィドルフ王国へ向かうことにした。
しかし、カザフ辺境伯領城塞都市を拠点としているグレーウルフを他国へ護衛として連れて行くのはさすがに憚られた。城塞都市周辺の魔物の間引きや、彼らにしか成し得ない依頼も多々ある。他国へ連れ出すどころか、王都へいつまでも引き留めている訳にも行かないのである。
それに、家を借りっぱなしにするのも気がかりだった。金銭的には問題がないかもしれないが、リナリアだけでなく、私とロナーも居なくなるとなれば、アリスやスミカだけであの広い家を維持する意味がなくなる。
地底都市に近いこともあるため、事が済んだら城塞都市に戻るつもりではいるが、別に故郷という訳ではないから、戻らない選択肢もありうる。
都市間を移動するための身分証明書として、ロナーには冒険者ギルドへ登録してもらった。
冒険者ギルドはほんの数十年前まで領主の許可をとって、冒険者同士で助け合うための組合を都市ごとに作っていて、連携などは取れていなかったのだが、光の魔人であるマイケルがギルド間で情報のやり取りを瞬時にできる通信機器を整備し、近隣数か国に渡って、冒険者ギルドは提携関係にある。
マイケルに確認した所、フィドルフ王国の冒険者ギルドは網羅されているというから、ギルドの会員証が身分を証明することになるだろう。
ちなみに通信機器について、複数の王国の宰相や高位貴族が戦争を劇的に有利に進められると目を付けて独占を企んだが、ことごとく勇者としても名高いマイケルに潰され、報復を恐れた国王たちは冒険者ギルドへの不可侵を約束し、首謀者の首を飛ばすことで、国家壊滅を免れた。
マイケルにダンジョンの進捗を聞いた所、だいぶ調整に難航しているようで、入ってもいいが命の保証はないという。
もともと、命の保障などするつもりはないはずだが、私の実力を知ったうえでこの物言いという事は、相当理不尽な難易度になっているようだ。
そういう訳でダンジョンに入るわけにもいかないし、脳髄太郎がリナリアに魂魄浸食されているのかどうかを確かめに行くことにしたのである。
どうもオリビアが喋れないながらにダンジョンに対して忌避感を抱いている様な感じがするのも、理由の一つである。
かなりの遠出になるので、ロナーはオリビアの事を考えて渋るかと思ったのだが、意外と乗り気のようだった。
今回はレッサードラゴン便は使えないので、馬車と徒歩での移動となった。
……カザフ辺境伯領までは。
貸家を引き払った後、スミカとアリスの引っ越しを手伝い別れた。スミカは冒険者ギルド近くの寮に、アリスは宿ぐらしに戻ると言っていた。
ロナーに抱きかかえられた私は城塞都市を出て、しばらく歩いた先にある広大な草原の中で転移魔法を発動させようとしていた。
「これが転移魔法」
『さすがに、正規ルートの山越えも、奴らからの手紙にあったように洞窟を何カ月も彷徨うのも御免だからね。かといって回り道していてはどれだけ移動に掛るかわからない。あまり多用はできない魔法だが、辺境のこれだけ土地が余っているところであれば、転移の魔法陣も描けるだろう』
頭上には巨大な光る魔法陣が浮かび上がっていた。魔法陣に干渉する凹凸があると、うまく起動できないのだ。
「リブラ君が使っていたものは転移魔法ではないのよね」
あの場に居た者に区別ができるかはわからないが、厳密にはリブラが騎士たちの妻を呼び寄せたのは転移魔法ではない。
生体魔法でネズミか何かの目を通して妻たちをコピーし、手元に出現させ、記憶魔法で本物そっくりに動けるようにしたのだ。また、複製体を消滅させたときに記憶を本人と同期させることで、同一時間に二つの場所で別の体験をしている白昼夢を見たような状態になるが、それが現実であることは帰宅した夫を見れば一目瞭然となるという訳である。グリンド子爵も恐らく路地裏を歩いて他の者から見えなくなってから、コピーを消し去ったのだろう。
リブラの事だから、傷まで再現して同期させたに違いない。
リブラは生体の魔人であるから、空間魔法を多少使えるとしても、転移魔法にまでは至っていないはずである。
そして転移魔法は以前アリスに説明した通り、膨大な広さに渡る緻密な魔法陣を必要とする。
それを解決する秘策が光魔法で魔法陣を出現させる方法だ。これはマイケルもやっている技だが、光魔法を使用して魔法陣を瞬時に描き出すことで、他属性の魔法をほとんど制限なく発現することが出来る。とは言え、頭の中に無い魔法陣は描きようがないし、契約できていない現象を発現させることはできないが。
たった二人を転移させるにも、城塞都市複数個を超える大きさの魔法陣が必要になるのだ。
実のところ、地面に描くなりすれば、空間を司る者と契約しただけの者にも転移は不可能ではない。しかし効率を考えると、何カ月もかけて魔法陣を描くよりは直接徒歩で移動したほうが確実だし、場合によっては速い。しかも、魔法陣は一度使用したら消えてしまうのである。何度も使えるなら、ポータルとして据え置けばよいが、毎回毎回この大きさの魔法陣を手書きするのは費用と効果が見合わない。私のように光魔法を使用でき、転移の魔法陣が頭に入っていない限りは。
「この細かい魔法陣の隅々まで頭の中に入ってるってことなのね」
『そうとも。これでも晩年は賢者と呼ばれていたからね』
「魔王に賢者に忙しいわね」
『そんな感想を抱くのは君くらいだよ』
今にも転移が始まろうというところへ、人影が飛び込んできた。まあ、探知で知ってはいたが、こっそりついてきていたアリスであった。
「やっぱりエスカさん転移できるんじゃないですか!! 私も転移させて!!」
こいつ、理屈を聞いてるときは興味なさそうにしてた癖に、いざやるとなると飛び込んでくるとは。
『いいとも』
「やったっ!」
『ちなみに転移魔法は転移させる対象の情報を正確に魔法陣に組み込む必要がある。巻き込まれたものはスライム状になるからそれでも良ければだが』
「やだっ! やっぱりやめ……」
『おっと、もう転移が始まるぞ』
「やだあああああ!!!」
アリスが飛び込んでくるだろうことは想像に難くなかったから、すでに魔法陣に組み込み済みだがだいぶ顔が青ざめているから、脅かし過ぎたかもしれないな。
リブラの情報を頼りに転移したのは洋上貿易都市ココマールを一望できる丘の上だった。
「あの大きな島が目的地?」
『そうだが、あれは島じゃないよロナー』
「ねえ、そんなことより、私の体大丈夫? 透けてない?」
『スライム状になるのは本当だが、アリスが飛び込んでくると思って魔法陣にあらかじめ組み込んでいたから大丈夫だよ』
「もー! 何であんな意地悪ゆったの!」
『意地悪というかだな、危険性もわからないものに勝手に飛び込むなという忠告だよ』
なんだかアリスが幼児退行したような怒り方をしているが、魔法陣はちゃんと機能していたよな?
「せんせい、転移に巻き込まれるとスライム状になるってホント?」
『リブラか』
リブラが魔獣化したオウムを使って質問してくる。奴は今も王都に居る。
『本当だとも。実際に転移魔法の検証時に魔物や動物を使って確認したからな』
おや? リブラの返答がない。と思ったら、少しの沈黙のあとオウムを通して叫び出した。
「もー!! じゃ、20年くらい前にだけ多発したスライム系モンスターは先生のせいじゃん!!!」
『ああ、ちょうどその頃だ』
「魔獣事典を改訂しなくちゃ……。いや、削除の方がいいか? でも今後転移の実験をする人が絶対に現れないとも言えないし……」
『迷惑かけちゃったみたいでごめんね』
「何やってんのよ」
そこへふわりと降り立ったのがヘルベラだった。彼女は王都で家の掃除をしてから風となってこちらに飛んで合流することになっていた。
「聞いてよヘルベラ! せんせいったらひどいんだよ!」
「はいはい、とりあえず、リナリアさんの様子を見て来たよ。結構遠くから風になったまま見たんだけど、気付かれたっぽいわ」
『奴は魂を見るからな、自然現象となっても魂の存在は隠せないという事だろう』
ロナーが焦れたように話に割り込んだ。
「それで、あれが島じゃないなら何なの?」
洋上貿易都市は海に浮かぶ巨大な船である。が、しかし、基本的に移動はしない。というよりもできなくなってしまったのだ。現在は複数の巨大な橋で繋がれ、ただの人工島となっている。
開発者は水の魔人リエルテとされている。
とはいえ、普通の市民は魔人の存在など知らないから、卓越した水魔法使いという認識だが。
適当に切り貼りした建材を水魔法で強引に浮かせたに過ぎないのだが、長らく彼女は行方不明となっている。クラーケンにやられたとか、謀略で死んだとか、飽きて旅に出たとか様々な噂が流れている。
開発当時は巨大貿易船として大陸中の港町を周遊して交易を盛んに行っていたが、彼女の失踪と同時に動かなくなり、今はただの陸から小舟で行き来する都市となっている。それも私が前世で生まれる50年くらい前の話だから、それなりに歴史のある都市なのである。
海洋には巨大な怪物が跳梁跋扈しているため、とにかく巨大な船を作って襲われないようにしようという発想は理解できる。
現在船として機能していないが複数の港町から橋でつながっているこの都市は各国の行き来が交差する要衝となっており、今でも商業の中心地となっている。
貿易品の7割は陸路で行き来しているが、一部の貿易船はクラーケンなどが出ない航路を知っているようで、海路で商品の輸出入を行っているが、情報は秘匿されている。当然だ。普通の商人は利益を独占することを考えるものなのだから。
そのため、海路を独占しているナビガシオン商会がこの巨大な貿易都市の3割の取引を担っているのである。
というのが、リブラの説明である。
「とりあえず詐欺に気を付けてね。街に入るのも商業も比較的自由だから、商取引なんかもほとんど自己責任になっているよ」
『リブラはどうするんだ。その魔獣では街に入れないだろう』
「当然、街中にもすでに目はあるからね。適当に乗り換えて案内するよ」
そういうとオウムは飛び去って行った。
「街に行きましょうか。さっき見て来たからある程度は私も案内できるし」
ヘルベラが先頭に立ち催促する。アリスもやっと立ち直ったようで、ヘルベラのすぐ後ろについて歩く。
『私たちも行こうか』
「そうね」
ロナーたちが私たちに近付いてきているとリナリアは言う。心配性な連中だ。それか、もしやこのホムンクルスの素体が惜しくなって奪い取ろうとしているのだろうか。
魔法が使えず、魂魄浸食を防げない私がリナリアに支配されているのではないかと考えているとすれば、あるいは私からよりも、リナリアからホムンクルスの素体を奪い返すつもりなのかもしれない。
見当違いも甚だしい。
私は魂魄浸食などされていないし、自らの意志で彼女といるのだ。
まあ奴も私と同じである以上馬鹿ではない。珍しくリナリアが不安そうにしているが、何、心配することはない。話せばわかるだろう。
とりあえず、奴らと会う前に腹ごしらえでもしようではないか。
私たちがリナリアと脳髄太郎に出くわしたのは、探す前に洋上貿易都市ココマールの手前の港町で昼食をとろうと入った宿屋兼食堂であった。
二人はそろって皿洗いをさせられていた。
『何をやっているんだね』
「ししょー、手持ちのお金が底を付いちゃったんですぅ」
私が呆れて問いかけると、リナリアが泣き言を言う。
「金が無いならそう言って欲しいよね。ずっと大丈夫だというから信じて冒険者ギルドでの換金もしないでいたのに」
脳髄太郎が何か言っている。
手持ち素材はマジックバッグにいくらかあって、冒険者ギルドで換金すればここの食事代くらいは難なく払えるのだが、食い逃げを警戒した店主に拘束されて外に出られないらしい。
「とりあえず私たちは予定通りご飯を頂きますか」
そうだな、法外な時間働かされるわけでもないようだし、皿洗いが終わるまで食事して待つか。
リナリアも当然冒険者ギルドに預けている金はあるが、私に居場所がばれるのを恐れて手持ち以外を使わないでいたようだ。
オリビアはやや成長が速いようで、体調が優れない時に離乳食を食べる程度で、ロナーと同じものを細かく切って食べている。ハンバーグの付け合わせの人参が甘くてお気に入りだ。貿易都市に隣接する港町だけあって、食材も良いものが揃っている。
アリスは港町という事でお薦めの魚介類を頼んだところ、タコというクラーケンの亜種の幼体を出されて青ざめている。
ヘルベラはミノタウロスのステーキにしたようだ。
「そのミノタウロスはどっかの城塞都市のスタンピードで討伐されたものでな、滅多に出回らない珍品だよ。魔物の肉は死んだ後も腐敗しにくくて熟成が難しいんだが、今が一番うまいよ」
「本当だ! 赤身なのに滅茶苦茶柔らかい! ソースも甘みと酸味がちょうどいい感じ」
因みにアリスたちの故郷ローレンツ王国とココマールを擁するフィドルフ王国の母語は異なるが、同じ文字を使用している上に、言語学的には大陸西部起源の言語であるため、他国からの旅人の多いこの街で長く宿屋をやっているここの店主とは何となく通じている。
『それで? 本当に魂魄浸食はされていないようだが、どういう状況なのかね』
「それって見ただけでわかるんですか?」
アリスの疑問も最もだ。何しろ魂魄魔法など使用する者はリナリア以外に見たことがない。宮廷魔術院の書庫にもまともに記録があるかは怪しい。
「あんまりネタばらししたくないからここだけの話にして欲しいのだが、魂魄浸食というのは魂をコーティングして、マテリアルボディとのつながりを断つ魔法なのだ」
いつもの他人に対する居丈高な話し方で話し始めるリナリア。
「魂からの信号が途絶えた肉体は、そのまま生体魔法か記憶魔法で操ることもできる。だが、私はどちらもできない」
『それは神兵との戦いで、巨人を操った時に何となく知っている。魂からの信号が途絶えた生物は自律神経は動いているが、自由意思を持たない状態になる。それに操れたとしてもその人間が無意識に行っている癖や仕草を意識的に再現しなければ、その不自然さは一目瞭然となる。巨人の群れを倒すために、倒した巨人を次々に手ごまにして進む殴るみたいな単純な操作だけなら可能だがね』
「今さらっと言ったけど、魔王と賢者の他に神殺しもしてない?」
ロナーの問いに答える。
『創造の巨人プロメテウスの残滓のようなものさ。あの巨体で他の生物と同じように繁殖されたら、あっという間に食糧難になって、地上の生物が全員餓死して共倒れだ。多少の間引きが必要だったのだよ』
「あの戦いは肝が冷えましたね。私たち以外の戦闘に駆り出された人全員死んじゃったし」
『操るための最初の一人を倒すまでが大変で、私たちが死んだらもうすぐ背後には王都だったからなあ』
はっはっはと私とリナリアと脳髄太郎は笑いあうが、他の面々は青ざめている。
『それはそれとして、そういう訳で魂が機能していない肉体は自我を維持できないはずなのだが、脳髄太郎はどうして動いている?』
「そういえばその話何となく先延ばしにしてしまっていたな。リナリア、どうなんだ?」
「新たに魂魄複製という魔法を開発して、師匠の魂を複製したものを埋め込みました」
気まずそうにリナリアが白状する。
「でも、生体を司る者にも言われましたが、完全には複製できなかったようで、魂が赤ん坊だと言われました」
「なるほどそういう事だったのか。魔法の契約はまっさらになってたから、間違いないだろうな」
とすると、脳髄太郎は私の脳の複製品と、ホムンクルスのマテリアルボディ、新たな魂を得た1個の生命体という訳か。
『それで今は何と名乗っているのだ? まさかエスカとは名乗るまい?』
「別に脳髄太郎でもいいがね」
「よくないです!」
「よくない!」
「それはどうかと思います」
ロナー以外が反対のようだ。いや、ロナーも名付けに対する無頓着さに引いてるだけで、反対のようだな。
「魂を複製した事、怒ってないです?」
リナリアは恐る恐る言う。
『私は怒るまいよ。ただ現象を司る者たちがどう判断するかはわからないが』
魂の複製を生物が行えるとなると、循環している魂の総量が変わることになるはずだ。
とは言え、魂の存在を認識できてからまだ1年も経っていない私には、その辺の仕組みはわかりかねる。永遠に輪廻転生を繰り返すのか、魂にも生誕と死滅が存在するのか。魂が増えることを求めているのか、魂の数を一定数にとどめることを求めているのかもわからない。
『我々の行いが減少を司る者たちにとって不都合なら何らかの接触があるだろう。何も考えずやりたい放題やればいいとまでは言わんが、委縮してやりたいことを我慢する程でもないと思う』
「じゃあさ、私もおっさん一体欲しいんだけど」
は???
大人しく話を聞いていたヘルベラがとんでもない爆弾を投下してきた。
「どうせおっさんの事だから、ホムンクルスの素体と予備頭脳のストックあるんでしょ」
『うぐ、なくも……ない……』
実は、前回のホーンウルフの件で危機感を覚えた私は、スタンピードで得た素材をホムンクルスの素体と予備頭脳の補充に充てていた。ロナーの視線が冷たい。
「ヘルベラ貴様ぁ! 師匠に対する不敬が過ぎるぞ!」
「魂勝手にコピーした年増エルフには言われたくないですぅ」
白熱し始めた二人にアリスがおずおずと手を挙げる。
「私も欲しいです」
ロナーまでオリビアを笑顔で見ながら欲しいと言い始める。
「子育てをするのに、声だけっていうのはねえ?」
そこにテーブルの上へ白いイエネズミがよじ登って来て私の目、オリビアにぶら下げてある複眼を見つめる。
……リブラもか。
『そもそも、魔法で動いている今の私もそうだが、ホムンクルスの脳髄太郎もいつまで生きられるかわからないんだぞ』
寿命というのは同じ種類の生き物が大きな病気や怪我をしなければ大体そのくらい生きられるという経験的な結論であって、ホムンクルス製の肉体については当然情報の蓄積がない。
「分かってるわ。どうせ魔人じゃないなら私たちが生きている時間と同じ時間は生きられないし、少しだけ一緒に生きてくれるだけでいいよ」
ヘルベラはだいぶ達観したことを言うようになったな。敵討ちまでしてくれたらしいし、恩に報いたい気持ちもある。
「私はエスカさんに先生になって欲しいだけで、それ以外は自由にしててもらってもいいです。もちろん私が養いますので」
アリスは魔法マニアだからしょうがないが、どうも良からぬ男に引っかかりそうな危うさがあるな。
ロナーは当然私はもらえるんでしょとばかりに黙っている。返し切れぬ恩もあるし、自分の来世の肉体を育てろと言われたらいやとは言えないか。
『あー、じゃあ、ここにいる者たち分の魂魄複製を頼めるかね』
これは一度は死に別れたリナリアと共犯関係に戻るという意思表示でもある。リナリアはぱあっと表情を明るくした。
「勿論です、師匠!」
こうして私の残滓ともいうべき、ホムンクルス達が世に放たれることになった。
宿に雑魚寝用の大部屋があるというので、そこを貸し切った。普通は金のない旅人が相部屋するためのものである。
ホムンクルスを用意し、予備頭脳を埋め込む。服は例によってオリビア用に大量に買い込んだものと、前世の私の持ち物がある。
それぞれに合わせて名を改めた。
リナリアと一緒に行動しており、髪を黒く染めた脳髄太郎をヘラニオ。
ロナーと共に子育てをする私をクラベル。こちらは前世の姿そのままである。
ヘルベラと共に旅をすることにした私をベルベニオ。父親っぽい見た目にしてくれというので、前世で全く成長しなかった私の体を元に少し身長を伸ばし、のどぼとけと顎を強調した。姿かたちを弄れるのはホムンクルスの良いところだが、それでもどこか幼さが残り、二十歳頃の見た目のヘルベラと同年代に見えるようになった。
リブラの元へ送る私がアジュガ。ヘルベラが興味本位で女性型を作ってみてくれというので女性にしたもの。もともと中性的な顔立ちなので、ほとんど前世の見た目と変わらない。奴のずぼら生活を補助することになるだろうが、魔獣事典の原本に常に触れられる環境は悪くない。リブラはネズミに筆談させることでしかコミュニケーションが取れていないので、もしかしたら不満かもしれないが。
そしてアリス用にホムンクルスを出そうとしたのだが、ロナーが待ったをかけた。
「前世から付き合いのある3人と、子育てをする私はともかく、アリスに渡すのは少し問題があるんじゃないかしら」
「仲間外れは良くないぞ」
「クラベルはちょっと黙っててくれる?」
「えぇ?」
まあ、確かにアリスとの付き合いは他の3人ほど濃くはないが、そこまで抵抗があるわけでもない。
「師匠から魔法を学びたいだけなのであれば、ロナーの元に居るクラベル殿に師事すればよかろう」
リナリアの言うことも一理あるかも?
「そもそも、おっさんを養って自由な紐生活なんてさせたら、何しでかすかわからないわよ。たかだか元宮廷魔術師程度のあなたが対処できるの?」
ヘルベラは私を何だと思ってるの?
「ちゅう」
リブラも同意見なのか。
全員に詰められてアリスがかわいそうになってきた。
「あの、魔法もそうなんですけど、ギルドから冒険者の育成を頼まれてまして、私がエスカさんに冒険のイロハを教えてもらって、それを私が冒険者たちに広めていくという事をやりたいんです」
おずおずとアリスが理由を言い始める。
「辺境の城塞都市ではこの前のようなスタンピードは稀だとしても、このところ強力な魔物が多数出現していて、冒険者の死亡率が跳ね上がっているんです。それにロナーさんだって、地底都市から出てきて、地上を見て回りたいと思っているんじゃないですか? 私は城塞都市を、故郷を守りたいだけなんです」
アリスは真剣な瞳で一切引く気が無いのがわかる。
「身が一つしかないのであれば悩むところだが、人助けのためならば協力したいと思うが、どうだね?」
「そういう理由なら仕方ないわね。きつい言い方をして悪かったわ」
ロナーが素直に謝る。他の面々も納得したようだ。
それに、他の者に同行する私にしても、所有物になるわけではない。人生の選択肢が幸運にも多く選べるというだけの事だ。魔法は一から契約を結び直すことになるが、知識は健在なのだ。マジックバッグなど道具で補助できるものは事前に分配するし、一人になっても何とかなるだろう。
ひと悶着あったが、アリスに付き添う私はフレシアと名付けた。リブラの元に送るアジュガより身長をやや伸ばした女性型で、姉妹……とまではいかないが、従妹同士に見えなくもない。
「魔物の増加か、そういえばそんなことをリブラも言っていたわ」
冒険者が水際で対処するので街中で生活していると気付きにくいかもしれない。ヘルベラは私の敵討ちのため魔女排斥集団を長らく追っていたが、奴らの殆どは都市部で生活する自然の驚異を忘れ去った連中だ。ヘルベラも魔物の増加を実感できなかったようだ。
それに、リブラは多くの生物の目を通して見ていて魔物が増えていることはわかる一方で、冒険者の死亡率が高いかどうかというのは冒険者ギルドのように管理している側ではないとわかりにくいだろう。
いつまで維持できるかわからないホムンクルスの体でも、冒険者を育成する体制を強固なものにできれば、体が滅んだ後でも人々が自分たちの力で生き延びることが出来るようになるだろう。
車座となる面々が沈黙すると、波の音が響き、虫の声が夏の訪れを告げる。
オリビアが大人になるまでにいくらかでも住みよい世界になる手助けができればいいと考えたのは私だけではないように思えた。




