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魔獣事典の執筆者

 グラナディージャが死ぬまでの一週間で私たちは色々な事を話した。その中の一つが、プロメテウス教の教えだった。

 創造の巨人プロメテウスの箱庭で生活していた私たちの祖先は、バジリスクに唆されて知能の実を食べてしまい、箱庭から追放されてしまう。私たちの祖先は箱庭の外の過酷な環境に晒されて後悔し、また箱庭に戻るために忘却の実を探し求める。

 これは一度起こった事は二度と元には戻らない事を教えるための話なのだが、一部では本当に忘却の実は実在し、それを食べれば箱庭へ戻してもらえると考えている者たちがいるのだという。

 それに加えてグラナディージャは知能を得た我々の祖先は過酷な外界でも生きていけるとプロメテウスに信頼されているのだから、我々はそれに応えなければならないとも言っていた。




 ある朝周囲から浮かび上がるような白さのイエネズミが語り掛けてくるので、導かれるままロナーと共に王都の裏路地へと歩みを進めた。

 大通りを外れてからは奇妙なほどに誰にも会わなかった。

 都会には必ず落伍者、都会に適応できず、さりとて王都を去って田舎に行くこともできない浮浪者が居るものだが、人気のない場所に逃げ込んで屯するものが見当たらなかったのだ。

 それに、ここは日陰でジメジメしているというのに、壁にカビも生えておらず、通路にゴミや糞尿が放置されていることもない。誰かが毎日掃除しているかのようだ。

 建物の隙間から弱々しい太陽光が漏れてくるが、道を照らすには不十分だった。

 時折、通常の暗い灰色のイエネズミが目の端を走っていくが、道案内をするような知性は当然感じられない。

 そしてその不自然さに気付いたのはしばらく迷路のような路地裏をグネグネ歩き回った後だった。

 いくつか分岐はあるものの、大きな道に脱出できるような隙間が見当たらないのだ。普通建物はブロックごとに何軒か建ててあるもので、裏路地の出入り口は多少の長短はあっても一直線で視界に収まるものだ。地形に合わせて湾曲したとしても十分以上も歩き回って細い道から出られないという事は考えにくい。

 まるで何かを守る迷宮のようだった。

 今は案内人であるイエネズミがいるから迷うようなことはないものの、何の躊躇いもなくオリビアを抱きかかえたまま進んでいくロナーの胆力には驚かされる。

 そしてようやくたどり着いたのは、建物に囲まれた広い空間にポツンと建っている、王都には似つかわしくない木製のあばら家だった。

「せんせい、遅い」

『こんなところに住んでいるからだろ』

「せんせいが王都に来てからもう2週間も経ってる。僕の所に来てって言ったのに」

 今にも壊れそうなあばら家の入り口から半身を覗かせているのは、ダボっとした粗末な衣服を羽織っているだけの、痩せこけた体を引きずった少年、リブラだった。

 伸ばしっぱなしのライムグリーンの前髪の隙間からはぎょろっとした大きな目が覗いている。どうやら睨まれているらしいが、表情がどうも読みづらい。

 魔人は魔人になったその瞬間に寿命から解き放たれるから、その時のままの姿でいることが多い。グラナディージャは生体魔法で若作りしていたから例外である。

「エスカ、この子とは知り合い?」

 何故かロナーも怒っているようである。


 リブラはグラナディージャに滅ぼされた宗教都市プロメテウスの唯一の生き残り、ヘルベラと共に、私がローレンツ王国王都郊外の牧場で隠れ住んでいたころに、ヘルベラがお使いのついでに連れてきた孤児である。

 最初は食事と衣服を与えてただ居候させていたのだが、2、3日もしないうちに手伝いをしたいと言われたので洗濯を任せた。しかし、寒さと水の冷たさでしもやけになってしまったので、気の毒に思って治療をしつつ生体魔法で寒さや暑さに対する耐性を付ける方法を教えた。

 この時あまりにすんなり魔法を習得したので問いただすと、王都で彼は自覚もせずに生体魔法を使用してイエネズミたちを使役していたのだという。今思えば彼の前世が生体の魔法使いだったのかもしれない。

 しかし、中途半端に力があったせいで、本来養育院に入るはずの彼が、路地裏を根城に細々と生活することになったのだ。

 それに加えて生体を司る者のお気に入りだったグラナディージャの暴走を止めた私に師事したということで、目を付けられている。

 ちなみに最初に魔法を教えた時に召喚した生体を司る者へ直談判して、生体の魔人になった者が不老不死の魔法を使用し暴走を起こす構造の見直しをしてもらったので、リブラが私のあずかり知らぬところで魔人になったとしても暴走をするような事にはならなかったようだ。

 食事は十分に与えていたはずだが、彼自身不精なところがあり、食事を疎かにしているところで魔人になり、その時の外見で固定されてしまったのだろう。

 彼は生体の魔人なので、彼自身が望めば体を作り替えることはできるが、そういったことには無頓着であった。

『ヘルベラはどうした? 一緒に居たはずでは』

 ヘルベラには自衛のためと思って風魔法を教えていたら、風の魔人になってしまった。世話焼きの彼女の事だから、一緒に居るものだと思っていた。それぐらいリブラは生活を向上しようという意識が低い。

「せんせいが死んだって聞いてから、探すって言って出かけたまま帰ってきてない」

 帰ってきてないって、私が死んでから15年くらい経過しているはずだが。魔人というのは気が長くていけない。

『リブラの魔法でも見つけられないのか』

「ヘルベラ、本気を出したら本物の風になってしまうからねー。風は生き物じゃないし」

 捜索範囲は定かではないが、風になって虱潰しにくまなく探し回っているのだろうか。

「それに僕の魔法も万能じゃないよ。見るだけならほとんど無制限だけど」

 魔人は魔法によって妄想を具現化するといっても、見えないものや知らないもの、知覚できないものは変えようがない。遠くの魔獣の精神を乗っ取るというような荒業は余程条件が揃わなければできないようだ。

「他の皆にはせんせいが生き返ってることを伝えてあるから、時間を見つけて会いに来るんじゃないかな」

 生き返った訳ではないのだが。それにオリビアの自我が十分に育ったら、魔法で動いている予備頭脳も稼働しなくなるだろう。その辺の説明もしなければならないな。

 しかし、なるほどそうか。それで15年も服を着替えないからこんな服装をしているのか。

『ロナー、彼にオリビア用に買っておいた衣服を少し融通しよう』

「それが良さそうね」

 王都での買い物で、オリビアが大きくなったら着せようと年齢別に結構な数の服を買ってあった。中性的なパンツスタイルの服もあるが、華奢なリブラなら女性ものの服でも似合うだろう。ロナーも世話焼きの部類なので、私の説明を聞いて張り切っているようだ。


『それにしても何でこんなところに住んでいる? 金に困るようなことはないはずだが』

「この家は思い出の家」

 そう言われて思い出した。このあばら家はあの牧場でこの子たちと過ごした小屋の一部だ。

『わざわざ王都中心部にまで運び込んだのか』

 あの日々が彼をここまで縛り付けているとは思いもよらなかった。聖女殺しはともかく、市民のアンデッド化について誤解が解けて自由に動けるようになってからは旅に出ることが多くなったし、ヘルベラたちも仕事をもらったり王都に知人が出来たりとうまくやっているようだったこともあって、少しずつ家を空けることが多くなっていたのだ。何度か完全な自立を促したこともあったが、気が向いた時に帰ってくればいいからそんなことを言うなと怒られたこともあった。

「そんなこと訳ないよ」

 リブラが不敵に笑うとあばら家が一瞬で消失し、私たちは石畳の上に立っていた。

『空間魔法か!』

 天才だとは思っていたが、ここまでとは。空間魔法はとにかく習得が難しい。

 その上、彼が今やってのけたのは同じ空間にあるものを取捨選択して、指定したものだけを亜空間に取り込むという繊細な技だ。

 しかし、生体の魔人となった彼が時空の魔人となることは考えにくい。

「戻すねー」

 彼に戻してもらった小屋で一息ついていると、リブラは何かに気付いた。

「あらら、お客さんだ。久しぶりだなあ」

 そんなことを呑気につぶやくのと、あばら家が男たちに包囲されるのはほぼ同時だった。

「我々はグリンド子爵の使いのものである! 魔獣事典の執筆者を自称する者よ、無駄な抵抗はせず、我々に魔獣事典の原本を差し出せ!」

 魔獣事典とは王国に9冊しかない、魔獣の詳細が日々更新される魔法の事典である。

 というか、え? リブラが執筆者なの?

「言ってなかったっけ? 30年くらい前から書いてるけど」

 ええー? 初耳―。というか30年前って普通に何度も会ってるんですけど。当時私も便利なものが出てきたと何度も事典にお世話になったものだが。

 魔獣事典は王都の他、城塞都市などの要所とされる都市の冒険者ギルドが管理している。その希少性故、王城で必要になった場合も、手続きをして冒険者ギルドから特別に貸し出しをしてもらう以外ない。

「ほら、素材がせんせいが狩ってきたヒュドラでさ、それぞれの首の皮を鞣して本にしたら、他の本にも内容が自動的に写本されるのに気付いて僕が他の生き物の目を通してみた魔獣を記録してるんだよ」

 記憶の魔法を操るヒュドラが昔いて、それぞれの首がそれぞれの首のバックアップの役割を果たしていたため、9つの首を同時に切り落とさなくてはならず、討伐には苦労した記憶がある。

『ページが増えているという怪奇現象については?』

「ギリ生体魔法がかかるからページが足りないときは生体魔法で増やしてるだけだね」

 なるほど。

 そういえば忘れていたけど、外の人たちは放置してていいの?

「ちょっと対応してくるね」

 郵便配達人に対応するかのような気軽さでフラっと外に出るリブラ。

「大丈夫なの?」

『あの程度の者たちに遅れはとるまいよ』

 どうせ田舎の領地を代官に丸投げして、王都で他の王侯貴族に媚を売る類のろくでなしが、王城のダンジョン化のどさくさで欲をかいたのだろう。

 魔獣事典の執筆者に触れてはいけないというのは冒険者や貴族の間では常識である。だから私もあえてその正体を追求しようとはしなかった。

「グリンド子爵領で騎士団長を務めているフリントさん」

「何故私の名前をッ!?」

「の奥様、キアラさんがこちら」

 そういうと、リブラは空間魔法らしきものを発動させて一人の包丁を持った女性を召喚した。どうやら料理中だったらしい。

「え!? 何? あ、あなた?」

 キアラを皮切りに騎士団員の名前を一人一人読み上げ、所縁の者を召喚していく。

「そして、冒険者パーティー、カサブランカの斥候職ギルバートさんには冒険者ギルド王都統括マスターのマイケル・ロバーツさんをおよびしましょう」

 そして召喚されるマイケル。

「ハハハ! これで冒険者共はイチコロデース!!」

 どうやらダンジョン作成で悪だくみをしていたらしいマイケルが召喚されたことに気付き、周囲を見回す。

「ゲ、ゲエエエエエエ!!! リ、リ、リ、リブラ!!! ……さん!!!!」

 斥候職がいるという事は、例の迷宮じみた路地裏を突破するために黒幕が冒険者ギルドを通さず金を積んで依頼をしたという事だろう。

「そして最後にくだらない功名心で僕から魔獣事典を奪おうとした首謀者、グリンド子爵」

 もう全部台無しであった。そもそも、魔物も動物も人間の目すら通して全てを見ているリブラに悪だくみが通用するはずがないのだ。そして魔獣事典への執筆には記憶の魔法が必須であって、リブラ自身が卓越した記憶の魔法使いであることは明白だった。膨大な量に昇る観測結果を全て蓄積、解析することも可能な彼はあえて触れないだけで全てを知っている。個人情報も弱みも全てである。

 魔獣事典の希少性がなくとも、最も手を出してはいけない人物であった。


 キアラは自分の夫が人々を守るために鍛え上げたはずの肉体を使い、幼く見える少年から本を奪おうとしていた事を知って冷たい視線を送り、斥候職ギルバートはリブラのご機嫌を伺いながら圧をかけてくるマイケルに困惑していた。

 そしてグリンド子爵である。任務を失敗した騎士団長を責め立てようとしたものの、自分が置かれている状況の異常さに思い直し、この中で立場のあるマイケルに話しかけた。

「貴殿は冒険者ギルドの統括であろう? 一体これはどういう状況かね」

「グリンド子爵、あなたはフレイムティガーの尾を踏んだのデース」

 息を呑んだ子爵は往生際悪く、リブラに向き直る。

「小娘、自分が何をしたのかわかっているのか?」

 えっ、と全員が子爵に驚きの視線を送る。話を聞いていなかったのだろうか。

「分かってるよ。グリンド子爵、領地の管理を代官に丸投げして、王都に居を構える王侯貴族に媚を売ろうと虎視眈々と機会をうかがっているものの、十年間成果なし。領地では代官の善政で領民の信は代官に集まり、あなたの居場所はなくなり、王都は王都で、自分の魂胆を他の貴族たちに見透かされて相手にされない。代官から送られてくる生活費で毎日酒浸りだったところに、王宮がダンジョン化し、上位の王侯貴族の大半が没したと聞きつけて、このどさくさに曖昧な噂しかない魔獣事典の原本を僕から奪取しようと考えた。以前指名依頼をしたカサブランカの斥候職ギルバートさんにこの場所を探させて、自分の騎士団を無理やり領地から招へい、僕の元に送り込んで失敗したけど何か質問ある?」

 もうやめてあげて。俯いて震えてるから。

「力づくでやれるか試してみる?」

 リブラは何故かここで悪魔の提案をし始めた。試したところで光の勇者と名高い冒険者ギルド統括マイケルがいるし、騎士団の親族にも見られる。貴族として力づくで押さえつけようにも、その力である騎士団が動いてくれるか怪しいものである。

 かといってこのまま引き下がっては恥をかいて成果も無し。その上、王族がいなくなれば自分が貴族で居続けられるかもわからない中、魔獣事典の原本が手の届く距離にあるのだ。グリンド子爵には選択肢が無いようにも思えた。

 目の前の少年の実力を誤認していることに気付ければ、異なる結末もありえたかもしれないが。

 グリンド子爵は騎士団長のロングソードを奪うと、リブラに斬りかかった。

 リブラは不敵な笑みを浮かべたままあばら家の玄関にある適度な太さの棒を力づくでもぎ取ると、上段から振り下ろされるロングソードをいなし、態勢を崩したグリンド子爵の喉元に棒を突き付けた。

「え、強いの?」

『まあ、私の弟子だからね。魔法だけじゃなくて護身程度の剣術を教えてあるよ』

「わ、わかった。すまなかった。私が悪かった」

 ようやく自分に打つ手が残っていない事を飲み込めたようで、グリンド子爵は剣を手放すと謝った。

 そのグリンド子爵の胸倉をつかむとリブラは平手打ちを食らわせた。

 打ち付けられしびれたような痛みが走る右頬を抑えながら子爵は信じられないものを見るような目でリブラの顔を見る。

「馬鹿は痛みを伴わないと学習しないっていうのがせんせいの教えだからね。反省しているみたいだから50発くらいで勘弁してあげるよ」

「い、今のを50発!?」

 死んでしまう、と言おうとした子爵の頬に往復ビンタが襲い掛かる。

「エスカ? あんなことを教えたの?」

『いやあ、教えたような教えていないような……』

 軽度の脳震盪を起こし、ぐらぐらする視界に苛まれながら、早くも内出血を起こし2倍くらいに腫れあがっている顔を周囲の面々に向けると、頭を下げた。

「ホの度は皆さんにご迷惑をおかけヒて申し訳ありませんでヒた。騎ヒ団の皆様は領地に戻り、代官に王都での出来事を伝ヘてくらさい」

 そういうとフラフラとその場を後にした。

 自業自得とは言え、彼の背中はあまりにも哀れに見えた。

「さて、召喚されたみんな、問題なければこのまま元の場所に戻すよー」

 まだ騎士団の奥様方は怒り心頭のようだったが、急に呼び出された怒りの声もなく素直に応じた。彼女たちはグリンド子爵領の領民であるため、王都からだと馬車で一週間はかかる距離に居たそうだ。

 騎士団員達はギルバートと共にトボトボと歩いて帰っていく。ギルバートは王都の冒険者ギルドを拠点にしているし、騎士団員たちはグリンド子爵の領地から呼びつけられて荷物をグリンド子爵の王都邸に置きっぱなしなので、取りに行く必要があるが、その前にギルバートともども冒険者ギルドによってマイケルからお説教を喰らうことになるだろう。


 お騒がせの面々が立ち去ったちょうどその時、図ったように一陣の風が吹いた。

「ただいまー。何その服。珍しくおしゃれじゃない」

 その顔は忘れもしない。他の孤児たちに遅れながら、20歳ほどの年齢で風の魔人となったヘルベラであった。

 だが、リブラの事だ。ヘルベラが風になるから15年も見つけられないといったのは嘘で、今日という日に合わせて私を招きこんだのかもしれない。何しろ、王都に来てから2週間、何の接触もしてこなかったのはリブラ自身なのだから。

「お客さん? これまた珍しいね。茶菓子とかあったかしら」

『15年も留守にしておいて、リブラが茶菓子を買い置きしていると思うのかね』

 ヘルベラは私が音響魔法を発生させた発生源、何もない空間に視線を向ける。

「おっさんの声が聞こえた気がしたわ。もう敵討ちは済ませたってのに、まだ未練があるみたいね」

 敵討ち? まさか、私が死ぬ原因になったあの国で何かやっていて15年もかかったというのか?

「ヘルベラ、幻聴じゃないよ。せんせいが生まれ変わったから来てもらったの」

『少々誤解があるようだが、私はバックアップで……』

「生まれ変わり!? この赤ん坊? このお姉さんは??」

 矢継ぎ早に疑問を投げかけつつ、遅ればせながらこんにちはと挨拶を交わすロナーとヘルベラ。

「へー、確かに白髪だ。でも女の子よね?」

「生まれ変わったのだから性別も変わるというものよ」

 何故かロナーが訳知り顔でマウントを取り始める。ロナーとヘルベラの外見の年齢は3歳ほどしか離れていない。お姉さん風を吹かせてイニシアティブを握ろうとしているのかもしれない。

「へえ? お姉さんはおっさんのお母さん?」

『ロナーは私の乳母をしてくれている女性だよ』

「せんせい、何か卑猥」

「変態だわ」

「私は幼い女の子の面倒を見ているだけよ」

 過去の私を知っているかどうかで受ける印象の違いもあるのだろうが、私への批判は赤ん坊の面倒を見るロナーへの侮辱にもなる。

『ほどほどにしなさい、二人とも。そもそも私は前世の記憶のバックアップで、オリビアが育てば消える存在だ。私は死んだと思ってくれて間違いない』

「そこよ! おっさん魔人じゃなかったの!?」

『私はただの魔法使いだが』

「せんせい、それは詐欺。みんな先生に追いつくために魔人になった」

 え? 孤児たちが軒並み魔人になったのって私のせいなの? いや確かに魔法は教えたけどさ。

『どのみち魔人と言えど不死ではない。……いや、1人例外がいたな。まあとにかくちょっと長生きなだけで人間とそう大きくは変わらないんだから別にいいだろ』

「「よくない!!」」

 二人の意見が一致する。

「大体会ってから何十年も一緒に居たけど一切見た目が変わらなかったじゃない!」

『私は童顔らしいからね』

 それに認めたくないが身長も伸びなかった。

 二人は釈然としない様子だったが、一応は納得してくれ、とりあえず茶でも出すとあばら家に入ることにした。

「クリーン」

 ヘルベラが生体魔法でほこりを落す。風の魔人の彼女だが、生活に使う程度の魔法であれば生体魔法ももちろん使える。

「この子、オリビアっていうのね」

「かわいいでしょ」

 ロナーが自慢げに答える。事実、肌艶がよく幸せそうな笑顔を湛えていて可愛らしく見えるのはロナーのおかげである。

『私の記憶は受け継がず、まっさらな状態で育つことだろうよ』

「せんせい、それで結局それはどういう状態なの?」

 それとは予備頭脳の事だろう。私は二人に説明した。


「まあそれならそれで、私は遺体を埋葬した時に右手の小指の骨もらってきたし」

 そう言いながら首にぶら下げた白い塊を見せびらかす。何この子こわい。

「ヘルベラずるい。僕には?」

「私空間魔法使えんから。ハビットがあばら骨を何本か持って行ってたはずだから、分けてもらえば?」

 こいつら私の骨を形見分けにバラバラにして持ち去ってるのか。

「ハビットかあ、キメラ作成に使ってないと良いけど」

 私はモラルの教え方が下手なのかもしれない。

『それにしても敵討ちってことは、魔女排斥集団とやりあったのだろう?』

「まあね、200年近く前から続くだけあって、なかなか殲滅するのが大変だったよ」

 魔女排斥集団による襲撃は私が死ぬことになる最後の原因だっただけで、他にも要因はあったのだが、まあいいか。

 魔女排斥集団というのは、プロメテウス教から派生した狂信者集団で、プロメテウス教が認めている奇跡以外を使用する魔法使い、多くは女性を異教徒として殺害した集団である。

 この集団の活動が顕著に表れだした当時は一般の信者と区別されておらず、プロメテウス教の信者として農民などの労働者階級に対して、魔女の危険さを説き、魔女狩りを扇動した。

 あまりに無法が過ぎるので、プロメテウス教が関係者を破門したのだが、新たに宗教団体を設立、その上困ったことに破門された彼らの支持者は多かった。

 当時は小氷期真っ最中で不作のため飢饉との戦いもあり、日々の生活に不安を抱えていて、そのストレスの吐き口になったのかもしれないが、残虐行為の数々が確認され、とうとう王国からも魔女狩りの禁止令が出された。

 それでなくとも魔法使いには攻撃魔法があり、魔女排斥集団が繰り出す奇跡と、魔法とのぶつかり合いで、被害は甚大だった。

 王国の禁止令、プロメテウス教の地道な宣教、騎士たちによる魔女排斥集団の逮捕により、ようやく騒動は収まったが、その思想を受け継いだ者たちが水面下で魔法使いを殺し続けていた。王国とプロメテウス教の双方からの捜査をかいくぐり、魔女が奇跡か剣によって殺されているから恐らく魔女排斥集団の仕業だろうと推測されるというような状況だった。

 そんな集団が、前世の私が生まれるさらに前から存在していたのだ。

 そう考えると、リブラの諜報能力がなければ殲滅という判断は不可能だから、やはりリブラはヘルベラと密に連絡を取り合っていたのだろう。

「でも15年もかかったのはヘルベラが隠密任務中に人助けに気を取られたから」

 ある時は貴族の違法奴隷、ある時は乱暴な冒険者に不当にこき使われる孤児といった具合に、私と牧場で生活していたころと同じように主目的を後回しにして、人助けをしていたらしい。

 とはいえ、リブラが国を跨いで思想を中心として緩やかなつながりを持つだけの集団に所属するものを精査して、私の殺害に直接関与した者たちを探し出すまでに5年はかかったというから、ヘルベラの孤児救出僻のせいばかりではないと思うが。それだけ困難な事だったのだろう。

 下手人をヘルベラが始末した後、数人を泳がせ、リブラが目を通して人間関係を洗ったのだ。他にも被害を受けた魔法使いがいることを知って、殲滅することになった。

 恐らくここに戻ってきていない他の孤児たちも参加した事だろう。


「それはそれとして、せんせい、リナリアさんと一緒に居るあれは何?」

「リナリア?」

『ああ、脳髄太郎か』

 偶然、リブラの目の網に彼らが引っかかったらしい。城塞都市でスタンピードが起きた際にリブラの置き土産のせいで出さざるを得なかったホムンクルスの素体を予備頭脳の一つが持ち逃げしたことを説明した。

「今はフィドルフ王国の洋上貿易都市、ココマールに居るね」

 まあ、ギルド経由の郵便で隣国まで行っていることは知っていたが、ココマールか随分遠いな。それに、リブラの生体魔法はそんなところまで広がっているのか。

「仲良く手をつないで歩いているよ」

『は????』

「おっさんとリナリアが??」

「リナリア?」

 私、ヘルベラ、ロナーが三者三様に不快感をあらわにした。

『もしや、魂魄浸食を使われたか』

 奴は隙あらば私を自分のものにしようと画策していた節がある。だからこその予備頭脳だったのだが、脳髄太郎は単独では魔法をほぼ使えないはずだ。魔法は魂に刻まれた契約なのだから。

 という事は、リナリアにとってはやりたい放題できるという事だ。

 私は酷い憤りを覚えた。万難を排して脳髄太郎を魂魄浸食から救い出さねばならぬ。

「許せない。おっさんを好き勝手出来るなんて、うらやま……、もとい人の自由を奪うなんて最低よ!」

「リナリア、どうやら超えてはならない一線を超えたようね。どう落とし前を付けてもらおうかしら」

 二人もどうやら私のために怒ってくれているようだ。恐らく。

『ココマールへ向かって、リナリアの魔の手から脳髄太郎を救出しよう! そうしなければ、魂魄浸食をされた感想を聞き出せない!』

「そっち?」

 大方予想はついていたらしいが、リブラは呆れていた。

「賛成よ」

「私も当然ついていくわ」

「僕も諜報で協力できると思うよ。代わりと言っては何だけど骨ちょうだい」

 骨なんか貰ってどうしようというのかとは思ったが、対価は必要だろう。ヘルベラに私を埋葬したところを教えてもらって持って来てやろう。

 私は身を焦がすような好奇心に支配されていた。

2026.3.30 次話と整合性をとるため加筆修正しました

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