その問いの答えを②
「確かに!ごめんね、イネス。心配かけたねぇ。」
シンリアは、私に微笑みかける。
けれど__
その瞳は、少し潤んでいる。
「ち、違うの。私の方こそごめんなさい。どうか、してたわ。」
「嫌なこと思い出して、辛かったんだよね。しょうがないよ。」
仲直りしてくれる?と、シンリアが手を差し出す。
無意識に、その手を掴んで、思わず
「どうして、そんなに、優しくしてくれるの……?」
口から、ポツリと、こぼれた言葉だった。
言った後にハッとして、口を手で覆う。
どうしてそんなふうに良くしてくれるの?
どうしてそんなに優しくしてくれるの?
どうしてそんなにそばに居てくれるの?
全部、リアといるときに、いつも内心で問いかけていたことだった。
「うーん、それは__」
聞きたいのか、聞きたくないのか、
体が強ばって、心臓はどくん、どくん、と大きな音を立てている。
瞬きのひとつもできないまま、私はシンリアの言葉を待った。
「それは、
私が、そう、したいから!」
「___そう、したい、から?」
「うん!それだけ!
だって、人間には、やりたいことをやる権利があるはずなんだよ。
だから、
イネスも!」
「__え、?」
「私を、元々の賢者シンリアと認められないなら、それでいい!
絶対元のシンリアに戻すんだって、駄々こねたって別にいい!」
「分からなくても、理由がなくても!
やりたいなら、やればいいのさ!」
「おー、イネス。シンリアさんと話はできたかっ、てっ、おいっ!なにすんだよ!」
医院を出て、王宮に向かい、ササンとアーカードと共に何やら話をしている様子のセレウコスの脳天に拳をお見舞い……してやろうとしたけれど、よけられた。
「悪い?殴りたいから、やっただけよ!」
「ひ、人がせっかく気遣ってやったのに!」
ひ、人でなしーと、喚くセレウコスを無視して、ササンと、アーカードの方をむく。
「で、なにかわかったことはあったのかしら?」
「あ、ああ。そうだな。まず、以前から話に聞いていた、君たちの言う_武器庫の扉。そのときに起こった出来事から考えるに、それは恐らくᛞᛟᚱᛟᛒᛟᚢᚵᛖᚴᛁᛏᚪᛁの、ことだろうな」
「……なんですって?」
「侵入を防ぐ警備用機構のロニア族での名称だそうだ。」
ササンの補足に、なるほど、と頷いた。
「しかし、それにしては効果が重すぎる。確かに、
ᛞᛟᚱᛟᛒᛟᚢᚵᛖᚴᛁᛏᚪᛁは、情報を奪うが、精々相手を一時的に気絶させるくらいしかできない……と、思っていたのだが。」
アーカードが目を細めながら尋ねる。
「君たちは、賢者シンリアが、魂を捧げたことで、意識も失わずに武器庫の中に入れたと言ったね。」
「ああ、その通りだ。」
ササンの返答を聞いて、アーカードは少し考えた後、語り出した。
「ふむ……
これは、予想だが、ᛞᛟᚱᛟᛒᛟᚢᚵᛖᚴᛁᛏᚪᛁは、対ロニア族のために作られた警備機構だ。だから、君たち人を対象としたとき、不具合が、生じていたのだろう。」
__不具合?
それは、なんとも、嫌な響きね。
「ロニア族と人族では、あまりにも魂の濃度が違いすぎる。そのため、近くにいる複数人をひとまとまりの生き物と捉えて、そこから、ᛞᛟᚱᛟᛒᛟᚢᚵᛖᚴᛁᛏᚪᛁは意識を失わせる分だけ情報を抜こうとした。」
あまりにも、人族1人から奪うには多すぎる情報を。
「そして、情報を抜いたことでᛞᛟᚱᛟᛒᛟᚢᚵᛖᚴᛁᛏᚪᛁは、侵入者に対処し終えたとして、その個体への__情報を奪われていない他の人族も含めて、一個体と認識して、警戒を解く。
それ故に、誰かが情報を、魂を、奪われたあとは、武器庫に侵入可能になったのだろう。
声を発していると、光が溢れていた、というのも、自己のアピールが強い場所から、情報を取っていたから起こった現象だろうと思う。」
「なるほど。気絶させるために、あれだけの情報を抜く……。ロニア族は、とことん規格外だな。
つまり、今、シンリアが記憶を失い、下半身を麻痺させているのは、本来意図されていることではないと?」
眉を顰めて聞いたササンに、アーカードが答える。
「ああ、不具合により、情報を、魂を取られ過ぎた影響だろう。それを十分な量、返すことが出来れば、元に戻ると思う。実際、過去、ᛞᛟᚱᛟᛒᛟᚢᚵᛖᚴᛁᛏᚪᛁが気絶させた侵入者に、奪った情報を返すことで意識をすぐに取り戻させ、尋問したりすることもあった。」
だが……、とアーカードは言葉を詰まらせている。
なにか、言いづらいことがあるようね。
「情報は、身体から離れた場所に長期間あると、削られていく。賢者シンリアの魂の情報の一部が、その身体を離れたのは__もう、3年近く、前、なのだろう。」
「遺跡の扉、に情報は収納されているはずだ。いけば、欠片は、見つかるだろうが……
完全に戻ることは___」
すまない。アーカードが謝る。
ササンが首を振った。
「君がいてくれなければ、分からなかったことだ。欠片だとしても、取り戻しに、遺跡に向かうことにしよう。」
セレウコスが頷き、そして、私の方を見る。
会話が途切れ、辺りは静まり返っている。
私は目を瞑り、呟いた。
「そう、欠片でも、いいのよ。」
瞼の裏にかつて過ごしたリアとの記憶が蘇る。
ああ、私は___
「それでも、いいの。
私は__
あの子の全てが、大切だったの。
だから、欠けているあの子をそのまま認めることは、できないけれど、でも、それでも大切な、ように。
ほんの少しでも、戻ってくるのなら、」
「私は、それを、喜ぶわ。」
魔術師とは求め、拓く者。
自らの理想を魔法で現実にするために、常に求め、求め、求め続ける。
「遺跡には、私が行くわ。
いいわよね。」
「もちろんだ。賢者シンリアを、頼む。」
「えぇ」
ササンに強く頷き返す。
「セレウコス。アンタも行くわよ。
アンタは少し、エクレから離れた方がいいわ。」
「……は?」
なぜそんなことを言われるのか分からないという顔をしているセレウコスを鼻で笑って、アーカードに向き直る。
「さあ、何をすればいいの?教えてちょうだい。」
アーカードからの説明を聞きながら、私は、決意を新たにする。
私は、やりたいことをやるの。
もう二度と、やりたいことから、逃げたりしないわ。
いつまでだって、リアの欠片を探し続けて、何度だってまた、問い続ける。
元のリアの答えを、求め続ける。
そして___
セレウコスの方をチラリと見る。
釈然としない顔をしながらも、私と共に、アーカードの説明を聞いているようだ。
セレウコス。アンタと一緒になって、エクレに都合よく逃げ込んだりは、もうしない。
エクレ。アンタにも聞きたいことがあるのよ。
あのとき、リアを抱き上げたとき。
何を考えてそうしたのか。
いつもみたいに、人のことなんかちっとも気にしないで、無感情でリアをただ、運んだの?
何か少しでも、思うことがあったのかしら?
エクレは、子供だったのだから、そもそも、必要なことだったのだから、
そんなことを言って誤魔化しても、あのときのアンタの背中への憎しみは変わらなかった。
エクレ、アンタの答えを聞けたなら、少しは変わるのかしらね。




