その問いの答えを①
「うぎゃー、勉強大変だよぉ!」
「うふふ、頑張っているのね、シンリア」
「イネスっ!」
王宮医院の中の一室で、シンリアはベットの上で体を起こし、繋がっている机で本を読んでいた。
記憶の欠損に、下半身麻痺。それが彼女の現状だった。
「えー、アーカードさんっていうんですかー!
シンリアですー!」
「ああ、素敵な名前だな。お嬢さん。」
ありがとうございますー!と、笑うシンリアの目は輝いていて、急に医院から連れ出されたことへの疑問も、アーカードという知らない人物への警戒も、何も無かった。
それは、まるで、空っぽの穴のようで。
記憶を失う前の彼女が持っていた、堅い理性の光は、どこにもなかった。
「おい!そばに居てやらないのかよ!」
診察を受けるシンリアから離れ、シンリアがもといた医院の一室に転移した私に気づいて、誰も不在に気づかないよう、部屋に残って見張りをしていたセレウコスが突っかかってきた。
「私がいなくても平気よ。能天気な顔して笑ってたわ。素敵な名前って、他人に褒められて。」
「いつまでも、そうやって逃げるのか?」
「あら、わかってたのね。」
じっと、見つめてくる視線。そんな、鬱陶しいセレウコスの態度を無視して、机の上に積んであった、数十冊の本のうち、1冊を手に取る。
「ねえ、世にある本をぜーんぶ暗記したら、それは、元のシンリアかしら?」
少なくとも、王宮はそう捉えている。
賢者シンリアが、回復するまで、3年ほどかかると
彼女が、その絶対的な記憶力で、十分な量の知識を覚え直すのにかかるのが、それくらいだと。
「ねえ、かつてと同じように賢者として十分に仕事をこなしていれば、それは、シンリアなのかしら?」
「イネス、俺から言わせてもらうとな、少なくとも今の、前と同じ姿、同じ魂、同じ名前を持つシンリアさんは、知識がなくとも、記憶が、思い出がなくとも、
俺にとって、ちゃんと、シンリアさんだ。」
ああ、そういうと思ったわ。でも。
「__私は、よく、分からないわ。」
だから、逃げていた。
考えることを、放棄していた。
そうして、誤魔化しながら、実年齢が幼いと判明した勇者エクレを必要以上に子供扱いして構っていた。
勇者エクレのことだって、自分がどう思っているのか、よく分からないまま。
最初は憎かった。
どちらのことも。
この世の全てを恨むような苦痛を味わったことの無い人間なんだと思って。
生きるために、努力しなくていい。
そういう人種なのだと思って。
能天気で、無神経で、何も考えていない。
空っぽの人間なのだと、馬鹿にしていたのに。
少なくとも、シンリアは、違った。そうじゃなくなった。
刺々しい私の態度から、内心を読み取って、寄り添って。
なぜ、そんなにも良くしてくれたのかは、未だに__
もしかしたら、もう二度と、分からないまま。
そして、
「たーだいまでーす!」
「あら、おかえり。」
賢者ササンが、横抱きにして連れてきたシンリアをベットにそっと下ろす。
「なあ、シンリアさん。イネスがアンタに話があるんだってよ。」
唐突に、そんなことを言い出したセレウコスを思わず睨みつける。
「ちょっと……!」
「さぁさ、大事な話らしいから、部外者は撤収、撤収〜!」
止める間もなく、賢者ササンまでつれて、しゅんっと、転移していったセレウコスのせいで、部屋の中には私と、シンリアの2人だけが残された。
いったい、
一体、何を話せって言うのよ、あのバカは!!
部屋の中が静まり返る。
「ちょっと気になったんだけどさ〜」
シンリアがその静寂を破って話し始める。
「イネスはさ、私を運ぶとき、絶対おんぶだよね。
さっきの、王子みたいに、横抱きには絶対しない。
それってなにか理由あるの〜?」
ヒュ、と喉がなる。
それは__
それは、
思い出す、から
リアが、失われたときを。
「ここが、武器庫、ですか。」
「おい、来たはいいけど、
扉、閉まってんじゃねーか!!」
セレウコスの喚きに、私は、はぁとため息を着いた。
「鍵かなにかあるのでしょう。ササン」
ここまでの道中、道案内をし続けた、賢者見習いにして、我が国の王子。今はササンと名乗っている彼を私はみた。
「ああ」
ササンが静かに頷いて、そっと扉の前を退いた。
「ふふーん、鍵、鍵ね〜」
代わって、リアが私たちの前に出ていく。
そして、大きな扉に手を当てた。
「鍵はね、
私だよ!」
ぐっと、彼女が力を込めると、扉は眩い光になって、跡形もなく消え去った。
「いこう!私から、離れないでね!」
「ちょっ、おい!」
「落ち着け、セレウコス。
__賢者シンリアについて行くんだ。」
扉の先は、長い長い通路だった。
中に、意味の分からない音が鳴り響いている。
その中をリアはひとり、先頭で、絶え間なく喋りながら歩いている。
「窓のない部屋の中にいながら、今日の天気を知ることはできる?」
「大きな馬と、小さな馬、どちらの方が長く走るかな。」
「私にとって、悪とは、正しくあろうとしないこと。だけど、未だに正義とはなにか、は見つけられてはいないんだよね〜」
リアが言葉を発するたびに、彼女の体から、光が溢れて、通路の壁に吸い込まれていく。
まだ、道は続いている。
「リア」
「んー?」
「お喋りは、もう、やめた方がいいんじゃない?その光、なんだか嫌な予感がするわ。なにか、大切なものが失われているような」
「んー。いいんだよ。それで。」
「何ですって?」
「ふふ、この武器庫の鍵は、情報なんだよ。」
「ど、どういうこと、でしょうか?」
パールが、戸惑った顔で聞いた。
__嫌な予感がしていた。
「捧げるんだ。大量で、上質な情報を。
知識、記憶、私の」
たましい、といいながら、リアはガクリ、と膝を曲げて倒れた。
バタン。
「リア!」
「シンリアさん!」
「回復魔法はかけないで!」
パールが、伸ばしていた腕をビクリと止めた。
「……どうなるか、分からない。これで、武器庫が開かなかったら、困る。
君たちは、進まなくてはならないよ。」
「進まなくては、ならないのに、」
リアはポツリと、呟いた。
「これでは進めないなぁ。足に全く力が入らない。
誰かに、手伝ってもらわなくては、ならないみたい。」
先へ進むために。扉を開けるために。
魂を捧げる、リアを殺す、手助けをしろと?
やだ、いやだ。そんなこと、させないでよ。
殺させないでよ!死なないでよ!!!
すっ、と勇者エクレが前に出た。
普段から自分勝手で、人を省みない、欲深く、残酷な人間。
こちらに見向きもせず、真っ直ぐリアの元まで進んで、そして、そのままリアを抱き抱えて歩き出してしまった。
「ありがとう。」
セレウコスが、なにか言おうと声を上げた。
でも、リアが、安心したようにあいつに__エクレに、お礼を言ったから、なにも、言えずじまいで。
「空が青いのは光の反射のせい。青が1番散らばりやすいの。」
「龍の鱗を見たことがある?潰して、干して、水につけると7色に光るんだよ。あれは楽しかったなぁ。」
武器庫に響く、意味のわからない音は、どんどん大きくなっていく。
喋り続けるリアの声は、どんどん小さくなっていく。
リアを横抱きにしたあいつの背中も、どんどん進んでいって。
「私はっ
全てを抱えて、全てを利用する。」
「それは__国を、守るために、友を守るために。
賢者シンリア、の、名に、かけて」
目を刺すような強い光が、リアの体から放たれる。
「誇りを、もって。
みんな、
がんばって、ね」
その言葉を聞いたのを最後に、視界が歪んでいく中、リアの方から僅かに意味の分からない言葉が聞こえた。
光が収まると、私たちは扉を入ってすぐの場所にいた。
目の前の壁には、6つの武器が飾られている。
「武器庫、だ。」
ササンが、なにか言っているようだったけれど、耳には入らなかった。
「リア!リアッ!!」
「イネス」
はっ、と前を見る。
リアが、シンリアが、こっちを見ていた。
「ごめんね。嫌なこと聞いたみたいだ。」
「え、え。そう、ね。
そう、嫌なことを思い出すのよ。横抱きは」
まるで、自分が、あのときの勇者エクレになったようで、
1歩踏み出すたびに、リアを失ってしまうような。
そんな、気分になる。
「__貴方、無神経だわ。」
あぁ、違う。こんなことを言いたい訳では無いのに。
ぐつり、ぐつりと、胃が沸き立つ。
リアを見送ったときの虚しさが
リアを運ぶ勇者エクレに抱いた憎しみが
何も出来なかった自分への失望が
脳裏に蘇ってくる。
「横抱きも、おんぶもどっちだっていいでしょう。
それに貴方、初対面の人との接し方もなってないわ。あんなに簡単に信用してどうするのよ、もっと良く考えなさいよ。危ないでしょう!」
違う。全部。仕方がないでしょう?
記憶をなくして、今のシンリアは、それに、エクレだって!子ども同然、だったんだから。幼くて、仕方ないのだからっ。
だから、ちゃんと我慢、しなくちゃ、いけないのに!




