遺言状を受け取るときの勇者の顔を、私はよく覚えていない。
エクレには、おかしな点が多かった。
「なるほど。勇者エクレの治療のためにコトパリケの遺跡の調査を行いたい、か。」
「はい。エクレが人造人間として開発・製造された場所はそこだから、と、アーカードがいっていました。
出来れば、彼自身が調査したいと思っているようですが、それは難しいと理解している様子でした。」
「そうか……」
人払いをした、王の執務室。
私の報告が終わり、そのまま静寂が続く。
父は、深く考え込んでいるようだ。
「サンシールヤ、いや、賢者よ。お前は許可を出すべきと思うか。」
「はい。」
目を瞑って、息を吐く父に、続けて言葉を投げかける。
「しかし、今すぐではありません。賢者シンリアの回復を待ち、まずは国力の安定を優先するべきと考えます。」
「そうだな。二年後か、三年後か……
いずれにしろ、時が必要だろう。
よい。魔王アーカードにはそう伝えよ」
「はい。」
息子としても、賢者としても、
我が父、シアペル国王アスター陛下は深く尊敬できる存在だ。
親として、私を愛し、導いてくださった一方で、
彼は、国王として、私の__賢者としての能力を認め、十分な仕事と、役割を果たすことを
息子に対する情に流されることなく、厳格に、私に求めた。
「引き続き
魔王アーカードをよく見ておくのだ。ササン」
賢者として、王の息子として、私が第1優先にすべきは国家だ。
魔王討伐の旅で起こった出来事について、私は全てを王に報告している。
もちろん、アーカードが魔王だったこともだ。
それでも彼が存在を許されているのは、実際に惨事を引き起こしていたのは、別人格とも言える魔に飲まれた側面だったからということ、魔王討伐に大きく貢献したことに加えて、あと1つ___
魔王討伐で、1度死んだエクレを救えるのは、人造人間としてエクレを作り出したアーカードだけ、だったからだ。
「はい。もちろんです。」
私はかつてと同じように、淀みなく父に答え、執務室を出ていった。
父は、勇者エクレを、魔王を討伐した、5英雄の1人として、公に広め、支持している。
が、積極的に治療に協力はしないだろう。
そして、時期を見て、魔王アーカードのことも__
殺すつもりだろう。
旅に出る前、父は先程と同じようなことを私に言った。
『勇者、エクレを。よく見ておくのだ。ササン』
勇者の紋章が、全ての勇者から奪われて3年が経過したあるとき、突然現れた、紋章もちの勇者。
聖院に保護もされず、外で育ったと話し、年は18だという。
この国の希望として、一気に注目された。
父の言葉を聞く前から、私はその、勇者エクレをずっと警戒していた。
なぜ、一人だけ、魔王から勇者の紋章を奪われなかったのか。
なぜ、旅に出る半年前に、急に辺境から見つかったのか。
もしや、魔王の手のものではあるまいか、と。
それ故に、私は、父の言葉に淀みなく是を返した。
旅の間、警戒すべきは、魔物だけでなく、勇者エクレも、だと。
旅が始まって、エクレはすぐにパーティから孤立していった。
我儘を言い、周りを侮辱し、遺跡の調査の邪魔をする。
だが、魔物は誰よりも進んで倒す。
なら、いいか、と思った。
賢者シンリアも私と同じ考えだったようだ。
「あれの振る舞いは、一見幼いけれど、常に致命的なラインを見極めて、引き際を弁えている。
ときに感情のまま当たり散らしもするが、魔王討伐の旅自体の邪魔はしないという具合。」
「恐らく、魔王に恨みのある歪んだ人物が、外法を使って、勇者の紋章を得た、といったところでしょうか。」
「うん、一体どんな術だったのやら。勇者が発見された辺境には、後で調査を行わないと。」
紙にスイスイと文字を書きながらシンリアが言う。
手紙を書いているのだ。
全部で5枚、宛名の書かれた美しい封筒が用意されている。
その中にあった、ひとつの名前に私は目を止めた。
「……エクレにも遺言を遺すのですか?」
「もちろん。旅の仲間、皆にだよ。」
「ほら、それに、もしかしたら、勇者エクレが、私の言葉に心打たれて、絆されてくれるかもしれないでしょう?」
使えるものは、全て利用しなさい。
賢者はそう、微笑んだ。
彼女は正しく、全てを利用しつくして見せた。
その、覚悟があった。
武器庫。この国に残る、異文化の遺跡のひとつ。
訪れれば、希少で、強力な武器を得られるが、しかし。
中に入るために、必ず高品質な大量の情報を捧げなくてはならない。
知識や、これまでの記憶。そして、魂に刻まれた人格。
これらを、武器庫を開くに足る量、所持できる人間を、この国では、賢者と、呼ぶ。
「……明日の昼頃には、武器庫に着くでしょう。」
「そーだねぇ。うーん、大転移の石碑から遠くて、私はこの旅だけでもう、疲れたかな。
この後の旅、頑張ってね。ササン。」
「遺言状は、君に預ける!君が最適だと思うタイミングで、皆に渡して。」
よろしく〜、と部屋から出ていったシンリアに、いつも通りを装って礼をする。
だが、シンリアが出ていってからどれだけ経っても、私は顔を、あげられなかった。
明日、知識と、肉体と、魂。全てを武器庫に捧げるシンリアを送り出して、そして、彼女の覚悟を全て見届けた、ただひとりの人間として、何も知らされていなかった魔術師イネスに、戦士セレウコスに、聖女パールに、
勇者エクレに、
遺言状を渡さなくては、いけない。
きっと、イネスは怒るだろう。彼女はシンリアとお互いに親友と、呼び合う程に仲がいいから。なぜ相談しなかったと、なぜ、止めなかったと。
セレウコスも、そんなことまでさせて、強い武器を得なきゃ、武器に頼らなきゃ、魔王に勝てないと思ってんのか、と、八つ当たり混じりの、やるせない顔をするかもしれない。
パールは、泣くだろう。シンリアを姉のように慕っている彼女だから。シンリアの犠牲を、無駄にできないと無理に旅にのめり込もうとするかもしれない。
勇者エクレは、
勇者エクレは、
一体、どんな反応をするのだろうか。
そのとき
勇者エクレの顔からは、一切の感情が抜けていた。
開かれた武器庫の扉の前で、シンリアの体を抱き抱えて突っ立っていた。
「シンリアさん!シンリアさん!」
「リアッ、リアッ!!!」
パールが回復魔法をかける。
イネスが声をかけてもシンリアは起きる様子がない。
だが、残っている。
体が、武器庫を開くために捧げられたはずのその、肉体が。
イレギュラーだった。
予想とは外れていた。
パールは患者がいる場で泣いたりしない。
セレウコスは、本人の前で、その行動を否定したりしない。
イネスはシンリアの前では怒ったりしない。
その全てを引き起こしたのは、予想が覆った原因は
シンリアの肉体がこの場にある原因は、もしや、
___勇者エクレ、なのではないか。
あのとき私は、そう思った。
「ササン。どうだった?」
「今すぐ調査はできない……
シンリアが回復した後なら、許可を降ろすと。
それで、アーカード。少しいいかい?」
魔王の正体が、滅びた異種族__
かつて、この国中に残る数々の遺跡を作り出した、ロニア族であることは、国内上層部ではよく知られていた。
「君に、頼みたいことがあるんだ。」
シンリアの肉体が、失われなかった原因。それが、勇者エクレなのだとしたら、
勇者は、私たちが思っているより、ずっと優しく、
そして、遺跡に干渉できるほど、異文化についてよく知っている、魔王と同じ、ロニア族の関係者なのではないか。
当初思っていたように、やはり、勇者エクレは__。
シンリアを近くの医院に預けた後で、遺言状を渡したときの、震えていた指先。
戦いの場に子供がいると、いつもより苛烈に魔物に飛びかかるところ。
不意に気づく、勇者エクレの優しさの片鱗のようなものを私は、必死で見ない振りをした。
旅が進むたび、遺跡を訪れるたび、見えてくる明らかにそれを知っている動きに、魔王の手のものではないか、という疑念もどんどん膨れ上がっていったからだ。
「頼みたいこととは、なんだろうか。できる、限り、協力しよう。」
アーカードがこちらを見る。
答える声は少し、硬い。
彼にとって王家の人間は、警戒して当然の存在だろう。
魔王の誕生に、原因に王家は深く関わっている。
だが、それでも、協力しようとしてくれる。
「君に、シンリアを、診て欲しいんだ。」
遺跡が原因で眠り続けているシンリア。
アーカードなら、何か、対処法を知っているかもしれない。
アーカードが、シンリアを救えば、国中が彼に感謝するだろう。
そうすれば、彼への疑念の目も、少しは薄れる。
そうすれば、彼も、コトパリケの遺跡に行くことを許されるかもしれない。
エクレが完全に回復したあとも、生きていくことを許されるかもしれない。
だから、まず、エクレの前にシンリアを救わなくてはダメだ。
確率の低い賭けだ。
シンリアをアーカードが、上手く救えるかも分からないし、どんなに早くシンリアを回復させられても、父は、本当に、その後すぐ、遺跡の探索を許すか分からない。
途中でエクレの状態が悪化して手遅れになるかもしれない。
だが、
賢者は、多くを抱え、全てを利用する。
もう、目の前にあるものを、見ないふりはしない。
秘密も、触れた優しさも、疑念も、父の意思も、賢者の、王の息子としての責務も、魔王の過去も、エクレの現状も。
必ず、上手くやってみせる。




